「2003年には次世代のUltra640 SCSIが登場する」。昨年には、多くのベンダがこんな発言をしていた。しかし、Seagate Technology, Senior Product Marketing ManagerのGordy Lutz氏によれば、「今年3月に開催されたSCSI Trade Association(以下、STA)の会合で、STAのロードマップにUltra640 SCSIを含めないことが投票で決まった」のだという。つまり、Ultra640 SCSIに対応したSCSI製品は開発されず、Ultra320 SCSIこそが“最後のパラレルSCSI規格”ということになる。 そこで、今回より3回にわたり、Ultra640 SCSI以降のロードマップが棄却されるに至った業界内の事情、幻となってしまった次世代パラレルSCSI規格の技術概要、そして今後のSCSIを牽引するSerial Attached SCSIについて解説していく。 ●規格書はあるが対応製品は出ないUltra640 SCSI Ultra320 SCSIとUltra640 SCSIは、'99年11月にSTAによって定められたSCSIの業界規格である。もともとは、開発コード名のUltra4 SCSI、Ultra5 SCSIと呼ばれていたが、それぞれの必須、オプション機能をきっちり定めた上でUltra320 SCSIとUltra640 SCSIという名称になった。 現在、Ultra320 SCSIが普及しつつあるが、次世代のUltra640 SCSIについては、2003年にドラフト仕様に基づいた試作機が見られるようになり、2004年にANSI INCITSの正式規格に基づいた製品が登場するだろうと筆者は予想していた。 2004年という根拠は、これまでのSPI(SCSI Parallel Interface)の標準化が2年周期で完了していることによる。Ultra2 SCSIの仕様を含むSPI-2は'98年(X3.302:1998)、Ultra160 SCSIの仕様を含むSPI-3(INCITS.336:2000)は2000年、Ultra320 SCSIの仕様を含むSPI-4(INCITS.362:2002)は2002年、だったらUltra640 SCSIの仕様を含むSPI-5は2004年ということになる。 ところが、2003年3月に開催されたSTAの会合では、SCSIロードマップからUltra640 SCSIを棄却することが投票で決まった。前出のSeagate TechnologyのGordy Lutz氏は、この理由を「多くの主要なベンダは、Ultra640 SCSIではなくSerial Attached SCSIに自社のリソースを割り当てたいと考えているから」と説明する。 多くのベンダがUltra640 SCSIに足を踏み入れたくないと考える理由は、大きく分けて2つ考えられる。1つはUltra640 SCSIに技術的な限界が生じていること、もう1つはUltra640 SCSIがSerial Attached SCSIへの移行を妨げる可能性があることだ。今回は、前者の事情を中心に触れていこう。 ●Ultra640 SCSIではSCSIバス長が短縮される Ultra640 SCSIは、本連載の第2回「最近のSCSIについて思うこと」と第4回「Ultra320 SCSIを支える高度な信号補正技術」で解説した高効率のプロトコルや高度な信号補正技術などをベースに、同期転送クロックをUltra320 SCSIの2倍(Fast-320DT)とすることで、最大640MB/secのデータ転送速度を実現したパラレルSCSI規格だ。信号補正機能は、補正能力の高いAAF(Adaptive Active Filtering)が必須となり、前置補正はもうサポートされない。 また、SCSIバス長が、SCSIホストアダプタとSCSI機器 1台のポイントツーポイント接続時で20m、SCSI機器が2台以上のマルチドロップ接続時で10mにそれぞれ短縮された。当初は従来ながらの最大SCSIバス長(ポイントツーポイント接続で25m、マルチドロップ接続で12m)を死守する形で開発が始まったが、さまざまなベンダによる検証を通じて、従来のインターコネクト仕様を維持しながらUltra640 SCSIによる安定したデータ転送を提供するのが困難であると分かり、SCSIバス長の短縮化を余儀なくされた。 ●ケーブルに対する要求も一段と厳しくなる ただし、SCSIバス長が短縮されたからといって、従来のSCSIケーブルをそのまま安心して使用できるわけではない。SPI-5が定める最長のSCSIバスで安定したFast-320DTのデータ転送を行なうには、より高周波特性に優れたシールド型もしくは非シールド型のラウンドケーブルが必要になる。Fast-320DTでは、従来のフラットケーブルを使用した場合、最大SCSIバス長がポイントツーポイント接続で3m、マルチドロップ接続で2mと大幅に短縮される。
実は、ケーブルに対する厳しい要求は、Ultra320 SCSIの時点ですでにその兆候を見せ始めている。実際、AdaptecのUltra320 SCSIホストアダプタには、他社に先駆けて高品質のラウンドケーブルが添付されている。アダプテックジャパン マーケティング プロダクトマネージャの瀧川大爾氏は、このように独自のケーブルを開発し、Ultra320 SCSI製品にいち早く添付した理由を次のように説明する。 「ドメインバリデーションで機器を認識させるにあたり、Ultra320 SCSIの機器をFast-160DTでしっかりと認識させ、安定したデータ転送を行なうためには高品質のラウンドケーブルが必須だ。社内で行なったテストによると、従来のLVDフラットケーブルでは、SPI-4に準拠したものであっても転送エラーが発生したり、ひどいものになると機器を認識しないケースさえ見受けられたため、専用のケーブルを作り直すことにした。また、ラウンドケーブル化によって狭い筐体内を柔軟に取り回せるので、最近のPCケースの省スペース化にも対応できる」。 さらにAdaptec, Storage Solution GroupのRobert Cox氏は、「将来のUltra640 SCSIも視野に入れて開発したものか?」という筆者の質問に対し、「このラウンドケーブルは、エアフローを確保し、1U/2Uのラックマウントサーバでも利用できるように開発されたものだ。もちろん信号品質の改善も大事な目的だが、ラウンドケーブルの開発にあたってUltra640 SCSIを視野に入れていたわけではない」と答えている。 瀧川氏は、Robert氏の発言に対して「Adaptecでは、Ultra320 SCSI製品の開発が完了した時点で、Ultra640 SCSIに移行するかどうか話し合いが行なわれていた。このため、Ultra640 SCSI製品の開発はほとんど手つかずの状態だったと聞いている。従って、“ラウンドケーブルの開発にあたってUltra640 SCSIを視野に入れてはいない”というRobertの回答は確かに正しい」と補足する。 ●プログラマブルターミネーションの導入 インターコネクトに関してもう1つ大きな問題となるのが、ケーブルとターミネータのインピーダンス不整合だ。SPI-5では、LVDケーブルの特性インピーダンスを110~135Ωと定めている。しかし、この条件はかなり緩いことから、SPI-5に“準拠”したケーブルであっても、その特性インピーダンスがターミネータの抵抗値から大きく外れていれば、ターミネータはSCSIバス両端の信号反射をうまく抑えきれない。このため、Maxtorが2001年7月のSTA Technical Committeeに提出した資料(01s012r0, Preview of Ultra640 SCSI)では、Ultra640 SCSIで使用する場合にはケーブルの特性インピーダンスを100~110Ωに収める必要があると報告されている。 ただし、ケーブルの無負荷時の特性インピーダンスをターミネータの抵抗値に近づけたとしても、実際にSCSI機器が接続されたケーブルは、periodic structure effects(詳細はT10/1439D SCSI Passive Interconnect Performance(PIP) Rev.04のAnnex Bを参照、PDF形式)によって櫛形フィルタのような周波数特性を示すため、実質的な特性インピーダンスは85Ωを下回るという。つまり、ケーブル側で特性インピーダンスの調整を図ることはきわめて困難なのだ。 そこで考え出されたのが、プログラマブルターミネーション(programmable termination)もしくはアジャスタブルターミネーション(adjustable termination)と呼ばれる技術だ。これは、Texas InstrumentsのPaul Aloisi氏が2001年に提案した技術(T10/01-270r0)で、2002年3月に開催されたSPI Working Groupの会合でSPI-5への反映が承認されている。また、プログラマブルターミネーションの具体的な実装方法については、新たなAnnex「Adjustable Terminator control using the I2C bus」としてSPI-5に追加するように提案されている。 プログラマブルターミネーションは、ケーブルの実際の特性インピーダンスにあわせて55Ωから130Ωまでの間(5Ωステップ)でターミネータの抵抗値を調整する技術だ。ターミネータの制御は、既存のSCSIバスだけでは実現できないため、SES(SCSI Enclosure Service)で筐体の監視や制御を行なうために使用されているI2Cバスを流用する。バス両端のターミネータでは、ここで発生する信号反射を監視し、その反射量を減らす方向にターミネータの抵抗値を増減する。抵抗値の調整は、それぞれの信号ライン(制御ラインとデータラインの合計27ライン)に対して独立して行なえる。
●SPI-5ではシングルエンド方式やマルチモードシグナリングが廃止される 従来規格との互換性を維持するにはシングルエンド(Single Ended)方式をサポートする必要があるが、Ultra640 SCSIのような超高速トランスポートを支える回路でシングルエンド方式をサポートすると、信号品質の大きな低下につながる。そこで、SPI-5では、シングルエンド方式に加え、LVD動作のSCSIバスにシングルエンド動作の機器を追加すると自動的にシングルエンド方式へと切り替わるマルチモードシグナリングの仕様がついに廃止された。 つまり、純粋にSPI-5“のみ”に準拠したSCSIシステムには、シングルエンド動作のSCSI機器を接続できないことになる。SPI-5では、シングルエンド方式やマルチモードシグナリングを実装する場合、SPI-4(HVDに対応させる場合はSPI-2)を別途参照するように指示されている。従って、理論上の話をすれば、SPI-4にも準拠することでシングルエンド動作のSCSI機器も一応は接続できる。 しかし、先述のようにFast-320DTに対応したSCSIバスでシングルエンド方式もサポートすると信号品質の劣化につながるため、実際の製品でこうした幅広い互換性を確保するのはきわめて難しい。もし、Ultra640 SCSIに対応したSCSIホストアダプタが発売されたとしたら、複数チャネルのうち一部をシングルエンド専用もしくはUltra320 SCSIまでに制限する形で使用するか、SPI-4までに準拠したSCSIコントローラを別途搭載するかのどちらかで対応することになる。 こうした数々の事情からも明らかなように、Ultra640 SCSIには技術的な限界があちこちで見え隠れしている。本連載の第4回では、Ultra320 SCSIをパラレルSCSIの“血と汗と涙の結晶”と表現したが、Ultra640 SCSIはそれを通り越して“出血多量気味”となっているわけだ。実際、Adaptec, Storage Solution GroupのRobert Cox氏は、「Ultra640 SCSI製品を開発することが技術的に可能だとしても、それを実際の製品で安心して使えるまでに持っていくには数多くの問題をクリアしなければならない。しかし、それには膨大な時間とコストがかかる」と指摘している。 一方、そんな状況にありながら、実は昨年あたりまでUltra640 SCSIより先の規格も密かに検討されていた。その名もUltra1280 SCSIやUltra2560 SCSIと呼ばれる規格だ。ドラフト仕様さえ存在しないこれらの規格については、次回に詳しく取り上げよう。 □INCITS(InterNational Committee on Information Technology Standards) Technical Committee T10 (2003年6月30日)
[Text by 伊勢雅英]
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