第156回:もうひとつのワールドカップ |
「やっぱり今のインターネット販売の仕組みは、急激なトラフィック増加に追随するのが難しいなぁ。いや、これはチケット販売サイトの問題か。チケット販売代理店のシーモス・マーケティング内ってことは日本にサイトがあるはずなんだがなぁ。1台しかサーバーがないのかなぁ」などと考えながら、なかば諦めつつも電話販売に夢を託すか、なんて思っている。
なにしろワールドカップだ。おそらく僕が死ぬまで、もう一回日本でやることなんて無いはず。編集長までサッカーファンのとある編集部では、無理矢理自宅作業をする人が4名ほど。別の編集者はワールドカップを見据えて、サッカー雑誌の立ち上げメンバーに異動。知り合いの出版デザイナーは編集部に「6月は仕事できないですよ」と休業宣言。打ち合わせの約束をしていた編集者は韓国へ……。何だ、誰も仕事していないじゃないか?
そういえば、BAR AVANTIで再会したWebooksの倉持太一氏と初めて出会ったのは、4年前のパリだった。そう、運の良いことにフランスワールドカップのITシステムを取材した時のことである。
●ITシステムワールドカップ?
世界中から大量の人が集まるワールドカップでは、本番の試合以外にも様々な格闘がある。と、なかなかクサイ言葉を発したのは僕ではない。'98年フランスワールドカップのヒューレット・パッカードワールドカッププロジェクトマネージャのジャン・ル・セイン氏だった。彼は「ワールドカップのITシステムをサポートすることは、我々の技術をアピールするショウケースとして最高の場を得たということ。そのために、サッカーの試合とは異なる戦いをこの1年続けてきた」と話した。ヒューレット・パッカードのプロフェッショナルサービス部門でシステム構築の現場を指揮したクリスティン・ホルトレット氏によると、このときのHPは「すべてのIT業務を一括してサポートしたこと。会場設計のためのCADシステム、チケット発行、電子商取引によるグッズ販売、Webの情報配信といった業務すべてのシステムを担当した。ただし、チケットの販売はやっていない」とのこと。
「ITシステムの規模はどの程度?」と尋ねてみると、Web配信システムは大会開始から1週間ほどの時点で500GBもの情報量(プレス向けのビデオオンデマンドシステムを含む)を蓄積したと教えてくれた。さらにページビューは日に5,800万回。システムは日に1億2,500万ページビューまで耐えられる設計で、しかもサーバーの所在地は極秘。安全と負荷分散を考慮して、世界中にサーバーを分散配置しているとか。
4年前の時点で、これだけの規模だったのだから、インターネット人口がさらに増加していることを考えると、今回はさらに記録的なWebサイトへのアクセス数になるに違いない。残念ながら、今回ITシステムを担当する東芝に取材する機会には恵まれなかったが、どれだけの規模でのアクセスがあったのか。ワールドカップのもうひとつの戦いも、大会が終了したあとの報告が今から楽しみだ。
●まるで小さな村のインターナショナルメディアセンター
4年前で申し訳ないが、インターナショナルメディアセンター。今年はどんな雰囲気なのか? |
リアルタイムに会場の様子がわかるのはもちろん、過去の試合はすべてビデオサーバーに記録されており、指定した試合の指定した時間、あるいは指定したゴール直前のシーンへと、実に簡単に、そして瞬時にアクセスして手元のテレビモニターで確認できる。もちろん、公式カメラマンの撮影した写真や公式インタビューの記録も専用端末から簡単にアクセスできる。どうやら、このあたりのシステムは今回もかなり近い機能を持っているらしい。IT業界の展示会程度しか取材したことのない身にとっては目の毒と思ってしまう。
フランスの時にはセンター内に各国の新聞が置かれているのはもちろん、何故か毎日の特徴的な出来事を絵にする画家やオフィシャルの写真データをオンデマンドで印刷してくれるブース、IT機器の貸し出しを行なうブースなどが立ち並ぶ。それに混じって、世界的に知られている某ファーストフード店やカフェまであるから驚きだ。
ワールドカップを取材するメディアチームは多くのエキスパートによる分業制を採っているため、メディアセンターで必要なビデオや写真、コメントデータを引っ張り出したり、バックグラウンドストーリーを書いたり、本国との連絡を取ったりといった作業は、専任のスタッフが行なっていることが多い。そんなわけで、忙しい日にはメディアセンターから一歩も外に出ず、生活できてしまうのである。もっとも、外出する必要がないことが、幸せなのか、不幸なのかは微妙なところではあるが……。
4年前は、まだCRTディスプレイが中心だった。しかし今回は液晶ディスプレイだらけだとか | なぜか新聞を張り合わせて色づけする絵師がメディアセンターに常駐。謎だ |
●日本のモバイル環境は快適?
さて、そのインターナショナルメディアセンターで、モバイルデバイスがどのように使われているのか? なんてことは、僕にはわからないのだが、伝え聞くところによると、運営スタッフをサポートするためのモバイル端末としてDynabook SSが割り当てられてるという。インターナショナルメディアセンターでインターネットにアクセスする端末として使われているのも、Dynabookシリーズだとか。PCには日英翻訳ソフトもインストールされ、海外のメディアが日本の情報を参照する際の手助けに使われることもあるという。あとから東芝広報に確認を取ったところ、Dynabook SSが割り当てられているのはチームリエゾンというスタッフ。彼らはチームに帯同しながらPCを活用し、宿泊や交通などの手配を行なっているそうだ。PocketPCのGENIOシリーズも何らかの用途で使われているようだが、具体的にどのように使われているのかは担当者不在で確認できなかった。
詳細は不明ながらそんな話を聞けたのは、昨日、池袋駅の構内でアイルランド人のジャーナリストと出会ったからだ。大きなスーツケースを中心に、疲れ切って座り込むヨーロッパ人。そのうち何人かは、モスグリーンと白、オレンジの三色帽子をかぶっている。
「この前の試合は残念だったねぇ」と気軽に話しかけてみると「まだまだこれから」と元気な答えが返ってくるものの、しばらくすると電池が切れてしまう。その中でも元気だった気のよさそうなオジさんは「みんな移動の連続と試合後の飲み会、それにホテルのブッキングミスで疲れているんだよ」と説明してくれた。このオジさんはサポーターたちに帯同して取材しているジャーナリストなんだとか。プレス証も見せてくれ、くだんのインターナショナルメディアセンターの話も気軽に応えてくれた(もっとも、役回りのおかげでメディアセンターには最初の1回しか行ってないそうだが)。
このオジさん、日本のモバイル通信事情はほとんど把握していないようで、モデムで接続してインターネットに接続しているそうだ。iモードは知っているけれど、見るのは初めて。PHSやグレ電はもちろん知らない。「成田からの列車の中で無線LANが使えるんだねぇ。いや便利だよ」と、妙に情報の偏りがある彼にグレ電の使い方を教え、PHSで128Kbpsの通信をやってみせると、Webメールでみんな連絡を取り始め、収拾がつかなくなってしまった(笑)。
ジャーナリストのオジさんは、日本にやってくるまでインターネット接続事情がよくわからずかなり不安だったようだが、比較的英語が話せる人が多く問題なく仕事ができているという。日本での通信環境にはおおむね満足だが「モデム専用ポートを備えたホテルが少ないのは問題。8年前の米国ワールドカップの方がホテルからの通信はやりやすかったよ」と、ちょっとした不満も持っているようだ。
彼らアイルランドからの一行だけでなく、都心はいつになく“日本慣れしてそうにない”外国人観光客が多い。開催地ならなおさらのことだろう。欧州やアフリカ、南米からの観光客にとって、初めての日本での長期滞在は不安が大きいという。道順や電車の乗り継ぎで困っている人をみかけたら、ちょっとした助け船を出してみたらいかがだろう?
サッカーの話題で見知らぬ外国人と、普段より気軽に話ができてしまうのもワールドカップのもうひとつの側面だと思う。
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【5月28日】いよいよワールドカップ開幕間近! 国際メディアセンターに行ってみた(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/yajiuma/index.htm
(2002年6月4日)
[Text by 本田雅一]