第157回:新CEOでトランスメタは変わるのか? |
Transmetaのマシュー・ペリー社長兼CEO |
2000年、新興のx86プロセッサベンダーとしては異例の華々しいデビューを飾ったTransmetaだが、2000年末にリコール問題が発生してからは、運に見放されたかのようだ。TM5800の出荷遅延は彼らの顧客であるPCベンダーの年末商戦にも大きく影響を与えてしまった。早くからアナウンスしていた256bit Crusoeの計画も、なかなかその実体が見えてこない。
かつてTransmetaに何が起こり、そしてこれからどのようにしていくのか。彼らはかつての輝きを取り戻せるのだろうか?
●もともと“コンサバ”だったTransmeta
2000年に大きな成功への一歩を踏み出し、ある一般誌が作成した「2000年の流行モノ」にもランクインしたTransmetaのCrusoe。それ以降のTransmetaの、マスコミ向けのアナウンスや報道だけしか知らない読者には意外かもしれないが、Transmetaは非常にコンサバティブな戦略を採用してきた会社だ。シリコンバレーにはベイパーウェアを駆使して話題先行型のマーケティングをする会社が目立った時期もあったが、Transmetaはそうした会社とは異質である。製品発表直前ギリギリまで製品のディテールを大っぴらには明かさず、コンセプトだけで金集めをするような行為をしなかったことも、その証拠のひとつだ。
TransmetaはPC向けのハイパフォーマンス製品であるTM5x00シリーズをメインストリームの製品とは考えず、インターネットアプライアンス向けのTM3x00シリーズこそが(将来の)ビジネスの大黒柱になる製品と考えていた。TM5x00はWindowsが完全に動作し、電力/パフォーマンス比も良好なx86プロセッサであることを証明し、家電業界に売り込む名刺代わりになればいい。そんな雰囲気を、初めて取材した時のTransmetaから感じたものだ。
Transmetaには長くx86プロセッサ業界に関わってきたものも多く、巨大なIntelに対抗して戦っても、成功への道は拓けないと確信していたからだ。まともにぶつかって勝てないなら、特徴を活かして得意分野を攻めるべき。だからTM5x00に多くは望まない。
Transmetaの和田信氏は当時を振り返って「あのころ、ジム(すでに退社した当時の副社長ジェームズ・チャップマン氏)と二人で、日本のPCベンダーなら興味を持ってくれそうだ。とりあえず取っ掛かりはそこから行こう。そう話してプランを立てていたが、誰も大手の日本ベンダーがTransmetaのチップを使って製品を作ってくれるなんて計画を信じる者は、だれもいなかった」と振り返る。今ではCrusoeと言えばTM5x00シリーズが主流だが、Transmetaのビジネスプランでは傍流だったのだ。
しかし、そんなシリコンバレーのベンチャー企業にしては控えめ(?)なTransmetaにも少しづつ変化が訪れていった。会社としての経営方針を転換したわけではない。成功と共に、だんだんと必要以上の自信をつけてしまった。ひょっとすると、少しだけ調子に乗りすぎたのかもしれない。
●ちょっとした間違い
Crusoeが発表される前、つまり日本のベンダーに様々な提案とともにCrusoeを売り込んでいた頃、IntelはモバイルPentium IIの高クロック化を推し進め、ベンダーに対してモバイルPentium IIIの計画についてアナウンスしはじめた頃である。当時のIntelは、熱設計電力(TDP)が低かったモバイルMMX Pentiumは収束へと向かい、サーマルエンベロープ(TDP枠)もそれまでの10W以下という制限を取り払い、冷却システムの進化で得たマージンをどんどん高速性へと転換していた。当時話を聞いたあるPCベンダーの設計者は「サーマルエンベロープを意識して、ギリギリまで薄型・軽量な設計を行なっていたら、新しい冷却システムをサポートする代わりに動作電圧が上がると言われた。これでは思い切った設計のサブノートPCなんて作れない」とグチをこぼしていたことがある。彼の言う通り、MMX Pentium時代に生まれ、成長しかけていたB5サブノートPC市場に、魅力的な製品が投入されなくなってしまった。
このころ、何度もIntelのマーケティング担当者への取材を行なっていたが、彼らは低消費電力化や10Wサーマルエンベロープなど、全く重要ではないとの論を繰り返し、クロック周波数こそがパワーだと強弁を振るっていたものだ。
Transmeta成功の原因はCrusoeという製品そのものの力もあったろうが、Crusoeが必要とされるような状況が背後にあったからこそ、現場の技術者を中心に受け入れられたという点も見逃せない。
ところが、Transmetaは「もしかすると、この分野(省電力)ではIntelに十分対抗できるのかも知れない」と、心のどこかで思うようになった。それがTransmetaの変化に繋がっていったのかもしれない。Intelが本気で小型ノートPC向けの省電力プロセッサに取り組んでくると、少しづつTransmetaの市場は小さくなった。
以前、ニューヨークの展示会でIBMの担当者は「結局、Crusoe搭載機は試作だけで終わったが、TransmetaのおかげでIntelは省電力に関して我々の意見に耳を傾けるようになった。Transmetaの最大の功績だ」と話していた。
今でもIntelの超低電圧版Pentium III-MよりもTM5800の方がサーマルエンベロープは小さいが、ノートPCというフォームファクターの中で、そのメリットを生かせるスペースはあまりに狭い。ここで初心に戻れば良かったのだが、TM5800や256bit Crusoeを早めにアナウンスし、まるでインターネットアプライアンス向けの取り組みは1チップ化が行なわれるTM6000まで何も進展がないかのようだった。
これらの製品が「遅れましたね」と訊いても「いや予定より少し遅れたが、それほど大きなものではない」と返ってくる。開発の現場では予定通り進んでいても、外向けにリップサービスをしてしまうから、こうしたズレが出てきてしまう。
●結局、最初から何も変わっていなかった
冒頭の「確実に出来ることだけを話しなさい、そして製品を提供している顧客の話をよく聞き、必要とされる製品を作りなさい」というペリー氏の発言は、こうした過去の反省をふまえたものだ。ペリー氏は長く家電向け組込みプロセッサのマーケティングに関わり、Crusoeの省電力性とx86との互換性が、今後のインターネットアプライアンスに不可欠なものだと信じ、今回の社長兼CEOへの就任オファーを受諾したと話す。
「たとえば薄型のAV機器と見間違えるような、オーディオとビジュアルを操り、インターネットとも接続する製品を作りたいといったとき、x86互換であることと省電力であること、電力あたりにパワーが大きいことは大きな長所になる。これまでそうした製品を作るためのプロセッサは存在しなかったが、Crusoeがその役割を果たせる」(ペリー氏)
同氏はこれまで、MIPSコアやARMコアを用いた製品のビジネスに関わったものの、常にパフォーマンスと新しいインターネット技術への対応で不満が出てきたと話す。たとえばインターネットで新しいタイプのコンテンツが生まれても、それを楽しむためのプラグインはx86用しかリリースされないのが普通だ。x86互換のCrusoeならばその問題もない。
またノートPC向け製品の開発も継続的に力を入れていくといい、新しい機能を盛り込んだCMSの新バージョンや256bit Crusoeについて、開発の手を緩めるつもりは毛頭ない。ノートPC向け製品のサーマルエンベロープも、ノースブリッジ込みで7Wになっているのをさらに引き下げる予定という。
ただ、一時は忘れ去られたようなインターネットアプライアンスやネットワーク対応AV家電向けという、本来Crusoeが目指していた市場への取り組みを見直そうというわけだ。結局のところ、開発の現場を含めてTransmetaの社風は以前から大きく変わったわけではない。ペリー氏は、ただ気を引き締め直して初心を取り戻そうとしているだけなのである。
いや、大きく変わったところはある。家電向け組込プロセッサのプロが、社長兼CEOに就任したことだ。話を聞いている限り、ペリー氏は派手なPC業界を横目に見つつ、当初の目標であった領域へと意欲満々なことが伝わってくる。会社としての方針が大きく変わるわけではないが、以前よりも明確にCrusoeの特徴を活かせる会社になりそうだ。
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【5月29日】Transmetaの新CEOが来日。「ジャパン・ファースト」戦略の強化へ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0529/trans.htm
(2002年6月12日)
[Text by 本田雅一]