●自律エージェント的な発想が入ってくる
輪郭が見え始めた第3世代PlayStation分散環境。では、その上では、一体どんなゲームやエンターテイメントが可能になるのだろう。
それは、一言で言うとリアルワールドだ。ただし、これまでのようにグラフィックスがリアルだね、というレベルではなく、今度はキャラクターの話やしぐさとか、ゲーム世界の雰囲気がリアルになり、自律的に動作し、プレイヤーとも自然にインタラクトする。つまり、シミュレーションやAIの部分でリアルにする流れになる。
岡本氏のキーノートで公開されたデモ(3.6MB:MPEG) |
先週サンノゼで開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「GDC(Game Developers Conference)」で、ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)の岡本伸一常務兼CTOはこうした方向性の例としてひとつのデモを示した。下のムービーがそのデモだ。小島の上の女の子のまわりで魚から鳥へ、鳥から魚へとモーフィングしている。このデモのポイントは、それぞれ自律するエージェントが相互にインタラクトしている点。例えば、女の子は、回りの生物の動きに自律的に反応し、体や頭を向けたり体をゆすったりする。
これは非常に原始的なデモだが、この方向で分散コンピューティングによって、もし無限のパフォーマンスが手に入るとどうなるか。まず、ともかく、ゲームに登場するキャラは、今のように無表情で棒立ちではなく、映画の中の役者のように自然に振る舞うようになる。風が吹けば旗がなびいたり、砂が舞い上がったり、ごくごく当たり前のことがゲーム世界でも見えるようになったりする。結局、人間が感じるリアリティというのは、現実世界のシミュレーションなのだから。
●チューリングテストをパスするNPC
そうすると、そのうち、Massive Multiplayer Online Role-Playing Game (MMORPG)で、別なプレイヤーと音声で話をして意気投合したのだけど、ところがじつはそのプレイヤーはコンピュータ(NPC:Non Player Character)だったみたいなことも可能になるかもしれない。プレイヤーの方は、どれが人間のプレイヤーでどれが自律エージェントか判別できない。つまり、ゲーム内のNPCが「チューリングテスト(Turing Test,人間とAIの判別試験)」をパスしてしまうわけだ。
こうなると、例えば「ときメモ(ときめきメモリアル)」なら、ホントに生身の女の子と見分けがつかないキャラとデートができる(個人的には別にしたくないけど)かもしれない。また、MMORPGなら自律的にどんどんゲーム世界が進歩して行って、自然にNPCの新しい街ができて発展したりする(これはDOS/V PowerReportの谷川編集長の意見)。
それから、シミュレーションでリアルになるのは、別にオンラインゲームに限らない。ほとんどのゲーム分野で、シミュレーションやAIの高度化が効果を発揮するだろう。
例えばレーシングゲームなら、今後の方向性はどうやってドライビングのリアリティを増すかという点になっている。そのために必要なのは、クルマのフィジックス(物理)シミュレーションだったり、街の様々な要素(道ばたの犬の動作とか)のシミュレーションだったりする。また、アクションゲームだったら、戦う相手はAIなので、AIの高度化はゲームプレイに直結するし、ゲームワールドのリアリティも非常に重要だ。
もっとも、こういうのは、目新しいアイデアではない。MMORPGで自律エージェントでというなら、そういうマンガ(「BOOMTOWN」内田美奈子)もあった、と指摘する人もきっといると思う。ポイントは、遠い先だと思われていたそのレベルに次の世代で早くも手が届くようになる(まだ?マーク付きだが)、という部分にある。そして、そのカギは、BOOMTOWNでは巨大なホストシステムを想定していたのを、分散化してやってしまうという構想にある。
●ゲーム開発のトレンドはAIやシミュレーションに
ともかく、明確なことは、次世代アーキテクチャのフォーカスは、グラフィックスではなく、その上のレイヤの処理、つまりシミュレーションやAIに移ったことだ。というか、3DグラフィックスはCGムービーレベルをリアルタイムレンダリングできるのは当たり前で、その上でさらに高度なシミュレーションやAIができると言い換えた方がいいだろう。ゲーム機ハードウェアを、3D性能で語るのは、あと3年すると流行らなくなってしまっているかもしれない。
じつは、これはゲーム開発のトレンド(のひとつ)でもある。GDC(Game Developers Conference)でも、こうした方向性が随所に見えた。例えば、ゲーム&ツールベンダー英Frontier Developmentsの創設者David Braben氏は「Another Five Years from Now: Future Technologies」とタイトルしたセッションで、今後5年のゲーム開発の方向として、AIやシミュレーションの重要性を示唆している。
Braben氏は、テクノロジで売っている現在のゲームは、映画産業で言うと1920年代(やはりテクノロジで売っていた)に当たると指摘。今後はストーリテリングやエモーションを充実させなければならないと説明した。で、そのためにはどうしなければならないかというと、例えば、会話を自然にできるようにしなければならない。つまり、プレイヤーからの様々な働きかけに対して、まるで本物の人間のように受け答え、表情や仕草もできる、というのでなければいけないという。
さて、そうすると、どんなシミュレーションが必要になるのか。これが考えてみるとなかなかすごい。まず、ダイアローグを前もって声優が録音しておくことはできなくなる(全シチュエーションを想定すると膨大な量になってしまう)から、ダイアローグを自動生成するためのボイスシミュレーションが必要だ。そもそも、相手の会話にきちんと対応したダイアローグ自体をジェネレートする必要もある。それから、フェイシャルアニメーションのベースになる、微妙な表情のシミュレーションも必要で、ジェスチャもシミュレートできないといけない。
もしかすると、人間の心理シミュレーションも必要になるかもしれない。言葉のちょっとしたあやで、NPCが不機嫌になって、声がとげとげしくなってくるみたいな。複数のNPCがいるなら、そのNPC同士の関係をソーシャルシミュレートする必要も出てくるかもしれない。つまり、各エージェントのソーシャルアクティビティを、限定された範囲でもシミュレートできないと、本当に人間らしくは見えないということだ。
●第3世代PlayStationのメッセージはシミュレーション
Frontier Developmentsが公開している犬のデモ |
まあ、シミュレーションはやり始めたら切りがないし、おそらくシミュレーションミドルウエアが普及してこないと、なかなかインプリメントしにくいものも多いだろう。でも、アドベンチャーやRPGならボイスとジェスチャのシミュレーションあたりから始めるのはありだろう。それだけでも膨大な作業だが、ジェスチャが伴うだけでも、ぐっとNPCはリアルに見えてくる。
例えば、Braben氏は、スピーチの中で、3匹の犬のシミュレーションを示した。これは、犬が互いの回りをぐるぐる回るデモで、お互いにそれとなく相手を意識して顔を向けたり距離を保ったりといったジェスチャをするというもの。下の写真を見ても、それぞれが自然にアイコンタクトしているところがわかると思う。こうやると、確かに犬らしい動きになるんだというのが、結構納得できるデモだった。デモはFrontier Developmentsのサイトからダウンロード可能になっている(zipの中にexeファイル)。
最近は、ゲームでもシミュレーションはよく聞く。物理シミュレーションは、限定された範囲ならよく使われるようになったし、次はクロースシミュレーションだねみたいな話もある。しかし、第3世代PlayStationになると、シミュレートする範囲はもっと広がる。そいういうストーリーだ。
そして、本気でワールドシミュレーションを考え始めたら、コンピューティングパワーは全然足りないから、バックエンドのネットワークのコンピューティングパワーを利用しようという展開になったのが第3世代PlayStationのCellネットワークだ。だから、少なくともSCEIの描く第3世代PlayStation世代のゲームのポイントは、必然的にシミュレーションになる。
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【3月27日】【海外】なぜPlayStation 3は2003年ではなく2005年なのか
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0327/kaigai01.htm
(2002年3月28日)
[Reported by 後藤 弘茂]