イベントレポート

シリコン上に化合物レーザーと化合物FETを一体形成した光電子集積回路

国立シンガポール大学を中心とする共同研究グループが開発した、光電子集積回路の構造。左端(a)は全体の俯瞰図。シリコン基板上にGaAs化合物半導体レーザーを作製し、さらにその上にInGaAs化合物半導体nチャンネルFETを作成する。その右(b)は上面図。化合物FETのゲート電極、ソース電極、ドレイン電極が左半分を超える領域を覆う。ドレイン電極が右側の化合物レーザー電極(ダイオードのn側電極)につながる。上面図の右側にある縦長の黒い長方形は、レーザーを上から見たところ。4つの図面の中で右側の2つは化合物デバイスの断面図。左側(c)はFETの断面構造、右側(d)はレーザーの断面構造である ※いずれもVLSI技術シンポジウムの論文集から

 化合物半導体デバイスには、シリコン半導体にはない、2つの特長がある。1つは、半導体レーザーや発光ダイオード(LED)などの発光デバイスを作れること、もう1つは、きわめて高速・高周波で動作するトランジスタを作れることだ。

 化合物の光デバイスと化合物の電子デバイス、シリコンの電子デバイスを融合することで、超高速で電磁雑音に強い光通信によって半導体チップ間を接続可能になる。一体化製造のためには基板にシリコンを使って化合物半導体デバイス(数層から十数層の薄膜)を形成する必要がある。しかし、化合物半導体とシリコン半導体を一体化して製造することは容易ではない。

 問題となるのが、シリコンと化合物半導体の結晶格子(結晶を構成する原子間の距離)の違いである。結晶格子に違いがあると、シリコン表面に化合物半導体薄膜を形成しても界面(接続面)で原子同士がうまくつながらず、欠陥を生じる。この欠陥が数多く発生することによって、作製した化合物半導体デバイスは、まともには動かなくなってしまう。たとえばレーザーを作ったとしても、発光しない。

 しかし最近では、シリコン基板の上に結晶格子のズレを緩和するバッファ層を設けることで、欠陥の少ない化合物半導体を形成できるようになってきた。

 そしてこの6月6日に国際学会「VLSI技術シンポジウム」で、シンガポールの国立シンガポール大学と国立南洋理工大学(Nanyang Technological University)、米国のマサチューセッツ工科大学で構成された共同研究グループが、シリコン基板の上に化合物半導体レーザーと化合物半導体FETを薄膜成長技術によって形成し、それぞれが動作することを確認した(講演番号T5-2)。

作製した光電子集積回路の電子顕微鏡写真。左上(a)はInGaAs化合物半導体nチャンネルFETのゲートスタックとチャンネル部分の断面。右上(b)はInGaAs化合物半導体nチャンネルFETのゲート電極とゲート絶縁膜の断面。(a)と比べて10倍に拡大している。左下(c)はGaAs化合物半導体レーザーの断面。AlGaAs層をクラッド層とするGaAs/AlGaAs量子井戸(QW)レーザーである。右下(d)は量子井戸(QW: Quantum Well)部分の断面。(c)と比べて50倍に拡大している ※いずれもVLSI技術シンポジウムの論文集から

 シリコン基板の上にゲルマニウム(Ge)のバッファ層を形成し、その上にGaAs/AlGaAs化合物半導体レーザー層、さらにその上にInGaAs化合物半導体nチャンネルFET層を形成した。FETによって半導体レーザーを駆動する、光電子集積回路となっている。ウェハ貼り合わせ技術といったハイブリッドな技術は一切使っていない。すべてモノリシックに形成した。

 試作した光電子集積回路のトランジスタとレーザーで、それぞれの動作を確認した。InGaAs FETのチャンネル長は500nm(0.5μm)、電源電圧は0.5V~1.5Vくらい。ドレイン電流のオンオフ比率は6桁と良好だった。

 ドレイン電圧が1.5Vのときに、オン電流は400μA/μmである。動特性(高周波特性)は確認していないが、キャリア(伝導電子)の移動度は1,920cm2/V·sと高かった。シリコン上に形成したInGaAs FETのキャリア移動度としては、過去もっとも高い値だという。

作製した光電子集積回路のトランジスタ特性 ※VLSI技術シンポジウムの論文集から

 GaAs半導体レーザーの動作は、温度5℃と温度20℃で確認した。発振波長と電流値は5℃のときに790nm付近、500mA、20℃のときに795nm付近、620mAである。発振モードはシングルモードだとする。温度によって発振波長が違うのは、温度上昇によってバンドギャップが狭くなるためである。

作製した光電子集積回路のレーザー特性 ※VLSI技術シンポジウムの論文集から

 現在は素子を試作して実験室レベルで動作を確認した段階である。改良の余地は十分にあると言える。今後の発展が楽しみな研究成果だ。