●ポータブルファイルサーバー「FSV-PGX1」 過去、このコラムで何回か、低価格のネットワーク接続型ストレージを取り上げた。あるものはパーソナルユースをターゲットにしたものであり、またあるものはSOHOやワークグループ規模のビジネスユースにフォーカスしたものだったが、すべてに共通していたのは、ネットワークに固定的に接続して使うことを前提にしていた、ということだ。いや、より正確には、いったんネットワークに接続した後は、持ち運ぶことを想定していない製品である、というべきだろうか。いずれにしても、そうした使い方は、既存のネットワーク接続型ストレージとして当たり前のことであり、こうした使い方に疑問をはさむ向きはあまりいなかった。 ところが、こうした使い方に疑問を投げかける会社が出てきた。ソニーである。同社の「FSV-PGX1」は、同社がポータブルファイルサーバーと分類する製品。外観はVHSテープ大の巨大な電気ヒゲ剃り、とでもいうような姿だが、ファイルサーバやネットワーク接続型ストレージとしては、最も小型の部類に入る。 20GBのハードディスクと無線LAN機能(IEEE 802.11b)を内蔵しており、持ち運んだ先で無線LANによるファイルサーバーとして利用することが可能だ。原則としてACアダプタによる運用だが、UPS用のバッテリも内蔵しており、電源事情の悪いところでも利用できる(内蔵バッテリによる起動や、長時間の駆動はできない)。加えて、別売のクレードルを用いれば、有線のネットワーク(10Base-T/100Base-TX)に接続することもできる。 なお、本製品は、当初3月末の発売予定であったが、転倒時の強度を強化するために、本体上部にプロテククターを追加するなどの仕様変更が加えられ、発売も4月26日に延期された。店頭予想価格は7万円前後となる見込み。
●ポータブルファイルサーバーの用途とは といっても、そんなデバイスをどう使うのか、ピンとこないかもしれない。本機で想定されている典型的な利用例(シナリオ)は、次のようなものだ。 数人から10人程度の会議。残念ながら会議室にはネットワーク環境がない。参加者各自が、PC上でプレゼンテーション用の資料を作成して持ち寄る。参加者のうちの1人がFSV-PGX1を持参して登場。会議室にクローズドな、しかし会議参加者全員がアクセス可能な無線LANネットワークを、FSV-PGX1をサーバーとして構築する。会議参加者は、おのおのが持参したプレゼンテーション資料をFSV-PGX1の共有フォルダ上に公開、自分以外の参加者の資料をノートPCで参照しながら会議を進める、といった具合である。 確かに、これなら会議前にコピーに追われたり、ホチキス止めをしくじったりする心配がない。また、会議の直前まで、プレゼンテーション資料に手を入れることができる。逆に、会議まで絶対に公開したくないデータを、コピーやプリントアウトという形で露出してしまう危険性もなくなる。資料を持参するのが1人なら、USB接続の無線LANアクセスポイントでも使って、直接ノートPCから配布した方が簡単かもしれないが、複数の参加者が資料を持ち寄るとなると、サーバー上の共有フォルダを使えた方が便利だろう。 ●設定には多少の知識が必要 こうした用法を可能にするため、FSV-PGX1はDHCPサーバー機能とDHCPクライアント機能の両方を備える。たとえば、クレードルに設置され有線LANで自宅のネットワークにファイルサーバーとして接続されている場合は、ブロードバンドルータをDHCPサーバーとするDHCPクライアントとして。クレードルから取り外されて会社の会議室で利用される場合はDHCPサーバーとして利用する、という具合だ。もちろん、それぞれの場合において、無線LANと有線LANをどのように機能させるかを細かく設定することが可能だ。 ただし、設定そのものは、必ずしも簡単なものではない。少なくとも、自分がどのようなネットワーク上にいて、本機をどのようなモードで動作させるかを知っている必要がある。ネットワークに関する一定の知識さえあれば、無線LANのセグメントと有線LANのセグメントを分離する、しないを含めて、様々な設定が可能だし、6つ用意されたプリセット(うち1つは固定、残りはユーザー変更可)に環境別(自宅、会社、会議室、といった具合。ただし、会社に本機のようなデバイスを持ち込んで良いかどうかは、会社にもよるだろうが)の設定を保存しておけば、その時々に応じて最適な設定を簡単に呼び出して、切り替えながら使うこともできる。
だが、ポンと渡された初心者が、そのまま使えるほど使い勝手が良いとはいえない。ブラウザでの設定には本機のIPアドレスを指定する必要がある(専用の設定ユーティリティは付属しない)し、それはネットワークの設定により変化する(本機単体でもある程度の設定は可能だが、液晶ディスプレイに表示できる情報量が少ないため、必ずしも容易ではない)。 また、設定の切り替えを行なうのはあくまでもユーザーで、接続されたネットワークを自動識別し、自動的に動作モードを切り替えてくれるわけでもない。DHCPのモード1つにしても、本機をDHCPのクライアントにするか、サーバにするかは、ユーザーが手動で切り替える必要がある。 セキュリティについては、MACアドレスフィルタリング、64bit/128bit WEP、3段階の電波強度設定(必要以上に電波が飛ばないようにする)が可能だ。ただ、常時同じメンバーが集まるのならともかく、その時により召集されるメンバーが異なる会議では、MACアドレスフィルタリングは煩雑だし、WEPの実用性にも疑問が残る。うっかり貸し会議室等で本機を使って、隣の会議室のノートPCユーザーに情報が筒抜けにならないよう、気をつける必要がある(電波強度設定で、どれくらいこうした事故を防げるのか、今回は試すことができなかった)。 今回試用することができたFSV-PGX1は、内蔵するサーバOS(Linuxベース)のバージョンが0.80で、添付されていたマニュアルも、まだ編集・校正作業が終わっていない段階の試作機であった。そのため、ベンチマークテストは行なっていないが、ザックリした印象では、100BASE-TXで有線LAN接続時、回転数7,200rpmのHDDを内蔵したPC間のネットワークコピーの半分くらいの性能、というところだ。数MBから数十MBクラスのプレゼンテーション資料の共有には十分な性能なように思う。 というわけで本機だが、ファイルサーバーを持ち運び可能にしよう、という発想にはソニーらしさが現れている。が、せっかくバッテリを内蔵していながら、バッテリのみでの利用ができないこと、いまどきのソニー製品にしてはメモリースティックスロットがないこと、外観デザインが凡庸に感じられること、がソニーらしさを薄めているように感じられるのだが、どうだろう。いずれにしても、会議の際に、カバンからおもむろに取り出せば周囲の注目を集められるデバイスであることは確かだ。
□ソニーのホームページ (2003年3月19日)
[Text by 元麻布春男]
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