第213回
PC依存症への対症療法



 PCを仕事の、そして趣味の道具として使い始めて何年が経つだろう。筆者の振り返ってみると、PCへの依存度はこの10年で驚くほど高くなっていることに改めて驚く。PC黎明期には、PCへの依存が高いワークスタイルを取ってるつもりでも、何かにつけて不便なことや、不足するアプリケーション、あるいは通信環境の不整備などもあって、インテリジェントな文房具の域から踏み出した使い方はあまりしていなかった。

 しかし今や、PCは仕事や生活を送る上で、もっとも身近な存在になっている。

 PCを仕事や生活の中でもっとも身近な道具として使っていると、PCへの依存度が高いことに何ら疑問を持たないものだ。そして“PC依存症”が進んでくると、何でもPCで解決しようとしてしまう。PCでコミュニケーションを取り、PCで情報を得て、PCで音楽を聴き、PCで映像や画像を管理し、PCで自らのスケジュールを管理する。

 1月に開催されたInternational CESでの事。たまたま現地会場で逢った友人と僕、それにもう1人の記者が、翌日に待ち合わせをしようということになったが、その場でスケジュールを合わせようと3人が通路に座ってノートPCを開いた。3人が3人とも、PCが無ければ待ち合わせ時間ひとつ決められない。

 しかもPC依存症は、ヘビーなモバイルユーザーほど顕著で、自覚症状がないものだ。もちろん、PC依存が高くなること自身は、本人がそれで幸せならば何ら問題となるものではない。PCを使うことが生活の一部となっている僕のような人間の場合、むしろ徹底してPC中心主義を貫いた方がいい。しかしながら、その場合でも症状を自覚した上で万一に備えておく必要はある。

●PCの依存度が高くなると

 夏休みのジョークネタ? いやいや、半分以上は本気である。PC依存症、特にモバイルユーザーに多いノートPC依存症を自覚していないと、突然困った状況に陥ることもあるからだ。

 前述したように、PC依存症のやっかいなところは、自分がPCに強く依存していることを自覚しづらい点にある。たまに世間の声を聞いて、世の中の認識と自分の認識のズレを確認しておかないと、自分がズレた人間であることをたまに忘れてしまう。

NECのホームAVサーバ「AX20」

 先日、本誌の「Weekly海外ニュース」でもおなじみの後藤弘茂氏と話をしていた時、ハードディスクビデオレコーダに話題が及んだ。「地上波だけなら、やっぱりNECのAXシリーズが一番だよね。ちょっと出力映像が暗くて調整できないけど」と僕も後藤氏も口を揃えた。PCとの連携に優れ、操作レスポンスもいいAXシリーズは、PC依存症が強く表れている我々には最適な製品である。世の中では、PCとの親和性がもっと低いDVD/ハードディスクハイブリッドビデオレコーダの方がずっと売れているのは明らかだし、そもそもDVDレコーダの売れ筋はVHSデッキとの複合機である。

 もっとも、自分たちで言うのも何だが、僕らの意見が世間一般とは少しズレていることはよくわかっている。つまり、このケースは最良のパターンに収まっていることになる。

 最悪な場合は、場違いなところで、理解不能の行動に出てしまうものだ。上記の例で言えば、AXシリーズを記録型DVDドライブが内蔵されたPCを持っていない人にまで勧めたり、あるいは「静音PCベースでHDDレコーダ用のPCを自作してあげるよ。メーカー製のハイブリッドビデオレコーダなんてメじゃないからさ」なんて友達に提案し始めると症状は重い。

 とここまでは笑い話だが、ノートPC依存症となってくると、プライベートから仕事まで、あらゆる情報をPCでハンドリングしたくなってくる。PC Watchを好んで読んでくださっている読者ならわかるだろうが、慣れてくればPCほど便利な道具はない。

 僕の場合はDynabook SS S5に乗り換えた際、小さなハードディスクに入るよう、持ち歩くデータをスリムダウンしたが、それでも今では60GB近くになってしまった。PCは、使えば使うほどデータが増えていくもの。ハードディスク内に収められているデータの価値が高まっている、と言い換えていいかもしれない。

 そして、あらゆる情報をPCの中に入れその情報に頼って生活をしていると、それを失った時のダメージは計り知れない。PCへの依存度が高ければ高いほどダメージが大きい。何しろ、自分が明日、誰と約束していて、どこに行かなければならないのか、サッパリわからなくなる。

 以前なら、ある程度は記憶していたが、PCでスケジュールを管理するようになってからは、スケジュールも電話番号も、全く覚えなくなってしまった。カーナビを毎度使っていると、全く道を覚えなくなってしまうというのに似ている。

 そこでネットワークを通じてフォルダ同期を行なうなどすることで、PCの情報を多重化する。筆者の場合、電子メールやスケジュール、アドレス帳などのデータベースも、メールサーバにオリジナルデータを保存させ、最新の“複製”を持ち歩くようにしている。ただ、完全な復旧を素早く、そして確実にとなると、やはり古典的なバックアップに頼るほかないのも一方の事実だ。

 PCは使い込めば使い込むほど便利になっていく道具だが、それによってPCに強く依存する生活を送るようになると、今度はPCのトラブルによっていつも通りの仕事や生活が行なえなくなる。これはPCを使うユーザーの共通した悩みだろう。

●ビジネスユーザー向けには用意されているソリューション

 もっとも、PCベンダー側はこうした事態を十分に把握している。企業向け製品の場合、PCが利用できなくなる時間が増えると、導入企業のビジネスに対して直接的なダメージを与えてしまうからだ。

 ビジネスプロセスがITソリューションに強く依存した運用形態になっていると、ネットワークに繋げられない時間、PCが使えない時間は営業活動がスローダウン、あるいはほとんどストップした状態になる。ITに依存すればするほど、時間あたりのロスも大きい。PC依存度が高いほど、トラブル時のダメージが大きくなるのは、ビジネスユースでもパーソナルユースでも同じことだ。

 たとえば東芝は「情報ダウンタイム」という言葉で、PCが使えない時間を表現し、情報ダウンタイム削減を同社製ビジネス向けPCの製品戦略としている。情報ダウンタイムとはPCがハードウェアあるいはソフトウェアの原因によって使えなくなる時間だけでなく、使い方がわからずネットワークに接続できない(企業の基幹システムに接続できない)時間なども含んだもの。ITシステムに個人がアクセスできなくなる時間を削減することで、よりシステム全体の効率、付加価値を高めようという狙いだ。

 同様のマーケティング手法は東芝だけでなく、企業向けにPCを提供しているほとんどのベンダーが実施している。それらのソリューションはいくつかの分野に及んでいるが、ハードウェア、ネットワーク、バックアップ、サポートなどに大別できる。

 たとえば各社が提供しているネットワーク設定を一括変更、保存するツール。もちろん、道具として便利なものではあるが、言い換えれば“どんなネットワーク環境でも素早くネットワークにつながる”ことで、情報ダウンタイムを削減する手法と言い換えることができるだろう。設定をインポートできるツールならば、管理者がシチュエーションごとに設定ファイルを用意しておき、それをインポートするだけで情報にリーチできるようにあらかじめ枠組みを作っておくことも可能だ。

 ハードウェアの面では、ハードディスクの交換がユーザーレベルで行なえたり、パーツレベルの交換程度ならばユーザーサイドで対応できるようにパーツ供給の経路を用意する。あるいは頑強さや耐衝撃性に配慮した設計を行なう。あるいは故障・盗難保険の準備や故障時の代替機貸与サービスの提供といった対応が挙げられる。

 またワイヤレスやモバイルコンピューティングに対応し、個人認証デバイスをベースにしたセキュリティ製品とそれをサポートするソフトウェアの提供、セキュアなワイヤレスネットワークやVPNによるリモート接続のソリューションをPCとともに提供するといった要素も挙げられるだろう。

 バックアップに関しても、OS/アプリケーションのインストールイメージに対する差分を常時サーバに保存しておき、復旧までの作業量を削減するソリューションを提供しているベンダーもある。

 各社、サービス内容、品質こそ異なるものの、企業ユーザーに対してはモバイルコンピューティングの実践に伴うPCの利用価値向上、あるいはセキュリティ面でのリスク増大に対する解決策について、価格体系をメニュー化して提供している。ただし、あくまでも企業ユーザーが対象だ。

●個人で使う仕事道具はどうなるのか?

 仕事で使うノートPCは、企業が購入し、自社の業務、システムにフィットする形にカスタマイズしてからユーザーに手渡すというのは、基本原則としては正しい。しかし、ITシステムに精通したSI部門を擁する、あるいは力のあるSI業者に委託している企業ばかりではない。また個人で購入したノートPCの接続を認めている企業が決して少なくないことももう一方の事実だろう。特に中小の事業所ではその傾向が強いと思われる。

 また、たとえ仕事用ではなかったとしても、何らかの障害からの復旧に時間を取れられてしまうことは、決して楽しいとは言えない。様々なハードウェアを交換したり、自作で組み立てたりしながら、トライ&エラーでパワーアップなどを図ることもまた楽しいということも、趣味のコンピュータとして考えればあるだろうが、個人用のPCだから企業向けには用意されているソリューションが不要という理由にはならない。しかしながら、企業向けと全く同じサービスメニューを、個人ユーザーが支払える範囲の価格で提供することができないというPCベンダー側の理屈もよくわかる。

 では解決策はないのだろうか?

 すでにユーザーサポートに関しては、個人向けにも有償でのサポート強化、あるいはサポート延長サービスを提供していることが多い。盗難や落下による故障などに対応する保険はメーカー、あるいは販売店によって用意されている。購入時にしか選べないサービスメニューは多いが、それでも無いよりははるかにいい。PCを持ち歩く機会が多いならば、これらのサービスは100%活用するべきだ。

 また日本アイ・ビー・エム(IBM)は、個人向けのバックアップソリューションとして、「Rapid Restore PC Ultra」を提供している。これは以前から付属していたRapid Restore PC(自ハードディスクを分割し、自動的にバックアップを作成。ソフトウェア的なトラブルであればディスクイメージを直前の状況にまで復旧できるツール)に、外部USBストレージのサポート機能を追加したもの。たとえばUSBハードディスクにバックアップイメージを作成するようにしておけば、内蔵ハードディスクの消費量を抑えながら、インストールイメージの差分を継続的に作ることが可能だ。

IBMのUSB2.0対応 20GBポータブル・ハードディスク

 Rapid Restore PCがベストな解決策かどうかに関しては、異論のある読者もいるだろうが、こうしたツールを標準で提供することに意味がある。Rapid Restore PC UltraはThinkPadやNetVistaなどIBM製PCでしか利用できないほか、外部USBハードディスクにIBM製しか利用できないという制限があるが、実は開発元のXpoint Systemから汎用のツールを購入することも可能なため、IBMユーザー以外も同じ機能を利用できる( http://www.xpointdirect.com/jp/purchase/order.asp )。ただしIBMのPCから特に使いやすくなるように配慮されているため、ハードディスクのパーティション構成によっては必ずしもIBM製PCと同じになるわけではない。

 また、企業内ネットワークのように、ExchangeやNotes、あるいはモバイルソリューションが提供されているDBMSなど、クライアント/サーバモデルによる情報複製機能は、個人ユーザーで環境を用意することができない。もちろん、企業向けシステムと同じものをインターネットで提供することは、ビジネスモデル的にもあまり良い手法とは思わないが、同様の解決策を個人ユーザー向けにアレンジすることも不可能ではないだろう。

 現時点ではPC依存によるリスクの増大は、自分自身が運用やアプリケーションの組み合わせを試行錯誤しながら吸収していなければならない。まさに対症療法的なことしか行なえない。PCの一般化とともに、各社が製品を差別化できる部分が少なくなってきたと言われて久しい。しかし本当の差別化は「このPCベンダーから購入するのが安心だから」と思えるかどうかにかかっているように思う。

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(2003年8月26日)

[Text by 本田雅一]


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