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日立、アルコール検知でエンジン始動を防ぐシステムやカメラ映像の人物追跡AIなど最新研究開発成果を公開
2017年6月29日 16:40
日立製作所は6月28日、横浜市戸塚区の同社横浜研究所において、報道関係者やアナリストを対象に、最新の研究開発成果を公開する「研究開発インフォメーションミーティング」を開催した。
日立の研究開発戦略のほか、自動車、電力・エネルギー、交通分野向けの研究開発への取り組みや、ロボティクスサービス、AI、サイバーセキュリティのほか、将来技術などについても公開した。
まずは、今回の研究開発インフォメーションミーティングで展示された技術を紹介しよう。
参加者の関心を集めていた技術の1つが、「温度検知による流通品質管理」技術だ。商品管理温度の上下限逸脱を色の変化によって検知するインク技術で、将来的には産業用インクジェットプリンタを使って、手軽に印字できるようになる。
たとえば、食品流通では、生産者から小売店までの流通過程において、定められた温度を逸脱した場合に、色が変わってそれを知らせる。下限を逸脱した場合には青に、上限を逸脱した場合には赤くなるといった具合だ。
一度変化したインクの色は元には戻らないため、インクが変色せずに消費者の手元に届いていれば、適正な温度管理のもとで流通が行なわれていた証になる。また、IoTとの連動により、どの段階で適切温度を逸脱したのかを、スマホやPCなどを通じて確認できる。
温度設定は、-20~60℃まで、2℃おきに設定が可能で、デモストレーションでは、0~8℃の設定としていた。
「これまでの温度管理は高価な温度センサー付き記録機を取り付け、トラック単位やコンテナ単位で行われていたが、新たなインク技術を使うことで商品単体ごとの温度管理を低コストで行なうことができる。
いまは、カードのような形であるため1個10円程度のコストとなるが、ペットボトルの賞味期限などを印刷している産業用インクジェットプリンタを使えば、1個1円以下で個体管理ができるようになる。輸送環境をモニタリングできるソリューションとセットにすることで、事業化することも可能」としている。
とくに米国では、FSMA(食品安全強化法)により、食品流通の温度管理が厳格に行なわれるようになっており、この技術が活用されるチャンスもある。また、食品以外にも、ワクチンを含む薬品の輸送や、熱中症対策のために人が利用するといったことも考えられる。
2018年度にも事業化を目指すという。
「ポータブル呼気アルコール検知」は、飲酒運転撲滅を目指して開発しているもので、数年前から開発に着手。新たな技術では、呼気検査と顔認証技術を組み合わせることで、「お酒を飲んでいない隣の人が、なりすましで呼気検査を行なうことがないように進化させた」という。
スマホとの連携によって、ログデータを管理。車内に着座後、ドライバーの顔画像を取得して、呼気検査を行なった人物と同一であるかどうかをチェックするという。また、水蒸気センサーとガスセンサーにより、呼気認識機能を強化。呼気による検査が行なわれていることも確認できるようになっている。
すでに3月から、日立キャピタルオートリースと実証実験を開始しているが、新型のアルコール検知器による実証実験は8月から開始するという。
ユニークな展示では、爆発物探知装置が展示された。
爆薬微粒子を検知したり、ガソリンなどの引火物や、人に影響を与える毒物などの散布状況を監視できる装置で、重要インフラや、駅および鉄道などの公共交通機関におけるセキュリティ向上、テロ対策などに貢献できるという。
たとえば、重要インフラでは、入退出ゲートにこの機器を設置し、IDカードによる認証時にカードに付着する爆薬微粒子を検知するといった利用を想定しているという。
なお、セキュリティに関しては、「映像監視ソリューション」として、AIを活用することで目撃情報をもとに探したい人物を即座に発見して特定し、追跡できるシステムを紹介した。
「赤いジャケットを着た怪しい人物」、「逃走人物は大きなバッグを抱えていた」などの情報をもとに、監視カメラの映像などから見つけだすことが可能で、「監視カメラに顔が映らなくても、全身像による追跡が可能になる」としている。
線虫を利用してがん検査を行なう「線虫嗅覚活用がん検査」もユニークな研究開発案件の1つだ。
がん患者の尿に誘引される線虫の特性を利用して、がんの検査を行なうための自動装置で、九州大学発のベンチャー企業である、HIROTSUバイオサイエンスとのオープンイノベーションにより開発しているものだ。
線虫による尿がん検査を自動化することで、検査の手間を削減。がん検査受診率向上を図るとともに、線虫の移動度や輝度数変化を指標化して表示することで、検査する人のスキルに関係なく、判断水準を高めることができるといった特徴を持つ。
検査に必要とする線虫を増やすこともこの装置を利用して行なう。「生物個体を用いる検査のため、線虫の管理が、品質管理上、重要な課題になる」という。2019年度には医療分野での本格導入を目指す考えだ。
ロボティクスに関しては、ビジョンデザインという観点から提案してみせた。
ビジョンデザインは、「Society 5.0」を具現化するために、将来の社会課題を生活者の視点から考察したビジョンを用いて、社会を変えていくための議論をリード。日立の事業拡大につなげるものであり、ここにロボットを活用している。
「人やモノが動き、入れ替わる 持たないことの幸せ」、「消せない不安から人々を守る社会」という2つの社会像から生活シナリオを例示する。
たとえば、一人住まいの高齢者の生活を支援するためにコミュニケーション型のロボットを使用。話しかけるだけで、必要なものを提案してくれたり、薬を飲むタイミングや量を教えてくれたりといったことも可能だ。
モノ忘れが多くなり、食品があるのに同じものを注文しようとすると、やさしくそれを注意し、重複しないようにする。1年前にどんな料理を作ったのかといったことを話題にし、久しぶりに作ってみることを促したり、記憶を辿るきっかけを提案したりする。
「気付きにくい日常の変化に気づき、老いへの不安を取り除くことができる。人間だけでは行なうことができない、技術だからこそできる人への寄り添い方を考えるものになる」(日立製作所 執行役常務 CTO兼研究開発グループ長の鈴木教洋氏)とした。
巡回ロボットの提案も、ビジョンデザインの1つだ。住民に挨拶したり、交通整理をしたりといった役割を果たすもので、ペンギンのような手を持つため、危害を与えたりといった印象が薄かったり、交通整理をしていても嫌な感じを与えないといった、目に見える安心感にも配慮。住民との関係を築くことができるロボットだと位置づける。
また、ロボットでは、日立のヒューマノイドロボット「EMIEW3」を利用し、羽田空港や東京駅、ダイバーシティ東京プラザなどで実証実験を行なっており、施設案内や訪日外国人向けの案内などの接客案内サービスを提供している。
今回の研究開発インフォメーションミーティングでは、全部で32の研究開発成果が公開された。主なものを写真で紹介しよう。
一方、研究開発戦略については、日立製作所 執行役常務 CTO兼研究開発グループ長の鈴木教洋氏が説明。
「2018中期経営計画における研究開発グループの基本方針は、不確実性の時代におけるビジネスイノベーション創出」とし、「2017年度は、注力4事業分野への集中、社会イノベーション事業拡大を支えるLumadaの進化、将来の社会課題への挑戦の3つの観点から取り組んでいく」とした。
日立製作所では、「電力・エネルギー」、「産業・流通・水」、「アーバン」、「金融・公共・ヘルスケア」の4つの分野を事業注力分野と位置付けており、研究開発グループでも、これらの分野に重点的に投資を配分。4事業分野への投資比率は、2015年度の63%から、2017年度には76%に拡大。デジタルソリューション関連研究比率は、2015年度の24%から、2017年度には68%にまで一気に拡大させる。
現在、研究開発グループを構成するのは、世界5拠点で550人体制の社会イノベーション協創センタ(CSI)、2,050人体制のテクノロジイノベーションセンタ(CTI)、100人体制の基礎研究センタ(CER)の合計2,700人体制になっており、「フロントBUとグローバルフロントと連携し、社会イノベーション事業のさらなる成長を牽引するグローバルR&Dが体制を敷いている」とした。
なお、2017年度の日立グループ全体の研究開発投資額は、売上収益の約4%にあたる3,500億円。そのうち、研究開発グループの研究開発投資は約20%を占め、依頼研究が48%、先端・基盤研究が33%、先行研究が19%となっている。依頼研究および先行研究はビジネスユニット資金で、先端・基盤研究はコーポレート資金でまかなわれる。
さらに同社のIoTプラットフォームであるLumadaにおいては、2016年~2018年度の3カ年において、事業側で約1,000億円の投資計画を発表しているが、「研究開発グループでは、これとは別に2016年度に130億円を投資。2018年度までの3カ年で400億円の投資を予定している」という。
なお、Lumadaについては、2016年度には、203件の案件が進行しているが、そのうち、43件の案件創出に研究開発グループが貢献したという。
Lumadaのユースケースのグローバルへの拡張への取り組みの1つとして、2017年4月、米シリコンバレーにInsight Labを新設。
「全世界のCTIを束ね、グローバル共通の開発環境を整備する役割とともに、プロジェクトや顧客情報をフロントと共有。さらに、AI技術の開発と適用を加速する役割も担う。シリコンバレーのスピード感を持たなくては勝てないと考えている」とした。
Insight Labを統括する、日立アメリカ R&D部門 Global Head of Insights LaboratoryのUmeshwar Dayalシニアバイスプレジデント兼シニアフェローは、「すでに120社以上の顧客が訪問しており、30以上のPoC (Proof of Concept: 概念実証)が行なわれている。日立には、OT(制御技術)の深い経験があり、そこにITやプロダクトを組み合わせることができる。日立の経験に対する期待が大きいことを感じている」などとした。
さらに、材料技術からプロダクト革新に取り組んでいることを説明。
日立製作所 研究開発グループ テクノロジーイノベーション統括本部の青木雅博統括本部長は、「これまでは調達、生産といった領域において材料技術がフォーカスされていたが、企画、設計、調達、生産、物流、保守、廃棄までのトータルでの横断活用を通じて、社会イノベーション事業の成長を牽引していくことになる。とくに、デジタルソリューションの領域では、材料から作り上げることができると考えている」とした。
新材料の廉価加工技術と新モーター構造で超小型化に成功した小型高効率アモルファスモーターでは、約40%の薄型化を実現。これを利用した空気圧縮機は体積比で63%減にまで小型化したという。
また、低損失SiCパワーデバイスの並列実装と、高放熱性の缶状両面冷却構造によりインバーターを小型化。さらに、電解液を使わない固体電池材料の採用により、不燃による安全性と高エネルギー密度で、大容量化と経済性を実現した低コスト固体電池を開発。「電気自動車の航続距離と自動車価格のトレードオフを解決し、電気自動車を普及価格帯に持って行くことができる」などとした。
また、知財戦略については、日立製作所 知的財産本部・戸田裕二本部長が説明し、「この2年間に渡り、事業体制にあわせて、知財部門の組織体制を改編。社会イノベーション知財部を新設したほか、各地域に知財拠点を整備し、グローバルで社会イノベーション事業を支援する体制を整えた」という。
また、「プロダクト事業においては、競争戦略を打ち出すが、デジタルソリューション事業では協創戦略を推進する。デジタルソリューション事業では、特許から広義の知財へと拡大。情報やデータまでを知財領域に広げていく。また、コア技術のBGIPの確保、データを前提とした契約支援も行なう」などとしたほか、「事業の特性に応じてカスタマイズした知財マスタプランを策定、実行を行ない、現在20テーマで推進している」と述べた。