ソフトバンク3G基地局倍増計画のインパクト



 ソフトバンクモバイルは、Twitterユーザーを集め、東京・汐留の本社を公開したイベントで、2010年度内に基地局を倍増させる通信環境改善を目指す方針を発表し、集まった多くのiPhoneユーザーを喜ばせた。スマートフォンへの積極的な姿勢や、データトラフィックの急増などの懸念があっても、ユーザーが望むならば……と積極的に仕掛ける姿勢は実にソフトバンクらしい。

iPad

 3G内蔵iPadの登場(ソフトバンクもiPad向けのMicroSIMは製品化すると予想される)や、スクリーンサイズが大きくなりパフォーマンスも大幅アップと噂される次世代iPhoneなど、3Gネットワークへの負荷がどんどん大きくなっていく中、ソフトバンクの“電波改善宣言”は、ユーザーにとって心強いものだろう。

 ソフトバンクモバイル社長の孫正義氏は、イベントで自身の実行力の高さを同氏のTwitterアカウント上で「やります」「検討します」と発言したリストを自ら公表し、決断の速さと実行力を訴求した。

 確かにユーザーからの要望を受けて、たった1カ月半ほどでUstream STUDIOを発表するなど、スピードと決断力は孫社長のリーダーシップの強さを示している。しかし、3Gネットワークの強化に関しては、もう少し掘り下げておかねばユーザーをミスリードする結果にならないだろうか。

●電波改善宣言の内容とは?

 孫社長が示した改善策は以下の通り。3Gネットワークの基地局数を現在の2倍にすること。超小型基地局の無償提供。それに店舗や企業などユーザーが多く集まる場所に無線LANルーターを無償提供すること。この3つだ。

 注意する必要があるのは“電波改善”といっても、大きく分けて2つの切り口があることだ。1つは利用可能エリア。もう1つはトラフィックの問題だ。

 超小型基地局の無償提供は、地形や建物形状など物理的な理由で生まれる空白地や、人口密度の低い地域などで有効だ。また無線LANの活用は、ユーザーが集まる場所におけるトラフィック集中によるネットワークのパフォーマンスにも効果があるだろう。

 ただし、いずれも同社が対策を勧めてきた手法の延長線上にあるものだが、基地局を置くユーザー(いわば場所を提供するユーザー)にとって魅力的な条件を示している、また、これだけ多くのiPhoneユーザーがいるならば、店舗などがiPhone向け無線LANルーターを自ら導入して高速なアクセス環境を提供する利点も今後は増えていくと思う。なかなかアグレッシブな策だ。超小型基地局の設置、無線LANルーターの設置とも、5月10日から受付を開始する。

 ただ、これらはあくまで局所的な対策でしかない。自宅がエリアではないユーザーや店舗、あるいはiPhoneユーザーよく集まる店舗やiPhoneを積極活用している企業で使う場合以外には影響しない。もちろん、街を歩いていたら、たまたまiPhone用無線LANを拾ったとか、誰かの自宅や店舗にある超小型基地局の電波で助けられたというケースもあるだろうが、やはり多くのユーザーにとって重要なのは、基地局倍増計画の詳細だ。

●“ウィルコムの基地局を活用”はどこまで可能か?

 孫社長は基地局倍増の根拠として、ウィルコムが持っていた基地局設置場所の譲渡を受ける予定の新会社を挙げた。基地局を設置していく上でもっとも大変なのは、基地局を設置する場所の確保だから、ネットワーク回線の引き込みもしてあるウィルコムの基地局ロケーションを活用できれば、基地局倍増も決して不可能ではないように思える。

 発言はTwitterを使うユーザー向けのイベントなので、あまりここで突っ込むのは適切ではないかもしれないが、この話にはちょっとした矛盾を感じる。ウィルコムが設置していた基地局は、当然ながらPHSの基地局であり、携帯電話で使っている基地局とは異なる特性を持っているからだ。

 ウィルコムは前身であるDDIポケット時代から、半径数百m程度の基地局を中心に多数設置し、干渉波にはアダプティブアレイという技術を用い、自動的に干渉抑制することでPHS事業者としては広いカバーエリアを誇っていた。

 しかし携帯電話用の基地局とは特性が異なる上、既存のソフトバンク基地局との位置関係は計画されたものではない。既存基地局の間にスッポリ入る場所もあれば、位置が近すぎて干渉を抑えきれない場合などもあるだろう。果たしてウィルコムの持つ基地局の位置や高さなど設置状況をどこまで把握した上での発言なのか、まだ現在のタイミングで把握しているとは考えにくい。

 また、ウィルコムの基地局がある場所はマクロセルを構成する携帯電話基地局のような大規模なものはほとんどない。元々がマイクロセルを前提に作られているため、3G用に転換するとしても、RRH(Remote Radio Head、あるいはRemote Radio Unit)を用いた小型基地局だろうが、そうすると収容ユーザー数の問題が出てくるかもしれない。

●スマートフォンのトラフィックと3G
iPhone 3GS

 何もソフトバンクの計画にケチをつけようというのではない。筆者もiPhoneユーザーだけに、ソフトバンク3Gのトラフィック問題が解消するのであれば大歓迎だ。具体的なやり方は推測するほかないが、宣言したからにはソフトバンクは基地局増設を必死でやるだろう。

 しかし、自分でiPhoneを使い倒しておいて言うのもなんだが、現在ほどスマートフォンユーザーが多くなってくると、“3Gネットワーク”という仕組みそのものが、それを支えきれなくなる。これはソフトバンクが悪いわけではない。そもそも、こんなに多くのデータ通信を頻繁に行なうことを想定していない。

 2Gに比べれば瞬間的なデータ通信速度は速いが、どんなに頑張ったところで、利用できる電波の帯域幅と変調方式が決まっているのだから、同一セルに収容しているユーザーが使える通信容量には限りがある。iPhoneのように際限なくデータ通信をやり続ける端末ばかりになってくると、速度が遅くなってしまうのは自明だ。

 セル内の通信容量の問題は、セルを小さくしていけばいいのだが、すでに打ってある基地局を活かしながら、ウィルコム流用の基地局ロケーションをどう活かせるのだろう? と疑問に感じてしまったのだ。おそらく頑張ったとしても、スマートフォンユーザーが増加したり、あるいはiPhone自身が新モデルで高性能化することで要求する通信量が増えてくると、改善した分は相殺されてしまう。

 繰り返しになるが、これはソフトバンクの責任ではない。それはNTTドコモなどでも同じで、都心でFOMAのデータ通信を使っていると、田舎では考えられないほど遅い。程度の軽さや輻輳発生の頻度は違えど、問題の根本は同じと言える。孫社長も“つながらない”に対応していく姿勢は強く示していたが、トラフィックからくる輻輳の問題については解決するとは話していない。

●将来は複数方式併用に

 スマートフォンに際限なくデータアクセスの権利を与えることで、トラフィックが急増してネットワークの輻輳が起こるのは当たり前だ。昨今はスマートフォンだけでなく、音楽配信などさまざまなアプリケーションで3Gの帯域をガンガン使っている。データの輻輳を解決するには、より電波利用効率の良い通信方式との併用しか方法はない。

 より効率の良い通信方式を併用するという考え方の一例が無線LANの活用だ。無料無線LANスポットのFonのように、iPhoneで使えるエリアを少しでも増やしてトラフィックを逃がそうとしているわけだが、無線LANでカバーできるエリアは知れている。

 海外では3GとWiMAXを併用できるAndroid端末がHTCから発表されているが、同様の解決策をLTEやウィルコムから継承するXGP(あるいは同じ割り当て帯域を流用する他の通信方式)に求めていくことになるだろう。

 iPhoneを事業の軸にしていくのであれば、将来はW-CDMAの延長線上にあるLTEと3Gを併用することでトラフィック問題解決の活路を見出していくことになるだろうが、すでにかなり多くの基地局を設置済みのUQコミュニケーションズ+KDDIとどう対峙していくのか。そしてXGPに割り当てられた帯域をどう活用していくのか。

 いずれにしても、3.9Gの併用はまだ先の話だ。だから、個人的には孫社長の“基地局数2倍”というキラーワードも、かなり醒めた目で見ている。とはいえ、その数字からユーザーはバラ色の未来を想像するだろう。ぜひとも意地の悪い予想など笑い飛ばして、計画数値に見合う改善がユーザーに届くことをソフトバンクに望みたい。

 もうすぐiPadが発売になるが、日本でも米国と同じくSIMロックフリーで販売されるだろう。内蔵する通信モジュールから考えると、日本ではFOMAかソフトバンク3Gのいずれかのネットワークしか利用できない(auは通信方式が異なり、e-mobileは対応周波数帯域が異なる)。

 おそらくソフトバンクモバイルは、iPhoneユーザーに対して割引価格でiPad用MicroSIMをプロモーションするのではないか? と個人的には予想している。あるいは3G非内蔵のiPadに限り、iPhoneでテザリングを行なえるようにするというアイディアも、いかにもありそうな事だ。

 となれば、さらに3G回線が混雑し始めるかも? なんて心配は杞憂であってほしいものだ。

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(2010年 3月 30日)

[Text by本田 雅一]