モバイルPentium 4-M(Northwood:ノースウッド)を発表したばかりのIntelだが、同社はすぐにPentium 4-Mラインを拡張する。業界筋によると4月後半にはPentium 4-Mに、上は1.8GHzが、下は1.4/1.5GHzが加わるという。モバイルは、デスクトップと違ってCPU発表=PCメーカーの製品ラインの変更にはならないが、これでフルサイズノートは今年半ばまでにはPentium III-M→Pentium 4-Mへの世代交代を進め、やや厚手のThin & Light(薄型軽量)ノートにもPentium 4-Mを浸透させようというIntelの狙いが明らかになった。
4月のモバイルPentium 4-Mのうち、1.5GHzは260ドル程度、1.4GHzは200ドル弱で提供される。つまり、Pentium III-Mのローエンドと同レベルの価格になる。そのため、今は、高嶺の花に止まっているPentium 4-Mも、この段階で下に向かい始める。
また、1.8GHzは元々の計画より1四半期前倒しの投入となる。さらに、第3四半期の1.9GHz、年末商戦の2GHz、来年頭の2.1GHzへと、IntelのPentium 4-Mラインは急激に性能を伸ばす。下のロードマップ図を見ても、停滞してしまうPentium III-Mライン(Intel用語ではBalanced Mobility)に対して、Pentium 4-Mライン(Intel用語でPerformance Mobility)の伸びはめざましい。
IntelモバイルCPU Performance Mobilityロードマップ | IntelモバイルCPU Balanced Mobilityロードマップ |
だが、もちろんその代償もある。それは、熱設計の目安となるTDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)だ。Intelは、Pentium 4-MのTDPを30Wの枠に収めるとしていたが、今年中盤の1.9GHzから早くもそれを突破、業界関係者によると1.9GHz以降のTDPは32Wとなるという。下のTDPロードマップ図を見れば分かる通り、Pentium 4-Mの登場でモバイルCPUのTDPはぐいぐい引き上げられつつある。Celeronも、Northwoodコアに移行する第4四半期からは30W TDPに突入する。
しかも、来年にはPentium 4-MのTDPはまだ上がる可能性がある。実際、あるOEMメーカーは、来年のIntel CPUのTDPは35Wを予想していると語っていた。35Wは、ついこの間までのSFF(Small Form Factor)デスクトップのTDPの限界と言われていた数値。乱暴に言うと、SFFに載せていたCPUを、ノートPCに押し込もうというストーリーとなる。
もっとも、これはノートPCベンダー側の動きに呼応したものでもある。実際、台湾ベンダーは、すでに昨年からA4以上のフルサイズノートのTDPを、35Wをターゲットに開発をスタートしていた。将来、40W TDPへの対応も考えていると言っているベンダーもあった。Intelは、そうした動きに合わせてTDP枠を上へとずらしても大丈夫との感触を得たと見られる。
●薄型軽量ノートにもPentium 4-Mを
同じ流れで、Pentium 4-MをThin & Light(薄型軽量)ノートPCに載せるという方向性も出てきている。Intelは、以前はPentium 4-MのターゲットはフルサイズノートPCで、Thin & LightはPentium III-M(Tualatin:テュアラティン)の領域として残るという説明をOEMに対してしていた。だが、今のIntelは、明確にフルサイズノードだけでなくThin & LightにもPentium 4-Mをもたらすと言っている。
Intelは、2月末に開催されたIntelの開発者向けカンファレンス「Intel Developer Forum(IDF)」とそれに続くPentium 4-Mの発表で、この姿勢を明確にした。例えば、「フォームファクタで言うと、(モバイルPentium 4-Mの)発表時には、フルサイズノートと薄型軽量(Thin & Light)の両方が見られるだろう」とIntelのアナンド・チャンドラシーカ(Anand Chandrasekher)副社長兼事業本部長(Mobile Platforms Group)は説明した。また、インテル日本法人は「Intelとしては、今年後半にはThin & Lightのかなりの部分もPentium 4-Mを使って欲しい」と語っている。
インテル日本法人によると、Pentium 4-MのThin & Lightの熱設計枠(Thermal Envelop)は、フルサイズノートと同じ30Wを想定しているという。つまり、Thin & LightのTDPも、従来Intelが説明していた22~24Wから30Wへと引き上げようとしているのだ。これも、PCベンダー側の動きと呼応している。昨年からすでに一部のOEMベンダーが、30mm厚以下の薄型ノートにPentium 4-Mを搭載しようとしていたからだ。Intelとしては、OEMが入ると言っているのなら、Pentium 4-MをThin & Lightにも入れてしまいたいということだろう。
IntelのこうしたPentium 4-M重視の路線変更はロードマップにも明確に表れている。Pentium 4-Mは性能をガンガン上げるのに、Pentium III-Mは2002年はほぼフラットになってしまう。価格戦略も同様で、Pentium III-M 1.2GHzの価格はPentium 4-M 1.6GHzの価格と同ランク。Pentium III-M 1.26GHzはPentium 4-M 1.7GHzと同じという設定がされている。つまり、デスクトップでPentium 4への移行を進めた昨夏と同様に、Pentium 4-Mがお買い得価格に設定されているのだ。もしPentium 4-M系の方が、熱設計のために何らかのコストがかかるとしても、十二分に相殺できることになる。
IntelモバイルCPU TDPロードマップ |
●性能2倍がIntelのモバイルCPUの掟?
熱設計で無理をさせても高クロックCPUを入れ込む。なぜIntelはスピードにそこまでこだわるのか。それは、モバイルCPUは1プロセス世代で性能2倍という強迫観念に駆られているからだと思われる。
1プロセス世代でIntelはトランジスタをおよそx0.7でスケーリングする。つまり約70%に縮小する。すると、ゲートディレイは70%に減少するわけで、逆にクロックは約1.5倍に伸びる。デスクトップCPUは、このペースかこれを上回るペースで性能を伸ばしている。
では、モバイルはどうかというと、じつはこれまで、デスクトップ以上のペースで順調に伸びて来たのだ。例えば、0.18μm世代のモバイルPentium III(Coppermine:カッパーマイン)は最終的に1GHzに達した。これは、0.25μm世代の最後のCPUであるモバイルCeleron(Dixon-128k:ディクソン) 466MHzの2.1倍のスピードだ。また、Dixonは、その前世代の0.35μm版MMX Pentiumの166MHzより2.8倍も高クロックだ。となると、Intelの心理としては、このペースを0.13μm世代でも死守したいとなるわけだ。実際、今のPentium 4-Mのロードマップなら2.2~3GHzは行けるので、クロック比で晴れて前世代の2.x倍のスピードを達成できるだろう。
そして、ここで重要なのは、これまでのモバイルCPUの1プロセス世代で2倍以上というクロック向上は、Intelのプロセス技術の向上だけでなく、PCベンダー側の熱設計技術の向上で、Thermal Envelopを拡大することでもたらされてきたことだ。だったら、0.13μmでも同じアプローチを取ろうとするのは、Intelにとって自然な心理となる。
それに対して、OEM側の要請でThermal Envelopを固定したエリアでは、Intelは性能を従来の2倍ペースで伸ばすことができない。Pentium III-MのThin & Lightは22~24Wで、この枠だと1.5GHz程度までしかクロックを上げられない。つまり、前プロセス世代に対しては1.5倍のクロック向上に止まる。同じくB5ファイルサイズノートは12Wでおそらく1.1~1.2GHzが最高で、前プロセス世代に対して1.5~1.6倍に止まる。サブノートは7Wでぎりぎり1GHz行けるかどうかで、これも最大でも1.6倍に過ぎない。Intelの目には、Thermal Envelopに縛られたこれらのセグメントは、窮屈に映るだろう。
●TDPが昇ってゆくなら水冷も当然の選択肢
というわけで、IntelはTDPを引き上げることで、フルサイズとThin & Lightの両方で、リニアな性能向上を維持しようとしている。フルサイズノートを完全にPentium 4-Mの領域にして、さらにThin & LightでもPentium 4-Mがかなりの比率を占めるようにしたいと考えている。
そこで問題は30~35Wの熱を、OEMがどう処理するかという点になる。筺体を大きくできれば、熱設計は容易になるが、Thin & Lightの薄手の筺体に入れ込もうとすると、かなりやっかいな話になる。今のトレンドはというと、ファンを使ったアクティブクーリングでガンガン冷やせ、みたいな流れになっている。IDFでも、Pentium 4-Mのクーリングに関しては、CPUからヒートパイプで「Remote Heat Exchanger(RHE)」に熱を伝導し、RHEに密着したファンで外気をRHEにガンガン流して熱を外へ吐き出させよう的なモデルを推奨していた。低コストに行こうとしたら、まずはこの方式になる。しかし、こうした方法は、EMI(電磁干渉)の悪化や静音性を損なうといった問題を起こしやすい。だから、今後の差別化のポイントの1つは、スマートに冷却する方向に向かうと思われる。
筺体内で発生する熱は、パッシブクーリングかアクティブクーリングかどちらかの冷却手段で筺体外へ逃さなければならない。実際にはその組み合わせで、例えば、アクティブでCPUの熱の大半を、パッシブで残りのデバイスの熱を逃がすとかいった形で冷却する。しかし、アクティブで逃がす熱量が増えると、EMIや騒音の問題が発生しやすい。ところが、パッシブでより多くの熱を逃がそうとすると、今度は面積当たりの熱が多くなり、ユーザーが不快感(熱い)を感じてしまう。熱を逃す面積を大きくすれば解決するのだが、それは簡単ではない。ソニーのPentium 4-Mノート「PCG-GRX90/P」のサイズが大きいのは、このためかもしれない。
で、この問題を解決するユニークな手段が、日立製作所がIDFに出展した水冷ノートPCだ。水冷の何が利点かというと、水チューブを使って液晶ディスプレイ背面まで熱を持っていって逃がしていることだ。じつは、液晶背面は、ノートPCに残された最後の冷却フロンティアで、あの広大な面積を使って冷却できれば、かなり問題は解決する。これまでの問題は、どうやってそこに熱を安全に伝導するかで、かれこれ2年ほど前から代替フロンを使う案などいくつかのアイデアが登場していた。
水冷ノートPCは、IDFではキワモノ的に報じられていたが、もし、ハイエンドモバイルCPUのTDPが近いうちに40Wに向かうなら、誰もが真剣に水冷を考えなければならなくなるかもしれない。少なくとも、液晶背面から熱を逃がすことは、多くのメーカーが選択肢として考えるようになると思う。
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【2月26日】【本田】A4ノートPCの常識を変えるノートPC向け水冷システム
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0226/mobile142.htm
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(2002年3月12日)
[Reported by 後藤 弘茂]