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筑波大学内に世界最大のVRシステムを備えたエンパワースタジオがオープン

~7本のワイヤーで人を自由に飛行させるシステムも装備

エンパワースタジオの外観。左の低い建物が研究棟、右の高い建物が大空間棟

 2015年11月12日、筑波大学に実験室とギャラリーを合体させた新たな施設「エンパワースタジオ」が完成し、報道関係者向けに公開が行なわれた。その様子をリポートする。

 エンパワースタジオは、筑波大学グローバル教育院に新たに創設された「エンパワーメント情報学プログラム」の中核となる施設である。エンパワーメント情報学とは、あまり聞き慣れない言葉であるが、エンパワー(Empower)とは、「人に能力や権限を与える」という意味であり、個人や集団が潜在的な能力を発揮できる社会を実現しようという、社会学的な意味で用いられてきた。人の自立/自律を促し、支援することを通じて、人々の生活の質を向上させるための情報学として新たに体系化されたものが「エンパワーメント情報学」である。

 筑波大学のエンパワーメント情報学プログラムは、文部科学省の「博士課程養育リーディングプログラム」として平成25年度に採択されており、平成25年4月から学生を受け入れている。このプログラムは、産学官に渡って活躍できるグローバルリーダーを育成する5年一貫の博士課程であり、現時点で23名の履修生がいる。通常、博士課程での研究成果は、一般社会の人の目に触れることは少ないのだが、本プログラムは、展示という実演を通じて一般社会の人々から評価を得て、それを次のステップの研究に繋げることを特徴とする。今回、完成したエンパワースタジオは、そのための中核施設であり、研究棟と大空間棟の2つの建物から構成されている。

 大空間棟は、世界最大のVRシステム「Large Space」と多機能展示空間であるグランドギャラリーに分割されている。エンパワースタジオの最大の目玉となるのが、Large Spaceであり、その名の通り、その空間は25×15×7.8m(幅×奥行き×高さ)と非常に広い。この広大な空間の全周壁面と床面に12台の最新デジタルプロジェクターによって、液晶シャッター方式の立体映像を投影できるのだ。

 いわゆるHMDとは全く逆のアプローチと言えるが、数十名が余裕で一度に入れる空間であり、HMDではできないさまざまなVRが可能になる。20台のモーションキャプチャカメラが設置されており、内部にいる人の頭部の位置や向きなどを高精度に取得できる。このモーションキャプチャカメラで取得された情報は、リアルタイムに立体映像に反映され、その頭の位置や向きで見た映像が周囲に表示されるので、まさにその場所にいる感覚が得られる。

 さらに、7本のワイヤーを採用して、人を自由に飛行させるワイヤー駆動モーションベースが設置されていることもポイントだ。このモーションベースによって、乗り物に乗るのではなく、生身の人間が飛行する感覚を生成できる。このモーションベースの可動範囲は18×9×7.8m(同)であり、こちらも世界最大だ。最大秒速2m程度の移動が可能で、水平垂直方向の移動だけでなく、ヨー軸やピッチ軸、ロール軸方向への回転も可能だという(つまり6軸で自由に動かせる)。

 筆者も、実際にモーションベースでのジャンプ移動を体験させてもらったが、周りの景色がモーションベースの移動に合わせて滑らかに移動し、とても気持ちが良かった。今回は、酔わないように移動速度は秒速1m程度に抑えていたとのことだが、音がやや気になるものの、ふわりと持ち上がり、恐怖感はほとんどなかった。

プログラム責任者の太田友一氏
エンパワーメント情報学プログラムは、文科省の「博士課程教育リーディングプログラム」に平成25年度に採択された、5年一貫の博士課程である
エンパワースタジオの構成。共通実験室などがある研究棟と世界最大のVRシステム「Large Space」やグランドギャラリーなどがある大空間棟から構成されている。Large Spaceのサイズは、25×15×7.8m(同)と非常に広い
Large Spaceの構造。12台の大型プロジェクターを利用して、全周壁面と床面に立体映像を投影でき、20台のモーションキャプチャカメラにより、モーションキャプチャが可能だ
広い空間なので、多人数が同時にバーチャル空間を体感できることが特徴だ
さらに7本のワイヤーによる人体の駆動が可能で、Large Spaceの映像空間内で人を飛行させることができる。その可動範囲は18×9×7.8m(同)であり、こちらも世界最大だ
ワイヤー駆動モーションベースにより、乗り物に乗るのではなく、生身の人間が飛行する感覚を生成できる
プログラムリーダーの岩田洋夫氏
大空間棟のLarge Spaceの内部。確かに広い。天井には映像はないが、それ以外の周囲と底面には映像が投影されている
大型プロジェクターが合計12台設置されている
光っている丸い輪は、モーションキャプチャカメラであり、こちらは合計20台が設置されている
岩田氏が持っている3Dメガネは、モーションキャプチャ用のボールがついた特別なものだ
こちらは普通の3Dメガネ。液晶シャッター方式を採用
モーションキャプチャ用のボールが装着された3Dメガネ
岩田氏が装着しているモーションキャプチャ対応3Dメガネを向いた方向の3D映像がリアルタイムに生成される
こちらがワイヤー駆動モーションベース。普段は天井近くに設置されている
【動画】ワイヤー駆動モーションベースが移動する様子。ワイヤーを巻き上げる音が聞こえる
筆者もワイヤー駆動に挑戦。ハーネスや安全帯をつけてベースから吊り下げられる形になる
モーションキャプチャ対応3Dメガネを装着することで、周囲の立体映像がリアルタイムにその視点からのものになるので、実際に空を飛んでいる感覚が得られる
【動画】モーションベースでの連続ジャンプの様子。最高移動速度は秒速2m程度とのことだが、このときはその半分程度の速度しか出ていないが、なかなか気分爽快であった

巨人の感覚を味わえる「Big Robot Mk1」

 さらに、グランドギャラリーには、全長5mの巨大ロボット「Big Robot Mk1」が展示されていた。これは、人が身長5mの巨人に拡大されたとしたら、どのような身体感覚を得るのかという問いに答えるために作られたロボットであり、まだ開発中とのことだが、こちらも実際に搭乗することができた。

 コックピット部分がかなり高い場所にあるため、乗り込むには高所作業車が必要で、落下防止のためにハーネスなどもきちんと装備してから乗ることになる。

 上半身は、スケルトニクスなどと同様に腕の動きがそのまま拡大されるようになっているが、下半身は足の動きに同期するわけでなく、外部にいるオペレーターの指示によって、自動的に前進する。

 その際、人間が歩行するのと同じように、左右への揺動が起こるように作られており、その揺動にあわせて人が足踏みをすることで、より歩いている実感が得られるとのことだが、実際は足下のスペースがかなり狭いことと、背中にリュックを背負う形で固定されていることなども合わせ、なかなかうまく足踏みすることはできなかった。

 また、さきほどのワイヤー駆動モーションベースと違って、足下には踏みしめられる床があるのだが、揺動もあり、こちらのほうが恐怖心はかなり強かった。

全長5mの巨大ロボット「Big Robot Mk1」。人が身長5mの巨人に拡大されたとしたら、どのような身体感覚を得るのかという問いに答えるものだ
高所作業車を使って、Big Robot Mk1に乗りこむ
Big Robot Mk1に搭乗したところ。足下のスペースがあまりない
筆者もBig Robot Mk1に搭乗してみた。この時点で結構怖いのだが
【動画】Big Robot Mk1の移動の様子。搭乗者の動きと関係なく前に移動していくので、それにあわせて足を動かすと気分が出るとのことだが、なかなか難しい。上半身は腕の動きがそのまま反映される

研究棟にもさまざまな研究成果が展示

 研究棟は、「ショールーム型」実験室と「ノマド型」実験室から構成されており、それぞれ、履修生や教官による研究成果が展示されていた。

 「ノマド型」実験室は、いわゆるフリーアドレスな設計になっており、机が固定されておらず、ブロックを組み合わせるように配置を変えることができる。そのブロックの中には、寝床として設計されているものもあり、寝袋を持ち込まなくても徹夜で研究ができるという。

研究棟の「ショールーム型」実験室
タイルが移動することで、実世界におけるユーザーの位置を維持したまま、バーチャル世界を無限に歩くことを実現する「ロボットタイル」
Kinectによって歩行者の向きを検出し、歩く方向の先にタイルが集まり、自分の乗っているタイルは後ろに移動する仕組みになっている
【動画】ロボットタイルの動作の様子。一歩次のタイルへ踏み出すと、そのタイルが後ろへ下がり、それ以外のタイルが前と左右に移動してくるので、無限に歩き続けられる
表情筋の随意運動機能を支援・拡張するロボット。顔に装着して、顔面神経麻痺患者のリハビリを支援する
5画面を採用したドライブシュミレータ。自動運転などの研究にも利用される
「ショールーム型」実験室の研究スペース
こちらは机などの場所が固定されていない「ノマド型」実験室
AR技術を用いたタンジブル地球儀システム
左が身体機能を改善/補助/拡張できるサイボーグ型ロボット「HAL」。右が新しいパーソナルモビリティ「Qolo Prototype」。下肢に障害のある方々のために設計されており、受動型外骨格装着機器を利用した座位から立位への姿勢変換・維持の支援、立位姿勢を維持したまま車輪での移動を可能にする
小児の身体性を再現するスーツ「CHILDHOOD」の受動型手指外骨格
受動型手指外骨格を装着したところ。要するに大人の手を子供の手に変換する装置である
このボックスは実は寝床として設計されており、中で寝ることができるという
「ノマド型」実験室には大判プリンタも設置されていた
「ノマド型」実験室の奥には、レーザーカッターや3Dプリンタなどが設置されている

最新の研究成果と触れあえるほかに類を見ない施設

 大空間棟のグランドギャラリーにはBig Robot Mk1のほかにも、最新の研究成果が展示されており、研究者の説明を受けながら、訪問者が実際に試せるようになっていた。研究者が、一般社会の人々と直接触れ合い、研究成果に対するフィードバックを得られるというのは、研究を進める上で貴重な知見となる。こうした展示が日常的に行なわれる施設は、大学としてはなかなか画期的だと言えるだろう。なお、エンパワースタジオは、一般にも公開されるが、見学に行く際には、あらかじめ事務局への連絡が必要とのことだ。興味を持った方は、是非問い合わせていただきたい。

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(石井 英男)