大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

転換期を迎えたイーレッツに聞く


イーレッツ株式会社 奥川浩彦氏

 ユニークな商品名が話題を集めるイーレッツ。

 2年前の設立と同時に発売したUSBの携帯電話充電ケーブル「充電一直線」を皮切りに、「線上のメリークリスマス」、「一台扇風」、「記録喪失」などのユニークな商品名が並ぶ。その取り組みは、今年に入ってからも健在で、静音キットの「駆動静か」、同社初のパソコンである「Be Silent」と、商品の品揃えの幅を広げるとともに、ネーミングの範囲を芸能関係(?)にまで広げている。

 だが、そのイーレッツが大きな転機を迎えている。それは、ハードウェア事業を主軸とするベンチャー企業がぶつかった大きな壁ともいえる。

 果たして、イーレッツは、なにを考え、どこに進もうとしているのか。

 イーレッツは、2001年4月、メルコを退社した奥川浩彦氏と、中林國明氏の2人が、親会社であるレッツコーポレーションの出資のもとに設立した企業。

 この約2年間、製品企画に関する着眼力の良さと、ユニークなネーミングによって、ユーザーの間でも注目を集めてきた。

 同社が第1号製品として、市場に投入したUSBによる携帯電話充電ケーブル「充電一直線」は、接続インターフェースとして普及しているUSBインタフェースを、単なる電源コネクタとして利用するユニークな着眼ととともに、「おやっ」と思わせる商品名が話題を集め、ヒットした。

 「携帯電話の充電に苦労している人が多いなか、パソコンを使って、オフィスでも簡単に携帯電話の充電ができたらどれほど便利か」と、イーレッツの奥川浩彦氏は製品化の狙いを振り返る。


●ユニークな製品名で知名度を上げる

USB携帯電話充電ケーブル「充電一直線」

 その人気を支えたのが、ユニークなネーミングであるのは自他ともに認めるところ。

 「小さな設立したばかりの企業が、充電ケーブルを製品化しても、どの雑誌も取り上げてくれないのはわかっていた。では、どうしたら取り上げてもらえるか。そこで考えたのが、覚えやすく、インパクトがあるユニークな製品名。ヘイ! ジューデンにしようか、充電一直線にしようか、最後まで迷ったが、結果として電源供給だけに利用するということで充電一直線に決めた」

 このユニークなネーミングは、マスコミの間でも評判になった。本来ならば取り上げないはずの充電ケーブルの製品紹介を各誌がこぞって取り上げたのだ。

 「もともとメルコで長年広報を担当してきた経験から、どうすれば雑誌に記事を取り上げてもらえるかという点でのノウハウを持っていた。その手法のひとつがネーミングだった」と奥川氏は確信犯的な取り組みであったことを語る。

 この成功が、その後のイーレッツのイメージを「おやじギャグ」メーカーとして定着させたのは確かであり、いまや、ユニークな製品名はイーレッツの代名詞となっている。

 各誌編集部に出向いて、新製品の説明を行うと、必ず「で、名前はなんなの」と聞かれるということからもそれは明らかだ。製品名に最も注目が集まるメーカーはパソコン業界でもイーレッツだけだろう。

 これまでの同社の製品を見ても、小型ポット形状の超音波浄水加湿器「キリー・ポッター」、CD-Rのデータを消去する「記録喪失」、空気清浄機「エア・フォースファン」、充電一直線を電池で使うための「電池でGO!」、パソコンゲーム用立体グラスシステム「Beautiful 3D(ビューテイフル・サンデー)」など、どこかで聞いたような名前がズラリだ。

 なかには、USBフラッシュメモリの名称を「愛用データ」で発売しようとしたところ、アイ・オー・データ機器からクレームが入り、「通勤フラッシュ」に変更したという逸話もあった。しかも、この時には、水面下で「メモコ」という代案もあったというからびっくりだ。


●“あったらいいな”をキーワードに製品を開発

 いまや「おやじギャグ」企業として認知されているイーレッツだが、実は、奥川氏は、「このイメージは、設立時点から狙っていたわけではない」と反論する。

 「あくまでもネーミングは、市場に訴えるための手法。名前から考える商品は少ない。ベースにあるのは、『あったらいいな』という発想。あったらいい、と思える商品を市場に投入することがイーレッツの役割だと思っている」と話す。

 この「あったらいいな」という考え方には、いくつかの視点があるという。

 ひとつは、実用性の面から「あったらいい」というものだ。

 第1号製品の充電一直線は、まさに実用性の点からあったらいいというものだ。最近では、パソコン静音キット「駆動静か」が実用性を追求した製品のひとつである。

 話はずれるが、この「駆動静か」も、単なる(単なるといっては語弊があるかもしれないが)静音のための防音シートである。これをパソコン各誌や一部一般誌がこぞって取り上げるということは通常あり得ない。

 だが、これもネーミングのユニークさで多くの媒体が取り上げた。しかも、実現はしなかったが、奥川氏は、この製品発表日を、タレントの工藤静香さんの第2子誕生のタイミングに出来ないかと狙っていたというから、その広報戦略はしたたかである。

 話を戻そう。第2点目の「あったらいいな」は、価格の面からの訴求だ。

 ベンチャー企業という小回りを活かして、価格の高い製品を低価格で供給するという製品群がこれにあたる。

 例えば、記録喪失は、もともと13万円から5万円程度の価格だったCDシュレッダーを、なんと9,800円という低価格で販売することに成功した。

 また、通勤フラッシュも各社が64MBを主力としていた段階で1GBまでの製品を用意、それを比較的低価格で提供するという製品戦略に打ってでた。

 そして、第3点目の「あったらいいな」は、実用性といった点は無視し、純粋に「あったらおもしろいな」という製品だ。

 USBでクリスマスツリーを動作させる「線上のメリークリスマス」、同じく扇風機をUSBで回す「一台扇風」は、このジャンルの製品だ。

 「自動車のアクセサリーのなかには、実用性を追求するだけでなく、単におもしろいというものが数多くある。これは産業が成熟してきたことの証。パソコン産業でも、そうした土壌が生まれ始めている」。これが、「あったらおもしろい」を製品化する基本的な考え方となっている。

USBクリスマスツリー「線上のメリークリスマス」 パソコン静音キット「駆動静か」 低価格CDシュレッダー「記録喪失」


●イーレッツが迎える転換期

 だが、そのイーレッツが大きな壁にぶち当たっている。それはハードウェアを事業の柱としているベンチャー企業が必ずぶつかる壁ともいえるだろう。

 ひとことでいえば、資金の問題だ。

 イーレッツの最大の欠点は、資金力が弱いために、部材の仕入れに限界が生じ、その結果、生産および出荷数量が限定されるという点だ。そのため、取り扱い店舗が限定されたり、人気商品となっても、追加生産/出荷までに時間がかかるという事態に陥りやすい。

 例えば、同社初のパソコンとして今年4月に発表したBe Silentを例に取ると、初期ロットで用意できたのが100台。5月の出荷開始とともに、限られた店舗での販売に留まったものの、あっという間に初期ロットは完売。だが、次期ロットは、資金繰りを背景にした部品調達の遅れの問題などが影響し、6月中旬まで用意できないという状況。加えて、その次のロットも7月以降になるのは明らかだという。さらに、いずれも100台単位。メディアへの露出度とは裏腹に、実売数は極めて少ないのである。

 大手パソコンメーカーと比較するのは酷だが、NEC、富士通などがパソコンショップ店頭への展示機だけで300台以上を用意しているのと比べると、その差は歴然だ。

 「ネットベンチャーやソフトウェアのベンチャー企業ならば、開発機器や人件費でスタートできるが、ハードウェアの場合は、必ず部品の仕入れがかかる。2万円の部品を500個仕入れただけで1,000万円の資金が必要になり、その回収は少なくとも半年先になる。これだけの回転資金を持たないと、大きく打って出ることができない」


●実用性の高い製品で収益を上げる

 3年目を迎えたイーレッツは、今年1年を「企業としての体力をつける時期」と位置づける。つまり、資金という体力を高めるための施策を開始しようというわけだ。

 そのために、具体的な取り組みをはじめようとしている。ひとつは、収益性の高い製品群を中心とした事業展開にシフトすることだ。

 これまでの経験から「実用性の高い」製品群が収益性が高いと判断、今後の製品展開の主軸を「実用性」とする考えだ。

 「あったら面白いという領域においては、定番となっている夏の扇風機と、冬のクリスマスツリーはやるとしても、新規になにかをやっていくことは当面考えていない。その背景には、仕入れ部材の比重が大きく、収益性が低いという理由がある。今後の製品企画は実用性のあるものとし、そこでユニークなネーミング手法を継承する」

 しかし、残すはずだったUSB扇風機も、夏に発売される予定の第3弾製品は、今年は見送ることが決定した模様だ。

 「最大の要因は、SARSの影響」と奥川氏は、思わぬ言葉でその理由を語り始めた。

 「扇風機やクリスマスツリーは、すでに完成したユニットを仕入れて、そこにUSBの接続機能や風力の切り替え機能などを付加する。こうした部材は、業者向けに開催されているギフトショーなどで探してくるのだが、今年4月の香港ギフトショーにはSARSの影響で行くことができず、夏の次期旋風機用に最適な部材を探し出すことができなかった」というのだ。

 だが、イーレッツの方向性が新たな方向へと向かっているなかで、扇風機見送りの決断は、社内的には「苦渋」というほどではなかったようだ。

 「3年目になると、今年の扇風機はどうなるのか、と期待していただいているユーザーの方々がいるのは承知している。そうした方々には大変申し訳ないと思っている。だが、その一方で経営という側面で見た場合、昨年度実績で1,500台程度の販売量であること、部材にかかる費用を差し引いた収益性の面で考えると、それほど大きな打撃にはならないと判断した。焦って昨年並みの機能しか持たないのを出しても、ユーザーは喜んでくれないと考えた」

 今年のUSB扇風機の発売見送りは、今日(6月9日)にも正式発表される予定だ。

 その一方で、「扇風機を見送った分、年末のクリスマスツリーは、ひと捻り加えたものを企画している。ぜひ楽しみにしていてほしい」と、今年の冬には意欲的な製品投入を予定していることを明らかにした。


●マスコミへの強力なパイプを活かした新たな事業も

 収益性を高めるという点での2つ目の取り組みは、「広報支援活動」という新たな事業展開である。

 これは、イーレッツが実績をもつマスコミ各社へのパイプを活かして、IT関連のベンチャー企業の広報支援活動を行なうというものだ。すでに1社との契約が終了、現在も複数の企業と商談をすすめている段階だ。

 ここには2つの狙いがある。ハードウェア事業とはまったく異なる収益構造を持つ新事業を開始することで、新たな資金確保の狙いを持つこと、そして、もうひとつは広報支援した企業の製品を、イーレッツブランドで販売したり、同社の販売ルートに乗せて流通させるという取り組みだ。これによって、これまでのようなリスクを負わずに製品ラインアップを増やすことも可能になる。

 そして、第3点目には、「可能性があれば」としながら、「ベンチャーキャピタルをはじめとする外部からの資金調達も考えている」という。

 メディアの露出度、話題性では高い実績をもち、発売直後に製品が完売したり、ヤフーオークションで破格の価格で同社製品が取引されるなど、同社製品に関する市場の評価、関心は高い。だが、ベンチャー企業であるが故の資金面の問題が大きく影響し、事業規模や出荷実績という点では、露出度、話題性には追いついていないとの反省がある。

 次の一歩に踏み出すための土台を今年1年でどこまで構築することができるかが、今後の新たなイーレッツの方向性を決めることになりそうだ。

□イーレッツのホームページ
http://www.e-lets.co.jp/
□ USB扇風機発売中止のお知らせ
http://www.e-lets.co.jp/news/r_senpu_fukazu.htm

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(2003年6月9日)

[Text by 大河原克行]


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