同社には、キーボードを採用したWindows CEベースのモバイルギア、これをベースにNTTドコモにOEM供給している小型軽量のシグマリオン、PocketPCベースのポケットギア(PocketGear)、そして、新たに発表したWindows CE.NETベースのPocket@iの4つのPDA製品がある。
同社では、子会社のNECインフロンティアへの一部事業移管などを含めて、これらの製品群を再編するのに加えて、企業向けと個人向けという市場別にも製品群を切り分けた。果たして、今後のNECのPDA製品群はどうなるのだろうか。
●「小さな」市場でいかに生き残るか?
確かに、NECグループ内に4つのPDA製品が存在するというのは多すぎる。それでなくても、国内では、年間100~150万台という「小さな」市場に対して、ソニーに代表されるPalm OS陣営や、PocketPCを搭載した外資系企業に加えて、ザウルスを擁するシャープといったこの分野の老舗企業もしのぎを削る。こうした競合が激しく、小さな市場で競争力を維持するためには、事業リソースの集中が不可欠といえる。 だからこそ、事業の再編が必要なのである。 NECのモバイルギアは、'96年4月の発売以降、累計567,000台を出荷した実績を誇り、事業という側面で見れば「赤字と黒字の境界線」(成澤部長)という結果。厳しい見方をすれば、黒字と言い切れない分、成功したとはいえないかもしれないが、厳しい競合環境や、携帯情報端末という市場で一定のブランド力を構築したこと、そこからシグマリオンというヒット商品を派生させたことなどを考えると、かなり甘い評価ではあるが、合格点の部類といえるかもしれない。
だが、ポケットギアは、成功した部類には入れることはできないだろう。今年1月までの出荷実績は19,500台。残念ながら黒字化には至らなかった製品だ。この製品を、今後どのように発展させていくかという点も、再編の大きな鍵だといえる。
●ポケギは受注生産へ、個人向けは来夏登場か 実は、ポケットギアは今年10月で、静かに生産を終了した。あとは、市場にある流通在庫の製品販売と、企業などからの大量受注をベースにした受託生産という形になる。 さらに、生産終了と同時期に、同社ではポケットギアに関する事業担当を明確に分離した。ポケットギアの個人向け流通ルートに関しては、本社であるNECソリューションズが担当。企業向けに関しては、子会社であるNECインフロンティアに移管したのである。そして、成澤部長も同時に、本社部長の肩書きと兼務で、NECインフロンティアにも籍を置き、ポケットギアの企業向け事業を引き続き担当することになっている。 だが、この再編によって、現行ポケットギアに関する個人向け事業は、事実上、終了したといっていい。NECでは、ここまで明確な言い方をしていないが、今後は、NECインフロンティアにおいて、企業向けの一括販売という形で事業を推進するのみと言い切って良さそうだ。 事実、ポケットギアの引き合いは企業需要が中心だった。これまでの実績を見ても、全体の6割程度が企業からの商談で、この比率は、モバイルギアに比べても圧倒的に多い。だからこそこの判断は、事業推進上、当たり前といえば当たり前の判断なのだ。 では、個人向けのポケットギアについては、今後どうなるのか。これについては、まだ具体的な方向性は明らかにしていないが、次期Windows CE.NET製品の投入時点での新製品投入という見方が有力だ。つまり、新製品投入時期は来年夏頃ということになりそうだ。 成澤部長も、「個人向けの手のひらサイズのPDA製品は、今後も継続的にやっていく。だが、メモリを大きくしたり、無線LAN機能を搭載したりといったやり方だけでは失敗するのは目に見えている。コンテンツやインフラを巻き込んで、新たな使い方提案ができる製品に仕立て上げになければならない。そのために、これから知恵を絞っていくことになる」という。 成澤部長自身、毎朝、田町の本社に通う際に、一度東京駅で下車してコンテンツをダウンロード。さらにひと駅乗り過ごして品川駅で降りて、別のコンテンツをダウンロードするということを毎日行なっている。それぞれの駅で、PDAや携帯電話向けのコンテンツ配信サービスが行なわれているからだ。 このように、自ら何台ものPDAを持って、実験しながら製品化に反映してきた成澤部長ならではのやり方が、いまでも続けられている。もちろん、ほかにもPDAに関する実験は様々なシーンで行なっている。モバイルギアの開発では、自ら新幹線に乗り込み、キーボードの音がうるさくない範囲はどれぐらいなのかを測定したり、座席のテーブルにおいたときに最も安定性がよくなるように裏面に固定ラバーを配置する場所はどこか、といった工夫も行なった。 こうした成澤部長自らの取り組みが、同社PDA製品の製品化に生かされているのである。次期ポケットギアにもこうした体験が生かされることになるだろう。
そして、その際には、ポケットギアのブランドを企業向けのPDA製品ブランドとする一方で、個人向けの新たなブランドを用意することも検討しているという。
●企業向けに特化したPocket@iを子会社の事業の柱に
企業向けの商談では、Windows CEベースよりも、もっとWindowsと親和性の高いPDAを望む声が多い。基幹システムやウィンドウズを搭載したサーバーとの連携を高めたいという需要があるからだ。 そうした需要に対応するために開発したのが、Windows CE.NETベースのPocket@iということになる。
今回の製品投入にあわせてNECインフロンティア 斉藤紀雄社長は、「企業向けPDA製品を、当社の第3の事業の柱に育てたい」とコメント、今後、PDA製品に対応した業務用アプリケーションの品揃えなどに力を注ぐ考えを示している。
さらに、「とくに、『無線LAN・VoIP対応モデル』では、NECインフロンティアが申請中のQoSに関する41件の特許を利用することで、高品質の音声会話ができるといった差別化が打ち出せる。まだ、具体的な話があるわけではないが、こうしたメリットを訴えることで、他社へのOEMもやっていきたい」と鼻息も荒い。
旧・日通工として、交換機をはじめとする通信事業に専門的に取り組んできたNECインフロンティアならではの特徴を生かしたPDA戦略が注目されるところだ。
●モバギは、完全撤退か、それとも継続か? さて、キーボードモデルのモバイルギアであるが、果たして、この製品に関しては、今後どうなるのか。 実は、同製品も今年3月末時点で、生産を終了している。同社からは明確なアナウンスがされなかったが、マイクロソフトが、今後のWindows戦略の中で、キーボードタイプのPDAに関するOSのアップデートを行なわないことを明確にしていることからも生産終了は仕方がないことかもしれない。 だが、同製品は、ワープロ専用機感覚で電源をオンオフできる手軽さや、持ち運びしやすい重量とサイズから、記者の間でも結構重宝されている。IT関連製品の記者発表の席上でも、原稿執筆用の端末として使っている記者を何人も見かけることができる。 成澤部長は、「まだ完全にやめるという決定はしていない。ただ、やるということも決まってはない。いまは、継続について検討材料になっているということだけはコメントできる段階」と、次期製品開発の可能性が残っていることを示唆する。 製品化の障壁は大きい。マイクロソフトのOSのアップデートがないこと、さらに、このサイズの筐体のキーボードモデルを必要するとするユーザー層がどれくらいいるのか、という市場性の問題もある。 事業環境が厳しいNECにとって、従来製品のように、「赤字と黒字の境界線」という程度にとどまる事業プランでは、トップからのゴーサインはでないだろう。 だが、成澤部長は「なんとしてでも、製品化したい」と夢を語る。「これまで、数社からキーボードモデルが出たが、最後に残ったのがモバイルギア。この灯りを消したくない、という思い入れもある」と続ける。 モバイルギア復活には、OEM事業との連動が欠かせないともいえると筆者は見ている。NTTドコモに供給しているシグマリオンが、モバイルギアの技術を継承しているのは、製品デザインを見ただけでもわかるだろう。 そのシグマリオンの次期モデルが開発できるかどうかは、ドコモ次第ということになるが、このOEMビジネスが継続することになれば、次期モバイルギア開発の可能性は大きく一歩をすすめることができるといえよう。 一方、成澤部長自身は、OEM事業に頼らない次期モバイルギア開発のためのビジネスモデルの模索にも躍起だ。「なんとか来年夏には、製品化したいと思っている。そのためには、年末には、次期モバイルギアを開発するかどうかの結論をださなくてはいけないだろう」と話す。あと数週間で、その答えが出るというわけだ。 果たして、次期モバイルギアはどうなるのか。そして、次期ポケットギアを含めた個人向けPDA製品戦略はどうなるのか。
企業向けPDA戦略がNECインフロンティアによって、新たな取り組みを開始しはじめた一方で、個人向けPDA製品戦略は、まさに、いま、スタートラインに立ったところである。
□NECのホームページ (2002年12月9日)
[Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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