“モバイルの時代”で変化するコンテンツ・オーナーシップという考え方



 今年もCESから流れ、ハリウッドのコンテンツビジネスに関する取材を続けている。もともとはフルHDの映画をどう流通させるかをテーマに取材してきたが、現在は取材内容も多様化し、PCやスマートフォンなどに対する映像配信についても話を聞くことが多くなってきた。

 今年各社と意見や動向を交わす中でテーマとしているのは3D映像製作・販売、それにネットワーク配信などだが、それに加えて主題にしているのが“コンテンツ・オーナーシップ”だ。

 コンテンツ・オーナーシップとは、すなわち“コンテンツを所有する事”で、従来、映画も音楽もコンテンツ・オーナーシップによってビジネスを構築してきた。音楽を聴くだけならばラジオを聴いていればいいが、自分で好きな時に好きな音楽や映画を、あるいはお気に入りの音楽や映画を所有しておきたいという気持ちを満足させる事は、コンテンツビジネスの基本だった。

 しかし、その概念はデジタル配信が進んでくると変化せざるを得ない状況になってきている。ネットワーク配信ではコンテンツを物理的なメディアで所有することができないからだ。

 そこで浮上してきているのが、何らかの著作物を一度購入すれば、そのコンテンツを楽しむ権利を所有するオーナーとして、さまざまな媒体や装置で楽しめるようにする、という考え方だ。この枠組みでは、PC、携帯電話、スマートフォン、デジタル家電といったカテゴリの枠がコンテンツ流通の場から取り払われ、さらには購入するお店(即ち配信ポータルサイト)と配信プラットフォームをセットで選ばねばならない状況から脱却できる。

 すなわち、どんな場所、どんなデバイスでも、そのコンテンツを再生する能力がある装置が近くにあれば、いつでも楽しめるよう個人に紐付けられ、コンテンツのオーナーとしての権利を好きな時に好きなデバイスで行使できる事になる。

 今年のCES、それに映画スタジオ各社への取材では、この話題を頻繁に聞くようになった。実はこのコンセプトについては1年以上前から各所に話を聞いており、取材を進めてきた。業界内ではディズニーがKeyChestというシステムを提案するなど、少しずつその動きはあったが、一方、DECD(Digital Entertainment Content Ecosystem)という業界団体もKeyChestと良く似た枠組みの構築で動き始めており、今年はいよいよ成果が顕在化し始めたという印象だ。

 この考え方や仕組み、利用の枠組みなどが定着すれば、映画や音楽だけでなく、電子書籍などあらゆるデジタルコンテンツの流通に大きな変化をもたらすことになる可能性がある。

●“コンテンツを購入する”ということ

 かつて映画や音楽などの作品は、物理的な媒体に著作物を封入して販売してきた。大昔ならば楽譜を出版し、レコード販売が行なえるようになってからは、著作物を記録した物理的なメディア(これは文芸作品における本も同じ)を販売するようになった。DVDやBlu-ray Discも、この考え方の延長線上にある。

 物理メディアでコンテンツを流通させるしか方法がなかった頃は、作品はパッケージメディアという物理的な“モノ”に収められていたため、同じ作品を新しいメディアで購入することに消費者は大きな違和感を感じずに済んできた。物理的に流通させる経費が大きいため、異なるパッケージメディアで楽しもうと思えば購入し直しは避けることができないなど理想的ではない面もあるが、我々はこれを受け入れてきた。筆者も好きな作品の中にはVHS、LD、DVD、BD、すべてで購入したものがある。

 ところが映像や音楽などがデジタル化し、ネットワーク経由での電子流通が始まるとコンテンツに対する消費者のスタンスは変化してきた。週通コンテンツそのものの変質(作品性より一般大衆ウケしやすいものを大量露出して短期間に売る手法の増加)や低価格化なども手伝って、コンテンツを所有するという意識は低くなってきている。

 コンテンツ流通の現状はカテゴリによってもまちまちであるため、一概に状況を捉えることはできないが、例えば音楽であればサブスクリプション(購読型)配信サービスが徐々に定着してきている事からも解るとおり、“誰のどのアルバムを買う”というよりも、耳当たりの良い新しい流行曲が聴ければいい、といいったように、アーティストや作品が透明化しはじめている。

 作品を印象付けなければ認知されないため、認知してもらうために購読型のネットワークサービスにも作品を提供すべきと、マーケティング主導で判断するのは映画業界も同じのようで、たとえば米Netflixと月間購読ユーザー向けに大量の旧作映画を提供する契約をしたのは間違いだったと語る映画会社幹部もいる。

 映画作品を楽しむのではなく、暇潰しのためにコンテンツを消費する、すなわち作品のオーナーシップを感じない世代を自ら育てている事に気付いたからだ。“コンテンツを購入する”という事が、ユーザー(その作品のファン)にとってどんな事なのか。

 作品を生みだし、告知し、流通させ、楽しむ人がいる。その中で作品が生まれ経済的循環があったはずだが、その生態系が崩れてくれば、映画製作を行なう事自身ができなくなってくる。

●作品への投資を保護
ダーシー・アントネリス氏

 「今後、ネットワーク配信やモバイルデバイスで作品を楽しみたいユーザーも増えるだろう。私たちは映画を買ってくれた顧客に、その作品に投資した証として自由に映画を楽しむ利便性を提供するため、Ultravioletのような仕組みの実現を推進している」。

 そう話したのはワーナーブラザーズ・テクニカルオペレーションズ社長のダーシー・アントネリス氏だ。

 Ultravioletとは、DECEが現在、詳細を詰めるべく開発を進めている、コンテンツ配信を行なうための枠組みだ。ディズニーが一昨年(2009年)末から来提案していたKeyChestに似た要素も盛り込まれている。

 Ultravioletに含まれる主な要素は以下の通り

・ユーザーがどの作品を購入したかをデータベースとして管理
・過去の購入履歴に応じて柔軟な価格モデルを提供
・異なる購入サイト、異なるシステム間でも購入情報を参照可能に
・主要なDRMシステムの間を取り持ち、相互の運用を可能にする
・コンテナ形式を共通化する(コーデックや品位を定義するものではない)

 これにより、例えばある人がBlu-ray Discを購入したならば、ネットワーク配信でも映像を楽しめたり、自分の携帯電話にビデオをダウンロードできたり、あるいはネットワーク配信で見た映画を気に入った人が、割引価格でBlu-ray Discを購入できるなどのサービスを提供できるようになる。また、メディアの世代が変わったとき、なんども買い直すのではなく、新しいディスクを入手するための実費+αで購入できるように配慮することも可能だ。

 Ultravioletは、デジタルでのコンテンツ流通の枠組みを決めているものなので、実際にどのように運用するのかは、コンテンツのオーナーや配信を行なう業者が決める事になる。例えば、Blu-ray Discの中にあらかじめ携帯電話向けデータの配信コストが織り込まれているなら、ダウンロードは無料。しかし、販売時に想定していなかったフォーマットでの配信には、少額をもらうといった具合だ。

 この問題は例えば、iPod向けのビデオ作品を購入していたけれど、機器をWalkmanに買い換えたので、異なるDRMとコーデックで再配信してほしいという場合にも、手数料のみで再配信を受けられるなどのサービスに発展させることが可能だ(ただし、現在のところアップルはDEDCに加盟していない)。

 ユーザーの投資を保護することで、作品を購入するためのハードルを下げる事ができるほか、その作品のオーナーの1人である事を意識してもらうのが目的だ。

●デジタルワールドにおけるコンテンツ・オーナーシップ
ドン・エクランド氏

 ソニー・ピクチャー・エンターテイメントのドン・エクランド副社長は「新しいネットワーク配信サービスが話題になると、必ずもうパッケージメディアがなくなるという話が出てくる。しかし、これは“ゼロサム”ゲームではない。我々には次はどのメディアでコンテンツを販売したいという意図はなく、コンテンツに投資をし、保有したいと思ってくれる顧客に対して多様な場所、多様なデバイスでの視聴をサポートしていく」と話す。

ダニー・ケイ氏

 20世紀フォックスの最上級副社長ダニー・ケイ氏も同意見だ。

 「映画人として、私は好きな映画に投資をし、DVDやBlu-ray Discとして保有することに積極的であり続けてきた。しかし現状のデジタルワールドにおいて、コンテンツ・オーナーシップを感じるのは難しい。一定期間にストリーミングで配信される映像を見る権利を買っても、オーナーシップを感じることはえきない。しかし、Ultravioletには大きな可能性があると思う」。

 ケイ氏がもっとも解決したい問題は、見るデバイスやメディアを変える度に、何度も同じ作品を買い直さなければならないことだという。それはもちろん、顧客の叫びでもある。「物理メディアか電子メディアかは大して重要な事ではない。ユーザーの願いはシンプルだ。自分がいつでも所有しておいて見たいと思ったコンテンツが、いつでも身近なデバイスで楽しめること。ユーザーに適切な価値観を提供できなければ、デジタルネットワークの世界でコンテンツビジネスは行き詰まる」(ケイ氏)。

 ケイ氏やエクランド氏が最も懸念するのは、デバイスのパーソナル化に対してコンテンツビジネスが追従できなくなる事だ。あらゆる電子デバイスのパーソナル化が進むと、コンテンツを楽しむ場も手段も多様を極める。ユーザーを囲い込む意図を感じ取られてしまうと、支持者を失う事になりかねない。

 前回、この連載でこれからの10年はモバイルの10年になると書いたが、両氏ともその意見に同意する。「買っておいたBlu-ray Discが忙しくて棚に置いたままになっているとき、東京出張の途中や現地での時間の合間に、自分の使っているPCで楽しめればいいのに、とは誰もが思う事」(ケイ氏)。

 DECEの取り組みはまだスタートしたばかりで、対応するDRMの種類やコンテンツをラッピングするコンテナ形式が決まったばかりだ。年内も継続して技術仕様の検討と運用ルールについて話を進め、来年にかけて運用の開始を考えたいという。

 物理メディアとネットワーク配信が混在する時代におけるコンテンツ運用の大きな枠組みとして動いているDECEだが、個々には似たような取り組みはすでに始まっている。iTunesやWindowsメディア向けの映像データの複製を認めるデジタルコピーはその1つだし、SDカードに映像データを複写して携帯電話、スマートフォン、PCで利用可能にするe-moveも、コンテンツ・オーナーシップに関する考え方をデジタルワールドで実現するための取り組みの1つと捉えられる。

●すべてのデジタルコンテンツにオーナーシップの考え方を

 ここでは映画会社の取り組みについて話をしたが、物理メディアと電子メディアが混在する状況においては、他の分野でも全く同じような事が言える。すでに電子流通への移行が進んでしまっている音楽流通においては、もう一工夫が必要だろうが、書籍などでは同様のアプローチが使えるだろう。

 また映像ビジネスに関して言えば、たとえば劇場公開とも連携を取るという、さらに傘の範囲を一段拡げた考え方への発展もできるはずだ。例えばシリーズものの第1作と第2作のメディアを購入していれば、第3作を安価に見られる、あるいは劇場公開された映画を見に行った人は、安価にメディアを購入する権利が得られるなどの連携も考えられる。

 日本では社会インフラとしてFeliCa(フェリカ)が普及している背景があるから、これを用いて紐付けを行なっていくというアイデアもあるだろう。個人が利用するディスプレイとしては、携帯電話やスマートフォンと共に、PCもこの枠組みの中ではより重要性を増すはずだ。

 話だけを聞いていると、なにやら複雑そうな仕組みに感じるかも知れないが、実はさほど大きなシステムでも、高度なテクノロジでもない。DRMやコーデックは既存の枠組みをそのまま使うからだ。必要なのはデジタルコンテンツを扱う販売側と流通側の話し合いと、利便性を高めて市場を大きくしようという共通認識だ。

 すでに多くの人は、コンテンツのネットワーク流通が、かつての物理メディアでの販売ほどに便利で自由なものではない事に気付き始めている。適価で自由が得られるなら、ユーザーは自由に対して対価を支払うものだと私は思う。

 配信サービスとソフトウェアツール、再生デバイスをタイトに結びつけて使いやすくする事は重要だが、だからといってユーザーの自由が規制されるようならば成長はいつかは止まる。好きなコンテンツに投資をする前に、どのプラットフォーム(配信サイトや再生ハードウェア)を選ばなければならない状況は、早々に脱したいものだ。

 また携帯電話、PC、デジタル家電の間にある大きな壁も、そろそろ取り払うことに全力を挙げるべきだろう。PCはデジタルコンテンツを無料でばらまく悪魔のツールと反目していたのは今は昔。これからは共存を図らねばならない。

 ソニーはQriocity(キュリオシティ)でそれを達成しようとしているが、あくまで自社製品向けの小宇宙を作ろうとしているようにも見える。いやいや、もうそんな時代じゃないはず。ソニーだってSPEだってDECEに参加しているのだ。今更新たな囲い込みの枠を作ろうなどとはしていないと思いたい。

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(2011年 1月 18日)

[Text by 本田 雅一]