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なぜPlayStation 3は2003年ではなく2005年なのか


●5年サイクルが維持されるPlayStation 3

 やっぱり次のPlayStationは2005年だった。2003年にPlayStation 3が出るというのは、ウワサに過ぎなかった。そしてまた、第3世代PlayStationは、多くの人が思い描いていたようなグラフィックスモンスターでもなさそうだ。グラフィックス機能ももちろん優れているだろうけど、それ以上にシミュレーションやAI処理のパフォーマンスがハイパーな、シミュレーションモンスターだ。そして、ブロードバンドネットワーク接続が前提となっている、そんなプラットフォームだと思って間違いはない。

 先週サンノゼで開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「GDC(Game Developers Conference)」で、第3世代PlayStationのスケジュールがほぼ明らかになった。ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)の岡本伸一常務兼CTOは、GDCのキーノートスピーチのプレゼンテーションで、同社がIBM、東芝と共同開発している「Cell」プロセッサが第3世代に使われると発言。また、Cellネットワークの実現は2005年になることを示した。

 もっとも、第3世代PlayStationが2005年というのは、もともとのストーリーから行けば当然の話だ。そもそも、ゲーム機は5年サイクルで登場する。ゲームデベロッパーは、最初の2~3年で新プラットフォームのアーキテクチャに習熟し、ライフサイクルの後半にプラットフォームの性能を引き出したタイトルを送り出す。SCEIの岡本CTOは、GDCでもこのサイクルを意識する発言をしている。例えば、「(ゲーム機の)アーキテクチャを理解するのに3年間が必要だと考えている」と発言、暗に今のサイクルを維持することを示唆した。

 それから、Cellを使うなら、チップ開発のスケジュールから考えて2005年は至極当然の話だ。というのは、まっさらからのCPU開発には3~4年かかるのが当たり前だからだ。

 ゲーム機のリリースはチップの開発スケジュールに左右される。約5年サイクルというゲーム機のスケジュールは、じつはチップの開発スケジュールでもある。つまり、新マシンを出して1年で次のプラットフォームの方向性とチップアーキテクチャの方向性を決定、3年でチップを開発してボードに実装、最後の9カ月から1年でデベロッパに同時発売ゲームタイトルの開発をしてもらうというわけだ。SCEIがIBM、東芝とCellの共同開発を発表したのは2001年3月だから、逆算するとCell搭載プラットフォームの登場は、どうあっても2005年になる。


●どうやれば2003年PlayStation 3が可能だったのか

 それなら2005年に第3世代PlayStationは、最初からわかっていた話と思うかもしれない。ところが、2003年を可能にする手段もじつはある。このコラムの、'99年10月のMicroprocessor Forumのレポート“SCEIがPlayStation2のMPU「EmotionEngine」のロードマップを発表”を見てもらえば、その理由はわかる。

'99年に公開された「EmotionEngine」のロードマップ

 この時、SCEIの久夛良木社長は、PlayStation 2のEmotion Engine(EE)とGraphics Synthesizer(GS)のロードマップを発表、そこで2003年までにEEとGSの発展型のチップを、ワークステーション用に出すと宣言したのだ。第2世代のEE2は0.13μmで製造し4,000万トランジスタを集積する。その通りなら、トランジスタ数でEEの3倍近く、プロセス技術は2世代進化したチップで、数字上はPentium 4(Northwood:ノースウッド)クラスとなる。パフォーマンスは原理的には数倍になるはずだ。同様にGS2もレンダリング能力が数倍かそれ以上になる。ちなみに、右の図でEE3となっているのは、現在Cellに変わったと思われる。

 というわけで、SCEI&東芝が、このロードマップ通りにEE2とGS3を開発していたとすると、現行PlayStation 2の上位互換でよりハイパフォーマンスのチップが2003年には存在することになる。2003年説のベースになっていたテクノロジはこれらのチップだと思われる。言ってみればPlayStation 2.5というわけだ。

 しかし、こうしたアーキテクチャのPlayStation 2.5を2003年にリリースする場合にはいくつかの問題が発生する。1つは、このPlayStation 2.5に最適化したタイトルを作るとPlayStation 2で走らない、あるいはクオリティを落とさなければならないこと。ゲームタイトル開発は、多くのインストールドベースがあっての話なので、こうした中間リリースは難しいし、デベロッパになかなか受け入れられない。

 それからもっと切実な問題としてダイサイズ(半導体本体の面積)の増大がある。現行EEやGSよりダイが大きなEE2とGS2を採用すると、1枚のウエーハから採れるチップの数は激減する。そして、SCEI&東芝のFabキャパシティは限られているため、ダイが増大すると生産できるチップ個数が減ってしまうのだ。ゲーム機は、チップの生産量=ゲーム機の生産量でもあるため、これは供給可能なPlayStationの数が減少することを意味する。これは、加速度的に普及台数を増やすゲーム機のビジネスモデルに合致しない。


●グラフィックスは未知数のPlayStation 3

 というわけで、第3世代PlayStation分散環境の、端末側のPlayStationボックス(PlayStation 3)は、2005年にCellを搭載して登場する。これはほぼ明らかになったわけだが、Cellの役割は、PlayStation 2のエンジンだったEmotion Engine(EE)とは大きく違う。EEは、CPUにベクター演算ユニットなどを加えたフルプログラマブルチップで、一昔前の言い方ならメディアプロセッサに近い。MIPSアーキテクチャのCPUを内蔵しているし、ベクターユニットで多彩な処理ができるが、力点は、どちらかというとグラフィックスパイプラインの上流のジオメトリ処理や圧縮動画データのデコードを担当することにあった。

 だが、Cellはおそらくグラフィックス処理はほとんど担当しないと想像される。Cellの役割は、グリッドコンピューティングで、ネットワーク上に分散したリソースも使いながら、高精度なシミュレーションやAI処理を担当することになると思われる。実際、GDCで岡本氏は、次世代のプラットフォームへのクリエイター側からの要求は、ワールドシミュレーションにあり、そのために1,000倍のパフォーマンスが必要になると言っている。

 処理のパーティショニングを考えても、Cellとグラフィックスを切り分ける方が簡単だ。いくらネットワークが広帯域かつ低レイテンシになったとしても、ジオメトリから下のグラフィックスパイプはやはりローカルで処理する方がラクだ。まさか、ネットワーク側でレンダリングして、描画データを受け取るというカタチにはなるまい。そうしたら、シミュレーション&AI&ゲームエンジンをCellと背後のネットワークに、グラフィックスやサウンドに落とし込むところから先はローカルへと切り分けるのが妥当だろう。

 そうなると、PlayStation 3の、首から下のグラフィックスパイプライン側のアーキテクチャがどうなるのかは、全くわからないことになる。次回は、このあたりについて考察してみたい。


□関連記事
【'99年10月7日】Microprocessor Forumレポート
SCEIがPlayStation2のMPU「EmotionEngine」のロードマップを発表
PlayStation2ベースのワークステーションが登場!
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/991007/mpf4.htm
【3月25日】【海外】PlayStation 3の正体は“Cell+Linux+グリッド+自律コンピューティング”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0325/kaigai01.htm
【3月25日】【海外】PlayStation 3の核となるCellは全く新しい概念のCPU
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0325/kaigai02.htm


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(2002年3月27日)

[Reported by 後藤 弘茂]

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