幻となった次世代のパラレルSCSI規格
Ultra1280編



 前回は、Ultra640 SCSIの実用化が技術的に厳しいことを説明したが、そのような状況にありながら、昨年まではUltra640 SCSIより先の規格も密かに検討されていた。今回は、ドラフト仕様さえ存在しない“幻”のパラレルSCSIについて筆者が調べきれた範囲内でご紹介していこう。

●Ultra5120 SCSIまでのロードマップが実際に検討されていた

 Ultra640 SCSIがまだ次世代のパラレルSCSI規格として有望視されていた2年ほど前、SCSI Trade Association(以下、STA) Technical Committeeでは、これから10年先のSCSIロードマップについて議論がなされていた。STAは、そのとき最新のSCSI HDDを4台接続した場合でもSCSIバスが飽和しないようなSCSI規格の投入を目標としている。当時の計算に従えば、2004年にUltra640 SCSI、2006年にその次のパラレルSCSI規格が登場すればHDDの高速化をうまく受け止められることになる。

 筆者が入手した2001年3月2日付けのSTA非公式資料「SCSI Roadmap for the Future」(01s001r2)によれば、「ムーアの法則に打ち勝つためには、SCSIも2年に2倍のペースで高速化を続けなければならない」と記載されている。もちろん冗談半分だろうが、そこには2021年のUltra327680 SCSIまでロードマップが示されている。ただし、もう少し後の2001年11月7日付けの資料「SCSI Roadmap Planned Technology」(01s005r2)によれば、「Ultra5120 SCSIまでのロードマップが構築可能だ」と記されているので、現実味のあるものはUltra1280 SCSI、Ultra2560 SCSI、Ultra5120 SCSIの3つだけだったようだ。

 そして2001年7月には、Ultra1280 SCSIに相当する規格化のプランがT10技術委員会に提案されている。当時の提案書(T10/01-145r0)によれば、Ultra1280 SCSIを含む仕様は「SCSI Parallel Interface - 6 (SPI-6)」として標準化が行なわれ、最初のPublic Review(Milestone 4)を2004年11月に設定していた。また、そこには従来のSCSI規格と下位互換性を維持しつつ、データ転送速度をさらに高めるために、マルチレベルシグナリング(multi-level signaling)やセルフクロッキング(self clocking)などの導入を考慮すべきであることが記されている。

今後20年にわたるパラレルSCSIのロードマップ(出典:SCSI Roadmap for the Future - STA Tech 01s001r2)。このロードマップの中で、実際に検討されていたのはUltra5120 SCSIまでである SCSI規格とHDDのデータ転送速度の関係を示したもの(出典:SCSI Roadmap Planned Technology - STA Tech 01s005r2)。そのとき最新のSCSI HDDを4台接続した場合でもSCSIバスが飽和しないようなSCSI規格をタイミングよく投入することがSTAの大きな目標だ

●マルチレベルシグナリングを導入して高速化を図る

 Ultra1280 SCSIを実現するには、同期転送クロックを単純にUltra640 SCSIの2倍(320MHz)に高速化すればよい。しかし、同期転送クロックの高速化によってデータ転送速度を高める従来の手法は、Ultra640 SCSIの時点でもはや限界に達している。後述するように、既存のフラットケーブル+バックプレーン環境では、320MHzもの高周波信号を安定して伝送することがきわめて困難だからだ。

 そこで考え出されたのが、前出のマルチレベルシグナリングである。マルチレベルシグナリングとは、信号の振幅を従来の2段階(HighとLow)から多段階に細分化することにより、1回の転送で1bitを上回る情報の伝送を可能にする技術だ。この技術そのものはそれほど新しいものではなく、ネットワークの世界ではすでにGigabit Ethernetが採用している。また、高速バス向けとして採用された例としては、RambusのQRSL(Quad Rambus Signaling Level)や、Accelerant Networksのバックプレーン向けトランシーバAN5000などがある。

 マルチレベルシグナリングの利点は、多値度を高めることさえできれば、転送クロック(信号の周波数上限)を高めることなく信号帯域幅を簡単に広げられることだ。バックプレーン屋の世界では、2値と多値のどちらを採用すべきかという議論がある。Rambusは、これに対する回答として、例えば1回あたり2bitの転送が可能なPAM-4(Pulse Amplitude Modulation - 4)では、ある周波数の信号がその2倍の周波数の信号と比べて3倍以上の強度を確保できればPAM-4を採用する価値があるとしている。これをUltra1280 SCSIに当てはめれば、160MHzでの信号応答の強度が320MHzの応答強度と比較して3倍以上大きければPAM-4に切り替えたほうがいいということだ。

●PAM-4の導入によって高速化を図るUltra1280 SCSI

SCSIホストアダプタと10スロットのバックプレーンが10mのフラットケーブルで接続されている環境下で、各スロットの応答強度とクロストークを測定したもの(出典:Ultra640 SCSI Measured Data from Cables & Backplanes - T10/01-224r0)。どのスロットの応答も、200MHzを超えたあたりで一気に減衰していることが分かる

 少々古いデータだが、Maxtorが2001年7月に発表した実験結果(T10/01-224r0, Russ Brown, Ultra640 SCSI Measured Data from Cables & Backplanes)を見ると、10mのフラットケーブル、10スロットのバックプレーン構成というかなり過酷な条件下では、どのスロットでも200MHzを超えたあたりで信号応答が一気に減衰している。

 ここで、Rambusのルールを当てはめると、Ultra1280 SCSIを実現するには、同期転送クロックを320MHzに高めて倍速化を図るのではなく、160MHzを維持したままでPAM-4を採用すべきであることが一目瞭然である。この結果を見ると、Ultra1280 SCSIからマルチレベルシグナリングを導入しようとしたのも素直にうなずける。

 Ultra1280 SCSIでは、高速なシグナリングを行なえるようにドライバの最大振幅を±500mVに設定し、この中で多値化を行なう。具体的にはBias電圧を基準として、Bias±250mV、Bias±500mVの4ポイントを設定している。SPI-5でシングルエンド方式を切り捨てたことからも分かるように、同一バス上にはLVD方式のUltra2からUltra640までに対応した機器を同時に接続できる。

 また、SCSIバスのS/N比にあわせて動的に動作モードを変更する機能も搭載される予定だった。これまでのSCSI規格では、ドメインバリデーションによって最初のネゴシエーション時に動作モードが一意に決定されていたが、Ultra1280 SCSIでは、動作中であってもSCSIバスの状態にあわせて動的に動作モードを切り替えられるように改良される。さらに、信号の伝送品質を高めるために、信号ラインごとに独立してトレーニングを行えるようにしたり、ターミネータとしてプログラマブルターミネーションを採用することなども検討されていた。

●クロックの自己生成が可能なセルフクロッキングを採用する

 Ultra1280 SCSIからは、クロックを自己生成できるエンコーディング方式の導入も考慮されていた。これまでのパラレルSCSIは、クロック信号とデータ信号を別々の信号線で伝送していたが、Ultra320 SCSIで導入されたスキュー補正からも容易に想像できるように、伝送路がきわめて長いSCSIにとって、この手法はなかなか悩ましいものがある。

 そこで、Ultra1280 SCSIでは、Fibre ChannelやGigabit Ethernet、シリアルATA、IEEE 1394b-2002など、数多くのインタフェースで採用実績のある8B/10B符号化方式を採用することが検討されていた。8B/10B符号化方式は、IBMが最初に開発したバイト符号化アルゴリズムだ。8bitのデータバイトを10bitキャラクタに変換する際に、データ内に含まれる0と1のバランスをうまくとることで、埋め込まれたクロック信号の回復とそれを通じたデータの復元を可能にしている。

 さらに、Ultra 1280 SCSIに続くUltra2560 SCSIやUltra5120 SCSIでは、多値度のさらなる向上が図られる予定だった。Ultra2560 SCSIでは信号振幅を9段階(Bias、Bias±125mV、Bias±250mV、Bias±375mV、Bias±500mV)、Ultra5120 SCSIでは17段階(資料がないので筆者予想)に設定される。パラレルSCSIの物理的なインターコネクトでPAM-4を超える多値化が本当に可能かどうかは定かではないが、当時はこうした多値度の向上を通じて、Ultra5120 SCSIまでのロードマップを築いていたのだ。


□INCITS(InterNational Committee on Information Technology Standards) Technical Committee T10(英文)
http://www.t10.org/
□SCSI Trade Association(英文)
http://www.scsita.org/
□関連記事
【6月30日】【伊勢】幻となった次世代のパラレルSCSI規格 Ultra640編
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0630/it005.htm

バックナンバー

(2003年7月1日)

[Text by 伊勢雅英]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp 個別にご回答することはいたしかねます。

Copyright (c) 2003 Impress Corporation All rights reserved.