モバイルCPU移行推測図 |
Intelは「Banias(バニアス)」とモバイルPentium 4-M(Northwood:ノースウッド)という2つの新しいモバイルCPUを約1年ちょっとのインターバルで続けて導入する。さらに、BaniasのあとにはPentium 4後継の(Prescott:プレスコット)も、モバイルに投入されると推測される。同じ市場にBaniasとNorthwood/Prescott2つのアーキテクチャ。これまで、この2つのCPUがどう棲み分けるのかが、いまひとつ明確ではなかった。
しかし、ここへ来て、Intelがどう棲み分けるつもりなのかが推測できるようになってきた。(1)Baniasノートのフォームファクタを変える(提案)。(2)CPUのブランディングを変える(に違いない?)。(3)TDPの方向性を分ける(だろう)。
高クロック指向のNorthwood/Prescottと、高性能/クロック指向のBaniasが共存する場合の問題は明白だ。例えば、普通に両CPUを提供すると、A4クラスで、Prescott 2.4GHzの30mm厚ノートと、Banias 1.6GHzの20mm厚ノートが店頭に同じ価格で並ぶといった現象が起きかねない。もし、Banias 1.6GHzの性能がNorthwood 2GHz相当だったとしても、Intelの従来通りのクロック中心のマーケティングでは、明確にBaniasが不利になる。もちろん、Baniasで“モデルナンバー”を採用すれば問題は解決するが、Intelはそれはしないだろう。
特に問題が発生するのは、両CPUが完全に並存するA4 Thin & Light(薄型軽量)フォームファクタだ。CPU移行推測図を見ればわかる通り、この市場では両アーキテクチャが完全にオーバーラップしてしまっているからだ。そうなると、見た目の違いが多少の厚さの差だけでは、Baniasがいいという説得力が薄い。CPU以外のパーツが同じなら、じつは平均消費電力にもそれほど大きな差がでない。かといって、BaniasをNorthwood/Prescottより廉価にして価格面で魅力を出そうとすると、CPUのASP(平均販売価格)が下がってしまい、せっかく新CPUを開発した意味がなくなってしまう。Intelの目的は、常にASPを引き上げることにある。
●カタチが違えば一目瞭然の差別化
この問題に対するひとつの解は明白だ。同じA4ノートでもNorthwood/Prescottだとこんなカタチだけど、Baniasだとこんなカタチになる、明確にフォームファクタで差別化できればいいわけだ。Intelは、先月の開発者向けカンファレンス「Intel Developer Forum(IDF)」では、その方向性を見せた。IDFでIntelは、Banias時代のノートPCのコンセプトモデル「Widescreen Convertible」、「Flip Top」、「Executive Convertible」を紹介した。これはすでにIDFレポートで報じられているが、Intelの苦闘が感じられてなかなか面白い。
Flip Top | Executive Convertible |
例えば、Executive Convertibleは、タブレットPCに皮カバーをつけたシロモノで、ディスプレイを覆う皮カバーの内側に超薄型キーボードが仕込まれている。一方、Widescreen Convertibleは、15インチ液晶ディスプレイを回転させて、相手側に向けてプレゼンテーションができる。そのまま畳めばタブレットPCとして使うこともできる。Flip Topは、キーボード手前のパッド部分が折れ曲がり、ノートPCを閉じた状態でもタッチパッド部分の小液晶ディスプレイで、メールの確認などができるという仕組みだ。
これらコンセプトPCは、いずれも極薄でBaniasをターゲットとしたモデル。IntelがBanias時代の新世代ノートPCのガイドライン「Mobility Enabling Program」の一環として提案されると見られる。確かに、これだけ違えば、BaniasノートPCは違うものだと説得できる。もちろん、PCメーカーがそれに乗ってくるか、市場があるかというあたりはわからない。だが、Intelが差別化の方向を示唆し始めたのは興味深い変化だ。
IntelがBaniasでそうした差別化展開をするとなると、Baniasには異なるブランド名を冠す可能性が高いと思われる。同じブランドだと、どうしてもデスクトップのマーケティングに引きずられてしまう。しかし、ブランドを分ければ、Crusoeが低消費電力の代名詞になったように、Baniasのイメージを固めることができる。ロジカルなアプローチとしてはブランドを変える路線が妥当ということになる。
●ネバーエンディングで上がるモバイルのTDP
そして、Banias問題の解として考えられる3つ目はTDPだ。これはエンドユーザーに対してではなく、PCベンダーに対しての解となる。
これは想像だが、IntelはモバイルCPUのTDPを、2つの方向性に分けるのではないだろうか。つまり、Northwood/PrescottはTDPを(PCメーカーが許す限り)引き上げる方向、Pentium III-M/BaniasはTDPを(PCメーカーの要請がある限り)一定に維持する方向だ。つまり右肩上がりと、水平の2つの道ということになる。これまでも、Intelはこの2方向の分化を始めていたのだが、同じアーキテクチャ同じブランドでは限界がある。そして、デスクトップと同じ売り方をするノートPCは、TDPは今後も上がってゆかざるを得ない。
それは、IntelのモバイルCPUのTDPは、デスクトップCPUの半分程度という宿命を負っている(らしい)からだ。50%になるのは、モバイルCPUのクロックをデスクトップCPUの約80%にキープするためだ。クロックが80%なら、電圧のスケーリング効果も合わせて、TDPは50%程度にできる。つまり、クロックと電圧がそれぞれ80%になるため、ピーク消費電力は80%の3乗の50%になる計算だ。現実的にはクーリングの制約で50% TDPは維持できないかもしれないが、Intelがそれに近いレベルのTDPをハイパフォーマンスモバイルで考えているのは確かだ。
Intelが80%前後のクロックにこだわる理由は2つある。(A)Intelが出さなければ他社が高利益率のモバイルCPUにクロックを武器に進出してくる。(B)20%以上離れた状態が続くと、モバイルでデスクトップと同クラスの利用感覚を維持できない(とIntelは考えている)。
(A)に関しては、じつは前例がある。Intelは'99年当時、モバイルPentium IIに自分で12Wという熱設計枠(Thermal Envelop)の枠を課していたが、そうしたところAMDが「AMD-K6-2-P」を16W(ピーク)で出してきて、いきなりコンシューマノート市場に食い込まれてしまった。Intelは、この体験でOEMメーカーの対応できる限界までTDPを引き上げるべき、という教訓を得たと思われる。
(B)に関しては、ノートPCの比率が米国市場で伸び始めたのが、モバイルCPUの全体的な性能が向上して以降という実績がある。Intelにすれば、高価格で売れるモバイルCPUの方が、ASPを引き上げることができるため、PC需要が鈍化するに従って、モバイルの比率を今後も高めてゆきたくなる。
●TDPは2つの方向に分かれる?
では、実際にモバイルのTDPはどこまで行くのか。Intelは今回のIDFで、SFF(Small Form Factor)デスクトップでちゃんとシミュレートすれば80W TDPのCPUを入れられると言っている。9リットルクラスのSFFで80Wなら、より進んだ冷却システムを使うノートPCなら3リットル台で40Wは行けると言い出してもおかしくないとことになる。実際、IDFのプレスブリーフィングで、パット・ゲルシンガー副社長兼CTO(Patrick Gelsinger, Vice President & Chief Technology Officer)は、今後数年間のビジョンとして、デスクトップで100Wレベル、モバイルで40WレベルのThermal Envelopが可能になるという見解を示している。おそらくNorthwood/Prescott系は、Thin & LightでもTDPが今後向上し続けるだろう。
それに対して、BaniasはおそらくTDPを維持する方向で行くだろう。現在のIntelの示しているモバイルのThermal Envelopは以下の通り。
Thin&Light | 24W |
ミニノート(B5ノート) | 12W |
サブノート/タブレットPC | 7W |
Intelのドナルド・マクドナルド氏(Director MPG Marketing, Mobile Platforms Group)は、今後もこれが維持されるだろうと言っている。Intelが、モバイルCPUを二手に分けたのは、片方のTDPはデスクトップに追従させ、片方のTDPはモバイルのフォームファクタに合わせて維持する方向に持って行くためだとしたら、それはそれでロジカルな解だ。そうすると、デスクトップCPUとモバイルCPUのアーキテクチャの境界線は、TDPが上がり続けるか、ほぼ水平のラインにあることになる。
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【2月26日】【海外】Intelは複数のバージョンのモバイルCPU「Banias」を準備
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0301/kaigai02.htm
Intel Developer Forum Conference Spring 2002レポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/link/idf02s.htm
(2002年3月19日)
[Reported by 後藤 弘茂]