三浦優子のIT業界通信

新しい技術がレノボというブランドを確立させる
〜デイヴィッド・ローマンCMOインタビュー



 2005年に中国企業とIBMのPC部門が合併し、誕生したレノボ。日本の大和研究所で開発されたThinkPadをはじめ、IdeaPad、IdeaCentreなど新しい製品ブランドを送り出している。しかし、その一方でレノボという企業ブランドの認知度は十分に浸透しているとはいえない状況にある。

 そのレノボのCMO(最高マーケティング責任者)として、Hewlett-Packard(HP)、NVIDIA、Appleで宣伝、メディア関係管理、マーケティング、ブランディングに関する責任職を歴任してきたデイヴィッド・ローマン氏が就任した。ローマン氏はレノボブランドをどう変えようとしているのか。その中で、ThinkPadブランドはどう変わっていくことになるのだろうか。レノボのマーケティング施策をローマン氏に伺った。

●ブランドよりも企業としての体制構築に注力した直近の3年間

−−レノボの企業としての現状を、どう評価していますか?

デイヴィッド・ローマン氏

ローマン氏 レノボのPCは、ワールドワイドで10.4%のシェアを獲得しています。このシェアは世界第4位にあたる数字で、大変意味のある数字だと考えています。

 特に成長率でいえば、日本では5期連続、世界では4期連続の成長を続けており、成長率でいえばレノボがナンバー1です。

−−ThinkPadは日本でも人気が高いと思います。その一方で、「レノボ」という企業ブランドは、日本ではそれほど浸透していないように思います。コンピュータに詳しい人以外では、レノボというブランド名を認識している人は少ないのではないでしょうか?

ローマン氏 ThinkPadは、PC業界では屈指のブランドとなっています。日本ではその傾向が特に強い。18年間にわたって、日本の大和研究所で開発されてきた製品ですから。

 ただし、その一方で設立以来、企業戦略としてレノボというブランドをアピールすることを最優先課題としていなかったことも事実です。

 この3年間で、最も優先されてきたのはサプライチェーンの構築などビジネスプランを強化することでした。その結果、企業として利益をきちんと確保し、会社としての勢いを獲得することにも成功しました。

 ブランドをアピールすることも重要ですが、それを支える企業としての体制確立に力を注いできたのがこの3年間だったということです。

 私は7カ月前にレノボにやって来ました。レノボに来る前には、HP、NVIDIA、Appleにおいて、宣伝やメディア関係管理、マーケティング、ブランディングを担当してきました。

 それだけに今回の仕事には大変エキサイトしています。PC業界で新しいブランドを築くことができる可能性があるのですから。レノボは、世界で最も成功したコンピュータメーカーであるIBMの遺伝子を持って誕生しました。しかも、日本でも強力なブランドとなったエイサーのような中国企業としての良さを持っています。

 製品力はある。商品への信頼性も高く、真の意味でワールドワイドブランドであるといった条件を持っています。企業市場においては、IBMの遺伝子があることでブランドが浸透していると思いますが、コンシューマスペースにおいてはPCブランドが確立しているとは言えません。だからこそ、これまでにはないコンシューマブランドを確立する可能性があると思っています。

●スマートフォン、スレート製品投入前に若者にブランド認知向上を狙う

−−コンシューマ市場でのブランドを確立することには、何か狙いがあるのでしょうか?

11.6型の「IdeaPad U160」

ローマン氏 若者をターゲットにブランドパーソナリティを確立することを計画しています。どこの国においても若者のテクノロジーに関するスタンスや指向には似通ったところがあります。東京の大学生も、インドの大学生も、ブラジルでも、フランスでも、アメリカでも、大学生は勉強のためにPCを使い、音楽、ビデオを視聴します。国は違っても使い方は似通っているのです。

 我々はこうした全世界の若者市場をターゲットとした新しいブランドを構築していくことを計画しています。これまでThinkPad、IdeaPadといった製品ブランドにフォーカスしてきました。レノボという会社ブランドを認知させるために注力してきませんでしたが、それを変更していきます。

−−企業ブランドをアピールしようとしているのは、何か狙いがあってのことなのでしょうか?

ローマン氏 現在、PC以外の製品、スマートフォン、スレートPCなどを投入する準備を進めています。PC以外の製品を投入する際には、製品ブランドだけでなく、レノボという企業ブランドが確立している方がビジネス的にもプラスだと判断しました。

−−どのような企業像をアピールしていく計画ですか?

ローマン氏 最優先となるのは新しいテクノロジーに投資していくことです。テクノロジー業界をリードすることができるのは、新しいテクノロジーを開発投資することができる企業です。新しいテクノロジーを持つことで市場をリードすることができるのです。

 今後数年間、加速度的な成長を実現するような技術を生み出すことを目指しています。それを実現する素地は十分にあります。世界中に研究開発拠点を持っているからです。日本の大和研究所をはじめ、中国、アメリカ、規模は小さいですが欧州にも開発拠点を持っています。

 この研究開発拠点で、売れる製品を開発するだけではない、次の時代を作ることができるような新しい技術を開発することを奨励しています。新しい技術が生まれることで、これまでの成長を維持すると共にさらに大きな成長が実現すると考えるからです。その課程で、日本の大和研究所は重要な役割を担うことになるでしょう。

−−レノボにとって、大和研究所が大変重要な役割を担っているということですね。確か、大和研究所は大和市から横浜市に引っ越しをすることになると聞いています。正確には「大和研究所」ではなくなってしまうわけですが……。

ローマン氏 (笑)。横浜に引っ越しても、大和研究所という名前は残しますからご安心下さい。横浜の地名を「大和」に変更するくらいの成果を出すことを目指したいと思います。

●ThinkPadの高い人気には満足

−−日本でのThinkPad人気は特に高いですね。

ローマン氏 先日もユーザーイベントが開催され、「ユーザーコミュニティの名称を決めましょう」と提案したところ、「ThinkPad大和魂」という名前になることが決定しました。

−−PC WatchでもThinkPadの熱烈なファンはたくさんいます。そういったファンから、「最近のThinkPadは安定志向に陥ってはしないか?」という声があがっています。

ローマン氏 それはThinkPadが法人市場をメインターゲットとしていることにも要因があります。法人市場ではある種、保守的な製品が求められる部分があるからです。

 しかし、技術力からいえば新しい何かができる可能性は十分にあります。来年(2011年)には、インダストリアルデザインからいっても、機能面からいっても新しいものをお見せできると思います。

 ユーザーの皆さんが現行のThinkPadに不満足な面があるのであれば、「ThinkPadには何が必要だと思いますか?」と調査するのも面白いかもしれません。

−−技術オタクが振り返るような製品が2011年には出てくるでしょうか?

NVIDIA Optimusに対応した「ThinkPad T410s」

ローマン氏 この取材の後、内藤(レノボ・ジャパン 研究・開発担当 内藤在正 副社長)に会いますので、そのリクエストを強く伝えておきましょう(笑)。

 ちょうどThinkPadが20周年を迎えるタイミングでありますし、それを記念したスペシャルなものを作ってみることも案の1つですね。

−−最近のThinkPadは発売直後に、値下げをして販売されることも多いです。例えば、通販価格が公開されているのに、直販サイトでは、その半額以下のキャンペーン価格で販売されていることが多く、ユーザーが自分が購入した金額について自信を持っていいのか迷ってしまう状況です。ThinkPadというブランドはPC業界においては、BMWのようにステータスの高いブランドとして認識されています。製品の品質には自信を持って安易に安売りに走る必要はないのではないかと思うのですが。

ローマン氏 わかりました。日本のスタッフともその点はよく協議しましょう。

−−PC以外エリアでは、どんな方向を考えていますか?

ローマン氏 中国ではすでにAndroidベースのスマートフォン「ルフォン」を展開しています。これを中国だけでなく、全世界で展開することも計画しています。ただ、PCと同様、スマートフォンにおいてもエコシステムをきちんと確立した上で製品を提供するべきだと考えています。

 中国では、すでに「ルフォン」用に1,000を越えるアプリケーションが存在しています。

−−中国だけでなく、最近は日本をはじめ全世界的にスマートフォンへの関心が高く、新しいテクノロジーが生まれるのはPC発ではなくなってきているようですね。

ローマン氏 テクノロジーの世界では変化はつきものですから。私もThinkPadと同じくらいの時間、PC業界で仕事をしてきましたが、現代は技術変貌のスピード以上に、ユーザーの技術ニーズの変化が速い時代です。レノボ自身は、企業として成長していますから、不安を感じているわけではありませんが、企業として難しい時代にあることは確かです。

 その中でレノボというブランドを定着させるために、さまざまなトライアルをスタートしたところです。このトライアルが成功すれば、1年後にもこうして取材の場でお目にかかることができるでしょう。

−−ブランドを定着させるために1番必要なことは何だと位置づけていますか?

ローマン氏 市場をリードする新しい製品を出すことが、レノボというブランドをアピールする最も大きな力となるのではないでしょうか。