笠原一輝のユビキタス情報局

スリムノートも45Wへ!?
~上昇し続ける熱設計消費電力




 昨年末の本コラムでは、IBM ThinkPadシリーズ開発陣のトップである、日本アイ・ビー・エム ポータブルシステムズ担当 ディスティングイッシュド・エンジニア 小林正樹氏とのインタビューをお伝えした。

 この中で小林氏は、「当社は2005年には現在の通常電圧版クラスのCPUを入れていくためには、45Wの熱設計消費電力のレンジをクリアする必要があると予測している」と述べ、IBMがノートPCに採用されるCPUの熱設計消費電力(Thermal Desgin Power)が45Wになることを想定して開発を進めていることを明らかにした。


●2005年にリリースされるJonahは40Wを超える熱設計消費電力へ

日本アイ・ビー・エム ポータブルシステムズ担当 ディスティングイッシュド・エンジニア 小林正樹氏

 「入れないですむなら、入れたくないが……2005年には45Wのレンジをクリアする必要があると予想し、それを実現可能な熱設計を開発している」と、小林氏は苦笑混じりに明らかにした。小林氏は、具体的にどのCPUを想定しているのかについては明言を避けたが、2005年の、そして通常電圧版ということを考え合わせれば、それがIntelがDothanの後継として計画しているJonah(ヨナ、開発コードネーム)のことを指しているのは間違いないだろう。

 Jonahが40Wを超える熱設計消費電力になるというのは、別のソースも指摘しており、確実な線であるようだ。ただし、そのソースでは、バッテリ駆動時間に大きな影響を与える平均消費電力に関しては、現在のBaniasやDothanと同じレンジとなるとしている。

 こうしたことから、Jonahの姿というのがおぼろげながら見えてきた。Jonahでは現行のPentium Mに採用されているBaniasや2月に投入される予定のプロセスルールを90nmに微細化し、L2キャッシュを2MBに増やしたDothanに比べて、熱設計消費電力が大幅にあがるため、現在のBanias/Dothanに比べてより高度な熱設計を採用しない限り、筐体が現在よりも厚ならざるを得ない。

 しかし平均消費電力はあまり変わらないため、バッテリ駆動時間に関しては現在のBanias/Dothanとはあまり変わらないということになる。

●Banias、Dothan、Jonahと徐々にあがっていく熱設計消費電力

 2003年にリリースされた現行Pentium M(Baniasコア)の通常電圧版の熱設計消費電力は、従来のモバイルPentium 4-Mの35Wから10W下がって25Wとなった。

 90nmプロセスルールのDothanは2004年第2四半期にPentium M 1.80GHz、1.70A GHz、1.60A GHzとして投入されるが、OEMメーカー筋の情報によれば、Intelは熱設計消費電力が一時的に21Wにさがると伝えているという。

 ところが、情報筋の情報によれば、今後この熱設計消費電力は徐々にあがっていくという。第4四半期に投入される予定のシステムバスを533MHzに引き上げたDothanの投入で、熱設計消費電力は30Wレンジに引き上げられるからだ。

 第4四半期に投入される予定のDothanコアのPentium M 2.13GHzでは、熱設計消費電力は27Wとなる。このためPCベンダ各社は、533MHzのDothanをサポートするAlvisoチップセットのノートPCについて、30WのCPUが入るような熱設計を行なっているという。

 さらに今回明らかになったように、各OEMメーカーは、2005年の後半にリリースが予定されているJonahに対応するため、45Wを前提にしたシステム設計を行なっている。

 IBMの小林氏は、「弊社が重視しているのはT40の筐体の薄さを維持していくことだ」と述べていることからもわかるように、PCベンダ側は、熱設計の技術を改良することで、45WのCPUを搭載した場合でも現在のPentium M搭載ノートPCと同じような薄さを実現することを目指している。

 熱設計消費電力が上っていくのは、通常電圧版だけではない。Intelは、DTR(DeskTop Replacement)向けノートPC用となるモバイルPentium 4をリリースしているが、今後こちらに関しても徐々に上っていく見込みだ。

 現在のNorthwoodコアを採用したモバイルPentium 4の熱設計消費電力のターゲットは75Wだが、今年の第2四半期に投入が予定されているPrescottコアのモバイルPentium 4では、これが90Wに引き上げられる。さらに、2005年にはPrescottの後継として予定されている、デスクトップPC向けのTejasではPrescottを超える熱設計消費電力になるとOEMメーカー筋に通知しており、当然モバイル向けに関しても引き上げられると考えることができる。

 ただし、低電圧版、超低電圧版に関しては、熱設計消費電力が引き上げられるかはまだ明確にはなっていない。というのも、これらの製品は熱設計のマージンが小さく、ほんのわずかな上昇がOEMメーカーに対して大きな困難をもたらすからだ。

 現在低電圧版は12W、超低電圧版は7Wだが、Dothanの投入でこれが10W(低電圧版)と5W(超低電圧版)に下がる。しかし、こちらもシステムバスを533MHzに引き上げることで、熱設計消費電力は上昇してしまう可能性が高い。このためもあり、超低電圧版に関しては533MHzシステムバスへの引き上げは予定されておらず、Jonahの登場まで400MHzに据え置かれる計画のようだ。

 しかし、それもコアがJonahに変更されることで、低電圧版、超低電圧版に関しても大幅に引き上げなければならない可能性が高い。特に、現在ファンレスで製造されている製品が多い超低電圧版では深刻な問題となる可能性もあり、Intelにとっても、PCメーカーにとっても頭の痛い問題だろう。

IntelのノートPC向けCPUの熱設計消費電力推移(筆者予想)

●リーク電流が“ムーアの法則”の大きな壁に

 情報筋によれば、Jonahのスケジュールは当初言われていたよりも若干ずれ込んでおり、2005年の半ば~後半となる可能性が高いという。このため、製造プロセスルールも65nmプロセスに微細化される可能性が高い。

 実際、Intelに近いあるソースは、Jonahの製造プロセスルールは65nmであると伝えてきており、仮にこれが事実であれば熱設計消費電力が90nmのDothanに比べて大幅に上ってしまうというのも十分あり得る。

 というのも、現在半導体業界ではプロセスルールが微細化するたびに、トランジスタなどから漏れるリーク電力が問題となっている。現代の半導体の電力を語る上で、重要なポイントは3点ある。それがダイナミック電力、ゲートからのリーク電力、そしてチャネル間のサブスレッショルドリーク電力という3つだ。

 0.18μm(180nmプロセス)ぐらいまでの世代ではダイナミック電力が最も大きな問題だった。ダイナミック電力を下げるには、半導体にかける電圧を下げればいいため、プロセスルールの微細化が行なわれるたびに消費電力が下がってきた。

 電圧を下げた分、クロック周波数を上げてきたため、実際には消費電力は同じ程度が、徐々にあがっていくというサイクルを繰り返してきた。

 ところが、0.13μm(130nm)世代あたりから、リーク電力が大きな問題となってきた。これは、トランジスタがかなり小さくなってきたためトランジスタから漏れる電力(リーク電力)が問題になってきたためであり、今後プロセスルールがさらに微細化されるにつれ、より大きくなると予想されている。

 ゲートリーク電力、サブスレッショルドリーク電力に関しては後藤氏の記事に詳しいためここでは繰り返さないが、多くの半導体メーカーはゲートリーク電力に関してはゲートの素材をHigh-Kに変更することで、サブスレッショルドリークに関してはVt(しきい電圧)を動的に変えることなどで対処する方向性を打ち出している。

 だが、IntelはすでにHigh-Kの導入を2007年に予定している45nmプロセスルールからと明らかにしており、65nmプロセスルールに関しては依然として問題が残ることになる。サブスレッショルドリークに関しては、やはりVtを動的に変動させるAdaptive Body Baiasなどの技術を一昨年(2002年)のISSCCで技術発表しているが、この技術がいつ導入されるのかなどに関しては明らかになっていない。

●LongRun2対応Efficeonを出荷できればTransmetaにもチャンス

 こうなると、ソフトウェア技術であるLongRun2を持つTransmetaは、対Jonahという意味で大きな強みを持っている。

 LongRun2により、サブスレッショルドリークがある程度解決できるようになれば、同じような処理能力を持ったCPUであっても、Jonahは45W、Efficeonは25Wということが実現可能かもしれない。

 実際、Transmetaは第3世代のEfficeonにおいて、25Wの熱設計消費電力で2GHzを超える製品を計画している。それが、Jonahとほぼ同じようなクロックであった場合、再びTransmetaがCrusoeのような成功を収める可能性もある。もちろん、Transmetaが予定通りにLongRun2と第3世代Efficeonを出荷できたらという条件付きではあるが。

 あくまで結果論にすぎないが、Intel(に限らず、ほとんどの半導体ベンダ)は“消費電力”対策で後手後手に回ったしまったことが、モバイルPC向けのCPUで45Wというような“緊急事態”を生むことになってしまった。

 もう少し早い段階で、High-Kの採用やAdaptive Body Baiasなどの導入が出来ていれば、こうした事態が防げた可能性があるが、それは業界の予想を遙かに超えていたということなのだろう。


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(2004年1月22日)

[Reported by 笠原一輝]


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