第135回:ゲイツ氏がWindows CE .NETで目指すもの



 ここラスベガスに来たのは何回目だろうと数えてみたら、今回がなんと9回目。すっかり簡単なガイドができるほど、レストランとラスベガスコンベンションセンター、そして快適に“仕事が”できるホテルの紹介をできるようになってしまった。ただし、遊びの情報は期待できない。何しろ、COMDEX以外の用件でラスベガスにやってきたのは、今回が初めてなのだから。

 とはいえ観光というわけではない。Consumer Electronics Show 2002(CES)取材のためだ。プレスルームで多くの人に驚かれたが、実は今回が初参加だったのだ。COMDEX Fallが開催される11月と比較すると、Winter CES(これまでセスと勝手に呼んでいたが、現地ではみんな“しー・いぃー・えぇーす”と言っていた)の1月はずっと乾燥の具合がひどい。ラスベガスにも季節があることが初めてわかったが、それはともかくショウの雰囲気自体が全然違う。

 COMDEXは昔の遊び心満載のショウが、PCバブル、ネットバブルを経ているうち、自然に“ビジネスの匂い”が強いショウへと変貌した。それに比べるとCESは取材していて楽しい。途方もない広さの会場(ラスベガスコンベンションセンターは拡張により以前の2倍程度のフロア面積になった)でクタクタになりつつも、久々にトレードショウの取材を楽しむことができた。


●Tablet PCよりずっと楽しいMiraだが

 すでにライターの笠原氏がCES 2002のレポートで書いているように、MicrosoftはCESでMiraとFreestyleという2種類の新しいコードネームを発表した。Miraはインテリジェンスを備えた新型のディスプレイデバイス、FreestyleはWindows XPで動作するユーザーインターフェイスのことである。

 FreestyleはWindows XP用のソフトウェアで、そのうちに配布なり、次期バージョンに組み込まれるなりの形で我々の目の前に出てくることになるだろう。家電的なユーザーインターフェイスは、シンプルかつビジュアル的にも優れたもので、これまでのMicrosoftとは少し趣が異なる。

 従来のWindowsは、PCの高解像スクリーンを前提に、細かな情報を可能な限り多く並べ、それをアイコンが取り巻くというものだった。各種機能を利用するためのボタン類は利用の頻度や重要性などはあまり考慮されておらず、またデータの並び方や整理も使う側にインテリジェンスを求める「道具に徹する」タイプの見せ方をする。

 これに対してFreestyleは、ユーザーが頻繁にアクセスする音楽や画像、アーティストなどの傾向を意識した順番に並べたり、その場その場で必要な情報と機能を示しながら、自分のほしいメディアファイルを探したり、やりたい機能を簡単に呼び出すといったポリシーで作られている。

 ユーザーインターフェイスに利用できる画面表示やボタン類に制限がある家電製品では、使いやすくするため、これらのアプローチはごく当たり前のように組み込まれているが、Microsoftもそうした使い勝手の重要性にやっと気づいたということか。

 Windows MeやXPでは、ウィンドウの作業ペインを用いて操作性を向上させようとしたが、そこで得られたフィードバックを反映したものなのかもしれない。OAツールから家電に向けて、やっとユーザーインターフェイスが動き始めた。

 一方のMiraは、フラットパネルディスプレイに無線LANとWindows CE搭載ターミナルクライアント、そしてバッテリを組み込んだハードウェアだ。詳しい展示はなく、基調講演で見ただけだが、デスクトップ機のディスプレイをスタンドから取り外すと、自動的にWindows XPのリモートデスクトップ機能に接続し、そのまま継続して(接続されていた)デスクトップPCのWindows XP画面を操作できる。

 Miraそのものの機能は既存機能を組み合わせただけであり、技術面で特別に新しいというわけではない。手書き認識や複雑な編集機能を持つTablet PCと比べれば、アイディア勝負の製品だ。しかも、基本的なアイディアは一昨年に登場したソニーのAirBoardをWindows向けにアレンジしたデバイスというイメージをぬぐうことはできない。

 しかし、PCとWindows XPこそがコンシューマに対してもっとも大きな付加価値を与えることができると考えているMicrosoft、そしてすでに家庭の中でWindows PCを活用しているユーザーにとってみれば画期的なデバイスと言える。俗っぽい見方をすれば、1台のPCでMicrosoftのOSを2ライセンス消費してくれることになるのだから、ビジネス的にも悪い話ではない。

2002 International CESでデモが行われたFreestyle(左)とMira(右) ( Photo by 笠原一輝 )         


●家庭向け市場の支配力はMicrosoftにあるのか

 もっとも、これまでMicrosoftのコンシューマへのアプローチは、ほとんど成功していない。Miraは確かに便利なデバイスだ。常にPCばかりを使っている筆者は、発売されたら是非使ってみたいと思う。しかし、一般の消費者がMiraに対してアドオンのコストを支払ってくれるかどうかは大いに疑問だ。無線LANとバッテリとプロセッサ、メモリなどのコスト分だけの価値を創造できるか? と言えば、非常に難しいと言わざるを得ないからだ。なぜなら、Microsoftは新しいイノベーティブなハードウェアを、自ら作り出す立場にないからである。

 僕は今週、別の仕事で1週間、毎日ソニー取材をしている最中なのだが、その中でソニー安藤国威社長は「市場が大きくなっていくためには、消費者がそれを受け入れる環境が必要だ」と話していた。たとえば、パソコン黎明期に市場が立ち上がったのは、オフィスにコンピュータに向いた非効率的な業務が多かったためだろうし、その後の普及は人を結びつけるコミュニケーションの手段としてパソコンが適当なデバイスだったからだと思う。また、近年の家庭への普及はインターネットの環境作りが成功したためでもある。

 翻って考えれば、消費者が受け入れる環境がなければ、どんなに優れた製品、アイディアも受け入れられにくい。したがって、良い製品やアイディアを広く消費者に購入してもらうためには、ベンダー自らが環境を変えていかなければならない。

 安藤氏によると市場環境に変化を与え、コントロールできる企業は、世界にもほんの数社しかないという。市場の変化をもたらすには、様々な分野での圧倒的な支配力が必要だからだ(余談だが、安藤氏によるとソニーとMicrosoftはその数社の中に入っているという)。

 Microsoftが本当に家電市場に入り込み、そこで様々なデバイスを通じて自社のサービス(ゲイツ氏は将来、すべてのソフトウェアはネットサービスになると話している)を利用する環境を整えようとしている。そのうちの1つがMiraであると考えることができるだろう。Miraはたった1つのアイディアにしか過ぎない。今後、数多くの(Microsoftのネットサービスが受け入れられるための基盤づくりとなる)提案が行なわれるだろうが、それに失敗すればMicrosoftの戦略は達成し得ないと思う。

 しかし、個人的な意見を言わせてもらえば、現在のところMicrosoftは非常に難しい位置にいると思う。高い付加価値のサービスを様々な場所、デバイスで、常に受け得る環境を作るためには、その基盤となり得るハードウェアデバイスの存在が不可欠だ。

 これがPCの世界であれば、ハードウェアとはすなわちPCであり、どこの製品を使っていても、利用できるアプリケーションに大差はない。つまりWindowsにインターネット機能を標準で組み込んだり、デジタル家電との連係機能を組み込んできたように、自ら市場環境に変化をもたらす支配力を持っている。

 ところが、家電がネットワークに参加し、ユーザーの生活スタイルや利用する場所、環境などによって、様々なデバイスが利用される様になったとき(つまり、それはモバイルコンピューティングという言葉がなくなり、固定した場所以外の様々な場面で情報機器が利用される環境)、Microsoftは支配力を発揮できるのだろうか? そのための布石の1つがWindows CE .NETと、それが組み込まれるデバイス群になってくるのだろう。

 MicrosoftはWindows CEが組み込まれる情報端末の“スタイル”を提案し、各社に対してMicrosoftが仕様をコントロールできるハードウェアを作り出そうとしてきた。H/PC、PocketPC、そしてStingerなどである。

 だが、こうしたユーザー自身に身近なデバイスにおいて、もっとも差別化の要因となるのはハードウェア自身の使い勝手や品質、あるいはカッコ良さであったり、機能であったりするのではないか。そして、そうした差別化となる要素を、一生懸命に作り出すのはハードウェアベンダーである。

 もちろん、Microsoftの提案するフォームファクタの範囲内で、ハードウェアを差別化することも可能だろう。しかし、Microsoftにタガをはめられた状態で、消費者に十分訴求力のある製品を作れるのかどうかは疑問の残るところだ。

 そして何より、そうしたハードウェアでイノベーションを起こすため、生産や販売といった大きなリスクを負うのはMicrosoftではなく、ハードウェアベンダーなのだ。ハードウェアベンダーが、自らコントロールできないものに対して、どれだけのコミットができるというのだろう。ネットワークへの接続性やマルチメディア機能を実装するのに、Microsoftの技術に頼らなければならないベンダーならば、Microsoftプラットフォームに依存するという選択肢ももちろんある。

 だが、火中の栗を自ら拾い、Microsoftの盾となって前線に赴く家電メーカーがあるとは思えない。今後、ワイヤレス技術やインフラ、そしてバッテリ技術の進化により、携帯可能なデジタルデバイスは、どんどんネットワーク化されていく。しかし、その中でイノベーションを作り出していくのは、Microsoftではなくハードウェアベンダーでなければならない。

 そうでなければ、市場環境をコントロールできる企業は、Microsoft以外にはなくなってしまうのだから。


□関連記事
【1月16日】2002 International CESレポート
ビル・ゲイツ氏基調講演レポート
“Windows CE .NET”などeHome構想を支えるビルディングブロックを発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0109/ces04.htm

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(2002年1月16日)

[Text by 本田雅一]


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