MacBook Air |
モバイル通信などと銘打っている割に、このところ使っているモバイルコンピュータを変えていなかった。とはいえ現状に満足しているわけではない。
MacBook Airは(今の日本のモバイルコンピュータの基準からすると)バッテリ持続時間に不満があったし、VAIO Xは絶妙のバランスながら、さすがにパフォーマンスは厳しく快適に使えるアプリケーションは限られてくる。Dynabook SS RX1は、ここ数年でもっとも稼働時間の多かった製品で同じモデルを2度使い潰した程だが液晶パネルがやや見辛い(加えてRX1はパフォーマンスも同クラスCPU搭載機の中では突出して低かった。バッテリ持続時間を延ばすためにそう設定されていたからだ)。
結局、自宅内で使っていた富士通LOOX R/D70が、パフォーマンスも十分に優れていてメモリもたっぷり搭載しているので、それが一番いいんじゃないか、という結論に達していた。何しろ来年はSandy Bridgeが登場する。モバイルコンピュータにとっては、いったん失ったバッテリ持続時間を取り戻す時期でもある。
にもかかわらず、この年末から年始にかけての海外出張を含めた仕事をこなすパートナーを新たに迎え入れようと思い立ったのは、単に年末に向けて増してきた忙しさのストレスを解消するという目的もあるが、やはり年に何度かは新製品のユーザーに(借りて使うだけでは理解できない面もある)なっておく必要があると、常々思っているからでもある。
と、前振りが長かったが、半年以上前から発表を気にしていたMacBook Airの新製品について考察してみた。
●MacBook Airが示す近未来の利用スタイルやや大げさに聞こえるかもしれないが、先日発表されたMacBook Airは、将来のアップル製コンピュータの未来を示唆している部分が多い。将来、どこかのタイミングでMacBookはこうなっていくんだよと、指し示している。
旧MacBook Airが、アルミ切削ボディやアルミ蒸着ガラス製トラックパッド、新型リチウムポリマーバッテリなど、その後の製品に続く技術トレンドが盛り込まれていたように、新MacBook Airにも次のMacBook、次のMac OS X(Lion)に向けての“仕込み”が行なわれている。ある種の提案を生み出すためには、ハードウェアに新しい機能を組み込むだけではなく、ソフトウェアやサービスを共に設計しなければ実現できない事も少なくない。次のステップへと踏み出すための、実験的要素を新MacBook Airが含んでいたとしても不思議ではないと思う。
アップルのノート型コンピュータはモデルごとに製品コンセプトを大きく変えて設計するのではなく、一貫した1つのポリシーに基づいた製品を利用スタイルごとにアレンジする、という手法で製品を提供している。一方、ソニーなど多くのPCベンダーは、モデルごとに異なる対象顧客に合わせ製品を作り込んでいる。どちらが良い、正しいということではないが、アップルのように同じOSを採用するライバルがいないメーカーの場合、OSのユーザーインターフェイス設計とも一体化した、一貫したポリシーに基づいた製品ライン作りをした方が有利だろう。
13型モデルの側面。前モデルよりも強化されたが、装備されるインターフェイス類は少なめだ |
故にMacBook、MacBook Proは、どのモデルを購入しても、製品から感じる“アロマ”はよく似ているのである。しかし、MacBook Airだけは、異なる芳香を放っている。それはこの製品が、単に機能をそぎ落としただけでのノート型コンピュータではないと、製品自身が主張しているからだ。
MacBook Airがユニークな点は、Mac(ノート型、デスクトップ型問わず)をそのまま小型化するのではなく、フル機能のコンピュータが持つ機能や能力の一部を“切り取って”持ち歩かせようとしている事だ。
かつて1990年代、日本IBMのThinkPad開発チームはこれを“スライス”と表現していた。ノートPCをスライスして切り出したのがモバイルPCという事だ。切り取った後に残された部分はドッキングベースになる。
ハードウェアの面だけを見るとアップルがMacBook Airで施している手法は“スライス”に他ならないが、その切り取り方は日本IBMのやり方よりももっと大胆だ。せっかく切り出すのだから、大胆にそぎ落とした方が製品として良くなるものだが、多くのメーカーは世界中のあらゆるユーザーのニーズを満たそうとして中途半端な製品になる。
そこを独善的とも言うべき判断で、スパッと切り取ってしまえるのは、アップルならではだ。“用途に応じてMacの一部を切り取る”という意味では、MacBook AirはiPad、iPod、Apple TVと同種の製品と分類することもできる。
●やっと実現できた、業界初(?)のインスタントオンでは新しいMacBook Airは、次のMacBook Proへと繋がる何を示しているのだろうか。
誰もが考えつくように、そのうちの1つはSSDの活用だ。今回、アップルは独自形式のSSD専用設計とすることで、MacBook Airの小型化を実現した(もっともモジュールの端子形状やサイズを見る限り、電気的な仕様はmSATAのように見える。リンク速度は3Gbps)。
しかし、今後のMacBook ProシリーズがSSD中心のラインナップになっていくというのは早計という意見もあるはずだ。コスト面を考えれば、当面はユーザーの選択になっていくに違いない。だが、システムはSSDモジュールで動かしデータ保管用にHDDを使う、といった提案をしてくる可能性はありそうだ(さらにその場合、次期OSには複数ドライブでデータ管理を容易にするための工夫、あるいはHDDとSSDが1つのストレージに見えるような仕掛けを盛り込むかもしれない)。
というのも、今回アップルは“スタンバイ”からの復帰時間を高速化するための技術開発を、相当入念に時間をかけて行なってきた様子が伺えるからだ。アップルが次のMacBook AirをSSD専用にした上で、スタンバイ(PCで言うところのハイバネートモード)からの高速復帰の開発を行なっていると噂を筆者が聞いたのは今年の春ぐらいの事。ということは、実際の開発はずっと以前から行なっていたということだ。
左が13型、右が11型モデル。いずれもストレージはSSDのみ |
ユーザーならご存じの通り、以前のMacBookでも自動的にスタンバイに移行していたが、それはあくまで残りバッテリが僅かになり、作業状態の保持が保証できなくなる状態に至った後の事だ。MacBookはデフォルトでRAMとストレージの両方に状態を保持するので、通常は素早く復帰するモードを規定値としていたのである。
ところが新MacBook Airでは、RAMに状態保持されたスリープ状態で1時間を経過すると、ハイバネートモードに移行してしまい、状態はSSDの中にしかなくなる。
当然、SSDからシステム状態を復帰させなければ使える状態にならないが、11型モデルのMacBook Air(2GBモデル)は、3秒足らずで復帰しているように見える。あるいは画面が表示され、一部が動き始めただけの状態なのかもしれないが、すぐに操作に対して応答するようになるので遅さを感じない。
しかもスタンバイに入ってしまえば、電力はほとんど消費しないという利点がある。対応した内容は単純だが、その効果は計り知れない。
感覚的には従来のスリープからの復帰が、新MacBook Airにおけるスタンバイからの復帰に相当する感覚。ちなみにスリープからの復帰ならば、スマートフォンをスリープから起こす時ぐらいの手軽さなので、スリープしていることすら感じない。ハードウェアとOSを一緒に開発しているアップルならでは。パソコンが“快適ではない”ポイントの1つをうまく潰している。
こうした、いつでも好きな時に素早く使えるようにする機能を“インスタントオン”と言うが、その重要性が言われ始めたのは10年以上も前の事だ。その間、誰もこの問題に対する答えを用意することができなかったが、今回のMacBook Airは1つの回答になっている。アップルがこの快適性を他のモデルに拡大しようと“思わない”とは考えにくい。
●11型モデルはLionへの布石かもう1つ、新型MacBook Airに感じたのは次期Mac OS XであるLionと連動したプロダクトデザインになっているのでは、ということだ。おそらく、Lionにはモバイルコンピュータ向けに3つの大きな拡張が施されるだろう。1つは発表済みの小型ディスプレイでも使いやすい新しいユーザーインターフェイス、もう1つは従来想定していたよりも高精細なディスプレイでの表示品位、そして小型のMacをiPadやiPhoneなどと同じようにフル機能のMacのコンパニオンデバイスとして使うための機能だ。
アップルはこれまで、Mac OS Xのデザインとの整合性が取れないほど高精細なディスプレイは採用してこなかった。ご存じのように近年は高精細ディスプレイの生産は容易になってきているが、MacBook Pro用ディスプレイの高精細化の歩みは慎重で、ユーザーにオプションで選ばせているが、今回は大胆に精細度を上げてきた。アップルとしては珍しい事だと思う。
WindowsノートPCの場合、多くのメーカーが多様な製品を出してスペックを競うため、時にOS側の画面/UIデザインから逸脱した解像度のディスプレイを採用する製品も出てくるが、Macの場合はもっとコントロールされている。
そのWindowsノートPCにしても、かつて4:3時代において主流は12型XGA(1,024×768ドット)。一部の小型機を好むユーザーが10型XGAを使っていた程度だ。これは現在、それぞれ13型WXGA+(1,440×900ドット)、11型WXGA(1,366×768ドット)という2つのグループになっている。
アップルは後者のグループには手を出してこなかったが、今回は11型モデルで11型WXGA(かつての10型XGAグループ)に参戦してきたわけだ。これまで決して作ろうとしていなかった製品を作った理由は、問題と思われた部分が解決できると考えるのが妥当だと思う。
左が11型、右が13型モデル。解像度はそれぞれ1,366×768ドットと1,440×900ドット |
かつてスティーブ・ジョブズ氏は小型軽量のモバイル専用Macが欲しいという声に対して、キーボードタイプと画面の視認性に問題を感じるような製品は作らないといった趣旨の答えをしたことがあった。
時は流れ16:9のワイド画面液晶へとトレンドが流れたことで、11型モデルでもフルサイズキーボードを搭載できるようになったが、小型ディスプレイ、高精細すぎるディスプレイでの快適性に関してはOS側の改良が必要になる。Lionについては、まだ一部の機能しか明らかになっていないが、11型WXGAのMacBook Airが市場に投入されたことを考えると、何らかの技術的な回答ができる見込みということだろう。
またMac向けのApp Storeが展開される事に合わせ、同じApple IDを登録したMac(あるいは台数制限はあるかもしれないが)で使用アプリケーションを同期できる、といったことはいかにもありそうだ。もちろん、iTunesやiPhotoのメディアデータがiPodやiPhoneと同期するように、必要な情報を同期する機能が入るのではないかと予想している。
たとえば出先から自宅やオフィスに戻り、AC電源に接続すると自動的にスタンバイから復帰し、無線LAN経由でデータを同期。同期終了後に再びスタンバイになるといった機能はどうだろう。いちいち出先で使ったコンピュータを起動しなくとも、すぐに机の上にあるコンピュータを使い始めることができる。
もちろん、これらの予想が当たるか当たらないかは現時点ではわからない。しかし、何かのソリューションを加え、使いやすさを演出できるのでなければ、アップルはそれまでのポリシーを曲げることはないとは思う。細かなアイディアまでは保証しかねるが、何らかのモバイルコンピュータ向け機能を盛り込む事だけは間違いないだろう。
●“凡庸なハードウェアスペック”と言ってしまっているうちは前進しないおそらく、今回の新MacBook Airを見て「ハードウェアスペックは凡庸ではないか」と思った方もいるはずだ。その通り、このぐらいのハードウェアスペックの製品ならば、日本のPCベンダーはすぐに作ってしまうだろう。
スペックで言えば、11型モデルのバッテリ持続時間が超低電圧版Core2 Duoを使いながら5時間というのはいかにも少ないし、13型モデルの1.3kgを超えて7時間というスペックはともかく、このサイズでCore i5を積めないのか、と残念に思う人もいるに違いない。
デザインの斬新さと、意外にも安い価格で、すっかり買う気スイッチが入っている読者もいると思うが、冷静に見ると突出した何かがあるわけではない(Macとしては他に選択肢のない、唯一のモバイル機という点はある意味、突出してはいるが)。日本のメーカーならば、11型のMacBook Airと同じサイズ・重さの中に5-in-1メモリカードスロットとWiMAXを入れ、さらに何かの機能を盛り込んだただろう。
しかし、それでも大きな話題になるということは、凡庸なハードウェアスペックを超える何かがあるということだ。もしPCベンダーがMacBook Airを「凡庸なハードウェア」と思っているとするなら、この先の前進は望めないだろう。しかし、足下を見つめ直して、なぜ自分たちが作る製品よりも、ハードウェア技術面では劣るはずの製品に人気が集まるのか。決してデザインやブランドイメージだけではないと認識できるだろう。
ちなみに筆者だが、久々にMacを発売日に発注した。WiMAXモデルがないこともあって迷ったが、バッテリ駆動時間の延長を期待して13型モデルを選んだ。しかし、世間では圧倒的に11型モデルの人気が高いようだ。私はLionの機能動向を見据えつつ、11型モデルに似合う機能を搭載したMac OS Xの登場を待った上で11型モデルについて判断したいと思っている。
(2010年 10月 25日)