昨年、もう1年以上前になるが、やりかけのまま進めていなかった話がある。PCとデジタル一眼レフ、レンズを同時に持ち歩くのに都合のいいオリジナルの鞄を作る、という話だ。発注先や基本方針まで決めて、あとは大まかなレイアウトを発注先の「APE」に注文するだけとなったのだが、その後が進まない。 記事を書いた直後から忙しくて身動きが取れなくなったり、ほかのカメラ好きを誘って仕様を練ろうと誘ってみたり(結果、意見がまとまらない)、色々な障害があったのだが、それはすべて言い訳。おおよそのレイアウトは固まってきたのだが……。と、そうこうしているうちに、パソコン/一眼レフデジタルカメラの複合バッグよりも先に、これまた専用に作り込んだ革製のPC用インナーバッグの方ができあがってきた。「買い物山脈」ネタではあるが、その仕上がりや発注手順、使い勝手などを紹介しよう。 ●取材に出かけたつもりが…… 東京・代官山の駅から歩いて3分ほどの場所にある「オーソドキシー」は、気さくな女性店主が経営する洒落た革製品のお店。オリジナルデザインのヌメ革を使った鞄や財布、手帳カバーなど、上品なデザインと使い勝手の良いオリジナリティ溢れる作品が店内に飾られている。オーダーメイドの革製品製作も、デザインも担当している店主の今野ひろ子さんと相談しながら作ることが可能だ。 オーダーメイドを受け付けている革製品屋さんが珍しいというわけではない。が、このオーソドキシー。普通の革製品屋さんとは異なるところが1つだけある。電子デバイス用のケース制作で、長い経験を持っており、過去数十点にも及ぶPCやPDA用の作品を作り出してきたことだ。 実はオーソドキシーはケータイウォッチなどにも寄稿しているゼロ・ハリ氏御用達のお店。以前、ゼロ・ハリ氏がX20用のオリジナルPCケースを紹介していたことがあるが、ほかにも「あ~、あの人が」と名前を知る人が出入りしている。店の雰囲気からは想像できない、モバイラーの巣窟(!?)とも受け取れるが、ゼロ・ハリ氏曰く「僕らが勝手に使っているだけなんで」とのこと。
そのオーソドキシーを紹介していただくことになった。元々は鞄マニアで知られるゼロ・ハリ氏に、くたびれてしまったバッグの買い換えを相談したところ「今度、インナーバッグをあつらえようと思っていたところ「PCはインナーバッグに入れて、バッグは普通のやつを使うのがいいよ」との返信アリ。それならゼロ・ハリ氏のオーダー手順や製品の仕上がりをレポートさせてもらおうと考えたわけだ。 ところが、実際にお店を訪れ、それまでに制作されたインナーバッグの写真を見せてもらうと、これがどれも実によくできている。サスガにDOS/Windows 3.0A時代からモバイラーをやってたベテランたちが、自分の欲望のままに無理難題を押し付けてきただけあって、今野氏もすっかりヘビーモバイラーが欲しがるインナーバッグの勘所を承知しているのだ。 軽妙で知られるゼロ・ハリ氏の話術にも乗せられ、思わずその場でインナーバッグを発注してしまった。ゼロ・ハリ氏の取材に出かけたつもりが、体験取材モードに。しかし、その出来具合は想像以上のものだった。
●そもそも、なぜインナーバッグ? それまでに仕事で使っていた鞄は、ナイロン製のラガシャSiTEシリーズ。大型のポケットが使い易く、PC用パーティションの使い勝手も良好。かつ軽量な仕上がりで気に入っていた。僕の場合、常にPCを持ち歩くため、PC用パーティションを内蔵したバッグの方が使い勝手がいい。と思っていたのだが、普段使いのバッグを色々探していると、デザインや機能などでPC対応ではないものに目が行ってしまう。 またこれまでは普段使いから出張まで、すべて1つのバッグでまかなってきたが、出張用に一回り大きなバッグもほしくなっていた。ならばバッグはPC対応にこだわらずに好きなものを選び、インナーバッグで対応した方がいいと考えたわけだ。 ただし一般的に売られているインナーバッグにはいくつか不満もあった。インナーバッグからの出し入れがしにくい上、必要なモバイルグッズをインナーバッグ側に収められるものが少ないこと。数年前までは、ゴムなどでPCに取り付け、バッグから取り出さずに使え、さらに若干のケーブルやCFカードなどを収められ、さらに簡単な取っ手も付いたインナーバッグがサンワサプライなどから出ていた。しかし、近年のモデルチェンジでゴテゴテと機能が付きすぎて、インナーバッグとは言えないものになってきていた。 やっとの事で、以前検討していた旧型インナーバッグの在庫品を見つけたものの、サイズを合わせてみるとバイオノート505用に設計されたもののようで奥行きが足りない。さてどうしようか? と考えていたところに、オーソドキシーと出会い、すっかり惚れ込んでしまったというわけだ。 ●バッグのことは職人の方がよく知っている というわけでインナーバッグをオーダーすることになった。オーダーしたのは出張時にメインで使っているThinkPad T40ではなく、携帯する頻度が高いThinkPad X31用のもの。初めてのオーダーで多少とまどうところもあったが、次のような機能を盛り込んでもらうことをお願いした ・インナーバッグから出さずにそのまま使える と、これだけを伝えると、機能をどのように実装するのか、デザインをどうするのか、色や配色は、すべてデザインを担当する今野氏に“おまかせ”した。今野氏によると機能やデザインをあまり細かく指定しすぎると、製作する上で問題となる部分が出やすく、製品の仕上がりにも無理が出やすいという。 むろん、オーダーメイドでできないものはあまりないようだが、大幅なコストアップや重量の増加などにつながる場合もあり、革製品の製作手法を知るプロに任せた方が良いことが多いという(もっとも、相手が電子デバイスのケース製作に慣れているから任せられたという面もある)。バッグ作りのことは、その道のプロの方が遙かによく知っているのだから、発注先を信用すべきだろう。 さて、基本方針を伝えたら、デザインを検討するため一定期間を置いてから、今度は実物のPCを店に持ち込む。この時点でデザインラフや素材サンプルを見ながら、具体的に制作するバッグの設計について打ち合わせ。この時点で追加仕様(たとえばUSBポートの位置に穴を開けるなど)をお願いすることもできる。ピッタリのインナーバッグを制作したいなら、このときPCを預けておくのが望ましい。 この後、オーソドキシーでは実物とデザイン画から具体的な構造を決め型紙を起こし、手作りで製品を仕上げていく。今回の場合、PC本体にピッタリフィットし、なおかつ機能的に複雑な面もあったので10日ほど納期がかかったが、シンプルなものならば1週間程度でできる場合もある。おおむね、1~2週間ほどと考えるといいだろう。この納期はオーソドキシーに限らず、ほとんどの革製品屋で同程度のようだ。 ●満足の使い勝手と仕上がり
さて、実際に出来上がったのは、ヌメ革の素材色を活かした同系三色のデザイン。ACアダプタの穴が開けられ、(発注していたわけではないが)左奥の面取りにピッタリ合うように縫製されている。さらに写真ではわかりにくいが、本体のサイドラインが手前にかけ、なだらかな斜面になっているのに合わせ、底面を支える革パーツの深さが微妙に変えられている。 液晶のダブルリッドに引っかけ、奥に倒れないようになっているのも注文通り。3本のファスナーを使ったユニークな液晶裏面のデザインは、細い部分の裏に小さめのマチが付けられたケーブル用ポケットを装備。ケーブルを取り出すと携帯電話を逆さまに差し込むホルダーにもなる。反対側にはCFカードなどを差し込むポケットを取り付けた。CFカードを取り出しやすいよう、指で押し出す穴が配されている点が親切。 取り出しやすいCFカードポケットや、携帯電話の逆さま差し込みとケーブル用ポケットを兼ねる構造、リッドに引っかけるアイディアなどは、すべてリクエストに従って今野氏が実際のバッグに実装してくれたもの。取っ手の使い勝手も良く、デザインや質感の仕上がりもサスガだ。革の裏側もバックスキンそのままではなく、極薄に削いだ革が裏地として貼り付けられていた。 ただし、良い素材と手間をかけたオーダーメイドだけに、それなりに値段も安くはない。今回の構成では94,000円のプライスが付けられたが、本格的なオーダーメイドの手間や素材、現物合わせでの一点もの製作などのコストを考えれば、決して高いとも言えない。 問題は、製作したインナーケースは一生モノと言えるほどのデキであるのに対して、その中に入れるノートPCの製品買い換えサイクルが圧倒的に短いことだろうか。今回、最終的な価格を決めず、機能や構造をすべておまかせでデザインしてもらったが、約10万円という金額が最初に出てきていれば発注を躊躇したかもしれない。しかし出来上がったモノの仕上がりを見ると、後悔の念は出てこない。 なお機能的にもっとシンプルな製品であれば、4~5万円程度でも製作が可能なようだ。興味があるならば、オーソドキシーをはじめとする街の革製品屋さんに相談してみてはいかがだろうか。僕自身、今回の経験を生かして、オリジナルの革カバンを、いつかオーダーできる余裕が出てきたら製作したいと思うようになった。 それと共に、“お気に入りパソコン/デジカメバッグ”の方も計画を進めざるを得ない気分になってきた。忙殺される中で、製作意欲が多少低下していたが、自分だけのカバンの使いやすさに触れてしまうと、再びモチベーションが沸いてくるようだ。 □オーソドキシーのホームページ (2003年9月10日) [Text by 本田雅一]
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