第232回
PC Core System開発者に聞く
“Meta Pad”コンセプトの今後



 米IBMが2002年に発表したMeta Padは、当初から自社ブランドでの製品販売を行なわず、他社へライセンスを供与するとして注目を浴びた製品だ。少し大きめのPDA程度のサイズにプロセッサ、メモリ、HDD、各種I/Oインターフェイスを搭載。PCの頭脳部分だけを抜き出して携帯するコンセプトは、Transmetaが後に提唱したUPC(Ultra Portable Computer)構想にも繋がった。

 ディスプレイ、キーボードなどのユーザーインターフェイスデバイスを、利用状況に応じて選択、取り付けることであらゆる場面で使いやすいコンピュータに形を変え、しかも自分の環境は常に携帯しておくことができる。

 Meta Padは結局、米国のAntelope Technologiesから製品として発売されたが、発売した後の話は一向に聞こえてこない。他にOQOが、小型ディスプレイ付きで同様のコンセプトを打ち出しているが、こちらもビジネスとしての成立には疑問が残ると言わざるを得ない。

 Meta Padのコンセプトを引き継いでいると言われる日本IBMのPC Core Systemが先日話題になったが、あくまでも企業向けソリューションの一部として提供するもの、という点を日本IBMは強調している。

 Meta Pad、そして“PC Core System”の今後はどうなっていくのか? 日本IBM エンジニアリング&テクノロジー・サービスでPC Core Systemのビジネスを推進している實川裕敏氏に話を伺った。

PC Core System。左はクレードルに装着したところ。右はPC Core本体で、この中にプロセッサ、メモリ、HDDなどが納められる

Meta Padのモックアップ。コア(写真)と様々なモジュールを組み合わせることで、ノートPCやタブレットPCとして使用する

●試作機の完成は昨年だったPC Core System

日本IBM エンジニアリング&テクノロジー・サービスの實川裕敏氏

 實川氏は、かつて「チャンドラ」をはじめとするユニークな製品を生み出した日本IBMとリコーのジョイントベンチャー、ライオスシステムの取締役開発部長として、立ち上げから3年9カ月の間、活躍。その後、日本IBM大和研究所に戻り、ハードウェア製品のブランディングを担当していたという。その後、2002年のエンジニアリング&テクノロジ・サービス(E&TS)部隊設立に参加し、様々な事業に取り組んできた。

 E&TSはIBMがワールドワイドで提供する、新製品・新サービスの研究・開発・設計・製造などのアウトソーシング事業である。つまり、IBMが持つ技術やノウハウ、知的所有権、保守サービス網などを活用し、顧客が望む新製品・新サービスを生み出す手助けをする部署というわけだ。IBMが蓄積してきた膨大な蓄積を他社に対してソリューションとして提供するサービスと考えるとわかりやすいかもしれない。

 顧客が望む目的を達成するために用意された材料(ハードウェア/ソフトウェア技術やノウハウ、製品など)は多岐にわたっており、その中のひとつが“PC Core System”というわけだ。PC Core Systemのニュースが流れたことで、日本IBMもしくは関連するどこかの企業から、Meta Padコンセプトの製品が登場すると期待している向きもあるようだが、そうした事実はないという。

 「PC Core SystemはE&TSのお客様に使って頂けるように、Meta Padを大和研究所でアレンジしたものだと考えてください。日本IBMがMeta Padの後継製品を発売することはありません。そもそも、PC Core System自身はE&TSが提供する技術要素として新しいものではないんです」。

 「E&TSの立ち上げを発表した2002年9月の発表で、Linuxが動作する時計(WatchPad)やPCカードサイズにTM5800ベースのPCシステム一式を組み込んだボードを展示していました。今回、新しいものとして紹介されたモジュール形式の技術サンプルは、そのときのPCカードサイズシステムの実装を進化させ、小型ケースに2.5インチHDDを組み込み、クレードルとセットにしたもの。2003年の3月には、大和研究所内では試作していたものです。これら一連の組み込みが容易なコンピュータシステムをPC Core Systemと言います」。

●Meta Padコンセプトを“ビジネス”に繋げるためのプロジェクト

 “IBMがMeta PadベースのPC Core Systemという製品を、ソリューションの一部として提供”という文言だけを聞いてしまうと、たとえIBMというロゴが入らなかったとしても、納入するシステムハードウェアの一部として出荷される、というイメージを持ってしまう。企業システムのソリューションサービスやサーバ製品、各種バックエンドソフトウェアにミドルウェアを揃え、製品の開発・製造までをカバーできる日本IBMならば、それができそうに見えてしまうからだ。

 たとえばWebSphere、DB2、Notesなどと組み合わせたシステムソリューションの一部に、PC Core Systemを利用するといった使い方である。しかし、そういうことも全くない、と實川氏は明言する。

 「我々は顧客自身の製品開発を助けるために、様々な要素を提供しています。従ってIBM自身が販売するわけではありませんし、どのような仕様になるのかもお客様次第です。ここでのお客様とは、PC Core SystemなどE&TSが提供している技術を使った製品を開発しようとしている企業のことになります。ですから、PC Core Systemが発売されることがあるとすれば、そうした企業のブランドで登場します」。

 「PC Core Systemの報道があって以来、それまで話し合いを進めていた複数のお客様から“PC Core SystemはIBM自身の製品として販売することになったのか?”との問い合わせが来て困ったほどです。繰り返しになりますが、IBMとして製品化することはありません」。

 Meta PadやPC Core Systemは、IBMブランドで製品は作らないという。確かにIBMという巨大組織の中において、このような事業規模の見込みを見定めにくいものは製品化しにくいだろう。では、なぜ事業規模が見込めないMeta PadがPC Core Systemという名前で存続することができたのか?

 「Meta Padは斬新なコンセプトでしたが、製品化できるほどの事業規模は見込めませんでした。市場調査も行ないましたが、投資に見合うだけのビジネス規模には達しないというのが我々の結論です。もし、ビジネスとしての可能性があれば、自社ブランドでの発売をしていたでしょう。一方、PC Core SystemはMeta Padのコンセプトを、E&TSのお客様に買ってもらえる(顧客の製品やサービスの一部として組み込んでもらう)形にするため、再構築したものです」。

 「PC Core SystemはMeta Padに比べ、部品の共通化やThinkPadの開発や製造で培ったノウハウを活かしてローコスト化を図り、普及価格帯に収めることを目標に開発したものです。たとえばPC Core Systemでは2.5インチHDDを採用していますが、これもコスト面を考慮してのことです」。

 それは事業としての成立が難しかったMeta Padというプロダクトのコンセプトに、E&TSの顧客が興味を持ち、実際にビジネスとして動き始めているということなのか?

 「PC Core Systemに興味を持っていただいているお客様はありますし、ワールドワイドでPC Core Systemを用いたソリューションビジネスを提案するといった動きにはなっています。しかし、まだ契約には至っていません。従って、PC Core Systemの試作機も数台しか作っていません。現在はPC Core Systemで、どのようなビジネスが行なえるかを探している段階と考えてください」。

●5,000台単位での発注なら

 顧客の要求に応じて仕様を決定して製造を行なうE&TSのビジネスにおいて、PC Core Systemは学校、流通、金融といった分野に提案しようと考えていたという。

 「公開されている試作機は、学校で使うことを想定したものです。生徒に持たせて自宅や教室にクレードルを置く。学生のインターネット環境は必ずしも良好ではありませんから、PC Core Systemにすべての情報をダウンロードして持ち歩く方が都合が良い。また、小学生や中学生が使うコンピュータとしてノートPCは大きすぎるため、学校と自宅の間を負担無く持ち歩けるコンピュータとしても使えるでしょう」。

 「流通や金融においては、ネットワークに繋がっていない状態でも、常に情報リポジトリの複製を携帯でき、しかもノートPCよりも重量面での負担が少ないといったメリットがあります。ただいずれの場合も、PCアーキテクチャの製品を出荷するだけで、ソフトウェアソリューションは別途考えなければなりません」。

 万が一、PC Core Systemを用いてコンシューマ向けのモジュール型コンピュータを発売しようという珍しい(?)企業が現れれば、世の中にコンシューマ向けPC Core Systemが発売されるかも知れない。ビジネスとしての成立はともかく、思ったよりも最小ロットは少ない。

 「一部には1,000台単位という報道もありましたが、実際には数千台、できれば5,000台からカスタム製品の受注を行なう方針です。5,000台の用途を見つけることができれば、1台あたりのコストはMeta Padの価格(約4,000ドル)の半分以下にすることができます。さらに数が増えれば1/3以下にもなるでしょう」。

 「また試作品は昨年春に完成したものですから、現在であればEfficeonを利用することもできるでしょう。トランスメタとの連絡は密に行なっており、彼らのロードマップも熟知しています。受注さえあれば、既存のPC Core SystemのフォームファクタにそのままEfficeonを収めることも可能です。お客様の要望に合わせて、EfficeonでもIntelでも、あるいは他のプロセッサでも、開発します」。

 モバイルPCユーザーの中には、Meta Padのコンセプトに心躍らせた者もいただろう。しかし、コンシューマが普通に購入できる製品としてPC Core Systemが市場に出てくる可能性は限りなくゼロに近い。しかし、様々な機器に組み込まれて我々の生活の中に溶け込むことはあるかもしれない。

 “PC Core System”という名前からもわかるとおり、この製品は単体で何かの機能をするものではなく、様々な機器の“核”として装着する組み込みのデバイスだ。ポータブルなPCの心臓部としてだけでなく、たとえば自動車などに差し込んで使うテレマティクスの心臓部になることも考えられる。次に“PC Core System”という名前を見るとき、それは意外な分野の意外な機器になるのかもしれない。

□日本IBMのホームページ
http://www.ibm.com/jp/
□関連記事
【2月25日】日本IBM、PC環境を持ち運べる超小型端末「PC Core System」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0225/ibm.htm
【2003年9月17日】Antelope Technologies、Meta Pad技術を製品化
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0917/antelope.htm
【2002年10月30日】日本IBMデザイン部門担当部長 山崎和彦氏インタビュー [後編]
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1030/tp11.htm
【2002年11月20日】【COMDEX】帰ってきたTransmeta
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1120/comdex05.htm
【1月11日】【CES】超小型PCメーカーOQOの光と影
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0111/ces10.htm

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(2004年3月18日)

[Text by 本田雅一]


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