穏やかな年明けとなった2004年最初のこのコラム、去年の回顧をまじえつつ、今年の予想をしてみたいと思う。まずはハードウェアから。
●90nmプロセスへの移行 今年必ず、それもかなり早いタイミングでスタートするのは、90nm製造プロセスへの移行。業界リーダーのIntelは、元々2003年末を予定していたのだから、それも当然の話だ。90nmプロセスによる最初のCPUであるPrescott向けに、既存チップセットのデザインガイドも改訂されたことだし、さすがにこれ以上遅れることはないだろう。すでに開発用の工場であるD1C(オレゴン州Hillsboro)で90nmプロセスによる先行量産がスタートしているほか、量産工場であるFab 11X(ニューメキシコ州Rio Rancho)もすでにレディになっているハズだ。これにFab 24(アイルランドのLeixlip)が今年前半に加わる。これら3カ所の工場はすべて300mmウェハを用いたものだ。 Intelはx86プロセッサ以外に、通信用のロジックチップ等も90nmプロセスへ積極的に移行することを表明しているが、これだけのキャパシティがあれば十分可能というほかない。次世代の65nmプロセスに対応した開発工場であるD1D(オレゴン州Hillsboro)も運用が始まっているハズだし、年内に量産工場であるFab 12(アリゾナ州Chandler)の65nmプロセスへの転換工事も始まる。これらロジック向けの5カ所に加え、2003年は苦杯をなめたフラッシュメモリ分野でも、90nmプロセスへの転換を行なう工場が出てくるだろう(候補はイスラエルのFab 18あたりか)。 ライバルのAMDも2004年後半での90nmプロセスへの移行を表明している。AMDは、昨年末に65nmプロセス以降に対応した新しい工場(Fab 35)をドレスデンのFab 30の隣接地に着工したばかりだが、90nmプロセスは200mmウェハを用いるFab 30でスタートする。
Fab 35の稼動はどんなに早くても2005年末、本格量産は2006年と見込まれるが、Fab 35が利用可能になるまでがAMDにとって一番つらい時期となるだろう(Fab 30がオープンした頃のAthlonの「勢い」を思い出して欲しい)。この2社以外のプロセッサベンダ(主にTransmetaとVIA)も90nmプロセスへの移行を表明しているが、いずれも自社に製造施設を持たないだけに、IntelやAMDに比べればスケジュールは流動的になるだろう(流動といっても前倒しになることは普通ないが)。
□関連記事 ●PCI Expressの登場 これら90nmプロセスのプロセッサのパートナーとなるのが、PCI Expressに対応したチップセットだ。技術的広がりという点から、製造プロセスの進化以上の影響力を及ぼすものと考えられる。おそらく今年の半ばあたりには登場してくるハズだが、最初は互換性等が問題になることだろう。これは毎度のことであり、ある意味避けられないことでもある。こうしたトラブルを体験するというのも、第1世代の製品を購入するユーザーの特権(?)であり、そういうトラブルを回避したいユーザーはとりあえず様子見を決め込むのが良い。この新しいバスの登場は、様々なところに影響を及ぼす。たとえば今年の後半(クリスマス商戦)に投入されるハイエンドグラフィックスチップは、PCI Expressに対応したものにならざるを得ない。が、PCI Expressが立ち上がる今年半ばの時点で、ハイエンドグラフィックスチップをPCI Express対応にするのはリスクが大きいだろう。かといって、いつまでもAGPにしがみつくわけにもいかず、グラフィックスチップベンダは微妙な決断を迫られることになる。
●グラフィックス分野の寡占化 グラフィックス分野にとって2003年はあまり良い年ではなかった。2003年のPCグラフィックス業界に影を落としたのは、いわゆるチートの問題、ディスプレイドライバが特定のベンチマークソフトに対して不適当な「最適化」を行なったのどうの、という論争だ。これらの問題については、PC Watchでも取り上げられているから、ここで繰り返すことはしないが、そもそもこうした問題が起こる理由については若干触れておきたい。もちろん最大の、そして直接的な要因は、PCグラフィックス市場の寡占化にある。かつては両手でも数え切れなかったほどのメーカーが溢れていたPCグラフィックス市場だが、今やATIとNVIDIAの2社による寡占状態にある。確かにチップセットの統合グラフィックスを含めれば、最大手であるIntelを無視することはできないが、少なくとも同社はグラフィックスのトレンドセッターでもテクノロジドライバでもない。その役を担っているのは、やはりATIとNVIDIAの2社である。 寡占の弊害は、両社によるISVの囲い込みという形で現れている。最も分かりやすいのはATIの製品に「Half Life 2」がバンドルされていたり、NVIDIAの製品を買うともれなく「Call Of Duty」がもらえたりということだが、本質的な問題は、ソフトウェアが特定のハードウェアに対して最適化されてしまうことにある。つまり、AというタイトルをプレイするにはATIのチップじゃなきゃダメとか、Bというタイトルが本当に楽しめるのはNVIDIAのチップだけ、といった状況だ。こうなるとただでさえ規模の小さなPCゲームプラットフォームは、2つに分断されてしまう。小さな市場には大きな開発費は投じられないから、タイトルの質の低下を招く。2社によるISVの囲い込みはグラフィックス市場に対する新規参入を難しくする。それが市場全体にいい影響を及ぼすとは思えない。 もちろん企業である以上、ATIにしてもNVIDIAにしても100%の市場シェアを目指して日夜努力をしていることだろう。ISVも、動作保証を確実にし、より高いビジュアル効果を得るために、グラフィックスチップベンダの開発協力を欲することだろう。それぞれの行為は誉められないとしても、決して責められるものではない。だが、結果として望ましい方向に進んでいると思えないことも事実だ。
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●グラフィックス市場でのMicrosoftの影響力低下 このような問題が顕在化しているもう1つの理由は、PCグラフィックス市場に対するMicrosoftの影響力低下にある。大昔、PCグラフィックス市場は、グラフィックスベンダの独自API(最も有名なのが3DfxのGlideである)で細分化されようとしていた。それを1つの統合された市場にまとめあげたのは、OpenGLやDirectXといった標準APIの存在だ。MicrosoftはDirectXの提供者として、あるいはOpenGLの標準化団体であるOpenGL ARBの創立メンバーとして、これら標準APIに深くかかわってきた。ところが2003年の春、Microsoftは大きな方針変更を行なった。1つはOpenGL ARBからの脱退、もう1つはMeltdownの開催中止である。Meltdownは、最新のDirectXのベータ版を開発者に配布すると同時に技術情報を開示し、対応したゲームの開発を促すイベントだ。毎年春に開催されるのが通例だったが、2003年は中止となり、2004年も予定されていない(MeltdownのページもMicrosoftのサイトから消えてしまった)。この間Direct XはVersion 9のままで、ただセキュリティ関連などのアップデートが行なわれているに過ぎない。 少なくともリリースまでまだ2年あるLonghornについても、3DグラフィックスAPIとして論じられるのは相変わらずDirectX 9である。これでは、グラフィックスチップベンダ独自の「拡張」が幅を利かすのも無理はない。そういう意味で、現在のPCグラフィックスは、各社が独自のAPIで囲い込みを行なっていたDOS時代末期に近い状況となってしまっている。 MicrosoftがPCグラフィックスからすっかり醒めてしまったように思える理由は、もちろんXboxだ。少なくともゲーム分野におけるMicrosoftのフォーカスはXboxとその後継機であり、PCプラットフォームにはない。 本稿執筆時点で、MicrosoftのPC向けゲームサイトで、2004年のリリース予定(Upcoming Releases)として挙げられているのはわずかに2タイトルのみ。しかもうち1本は大ヒット作(Rise of Nations)の拡張パックなのだから、事実上1本だけと考えられる。これに対してXbox向けには10本がラインナップされている。PC向けジョイスティック事業(Sidewinderブランド)からの撤退と併せ、MicrosoftのPCゲーム市場における存在感は低下する一方だ。おそらくこの傾向は、2004年も変わらないだろう。
●ゲームの魅力の低下 PCグラフィックス市場が盛り上がらない理由として最後に挙げておかねばならないのは、ゲームそのものの魅力の低下である。悪い言い方をすれば、市場には見たことのあるようなゲームばかりがならんでいる。これはPCゲームに限った話ではなく、専用機も含めたゲーム市場全体に当てはまることだ。現在の3Dグラフィックスブームを起こしたのは、間違いなくFirst Person Shootingと呼ばれるジャンルのゲームだが、それに変わる新しいゲームジャンルが登場してこない。ネットワークゲームは一定のファンを獲得するのには成功したが、かつてのようなゲームブームを巻き起こすには至っていない。ネットワークゲームの広告等で、よく有料会員数何万人というフレーズを目にするが、筆者はタイトルを問わず相当数が重なっている(リネージュもFF XIもみんな同じユーザーが会員になっている)のではないかと推定している。今、みんなが待ち望んでいるのは新しい方向性のゲームなわけだが、まだヒットの鉱脈は掘り当てられていない。個人的には、次の方向性はバリバリの3Dグラフィックスではなく、テトリスのような素朴な(しかし完成度の高い)ゲームのような気がしている。そういう意味では、任天堂がゲームボーイアドバンス向けにリリースした「メイド・イン・ワリオ」は面白い試みだと思うのだが、キラーと呼べるほどのヒットにはなっていない。いずれにしても、とりあえず次は3Dグラフィックスバリバリとは逆のシンプルな方向にいき、その次の世代では反動として再び3Dグラフィックスに注目が集まる、といった振り子のような動きになるのではないかと思っている。そういう点からすると、DirectXがVersion 9で足踏みしているのも、実は意味のないことではないのかもしれない。 紙幅が尽きてしまったので、ソフトウェア分野については次回にお話したい。
□関連記事 (2004年1月8日) [Text by 元麻布春男]
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