森山和道の「ヒトと機械の境界面」

3次元GISがもたらすVR技術の可能性



 各ネット媒体で既報のとおり、6月25日から27日までの3日間、産業用ヴァーチャル・リアリティ展が開かれた。相変わらず立体映像ものが非常に多かったが、特に今年は3次元GIS関連のブース展示が目立ったことは、逆にネット媒体ではあまり報じられていない。地味ということで見逃されたのだろうが、それではヴァーチャル・リアリティの本当の可能性を見落とすことになる。そこで今回は、産業用VR展以外のイベントも紹介しつつ、GISというものを少し斜めから見てみよう。



■3次元GISで都市をシミュレート

 3次元GISとは、地理情報システム(GIS:Geographic Information System)の3次元版である。時間軸を加えて4次元と呼ぶこともある。

 3次元GISについて触れる前に、通常のGISについて簡単に説明しておこう。GISとは地球上に存在するあらゆる事物情報を扱うシステムである。逆に言うと、位置情報を持っている情報ならばどんなものでも一元的・総合的に扱うシステムがGISである。各オブジェクトの位置、形、そして属性を、「地図」という統一フォーマット、あるいはインタフェースで扱うものだ。空間に関する様々な事柄を分析できる。

宙テクノロジー株式会社による3DCG都市。渋谷の様子。空中写真と3Dモデリングで屋根なども再現できる。任意の高さまで水没させることも。他の3DGISより安価であることが特徴だという
3DGISで表現された福岡アイランドシティ。全体面積421.3haがデータ化されている。港湾機能強化や新たな都市空間生成を目指した埋め立て地で、平成15年3月末現在で53%が埋め立てられている。18,000人が暮らす予定の住宅ゾーンも表現されており、都市計画を立てるために使われている。株式会社ピープルメディアのシステムによるもの。同社では福岡市内の3DGISモデルも開発しており、地上部分だけではなく、地下のマンホールや下水道、上水道などの情報も管理されている

 基本は電子地図、数値地図である。単に地図を電子化しただけではなく、同時に属性を貼り付け構造化したものがGISだ。単なる地図では1つの情報しか表示できないが、データをそれぞれレイヤーごとに管理することにより、リレーショナルデータベースが扱うようなデータを2次元上で表現することができる。

 一般的に地図データは、要するに画像で構成される「ラスター」モデルと、点、線、面で表現される「ベクター」モデルの2種類で表現される。メッシュデータを取り扱うラスターは、メッシュで区切られたある範囲ごとに特性情報が与えられているのに対し、XY座標をもとにしているベクターは、たとえば線分ならば始点と終点の情報だけが与えられる形で表現する。位相構造を持つベクターのほうがGISの用途には向いていると思われるが、実際にはそれぞれ一長一短あり、双方を組み合わせて用いることが多い。それぞれのモデルに応じたかたちで「非空間データ」と呼ばれる属性データが格納されている。

VRで良く知られた企業、株式会社ソリッドレイ研究所の空間共有システムを使った災害遭遇シミュレーション。3階建ての建物のなかを逃げまどう 株式会社シスプロが販売代理店を勤めるWalkinsideというツール。3次元モデルを変換してウォークスルーのできるVR空間を生成する。映っているキャラクターを使って、まだできていない都市を歩き回ったり走ったりすることができる。まるっきりゲームのようだが、これも都市計画や建築、インテリアデザインなどのためのツール

VR展では、株式会社協振技建が携帯用ライブカメラによるウェアラブル監視システムも出展していた。図面管理システムやファイリングシステム上に、保安員が撮影した動画・静止画を張り付けたり、リアルタイムで図面を呼び出して司令室から指令を飛ばしたりするためのものだが、これもGISマップ上に端末(保安員)位置を表示することができるようになっている

 GISは日本では阪神大震災以降特に注目され、「国土空間データ基盤(NSDI:National Spatial Data Infrastructure)」と呼ばれるデータ整備が進められている。数値地図の上で共通に扱える、土地台帳のようなものである。最近は都市開発などだけではなく、環境保護や生態系保護など、幅広く用いられている。CADデータを統合すれば、電子地図の上にそのまま建物データが乗ることになる。現在、統合のための準備が進められているところである。

 GISは、これまでバラバラにあつかわれてきた情報を統一して扱うだけではなく、新たな二次情報を発見したり、活用しやすい点が大きな特徴である。GISを巧みに活用できれば、これまで発見することができなかった情報を、まさに一目瞭然にすることができる。スーパーやファーストフード店の出店計画や、道路の拡幅計画、不動産評価などに使われていると言えば「ああ、あれか」と思い出す人も多いのではなかろうか。最近ではバスやタクシーなどの適切な配車計画を立てる上でも活用されている。

 3次元GISの話に戻ろう。3次元にすることにより、人の視点に近いかたちで、より分かりやすく、臨場感ある情報表現が可能になる。基本的には主観映像、あるいはバードビュー(鳥瞰)が主体である。身近なところでは最近のカーナビを思い出してもらえばいい。新しいものは3次元表示できるようになっているだろう。あんな感じだ。

 もちろん一覧性が必要とされるものは2次元的なデータ表現、すなわち通常の地図のほうが優れている。よって3次元GISは、都市景観のシミュレーションや環境設計、店舗などの空間設計、あるいは避難誘導シミュレーションや水害・火災シミュレーションなどに用いられることが多い。

 3DGISは、たとえば街路樹の位置がどこにあればどんな印象を受けるだろうかといったことの確認のために使われる。図面を見ただけでは良く分からないことでも、3DCGで見れば一目瞭然だ。たとえば、街灯が何本必要かとか、道路標識が街路樹に隠れて見えないといったことがないかどうかといったことを、実際にウォークスルーしながら確認していくことができる。素人にも見れば分かるので、都市計画においては住民説明会にも用いられる。

レーザースキャナー。ライカジオシステムズ株式会社のCyrax2500。プラント保守のためのモデル作成や、土木測量、遺跡や文化財のデジタルアーカイブ作成に用いられる

 各オブジェクトに関連づけられた関連文書をクリック一発で呼び出すこともできるシステムもある。当然、位置情報に関連づけて、地質データや工事記録を張り付けていくことも可能だ。下水道管理システムの場合は、直径がどのくらいのパイプがどこからどこへ繋がっているのか、その材質は何で、施工業者が何かといったことまで関連づけられる。

 どこに店舗の案内板を置けば最適かといったことを探ることもできる。ウェブで配信すれば、そのまま3次元ヴァーチャルモールになる。建物が完成したあとも、そのまま管理やナビゲーションに使えるところも、単なるCGとは根本的に違うところだ。NTTコミュニケーションでは東京駅地下街を3次元GIS化し、昨年5月末に立体経路案内システムをデモンストレーションしている。

 3次元に限らず、GISはメンテナンスコストがかかる。また、地図データも企業が導入する場合は購入しなければならないので、広い面積を高精度で買っていくと、どんどん高くつく。だが最近では自動的にデータを更新する技術も登場している。

 たとえば建物が建て変わったところを、航空写真から自動的に判別するのである。ハイビジョンカメラをつけたクルマで町中を走り回り、データを自動取得するという技術も既に実用化されている。地下街など「閉空間」と呼ばれる場所では、直方体分割によるモデリングのほか、レーザースキャナや写真計測を使って、できるだけ実際に近い様子が再現されるようになっている。たとえば、先に述べた東京駅地下では、ベンチや電話ボックスまで再現されている。

 地下埋設物に関しては3DGISにしか不可能であるという点で今後のデータ整備が期待されるが、図面データと実際の様子が合わないなど、なかなかデータ化そのものが難しい面も多いようだ。だが、もともとの竣工データが電子的に納品され保管管理されるようになり、実際の工事現場においても位置情報がきちんと管理されるようになれば、情報はより高精度になるし、メンテナンスコストはさらに下がるだろう。



■商圏分析、交通情報、農業支援システムなども

 GISは単なる電子地図ではない。大きくいってしまえばGISとは、現実をヴァーチャル化する試みである。GISとCADのデータが標準化されて統一して扱えるようになれば、大地や建物だけではなく、建物の中、そして建物のなかのオブジェクトに至るまで統一して扱うことも視野に入ってくる。

 現実空間を計算機で演算できる形式にして、取り込む。それによって何ができるのだろうか。7月4日、5日に六本木ヒルズで開かれたGISカンファレンスの様子から、まずは今現在のアプリケーションから見ていくことにしよう。

パスコの商圏予測システム

 まずもっとも分かりやすいのは、商圏分析である。セコムの子会社である株式会社パスコのシステムの場合、現地調査しなくても業態によって多少の違いはあるが、9割の精度で売り上げ予測ができるという。

 たとえば基幹道路や河川があると商圏がどのように変わるかといったことや、競合店が出店してくるとどう変わるかとなども自動計算される。また顧客データと連結することによって、たとえば上位2割の顧客はどこから来店しているのか、平日と週末の来店客動向の違い、キャンペーン前後での比較なども可能になる。

 NTTドコモが提供している車両運行管理サービス「DoCoです・Car」はIBMビジネスコンサルティングサービスのソリューションである。GPSで取得した車両位置をインターネット経由でPC端末の地図画面上に表示するASPサービスで、GISカンファレンスではMKタクシーでタクシー配車用に実際に使われているシステムがデモンストレーションされていた。

左は配車センター用のモニター。顧客は事前に登録しておけば、iモード端末から配車サーバにアクセスして、自分の現在位置から近い空車タクシーを探し出すことができ、さらに直接予約ができるというもの。実際にその日にも動いているシステムが披露されていた

 パスコは3次元立体地図として「MAPCUBE」というシステムを販売している。ウェブでデモが見られるのでご覧頂ければ分かるが、パッと見ると実景かと思うような精度で都市空間が再現されている。業界最大級の地図をベースに、地上解像度20cmの航空写真、高さ精度およそ15cmのデータから構築されており、形状モデルに張り付けられた壁面テクスチャはライブラリとして格納されている。

 用途はまだ模索中だという。もちろん、人ナビやカーナビ、都市計画や防災といった役割に用いられることは当然だが、将来的には、ゲームなどに用いられる可能性もある。まったく実景と同じ空間を簡単に再生することができるなら、リアルなシミュレーションものなどは迫真の面白さになるだろう。

株式会社パスコによる農業ソリューション。航空機によるリモートセンシングによって、イネのタンパク質値を調べることができる。それに基づいて、農家は田んぼの成績を具体的に数値で知ることができるようになる。GISなので地図データには耕作者情報などが関連付けされている。これから実験を始める段階だという



■真の“Virtual”空間を作り出すGIS

NECによる携帯電話を使ったマンナビ「パノラマ版 地球ナビゲータ」。JAVAアプリとして動く。まだ実際のサービスインは決まっていない

 地図と統計データをマッチングさせるツールがGISだ。商業的にはそういう認識で十分だろう。だが、GISの向こう側には、もっと広い世界が透けて見える。

 実空間を電子データ化するということは、実空間にあるものを計算機で扱えるようにするということだ。実はこれは、地図というものが生まれ、幾何学と代数学が統合され、座標幾何学ができたときから始まっていたことなのだが、時代はついに、ここまできた。計算機のなかに、実空間と同じものが再現されようとしている。

 いまはまだ、空間情報を扱っているだけだが、次の段階では、中にあるものの動きも取り込んでいくことになる。自動車や人間だ。そうなれば、分かりやすいところでは、渋滞情報などは、よりリアルタイムで、高精度なものが配信されるようになるだろう。

 一方、どの程度まで個人の動態情報を取っていいのかという問題にもぶつかることになる。「人のにぎわい」のようなものがGIS上でビジュアル化されるとき、それは単なるビジュアルではないのである。virtualとは、もともと「本質的には同じ」という意味だ。仮想という訳は正しくないのである。計算機のなかに実空間がvirtual化されつつあるということが、どういう意味を持つのか。考えておく必要がある。


□国土交通省国土計画局 GISホームページ
http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/gis/
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【6月25日】VR技術総合展示会「第11回産業用バーチャルリアリティ展」開催
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0625/ivr.htm
【4月2日】国土交通省、一般家庭向けのGISソフトを無償ダウンロード提供(INTERNET)
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2003/0402/gis.htm
【3月27日】NTTデータ、GIS製品「GEOPLATS」で道路交通情報システム「VICS」に対応(INTERNET)
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2003/0327/geop.htm

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(2003年7月11日)

[Reported by 森山和道]


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