大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

Aptivaとs30の生産中止は、日本IBMの事業にどう影響したか?


●得意とする領域への集中

 日本IBMがコンシューマ向パソコン「Aptiva」の生産を中止してから8カ月が経過しようとしている。そして、話題のノートパソコンThinkPad s30の生産中止から2カ月が経過した。

 いずれも、人気を博した製品にも関わらず、IBM自らのコアコンピタンスへの集中という動きのなかで、これらの製品群の投入を中止した。果たして、この2つの製品の生産中止は、日本IBMのパソコン事業にとって、本当にプラスになったのだろうか。

 日本IBMが、Aptivaシリーズの投入を停止することを明らかにしたのは、昨年のWindows XPの発売直前だ。

 コンシューマパソコンの最大の需要期である年末商戦を前に、しかも、コンシューマ分野での売上拡大が期待されたXP発売直前の生産中止発表に、多くの業界関係者やユーザーが驚いた。

生産中止となったAptivaとThinkPad s30

 それにも関わらず、日本IBMがAptivaシリーズの廃止を決定したのはなぜか。その背景を、日本IBMのBP&システム PC製品事業担当の橋本孝之取締役は、「IBMが得意とする領域へのリソースの集中」という言葉で表現する。

 その詳細な理由については、以前、本コラムでも掲載したので割愛するが、橋本取締役は、さらにこんな表現でその理由を解説する。

 「パソコンの需要層は、高性能を求めるユーザーと、廉価版パソコンを求めるユーザーとに二分される。日本IBMの顧客層を分析すると、明らかに前者のユーザーが多い。そのなかで、IBMブランドが生かせる領域の製品に絞り込むというのが一点目の理由」。

 s30の生産を中止した理由も同様だ。

 ピアノ光沢の塗装の問題で、それが量産に向きにくいという理由もあったが、「s30の購入者を分析すると、最も多いのが4台目のパソコンとして購入したという人たち」というように、コンシューマをターゲットとしていながらも、需要層は完全にパワーユーザー層だったことが伺える。

 「それならば、X23の後継機に統合して、その方向性をさらに明確にすべきだろう、という判断が働いた」というわけだ。

 生産中止のもうひとつの理由として橋本取締役は、「サービス、ソフトを含めたトータル提案を生かせる領域へ、製品投入に集中した点」と語る。そして、「この半年間で、企業向けや高機能製品を求めるユーザーに対する体制ができたと考えている」ともいう。

 今年2月、日本IBMは、藤沢に大規模物流センターを開設した。その規模の大きさは、11トントラックが90台以上横づけできるということからも、容易に推測することができるだろう。

 ここでは、海外から持ち込んだメモリ、ハードディスクなどの主要部品を、顧客の要望にあわせて組み立てることができるとともに、品質検査やIBM製品以外とのキッティングも行なっている。これにより、ユーザーが希望する仕様の製品を短期間に用意することができ、納期の短縮も実現しているというわけだ。

 「この大規模物量センターを、社内ではインテグレーション・フルフィルメント・センター(IFC)と呼び、顧客の要求仕様にあわせた製品を、短期間に、しかも、高い品質保証を行なった上で提供できることを狙った。例えば、大手企業などで、まとまった台数のノートパソコンがほしいといった場合も、従来は一台ずつダンボールに梱包して出荷していたが、IFCでは、本体をビニール袋にくるんで、複数台を収めることができる発砲スチロールを専用に用意して、これで出荷するといったこともできる。無駄なダンボールやマニュアルなどを使わなくてすみようになり、環境面での配慮や、コストの削減にもつながっている。また、企業の資産管理用のタグの貼り付けや、企業内で利用するために必要な設定ソフトの同梱なども可能になっている」という。

 現在、これらのサービスは300台以上のユーザーに対してだけ実施されているが、早くも出荷量の2割が、これらのサービスを利用したものとなっている。今後は、さらに少ない台数でも対応できるような体制整備を行なうことで、全出荷量における比率を引き上げていく考えだという。


●Aptivaとs30の生産中止の影響

PC製品事業担当
橋本孝之取締役

 では、「Aptiva」の生産中止、そしてThinkPad s30の生産中止は、日本IBMのパソコン事業にどう影響しているのだろうか。

 橋本取締役は、「もちろん、すべてが、いい結論だとはいえない」と語る。

 「例えば、廉価市場をねらったコンシューマ分野向けの製品がなくなったことで、コンシューマ市場のシェアは減少している。それが影響して市場全体の台数シェアでも、ソニーに抜かれた。これは確かに、デメリットのひとつといえるかもしれない」。

 だが、続けてこう話す。

 「しかし、これらはすべて当初から見込んでいたこと。その一方で、法人向けのデスクトップパソコンの販売台数が増加するなど、法人向け市場ではシェアが2~3ポイント上昇している。IBMが狙った分野で、狙い通りの成果があがっている。また、収益性についても、間違いなく改善しており、健全なパソコン事業が行なえる体制が整った。そして、もうひとつメリットをあげるならば、IBMのブランド戦略が明確になったことがユーザーに大きな安心感を与えているはず。IBMパソコンを利用していただいているユーザーに対して、IBMがどんな支援をするのか、といった点が明らかになってきた」

 IFCの開設により、新たに開始した企業向けサービスが高い評価を得ているのも、IBMがターゲットを明確に打ち出し、それに対する投資効果が出てきたものだといえよう。

 「パソコン事業でシェアを取るつもりはない。収益性のある事業展開をいかに追求するかが、当社の基本的な考え方」と橋本取締役は断言する。

 こうした日本IBMの動きは、法人ユーザーにターゲットを絞り込み、コンシューマユーザーを完全に切り捨てたような戦略に見えるかもしれない。

 だが、個人のパワーユーザーの領域は、明らかに日本IBMがターゲットとする分野だ。その領域に向けての製品投入は今後も継続的に行なわれることになるだろう。

 例えば、「s30の型番は、永久欠番になる」としながらも、「s30で実現したワイヤレス機能はいまや標準化しているし、長時間バッテリーや製品デザインなど、今後の製品開発に受け継ぐものは多い。秋モデルでは、X23とs30を完全統合したものを一気に出せるわけではないが、s30の流れを汲んだ製品は引き続き投入していく」とパワーユーザーを視野に入れた展開を引き続き行なっていくことを示唆する。

 ピアノ光沢塗装についても、「ツルツルな塗装面を実現するには炉の温度調節が難しい。量産した場合に、その微妙な温度調整ができずに苦労したが、そのノウハウも蓄積できた。どこかでこの技術は使いたい」と、記念モデルや限定モデルでの投入を予感させるコメントをする。

 今年10月にはThinkPadが発売10周年を迎える。そのタイミングでのピアノ光沢モデルの登場も期待されるが、その点については、残念ながら、「現時点ではなにも決定していない」という回答に留まった。

 いずれにしろ、日本IBMのパソコン事業は、収益性を高めた健全な事業体質が確立できたとともに、ブランド戦略を明確にするという意味では成果があがっているといえそうだ。あとは、パワーユーザーをターゲットとした製品展開をどこまで明確にすることができるかという点かもしれない。

 ただし、このパワーユーザーの領域を広げすぎると、IBMが狙っている事業ターゲットそのものの広がり、戦略自体がボケ始める危険性がある。このあたりのバランス感覚がどう発揮できるかが注目されるところとなりそうだ。

□間連記事
【3月20日】日本IBM、ThinkPad s30の生産を中止
~リアルモバイルPCはXシリーズに統合
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0320/ibm.htm
【2001年10月1日】【大河原】「Aptiva」、「ThinkPad iシリーズ」休止の事情
日本IBMは、コンシューマ市場を捨てたのか?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20011001/gyokai15.htm
【2001年9月7日】日本IBM、次期モデルからAptivaブランドを廃止
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010907/ibm.htm

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(2002年6月10日)

[Reported by 大河原 克行]


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