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坂村教授、TRONプロジェクト苦闘の20年を語る
~特別講演会を開催

坂村健 教授

7月25日開催

会場:東京大学 安田講堂



 東京大学大学院情報学環は25日、TRONプロジェクトやユビキタスIDセンターの活動で知られる坂村健教授の特別講演会を、東京大学 安田講堂で開催した。

 講演会のタイトルは「ユビキタスコンピューティングの未来を目指して TRONプロジェクトの20年」。TRONプロジェクトのこれまでの歩みと、ユビキタスIDセンターの現在の活動について、予定の1時間半を超えて熱弁をふるった。ここでは、PCユーザーにも関わる部分を中心にお届けする。

●リアルタイムOSへのこだわり

 講演会はタイトルどおり、まずTRONプロジェクトの歩みと、それにまつわるさまざまなエピソードを紹介することから始まった。

TRONの技術プロジェクト

 TRONプロジェクトは'84年に坂村教授が提唱し、開始されたプロジェクト。講演会では「“どこでもコンピュータ”環境の実現を目指したさまざまな活動」と紹介された。TRONが「The Real Time Operating-systems Nucleus」の略であることからもわかるように、当初から組み込み用リアルタイムOSを“どこでもコンピュータ”環境の基本的な部品としており、プロジェクトの成果であるOSの名前としても使われている。

 TRONプロジェクトには、組み込み機器用OSの「ITRON」、コミュニケーションマシン(PCなど)用の「BTRON」、サーバー用OSの「CTRON」といったリアルタイムOSのプロジェクトのほか、32bit CPUの標準を開発する「TRON Chip」、「ユーザインタフェース標準化」などの技術プロジェクトがある。

 また、TRONプロジェクトによる技術の応用として「TRON HOUSE」、「TRON電脳自動車」、「TRON電脳都市」といったプロジェクトを同時進行し、ITRONなどの技術プロジェクトにフィードバックを図った。

 TRONプロジェクトは、OSにすべてリアルタイムOSが採用されているところに、坂村教授のこだわりが現れている。

 講演会では、リアルタイムOSは自動車のエンジンの制御のような「待ったなしのリアルな物理現象を対象」とするため、タスクの優先度が考慮され、タスク切り替えもマイクロ秒以下と高速な一方、人間を相手とするタイムシェアリングOSはタスク切り替えがミリ秒程度とし、優先度も考慮されないと説明。

 さらに「自動車や宇宙船の制御はWindowsやUNIXにはできない」と述べる一方、「その逆は可能で、ユーザーインターフェイスを作り込めばリアルタイムOSでもPC用のOSを作れる。PC用でもリアルタイムOSのほうが、機能的にはいいのじゃないかと考えている」と、リアルタイムOSの優位性を強調した。

リアルタイムOSとタイムシェアリングOSの違い

●ITRONの標準化に成功

 坂村教授はまた、組み込みOS分野でのTRONプロジェクトの成果も紹介した。

 「世界で約83億個作られているマイクロプロセッサのうち、PCやワークステーションで使われているのはそのうち2%の1.5億個、残りの98%はすべて組み込みに使われる。そのうち、16bit以上のマイコンの60%が、私が作った組み込みOS“ITRON”で動いている」と述べた。

 ITRONについてはIEEE Computer Societyから仕様書が出され、世界各国でリアルタイムOSの教科書として使われていることも紹介。ITRONは産業界でリアルタイムOSの標準仕様として確立された。

83億個のマイクロプロセッサのほとんどが組み込み用 CACMによる2000年の世界マイクロプロセッサ生産数

●BTRONの挫折、TRONキーボードはまた作る? 

 一方、コミュニケーションマシン用OS「BTRON」は、PCなどで利用するため「人間と機械の接点」として規定され、マンマシンインターフェイスに注力されている。坂村教授は「自分がやってきたことの中で本当に面白いと思っているのはBTRON」と述べた。

 BTRONのインターフェイスの仕様はGUIだけでなく、物理的なスイッチにも及んでいる。坂村教授はその例として、エルゴノミック配列でデジタイザを装備した「TRONキーボード」をあげた。

 また、WindowsやUNIXのようなツリー構造のファイルシステムでなく、実身/仮身モデルという、ハイパーテキストにも似たネットワーク型のファイルシステムを採用していることでも知られている。

 坂村教授は、「TRONキーボードは数千台作ったが、そのうち半分は米国に売り、その後、'90年代のエルゴノミクスキーボードが出てきた」とするなど、BTRONがさまざまな影響を与えていたと述べた。

TRONキーボード TRONキーボードの開発時には、手の動く範囲が検証された BTRONのユーザーインターフェイスとして提唱された電子文具。左上はデジタルカメラ、右上は電子ペン
'82年に提案されたBTRON搭載ノートPC 車載BTRONマシンのモックアップ BTRONのファイルシステムには実身/仮身モデルが採用された
BTRONは膨大な漢字を扱える文字コード体系を持つことでも知られる

 だがBTRONは、米国製OSの日本市場への参入を妨害するものとして圧力を受けたり、教育用コンピュータとしての採用が見送られるといった挫折を味わい、WindowsなどのOSとの標準化競争にも敗れたOSでもある。

 こうした挫折の原因として、米国のグローバルスタンダードに追従したがる日本人の傾向などをあげている。これについては「コンピュータで米国に勝たなければならない、と思ったらボコボコ(にされた)。日本の産業界の人は、米国がやっていることと違うことをやって勝ち目があるのか、としか言わない」と述べ、ノーベル賞をとった小柴昌俊名誉教授を引き合いに出し「コンピュータの研究に対してノーベル賞は出ないので、ノーベル賞がうらやましいと思ったことは無い。が、ニュートリノの研究で米国と戦おうとしたときに、物理の世界ではちゃんと戦わせてもらえて、予算もコンピュータよりたっぷり出たのはうらやましかった」と述べた。

 なお、TRONキーボードは「もう1回作ろうと思っている」とのことで、「昔はキーボードを作るのに1億円かかると言われたが、最近はCAD/CAMの発達により安く作れる」と述べた。

●ユビキタスコンピューティングを目指したTRON

 TRONプロジェクトでは「すべてのものにコンピュータが組み込まれる未来」を当初から想定し、「交信能力を持った超小型チップをあらゆるものに入れて、実世界の状況を認識したコンピュータ群が、共同して人間生活をサポートする」というビジョンの実現を目指してきた。このコンセプトを説明する図は、プロジェクトの当初から現在まで、変わっていないという。

 こうしたシステムをTRONプロジェクトでは「どこでもコンピュータ(Computing everywhere)」、「超機能分散システム」と呼んでいたが「母国語は気恥ずかしく、未来を感じられない」(坂村教授)ということで、ゼロックス パロアルト研究所のマーク・ワイザー氏が'91年に提唱した「ユビキタスコンピューティング」という呼称が、現在では定着したとしている。

 坂村教授が所長をつとめる「ユビキタスIDセンター」の名称も、当初は「どこでもコンピュータ研究所」にしたかったが、周囲から「ドラえもんに出てくる研究所みたいで、予算がつかない、よくわからない英語の名前にしておいたほうがいい」と言われ、断念したという裏話が披露された。

あらゆるものに組み込まれたコンピュータが共同して生活をサポートする、TRONのコンセプトをあらわした図 コンセプト図はTRONプロジェクトの当初から変わっていない

●GPLは組み込みシステムにはそぐわない

 講演の中で、オープンソースソフトウェアで使われるライセンス「GPL」にも言及。

 善意のプログラマがボランティア的にシステムを構築するのはきらいではない、としながらも、SCOのUNIXライセンス問題をあげ、GPLは教条主義的で、製造物責任が明確でないとし、「GPLはあまり好きではない、組み込みシステムにはそぐわない」との考えを明らかにした。

 一方でOSや通信プロトコルのようなインフラはオープンで無償であるべきとの考えも述べ、TRONではプログラミング言語やOSのシステムコールなどの外部インターフェイス仕様を無償でオープンに、OSなどのシステムの実装はクローズドにして、競争を図り、利益を出せるようにしているとした。

●コンピュータはまだ面白い

 坂村教授の現在の主たる活動である「ユビキタスIDセンター」についても紹介。IDタグの読取装置の小型化を年内に実現するとした。

 講演の最後は「コンピュータは人間の思考に影響を与える道具。コンピュータはまだ面白い。PCが1つ(のプラットフォーム)に収斂してしまったため、若い人はコンピュータは面白くないなと思っている人がいるが、それは絶対に違う。コンピュータの分野ではやらなければいけないことがたくさんある」と締めくくられた。

□講演会のホームページ
http://www.tron.org/topic/tron20.html
□TRONプロジェクトのホームページ
http://www.tron.org/
□ユビキタスIDセンターのホームページ
http://uidcenter.org/
□東京大学大学院情報学環のホームページ
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/
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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0709/sco.htm

(2003年7月25日)

[Reported by tanak-sh@impress.co.jp]


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