「俺の嫁」が液晶から飛び出した!
〜MikuMikuDanceの誕生から3D Vision対応まで


 「MMD」と聞いて何をお思い浮かべるだろうか? Wikipediaを参照すると、MMDの意味として、「南大東空港」、「複数政党制民主主義運動」などが挙げられている。もちろん、PC Watchが取り上げるMMDは、いずれでもない。ここで言うMMDは「MikuMikuDance」の略称である。

初音ミク

 弊誌読者でMMDを知らない方でも、MikuMikuDanceの名前を聞いて、ピンと来たかもしれない。MMDとは、一言で言うと「初音ミク」を使ったダンスPV(プロモーションビデオ)を制作するためのツールである。

 初音ミクは、クリプトン・フューチャー・メディアが2007年に発売して以降、一世を風靡し、今なお根強い人気を誇るVOCALOIDの1人(兼ソフトウェアの名前)である。メロディと歌詞を入力するだけで、合成音声による音楽を作成できるソフトはこれまでも存在したが、初音ミクは、そのかわいらしい風貌や、サンプリング音声に声優を起用したことなどが寄与し、マニア層から絶大な支持を受け、ニコニコ動画をはじめとする動画投稿サイトには、無数と言って良いほどの作品が投稿されている。中にはCDとして発売されたものもあるし、初音ミクによるライブなども行なわれている。

 そんな初音ミクに実在の歌手のPVのように、振り付けをさせたいと考えるのは決して突飛ではない。だが、そのために一からソフトを開発しようというのは、常人の発想を超えている。しかも、そのソフトが無料で配布されていると聞いたら、みな驚くだろう。

 だが、MMDとはそんなソフトなのだ。MMDは樋口優氏という個人が開発したもので、同氏のホームページ上で無償で公開されている。

 MMDには標準で、初音ミクのポリゴンモデリングデータが収録され、このデータには関節の動きを自然に表現するためのボーンやIKも含まれる。ユーザーは、これを使って、初音ミクに表情や振り付けを与えて、オリジナルのCGアニメーションによるPVを作成できるのだ。

 もちろん、CGアニメーションの制作には、一定の慣れや経験、知識が必要となるものの、樋口氏のホームページには、これまた無償で公開されているMMDのチュートリアルへのリンクも貼られているので、初心者が初歩から勉強しながら、取り組むこともできるだろう。

MMDを起動し、同梱の初音ミクデータを読み込んだところ。ユーザーインターフェイスはシンプルに作られている 表示をワイヤフレームに切り替えたところ
アニメーションさせるにあたっては、ボーンと呼ばれる関節を1つずつ動かしながら、キーフレーム登録していく。もちろん中間フレームは自動生成される キャラクタだけじゃなく、背景ももちろん設定できる

 初音ミクの素材を使った動画について、著作権者であるクリプトン・フューチャー・メディアは、二次創作物の公開や配布を認めているので、広告/宣伝目的や、公序良俗に反するような内容などでない限り、ニコニコ動画やYouTubeなどに自由にアップロードできる。

 つまり、初音ミクの購入についてのみ初期投資はかかるが、後はやる気と、PC、ネット、そして多少の時間さえあれば、MMDで自分だけのPVを作成/共有できるのだ。

 MMDはライティングなど、機能が簡略化されているものもあるが、ニコニコ動画などで検索してみれば分かるとおり、市販ソフトに勝るとも劣らない品質の動画を作ることができる。実際、無償のMMDに対して、対価を支払いたいというユーザーからの声も少なくない。

●当初公開できなかったものが、可能になったから、タダで配ることにした

 樋口氏はどういう思いで、このソフトを開発、公開したのか。メールにて話を伺ってみた。

 樋口氏が、MMDを作ろうと思ったきっかけは、あにまさ氏という個人が制作/無償公開していた初音ミクのモデルデータにあった。ダウンロードしてみた樋口氏は、これを動かしてみたい衝動にかられ、MMDというツールを開発しようと思ったのだという。

 MMDを開発した当時、クリプトン・フューチャー・メディアはゲーム/プログラムなどに初音ミクを使用することを許可していなかった。そのため樋口氏は、最初はMMDを使って初音ミクを動かした動画を作り、それだけをアップロードしようと考えていた。しかし、MMD完成後にクリプトン・フューチャー・メディアが規約を改定し、初音ミクなどのキャラクタを使った各種二次創作物を公開できるようになった。規定の詳細は同社のサイトを参照して欲しいが、動画だけでなく、初音ミクのオリジナルモデリングデータや、MMD自体を配布しても構わないと言うことだ。

 これを受け樋口氏は、あにまさ氏とも連絡を取った上で、MMDに初音ミクのモデリングデータを同梱させて公開することを決めた。そして、それまで、公開できると思っていなかったものだったので、フリーソフトとして配布することにしたのだという。

 動かしたかったから(ソフトをイチから)作った。そしてみんなにもタダで配る。このあたり、樋口氏の行動には豪儀な発明家と言った風情を感じる。

 さて、ユーザーとしては、ポリゴンの初音ミクも、それを動かすソフトも手に入った。では、それで誰でも今日にでもPVのような動画が作れるかというと、さすがにそうは行かない。

 筆者は初歩的なモデリングツールの知識と利用経験がある。今回、自分でもMMDを試してみたが、視点を変えたり、関節を動かしたりといった基本的な動作でも、最初は参考書を見ながら四苦八苦した。

 とはいえ、樋口氏はMMDはさほどハードルの高いソフトではないという。実際、MMDを知って、初めてCGアニメーションに挑戦し、作品を作ったというユーザーも少なくないのだそうだ。

 その背景には、MMDが軽いと言うことも寄与している。MMDには、動作の軽い「Ver. 5」と、DirectX 9に対応しそれなりのスペックが必要な「Ver.7」とがある。Ver. 5であれば、Windows XPが動くPCなら大丈夫ということで、ネットブックでも使うことができるという。もちろん、複数のキャラクタを表示させたり、より快適に作業したいという場合は、新しめのPCが必要となるが、それでも軽いことはこのソフトの魅力でもある。

 樋口氏は、厳密な計算を行なっていないので、光や影の表現力は劣るなど、市販ソフトと比べてMMDが優れている点は特にないと謙遜するが、リアルタイムレンダリングによる作業/動画制作が可能で、機能が限定されているが故の操作のわかりやすさは、このソフトを初心者にもとっつきやすくしている。

 また、他のユーザーがMMD用に無償公開しているモデリングデータも豊富で、検索すると初音ミクシリーズ以外にも多数のデータがみつかる。

 ちなみに、MMDに同梱される初音ミクのダンスデータは、樋口氏自身が作成したもので、およそ6〜7時間で作ったという。モデリングにはO.Mizno氏が開発した「メタセコイア」無償版を、完成したモデルに関節を設定し、動かすようにする作業には極北P氏が開発した「PMDEditor」を用いているという。

【動画】標準収録のデータを動画出力したもの

●NVIDIAジャパンの働きかけで実現した3D Visionへの対応

 さて、実はMikuMikuDanceは2008年に公開されたソフトだ。それをなぜ今になって取り上げるかというと、2010年11月に公開されたバージョンから、NVIDIAの3D Visionに対応したからだ。このあたりの経緯についても質問をしてみた。

サンプルデータには、初音ミク以外のキャラクタも登場するオールスターバージョンもある

 3D Visionへの対応を考えたのは、NVIDIAの日本スタッフからのコンタクトを受けてのものだという。

 このコンタクトを取った人物はNVIDIAジャパンのスティーブン・ザン氏。ザン氏は、秋葉原などでユーザー向けイベントのプレゼンなども行なっているので、知っている諸兄もおられるかもしれない。ザン氏は、MMDの3D Vision化について、個人的に興味があり、また関係者およびエンドユーザーからの要望もあったので、樋口氏に働きかけを行なったという。

 3D Visionはフルスクリーン表示でDirectXを使用すれば、ほとんど部分を自動的に立体視化してくれるという。そのため、樋口氏がMMDの3D Vision対応に要したのは、20〜30行程度の簡単なコーディングのみだった。

 とはいえ、3D Visionのプログラミングに関する情報が不十分であったため、プログラミング方法が分かるまでに苦労したと樋口氏は語る。最終的にみつかったのも、英語のサイトとマニュアルのみだったので、プログラミング方法を習得するのに5〜6時間かかったという。

 ちなみに、NVIDIAにはメールで技術的な質問を行なったりもしたのだが、いつもメールした直後にネットで解決策が見つかり、結果的にはNVIDIAに頼らずにプログラミングしたそうだ。

【動画】オールスターバージョンの動画

 実はNVIDIAはMMDの3D Vision対応にあたり、液晶ディスプレイと3D Vision本体の提供という形で支援をもちかけていた。だが、樋口氏はこの申し出を2つの理由から断わった。

 1つには、MMDの3D Vision対応ができない可能性を懸念した点。機材を提供してもらいながら、後からできませんでしたとなると、先方に申し訳が立たないと考えたから。

 もう1つは、樋口氏の調査で、3D Vision Discoverモードがあることが分かったため。これは、赤青メガネを使ったアナグリフモードのこと。これであれば、赤青メガネさえあれば、通常のビデオカードとディスプレイでも立体視の表示/確認ができる。樋口氏は、その赤青メガネも持っていなかったのだが、手元にあった赤と青のCDケースを使って、確認を行なったのだという。

 もちろん、3D Visionできちんと立体視ができるかはNVIDIAのスタッフなどに確認してもらっているが、樋口氏自身はまだ3D Visionを体験していないらしい。

樋口氏の手元にたまたまあった赤と青のCDケース これをこのように目に当てて、アナグリフの確認を行なったという※この2枚の画像は樋口氏提供

 ちなみに、機材を受け取らなかったのには、MMDの活動を匿名で行なっているので、第三者に住所を明かしたくなかったという事情もあったらしい。なお、樋口氏は、NVIDIAとのやりとりにおいて、その対応が非常に丁寧で好印象であったと添えている。

 一方のNVIDIAザン氏は、「漫画、アニメなどという日本独特のコンテンツは世界中で親しまれていて、3Dコンテンツの普及につながると思っています。このような日本発のコンテンツへの取り組みは今後も進めていきたいと思います」と述べている。

●フィギュアを液晶上で鑑賞するという遊び

 さて、今回、手元でも3D Visionの環境を揃え、MMDを動かしてみた。感想はと言うと、飛び出る感というのは基本的にあまりない。しかし、液晶のパネルから向こう側には、文字通り世界が広がる。

 カメラと対象の距離などにもよってやや見えづらくなることもあるものの、奥にある物は手前の物より、より奥に見えるし、例えば特に頭など丸みのあるものは、かなり立体感が出る。

 本来、MMDはアニメーションを作成するためのツールで、基本的にはここからはき出した動画が作品となる。しかし今回、MMDで3D Visionを試して、ビューワとしても利用価値が高いことを強く感じた。キャラが初音ミクということも手伝って、手に取るようにとは言わないまでも、実際のフィギュアを眺めているような感覚に陥った。

 これについては写真では紹介できないため、実感するには、実物を見ていただくしかないのだが、一部の秋葉原店頭では、3D VisionでMMDをデモしているところもあるようだ。

 すでに市販されているアクションゲーム「バイオハザード5」は3D Visionにネイティブ対応しており、登場キャラクタを立体視で鑑賞するためのモードが用意されている。今後、3D Visionが普及すると、こういうキャラクタのビューワ的使い方もメジャーになっていくのではないだろうか。

 また、比較的低価格なモデリングソフト「Shade 12」も、3D Vision対応を果たした。ただし、対応ビデオカードはQuadroシリーズに限定されているので、こちらはちょっとハードルが高い。だが、3D CGツールの3D Vision対応は今後ますます増えていくのは確かだろう。

 樋口氏は、3D Vision対応を果たした今、次のように述べている。「3D VisionのAPIは非常に良くできています。一度プログラミングの仕方さえ覚えてしまえば、簡単に使えるようになりますので、3D立体視が普及してきたら、3D CGのほか、3Dデジカメ等で撮影した動画の編集ツールなども作成してみたいと思います」。このほかにも、MMDでは字幕と効果音を編集する機能を追加予定だという。

 MMDの進化は2011年も続くようだ。

(2010年 12月 20日)

[Reported by 若杉 紀彦]