笠原一輝のユビキタス情報局

“TV in PC”から“PC in TV”への架け橋となるバイオV
~ソニー開発者インタビュー




ソニーのバイオVシリーズ

 ソニーから今月の18日に発売されるバイオVシリーズは、一言で言ってしまえば“液晶一体型PC”なのだが、見た目から受ける印象は、PCというよりどちらかと言えばテレビといった趣で、これまでの液晶一体型PCとは一線を画したデザインになっている。

 バイオVは、液晶一体型のPCとしては初めて成功したと言ってよい製品となった「バイオW」シリーズの後継で、テレビの機能を重視した製品に仕上がっている。今回は、このバイオVの発売に先立ち、バイオVを開発したメンバー(そして一部のメンバーはバイオWにも関わっている)に、バイオWが成功した理由、そしてバイオVのコンセプトなどについて伺った。


●液晶一体型PC市場における初の成功例となったバイオW

 ここで正直に告白したい。筆者は最初にソニーがバイオWという液晶一体型のPCをリリースすると聞いたときの感想は「ああ、これも駄目だろうな」というものだった。有り体に言えば、失敗すると思ったのを今でも覚えている。

 というのも、当時PC業界において液晶一体型PCに取り組むというのは“鬼門”だったからだ。多くのPCベンダがこの液晶一体型PCにチャレンジしては失敗し、再度チャレンジしては失敗し、という状況だったからだ。PC業界の関係者と話す機会が多い筆者にとって、「液晶一体型は成功しない」は当時の常識であり、おそらく筆者以外のPC業界の関係者も同じ感想を持ったのではないだろうか。

 だが、それが間違っていたことは、その後のバイオWの成功がすべてを物語っている。筆者はバイオWが成功した最も大きな理由はその“価格”にあると考えている。リリース当初の初代バイオWは15.3型のワイド液晶ディスプレイを搭載し、CPUはCeleronを搭載することでコンポーネントの価格を抑え、実売で16万円前後と非常に安価な価格設定を行なった。今思えば、この価格設定はかなり戦略的なものだったといえる。というのも、それまでの液晶一体型PCは、いずれも20万円を超える価格になっており、まさに“革命的”な価格設定だったからだ。

ソニー株式会社 IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニー 企画部企画3課 係長 国則正人氏

 バイオWの製品企画も行なったソニー株式会社 IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニー 企画部企画3課 係長 国則正人氏は、筆者のバイオWは成功すると思ってましたか? という問いに対して「いえ、我々は絶対成功すると信じてました」と述べる。

 国則氏は、「我々が考えていたのは、デスクトップPCとA4ノートの間にくる製品で、実は結構大きいだろうということです。なので、そこには必ず潜在的な市場があると考えていました」と、バイオWのチームとしては当初から成功を確信していたという。

 バイオWの開発チームは液晶一体型PCを開発するにあたり他社の製品を含め徹底的な研究を行なったという。その中で、テレビ、コンパクトさ、デザインという2つのキーワードをベースに開発を進めていき、あのバイオWというデザインができあがっていった。

 「正直言って社内でも成功するかどうかに関しては議論がありました」と国則氏はいう。ソニー社内でもバイオWのチーム以外はみな半信半疑であったという。「このため、当初は生産数もあまりアグレッシブではなかったため、逆に販売を始めると生産が追いつかなくてという事態になってしまったんですが(苦笑)」という状況の中で、なんとか船出し、そして成功を収めたのがバイオWだったのだ。

●“TV in PC”から“PC in TV”を半分ずつ実現したバイオV

 その後、バイオWはテレビの機能を進化させたり、NetMDがついたり、DVD-RWドライブが内蔵されたりと機能が強化されている。その中でも筆者が注目したいのが、当初は15.3型液晶だった液晶が最終的に17.5型に強化されていることだ。

 現在PCやデジタル機器の機能を語る上で、ディスプレイの大きさというのは非常に重要なポイントとなりつつあるという。というのも、バイオWのように液晶一体型のPCの場合、製品の大きさというのは液晶の大きさに比例して大きくなるからだ(液晶を内蔵していないタワー型のPCなどではだいぶ事情が違う)。

 従って、15.3型から17.5型へとサイズアップが図られたバイオWは、どちらかと言えば大型の製品になってきつつあると言ってよい。これは、バイオWがリビングに置く製品であるということが影響しているのだと言っていいだろう。

 PCをリビングに設置する場合、やや離れた距離から液晶を見る可能性が高い。液晶のサイズが大きければ大きいほどよいのは言うまでもなく、正当な進化と言ってよいだろう(それでも普通のTVに比べれば十分な大きさであるとは言い難いが)。

 では、これに対して15型というやや小さめな液晶を搭載したバイオVはどこの市場を狙っているのだろうか? これに対して国則氏は明確に「パーソナルです」と説明する。つまり、バイオWがリビングに置いておく製品だとすれば、バイオVは寝室や書斎といった個人の部屋に置いておく製品だというのだ。「TVとPCとの融合をテーマとして考えていくと、“パーソナル”ということを重視していく必要があるんじゃないかと考えたのです」(国則氏)。

 PC業界ではこれまで何度も議論されてきたのが、“TV in PC”(PCの中にテレビ機能)であるのが正解なのか、“PC in TV”(テレビの中にPCの機能)が正解なのかというものだ。前者は現在多くのPCメーカーが発売しているテレビ機能を持ったPCだし、後者はインターネットにアクセスする機能を持ったテレビやセットトップボックスのようなものになるだろう。これらについてはまだまだ答えはでていないと言ってよい。

 例えばソニーは、現在開催中のCEATECでPSXを展示しているが、これなどはまさにPC in TVのような代表例といえるかもしれない。いってみればHDDレコーダというTV用のセットトップボックスの中に、PlayStation 2の機能やWebにアクセスするというPCの機能などが入ってしまった製品だ。

 これについて国則氏は「本製品はPCとテレビが半分ずつという製品だと考えています」と、バイオVは“PC in TV”と“TV in PC”のちょうど中間にある製品、いってみればどちらともとれる製品だと位置づけているという。このため、デザインはテレビを意識したものになったし、液晶の輝度をこれまでのPCではあり得なかったほど高いものにし、スピーカーの設計などにもこだわりをもっている。しかし、x86のCPUを内蔵し、Windows OSを採用しているというPCとしての機能は、他の製品となんら変わっていないのだ。

【お詫びと訂正】初出時、バイオVの液晶について15.1型と明記されていましたが、正しくは15型となります。お詫びとともに訂正させていただきます。

●テレビのように見せるためこだわったバイオVのデザイン

ソニー株式会社 ホームネットワークカンパニー デザインセンター DIP Gp アートディレクターの石井大輔氏

 では、実際にどういった点をこだわって設計しているのだろうか? 大きく言うと、いかにテレビらしく見せるかという点に力点が置かれているといえる。

 バイオVのデザインを担当したソニー株式会社 ホームネットワークカンパニー デザインセンター DIP Gp アートディレクターの石井大輔氏は「単体で見て、どちらかと言えばPCではなくて、テレビと見えた方がインテリアとしてとけ込みやすいんです」とそのデザインのコンセプトを説明する。

 バイオVは、寝室や書斎などにちょこっと置いてあり、テレビとPCと半分ずつというのがコンセプトだ。このコンセプトを実現するためには、寝室や書斎のインテリアと著しく不似合いなデザインでは意味がない。そこで、バイオVではどちらかと言えばPCらしくなく、テレビと見えるようなデザインを採用している。

 実際に、テレビらしく見せるようにするために、ボディには光沢塗装がされたABS樹脂を採用し、さらに前面にはアルミのパネルをはめ込んでいる。一般的なPCでは、ABS樹脂やFRPなどプラスチック系の素材がボディに採用されることが多い。こうした素材の利点は、低コストでそれなりの質感に見えることだが、オフィスなどに置くならともかく、寝室などに置くにはちょっと違和感がある。

 そこで、バイオVでは光沢塗装を行ない、さらに液晶の周囲をアルミのパネルで覆うことで、より高級感を出している。「普通15型のテレビに16万円は払いませんよね。でもPCである以上はそうした価格になってしまうので、付加価値となるようにデザインにはこだわりました」(石井氏)と、液晶テレビとの差別化ということも意識しているようだ。

 もう1つ、今回バイオVのデザイン上の特徴といえば、ワイヤレスのキーボードとマウスを採用していることだ。実はソニー社内で当初バイオVのデザインは“小さいバイオW”というところから開始されているという。このため、最初はキーボードは前に、スピーカーは液晶の左右についていたという、最終製品のバイオVとはだいぶ違う製品となっていた。現在我々が目にしているバイオVではキーボード/マウスはワイヤレスだし、スピーカーは液晶の下部についている形となっている。

 実はここに行き着くまでには様々な試行錯誤があったという。石井氏によれば、実際に試作したのは7、8種類にも上っているといい、一般的なPCの試作品としては多い方だといえる。最終的にキーボードをはずしてワイヤレスにしたのは、「やっぱりテレビを見るときにキーボードが前にあると邪魔ですよね」(石井氏)というのが大きかったという。

 また、キーボードをワイヤレスにしたことに併せて台座を中心に360度回転し、さらに液晶の角度も割と柔軟に変えられるようにした。こうしたデザインを採用したのは、「ソファーで見るときと、いすに座ってキーボードを入力する時には角度が違いますから」(石井氏)とのこと。こんなところにも、“TV in PC”と“PC in TV”の架け橋というコンセプトが生きている。

バイオVにはホワイトとブラックという2色が用意されている ボディは光沢塗装がされたABS樹脂で、前面にはアルミ板が貼られており、高級感のあるデザインに仕上がっている

●テレビらしく見せるための秘密兵器“クリアブラック液晶”

ソニー株式会社 IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニーの田所秀貞氏

 今回のバイオVでも、ソニーが最近盛んにアピールしている高輝度液晶の“クリアブラック液晶”が採用されている。ソニー株式会社 IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニーの田所秀貞氏は、「クリアブラックは、むしろこの製品にこそ使いたくて開発した製品といっても言い過ぎではないですね」と、バイオVにこそ必要な液晶だと説明する。

 というのも、PCに採用されている液晶は、実は液晶テレビなどに採用されている液晶に比べるとやや暗めなものになっている。PCに採用されている液晶はバックライトに1つないしは2つ程度の蛍光灯しか内蔵されていないのに対して、テレビでは4や6つなどといった、実に多くの蛍光灯が内蔵されているからだ。

 そこで、クリアブラックでは、液晶のフィルターや素材などを見直すことで、PC用の液晶でもテレビ用の液晶に近づく明るさを実現しており、実際筆者がレビュー時に実製品を計測してみたところ400cd/平方mというかなりテレビの液晶に近い輝度を実現しているのだ。

 また、バイオVでは本体の熱設計も設計上問題になったという。バイオVは、本体の下部に電源とHDDが入っているボックス、マザーボード、光学ドライブ、CPU、MPEG-2ハードウェアエンコーダボードなどは液晶の背面のボックスにあるという2ウェイ構成になっている。

 このため、熱設計はそれぞれ別に行なわれており、下部のボックスは電源のファンで、上部の液晶部分はCPUファンとシャシー用のファンで放熱されている。問題になったのは、上部のボックス部分だ。というのも、バイオVでは内部で、MPEG-2エンコーダボード、CPU、光学ドライブが横一直線に並んでおり、「なかなか直接風を当てるのが難しい構造」(田所氏)になっているからだ。そこで、当初の予定よりもやや多く穴をあけるなどして風の通り道を確保し、放熱しているという。

 ただ、下部ボックスが電源とHDD、上部ボックスがロジック周りという設計をとったために、別の問題もある。というのは、MPEG-2ハードウェアエンコーダボードは、どうしても上部ボックスに装着する必要があるので、TVのアンテナやビデオ入力などの端子は下のボックスに持って行けず、ケーブル類が液晶の側面からはみ出て見えてしまうことがある。「どうしても設計上の都合で下に持って行くのは難しかったのは事実です。ただ、それを補う意味でアンテナ用にはL字型のコネクタを同梱して、見た目をよくする工夫をしています」(国則氏)と、この点は今後の課題であるといえる。

 現在のPCのアーキテクチャで、PCIバスのカードだけをロジックから独立させて下側のボックスに持って行くというのはかなり難しいだろうし、アナログ信号のクオリティということを考えると、内部でケーブルを延長させてコネクタだけ下部のボックスへ持って行くというのも難しいだろう。きっとやってできないことはないのだろうが、それはコストとのトレードオフになる。

 ただ、筆者は冒頭で述べたが、バイオW成功の鍵はなんといっても価格だった。そうした意味では、バイオVも16万円前後という価格は、はずせない要素だといえるだろう。このため、そこはある程度の妥協はせざるをえなかったのではないだろうか。

 来年には、PCI Expressというシリアルバスが導入され、これまでよりも容易に信号線を下部ボックスまで引き回すことができるようになる。近い将来にはこうした問題を低コストで解決することができるようになるだろう。

バイオVの右側面、コネクタ類はほとんどがこの右側面に集まっている 下部のボックスにはHDDと電源が格納されている

液晶の裏側にはマザーボード、光学ドライブ、MPEG-2ハードウェアエンコーダボードなどが格納されている

●ボーカルが抜ける感じの明るい音がコンセプト

 もう1つ忘れてはならない要素が、オーディオ関連の強化だ。ただ、「この製品はバイオの中でもローエンド製品であり、正直言ってオーディオに多額の開発費をかけるのは難しかった」(国則氏)との通り、他のAV機器のように音作りにこだわってコストをかけるという製品でもないことも事実だ。そこで、バイオVでは、ソニーが持つノウハウというのもうまく使って、低コストながらよい音というのを作ることを心がけたという。

ソニー株式会社 IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニー シニア・エンジニアの篠田初彦氏

 バイオVのオーディオ周りの設計を行なったのは、ソニー株式会社 IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニー シニア・エンジニアの篠田初彦氏。

 篠田氏は、ソニーのAV機器部門で、オーディオに関する様々な設計を行なってきたベテランエンジニアで、最近バイオ部門に移ってきて本製品の設計に携わったという。言い換えれば、“オーディオのソニー”が持つノウハウを体現しているエンジニアであるそうだ。

 篠田氏がバイオVのプロジェクトに携わった時には、すでにアウトラインが決定されていて、スピーカーの大きさなどは決まっていたという。その中でいかによい音を実現するかということで、様々な検討をしてきたという。中でも重要視したのが、「テレビで音楽番組を見るときに、ボーカルの音が抜けるような明るい音」(篠田氏)だったという。一般的に、こうした液晶一体型PCの場合にはやや曇ったような音を出す場合が多い。それだと、特にボーカル入りの音楽を聴いた場合に違和感を感じすることになるという。

 そこで、バイオVでは、スピーカー専用のバスレフ構造のボックスを採用し、上位モデルと言ってよいバイオWよりもボックスの容積を確保することで、しっかりとした音作りを行なっているという。実際にバスレフの径に関してもメーカーと打ち合わせをしながら、調整を行なってみたという。

 さらに、「ある帯域のf特(周波数特性)を1dbあげたり下げたりという調整をしながら微調整していきました」(篠田氏)という通り、確かに実際の製品で聞いてみるとボーカルが抜ける音に仕上がっており、液晶一体型PCとしてはかなりレベルの高い音になっていると言っていいだろう。

【お詫びと訂正】初出時、篠田氏の所属部署について誤った記述がされていました。お詫びとともに訂正させていただきます。

●今後もAVやテレビ機能を融合を奨めていくバイオシリーズ

 それでは、今後のバイオシリーズはどうなっていくのだろうか? 今回の秋モデルの目玉はなんといっても、今回取り上げたバイオVだが、「今後もAV機器やテレビとの融合という路線は推進していきたいですね。後から振り返った時に、2003年のあの時期からPCの形って大きく変わって行ったよね、と言われるようにしていきたいです」(国則氏)、とソニーとしては今後もこうしたPCとAV機器、TVの融合という路線を推し進めていくつもりであるようだ。

 現在多くの量販店では、デスクトップPCよりもノートPCに売り場面積をとってきている現状だ。つまり、売れ筋は確実にノートPCに移りつつある。つまり消費者は省スペースなPCを求めており、今のところはノートPCがその答えとなっている。

 ただ、仮にテレビという機能を持つのであれば、デスクトップPCでもない、いやノートPCでもないフォームファクタというのもあってよいはずだし、多くのエンドユーザーにとってこれまで慣れ親しんだテレビの形をしたPCというのも今後は1つの流行になる可能性がある。そうした意味で今回のバイオVは、もうデスクトップPCという範疇には入らない製品と言ってよいのかもしれない。

 もしかすると、あと数年後にはデスクトップPCでもない、ノートPCでもない、“テレビPC”などという別のカテゴリーができあがって、バイオVはその先駆けとなっている可能性もある。

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【10月3日】ソニー、バイオVの発売日を10月18日に決定
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1003/sony.htm
【9月22日】ソニー、バイオVの発売を10月下旬に延期
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0922/sony.htm
【9月9日】ソニー、15型液晶一体型デスクトップ「バイオV」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0909/sony1.htm

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(2003年10月8日)

[Reported by 笠原一輝]


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