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NICT、世界初の小型衛星による量子通信の実証実験に成功

~大陸間での量子暗号通信に向けた一歩

超小型衛星SOCRATESと光地上局の概要。a. SOTAの概観写真、b. 0,1のビット情報を符号化する偏光状態、c. 光地上局の望遠鏡、d. 量子受信機の構成図

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は、超小型衛星を使用して、NICT光地上局との間で、光子単位で情報を転送する量子通信の実証実験に成功したことを発表した。

 21世紀に入り、小型衛星を低コストで打ち上げる技術が進展し、高度600kmの低軌道(太陽同期軌道)を周回する複数の衛星を互いに連携させることで、地球全域をカバーする通信網や、高解像度の観測網を形成する「衛星コンステレーション」構築に向けた取り組みが活発化している。

 衛星コンステレーション上では、多くの重要情報が流れ蓄積するため、短時間で大量の情報を安全に地上に送信する技術が必要とされる。しかし、従来の衛星通信で使われる電波やマイクロ波の周波数帯は既に逼迫しており、通信の大容量化には限界がある。

 これに対し、レーザーを用いる衛星光通信は、広大な周波数帯と電力効率の高い伝送が可能なため、衛星通信網を支える重要な技術として期待されており、更なる長距離/高秘匿化を実現できる衛星量子通信の研究開発も、日、中、欧米各国で行なわれている。

 量子通信は、光子1個のレベルで情報を制御できるため、衛星光通信の容量や距離を改善でき、情報漏洩を防ぐ量子暗号の実現にも必須の技術となる。とくに衛星光回線では大気圏での減衰しかなく、減衰量は光ファイバーよりも小さいため、地上の光ファイバー網では不可能だった、大陸間スケールでの量子通信や量子暗号が可能となる。

 中国では、2016年8月に中国科学技術大学を中心とするチームが600kgの大型の量子科学技術衛星を打ち上げ、2017年6月に、1,200km離れた2つの地上局に向けて衛星から量子もつれ配信を行なう実験に成功。中国チームはこの量子科学技術衛星を用いて、大陸間スケールの量子暗号の実験にも取り組んでいる。

 今回、NICTでは、超小型衛星(SOCRATES)に搭載された「衛星搭載用小型光通信機器(SOTA)」から、2つの偏光状態に0/1のビット情報をランダムに符号化した信号を、毎秒1千万ビット(10Mbps)で地上局へ送信。東京都小金井市にあるNICT光地上局で、口径1mの望遠鏡でSOTAからの信号を受光し、量子受信機まで導波してビット情報を復号した。

 SOTAから送信された信号は、ビームの広がりや地上望遠鏡での集光能力の限界、大気伝搬中の散乱や損失のため、かなりの部分が受信機まで到達する前に失われる。また、地上局の1m望遠鏡まで届いた信号も減衰しており、パルス当たり平均0.1光子以下という微弱なエネルギーしか含まれない。このような微弱信号は従来の光検出器では検出が不可能なため、低雑音の光子検出器を組み込んだ量子受信機を用いて検出し。従来の衛星光通信よりさらに高効率の通信を可能とした。

 微弱信号による量子通信や量子暗号を実現するためには、量子受信機で検出した光子信号に正確な時刻を刻印し、衛星と地上局間での時刻のズレを正確に補正(時刻同期)するとともに、大気伝搬中に変化した光子の偏光軸を地上局で正確に補正(偏光軸整合)した上でビット情報を復号する必要がある。

 この技術は現在、中国と日本しか持っておらず、中国では600kgの大型衛星で実現しているが、今回、NICTは中国の10分の1以下の重量50kgの小型衛星で実現する技術を開発した。

 SOCRATESは秒速7kmで高速移動するため、信号波長も地上局に近づくときには短波長側に、遠ざかるときには長波長側に変移する(ドップラーシフト)。このため、衛星から出射される信号間隔に対比して、地上局に届く光子の到来時間の間隔はSOCRATESの飛行中に変化する。

 この時刻変化を正確に補正できなければ、長いビット系列を正確に処理することができない。中国の衛星量子通信実験では、量子通信用のレーザーとは別に、同期専用の短パルスレーザーを衛星に組み込んで、地上局との時刻同期を実現しているが、NICTでは、1つのレーザー光源のみを用いて、時刻同期と量子通信を実現した。

 具体的には、量子通信信号の中に長さ約32,000ビットの特殊なパターン(同期用系列)を埋め込んで送信し、地上局で受信した光子信号の系列から、直接時刻同期と偏光軸整合を行なう技術を開発。これにより、世界初となる軽量の小型衛星による量子通信技術の実現に成功したという。

 今回開発された衛星量子通信技術は、これまで多額の予算と大型衛星が必要だった衛星量子通信を、より低コストの軽量・小型衛星で実現することを可能にし、多くの研究機関や企業でも開発が可能になると期待される。NICTでは、限られた電力で超長距離の通信が可能となることから、探査衛星との深宇宙光通信の高速化にも道を切り拓くものとしている。