後藤弘茂のWeekly海外ニュース

PalladiumやLaGrandeが現れた理由
~PCがリビングルームで生き延びる道


●オンラインコンテンツ保護のチームが発案

 Microsoftが、セキュリティイニシアチブ「Palladium(パレイディアム)」の原型となるプロジェクトをスタートさせたのは4年前のことだった。「Q&A: Microsoft Seeks Industry-Wide Collaboration for "Palladium" Initiative」によると、この構想に行き着いたのは、Microsoft社内でオンラインムービーのコンテンツ保護に取り組んでいたグループだったという。コンテンツ保護のために、PCアーキテクチャを根本から変えた方がいいと考えついたらしい。そして、研究を続けるうちに、この技術がコンテンツ保護以外にも広く応用できると気が付き、Palladium構想へと発展して行ったのだという。

 このストーリーはよく納得できる。というのは、PCにとって、そしてMicrosoftにとって、まずPalladiumが必要なのはこのコンテンツ保護だからだ。

 コンテンツ保護のための「Digital Rights Management(DRM)」は、PCとコンテンツ業界にとって最大の課題となっている。というのは、PCアーキテクチャの上では、映画や音楽、ゲームといったコンテンツの保護が非常に難しいからだ。

 コンテンツを持つ側からすると、PCは万能コピー機で、どんな保護をしてあろうとも、かならずデジタルデータを吸い出されてしまうように見える。その違法コピーがネットワーク経由でタダでばらまかれ、誰もが手に入れることができるようになる。それがコンテンツを持つ側にとっての最悪のシナリオだ。結果としてコンテンツの売り上げは落ち、ビジネスが成り立たなくなってしまうからだ。彼らにすると、音楽CDの売り上げが落ちたことがこの危惧を実証しており、このままネット帯域が太くなって行けば次は映像コンテンツに同じことが起こる……、と考えているわけだ。

 これが真実かどうかはともかく、問題は、コンテンツプロバイダ側のある程度の人々がそう感じている点だ(そうじゃない人もいるが)。つまり、PCアーキテクチャでは、DRMが信頼するに足るほど確固としたものにならないという懸念が強いのだ。

 そのためにコンテンツのオンライン配信ビジネスというのは、なかなか興隆しない状況が続いていた。ちゃんと立ち上がりつつあると言う人もいるかもしれないが、この問題がなければとうの昔にもっと普及していたはずだ。つまり、インターネットを開花させたPC自身が、オンラインコンテンツ配信の興隆を妨げてしまっているのだ。


●PCアーキテクチャをリビングに持ってくるためには必須

 Microsoftにとってこのことは重大な問題だった。それは、Microsoftの長年のターゲットが、家庭のリビングルームに置くメディアセンターあるいはエンターテインメントセンター的なデバイスだったからだ。

 リビングに置くメディアセンターには、デジタルコンテンツをディスクに格納して、再生したり家庭内の端末に配信したりといった機能が必要になる。しかし、そうした役割を果たすデバイスには、確実なDRMがなければならない。どんな形でも、コンテンツがデジタルデータのまま流出しない仕組みが。

 ところが、今のPCアーキテクチャでは、それを本当の意味で確実にする方法がない。確実だとコンテンツプロバイダを説得できるアーキテクチャがないと言い換えてもいい。これは、問題の本質が、PCのアーキテクチャそのものにあるから始末が悪い。オープンアーキテクチャで、ソフトやハードを開発しやすいPCだと、どうあってもDRMは難しい。

 ということは、現在のPCのオープン性にこだわる限り、PCアーキテクチャはリビングルームに本格的には浸透できないことになってしまう。そして、PCは家庭に浸透しない限り、今後は頭打ちになって業界が活力を失ってしまう。

 まあ、それでもコトがMicrosoftだけの話なら、まだなんとかなったかもしれない。問題は、ほかのメーカーも同じ市場を狙っていて、しかも、もっと有効な手段を提示してしまったことだ。


●SCEIはDNASアーキテクチャでDRMに対応

 例えば、同じ問題は、Microsoftと同様に家庭のメディアセンターを狙うソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)も抱えていた。そこで、SCEIはPlayStation 2(PS2)でのオンラインサービスを始めるために、周到な用意をした。それは、ネットワークのバックエンド側に構築した、「DNAS(Dynamic Network Authentication System)」と呼ぶユーザー認証システムだ。SCEIの場合は、このDNASで、ユーザー認証からコピープロテクト、コンテンツ管理などを行なう。

 DNASの最大のポイントは、PS2のハードウェアに組み込まれた固有IDをベースとする点だ。SCEIは当初からオンラインサービスを考えており、そのためにPS2の設計段階からDNASのためのIDシステムを組み込んでいた。つまり、PS2本体、HDDユニット、メモリカードに固有の不変のIDが組み込まれている。さらに、PS2向けのCD-ROM/DVD-ROMディスクにも固有の「Disc ID」が、ライトワンスで変更不可能な形で書き込まれている。

 そのため、SCEI側では、やろうと思えばネットワーク経由で、どのPS2のどのHDDユニットにどのゲームがインストールされているかをモニターすることができる。これをサーバー側で管理する仕組みがDNASで、SCEIはDNASサーバー側のデータベースのうち、自社のコンテンツに関する情報の一部をコンテンツメーカーが利用できるようにする。そうすると、コンテンツメーカーは、自社のコンテンツに対する、自由で複雑な管理を行なうことができるようになる。

 例えば、「HDDにインストールしたコンテンツが○月○日まで利用できる」とか、「半年後からは自由に2次コピーを作れるようになる」とか、「コンテンツの1/3までは再生できるがその後は追加料金を必要とする」といった操作が可能になると思われる。SCEIは、今のところ、このDNASによる管理をオンラインゲームにしか使っていないが、そのほかにも様々な応用ができる。また、コンテンツもゲームに限られるわけではない。というか、むしろ、デジタル化した音楽や映画を、PS2に配信することを前提に作られた技術に見える。

 いずれにせよ、PS2の場合はこうした仕組みを持っているため、コンテンツプロバイダ側にとってDRMがやりやすい。もちろん、物理的にハックすればDNASを攻略することもできる可能性はあるし、そのためのMODチップが登場する可能性はある。しかし、一般的なPS2ユーザーによる、カジュアルコピーは防ぐことができる。


●Palladiumについては慎重なMicrosoft

 PS2の仕組みはDRMにとっては非常に有効だが、PCの場合はそれをそのまま採用はできない。というのは、PS2の場合、ハードもソフトも全てSCEIが管理するからこそ、こうした管理が可能になるが、オープンなPCではそうはいかないからだ。そして、もっと重大な問題として、家電であるPS2ならハードウェアIDが入っていてもほとんど文句を言う人はいないが、PCの場合はハードウェアIDを入れようとすれば猛反発を食らうからだ。

 これは、多分に心情的な問題で、PCフリーダムのカルチャーには、ハードを特定できるIDというアイデアはなかなか受け入れられない(実際にはMACアドレスなどは特定できたりするが)。Intelのプロセッサ・シリアル・ナンバ(PSN)計画が猛反発を食ったことが、抵抗の強さを証明している。

 Palladiumは、このあたりの背景は研究した上で、なんとかセキュリティ保護できる仕組みを提供しようとしている。例えば、プロセッサ・シリアル・ナンバと違って、Palladiumの固有の秘密鍵などは、外からのリクエストでは決して見ることができない。固有の情報は守られていることになる。また、Palladiumは、特定のPalladium対応のソフトのための付加技術だとアーキテクチャ的に位置づけている。つまり、PCのブートからずっと監視を続けるようなTCPA(PC業界による別のPCセキュリティ強化計画)タイプのセキュリティシステムではない。

 しかし、そうは言っても、Palladiumは使いようによっては、Microsoftなどが管理のためのツールとして使うこともできる。そのため、「Microsoftの「Palladium」でPCは“自由から管理”へ!?」で紹介されているように、やはりネットでは激論が始まっている。

 また、MicrosoftはPalladiumのもともとの目的であるDRMについても、かなり控えめなトーンに落としている。例えば、PalladiumとDRMは互いに依存しない技術で、DRMではPalladiumは補完的に使われると、ホワイトペーパーで言っている。これは、Palladiumの歴史を考えると、不可解に見えるかもしれない。しかし、MicrosoftとPalladiumの置かれている状況を見ると、その理由はすぐにわかる。

 まだ根回し(コンソーシアムの決済など)が進んでいない現状では、PalladiumはMicrosoftの提案となっている。そうすると、DRMがPalladiumに依存(=Palladiumがないと特定のコンテンツが見れないといった)するとなると、Microsoftがコンテンツ配信でも独占しようという動きに取られてしまう。Microsoftの泣きどころ、反トラスト法にまたもひっかかる恐れが出てしまうというわけだ。だから、Microsoftとしては、PalladiumとDRMの関係は慎重にならざるを得ない。

□関連記事
【9月11日】【海外】Microsoftの「Palladium」から推測されるIntelの「LaGrande」テクノロジ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0911/kaigai01.htm
【9月11日】【米国】Microsoftの「Palladium」でPCは“自由から管理”へ!?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0911/high30.htm
【9月10日】【海外】PCアーキテクチャの大変革を目指す「LaGrande」をIntelが発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0910/kaigai02.htm

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(2002年9月20日)

[Reported by 後藤 弘茂]

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