●高速無線接続への期待 このところPCに限らず、身の回りに無線技術を用いたものが増えている。携帯電話は言うに及ばず、無線LAN、Bluetoothなど、さまざまな製品が登場している。無線技術を用いる最大のメリットは、言うまでもなくケーブルが不要になることだ。ケーブルが不要になれば、場所の制約がなくなる。かつて電話は決められた場所でのみ使えるものだったのが、携帯電話の普及で場所を選ばなくなったのが代表的な例だ。もう1つ無線化による大きなメリットは使い勝手の向上である。ケーブルを接続するという行為は、正しいケーブルの両端を、それぞれ正しいコネクタに接続する、という行為に他ならない。このコラムを読んでいる人の多くは、こうした行為を半ば無意識のうちにやっているに違いないが、世の中にはこれができない人、あるいはやりたくない人も少なくない。たとえば筆者の妹は、TVにDVDプレーヤーを接続するだけの用事で筆者を呼びつける類の人間だが、おそらく身の回りを探せばそういう人が必ずいることだろう。PCの使い勝手がPlug and Playで大きく向上したことは間違いないことだが、Plugさえできない人も大勢いるのである。しかし、すべての機器が標準的な無線インターフェイスを内蔵してしまえば、もうPlugする必要さえない。誰もが機器を購入して電源を入れると、自動的に機器同士が接続され、すぐに使えるようになる。これはPCに限ったことではなく、AV機器などすべての相互接続を必要とする製品に当てはまることだ。 この、いわば“On and Play”を実現するために必要なのは、AVデータなどをやりとりできるだけの広い帯域をもった無線技術と、その標準化である。現在普及している無線技術は、規格の上限で数Mbpsから数十Mbpsというところだが、必ずしも規格値通りの実効帯域が得られるとは限らない。最も普及した無線LAN技術である802.11bの規格上の上限は11Mbpsだが、実際には2~5Mbps程度であることは良く知られている。この、それなりのクオリティのビデオストリーム1本で使い切ってしまいかねない帯域では、PCの裏側やAVラックの裏側を這い回るケーブルを一掃するには足りない。
●数百Mbpsの帯域を持つUWB 現在、この種の目的に使える数百Mbpsの帯域を持った無線技術として注目されているのがUWBだ。UWBの基本的な考え方は、非常に広い周波数帯域のパルス波を微小な出力で利用することで、短距離に限定されるものの広い帯域を確保しようというもの。すでにIEEEの802.15で標準化作業が始まっている。802.15は、ワイヤレスパーソナルエリアネットワークのワーキンググループで、そのタスクグループ3aで物理層の標準化が進行中だ。上位層はアプリケーションごとにさまざまなプロトコルを採用する見込みで、現時点ではUSB、IEEE 1394、Bluetooth、TCP/IPなどが考えられている。つまり、UWBはUSBやIEEE 1394の無線版、あるいはBluetoothの広帯域版を目指すわけだ。
干渉を防ぐ一番良い方法は、干渉の生じる周波数帯域をUWBが使わなければ良い。それを実現する1つの方法として、7.5GHzの帯域を複数のバンドに分割し、干渉の生じたバンドだけ無効にするというマルチバンドのアイデアが提唱された。が、それぞれのバンド幅をどのくらいに設定しいくつに分割するか、変調方式にどのような技術を採用するか、どのような製造プロセスを前提にするか、といったことでさまざまな提案がなされ、なかなかまとまらない。バンド幅をあまりに小さくしては性能が低下するし、そうして増えたバンドを扱うための送受信回路が複雑化しコストが上がる。逆に、バンドが細かく分かれていた方が干渉は回避しやすい、といった具合だ。
●2005年の製品出荷を目指して標準化 そんな中、マルチバンド方式による標準化案を策定する業界団体として、MBC(Multi-Band Coalition)が結成された。MBCの創設メンバーは、Intel、Discrete Time Communication(現Staccato Communications)、General Atomics、Philips、Time Domain、Wisairの6社である。その後MBC参加企業は14社に増加、さらに2003年6月、MBCにTI、ST Micro、Samsung、NEC Electronics、松下電器、富士通、HP、NOKIAなどが合流して新たにMBOA(Multi-Band OFDM Alliance)が結成された。OFDMはOrthogonal Frequency Division Multiplexingの略で、直訳すると直交周波数分割多元通信となる。ADSLや802.11a、ETCなどにも使われているデジタル変調方式で、マルチバンド方式にOFDM変調を組み合わせる(MB-OFDM)というのは、TIのアイデアであった(そういう意味ではTIにMBCが合流したと見ることもできる)。MBOAはIEEE 802.15.3aにMB-OFDMによる標準化案を提出するが賛成票は60%で、採択に必要な75%に届かなかった。が、その後もMBOAの会員は順調に増え50社を突破した。たとえばMicrosoft、Broadcom、Infineon、Realtekといった企業も現在はMBOAの会員に名を連ねている。
MB-OFDMでは、上述した7.5GHzの帯域を528MHzのバンド13個に分割し、13個のバンドをグループAからグループDまでの4つにグループ分けする。うち、グループAに属する3つのバンドはMB-OFDM準拠のデバイスが必ずサポートしなければならないもので、これら3つのバンドをサポートしたデバイスをモード1デバイスと呼ぶ。さらに高い性能を必要とするデバイスはグループAに加えグループCの4つのバンドをサポートする。これら7つのバンドをサポートしたデバイスをモード2デバイスと呼ぶ。 グループBのバンド4とバンド5の間に「隙間」があること、モード2デバイスでグループBではなくグループCを用いるのは、すでに802.11aで使われる5.4GHz帯を避ける狙いがあるからだろう。また、グループBだけでなくグループDが将来の利用のための予約となっているのは、グループDの周波数帯をすぐに利用するのはコストの点で難しい(CMOSプロセスでの製造が難しい)からだと思われる。同様の理由で、最初の世代のMB-OFDMデバイスは5GHz以下の3つのバンド(グループA)だけをサポートしたモード1デバイスになると考えられている。
このモード1デバイスの性能だが、消費電力は250mW程度、最大データ転送速度は距離11mで110Mbps、6mで200Mbps、3mで480Mbpsと想定されている。つまり3m以内ならUSB 2.0やIEEE 1394なみの速度が期待できる。一番先に立ち上がる市場はIntelがターゲットとするデスクトップ市場だと考えられているが、現在Bluetoothが広く使われている(主に欧州において)モバイルコミュニケーション市場、家庭内ネットワーク(インターネット、AVネットワーク等)もそれに続くことが期待されている。
□ニュースリリース (2004年1月28日) [Text by 元麻布春男]
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