森山和道の「ヒトと機械の境界面」
多様なプレイヤーが集結、ロボットと人の新たな関係は?「2015国際ロボット展」
(2015/12/12 06:00)
2年に1度行なわれる「国際ロボット展」が12月2日~5日の日程で行なわれた。4日間の来場者数は121,422名で、前回の103,804名より2万人ほど増えた。主観的にも特に平日来場者が多く感じた。世の中では今ロボットがブームであるらしい。「ちょっと様子を見てこい」とでも言われた会社員の方々の視察が多かったのかもしれない。経済的に勢いのあるアジアなど海外からの来場者も多かったようだ。
会場ではFANUCによる大ロボットのデモを筆頭とし、各社の溶接ロボットや塗装ロボットの高速で正確な動きが来場者たちの耳目を集めていた。また流行のディープラーニングを使ったバラ積みロボットも出展されていた。FANUCと提携している機械学習ベンチャー企業のPreferred Networks(PFN)によるものだ。ものが重なりあっていると人間でも個別の物体が見分けにくいことがある。3Dセンサーができたとは言っても機械はこういうものが苦手で、通常は作業対象を検出できるようにするためにパラメータチューニングが必要なのだが、それが熟練技術者なしでできるというものである。
小さいところで目立っていたのは人間サイズの双腕ロボットや、安全柵なしで人間と一緒に働ける協調ロボットたちだ。柵なしで使えるためロボットの占有面積が少なく、中小企業での採用が期待されている。ロボットそのものの操作インターフェイスも、従来の専用ティーチングペンダントではなく、ロボットを直接動かして動きを教えるダイレクトティーチングや、マルチタッチ可能なタブレットを使うタイプが増えてきており、産業用の世界も小型化につれて変わりつつある。
ただし「動きを教える」と言っても教えられるのは手先位置までで、そこから先の実作業は別だ。ロボットは人のように賢いわけではなく「後は適当にやっといて」というわけにもいかない。デモを超えて実際の工場内で、従来は人力で行なっていた作業を機械に代替させるためには、作業をロボットが実行できる単位にまで分解し、問題を単純化しなければならない。具体的にロボットに実行させるのは、さらにそこから先の話である。作業空間でロボットをちゃんと動かせるのか、必要な精度で作業対象を扱えるのかといった問題だ。使い方はアイデア次第な部分が多く、今後の活用がどのくらい広がるかは、導入側やシステムインテグレータ(SIer)の技術力に大きく依存する。もちろんメーカーも各業者もそんなことは百も承知であり、そこで差異を出すためにしのぎを削っている。
一方メディアはサービスロボットへの注目度が高く、本誌でもお知らせしたNEDOによる「災害対応ヒューマノイド」のデモのほか、ロボットが日常化した世界で、ロボットによる事故が起きた時の責任は誰が負うのかと問う「模擬裁判」に着目していたようだ。会場内はテレプレゼンス系のロボットや搬送ロボットの類が時折通路を動き回り、あちこちのブースではソフトバンクの「Pepper」やタカラトミー「OHaNAS」などの登場以降、急激に増えつつあるインターネットに接続するタイプのコミュニケーションロボットが愛嬌を振りまいていた。
日米のロボット活用におけるボトルネックの違い
さて筆者はいくつかの講演を聞いた。災害対応の現場と研究、国研、ベンチャー、クリエイターなどによる講演だ。これも一部でしかない。今日のロボットには多種多様なプレイヤーがそれぞれの思惑を持って関わっている。ロボットを取り巻く論点の一部として、大まかにどんな話題が提供されていたか、この場をお借りしてお伝えしておきたい。ロボットは実世界で行動する計算機である。その未来の一端が見えるはずだ。
まずは「産総研ロボットフォーラム ~ロボット研究戦略を語る~」。産業技術総合研究所(産総研)の研究者とスタンフォード研究所(SRI)の研究者が登壇した。SRIからはインターナショナル工学研究開発部門 ロボティクスディレクターであるリチャード・マホニー氏、産総研からは同ロボットイノベーション研究センター 研究センター長の比留川博久氏と、同知能システム研究部部門 研究部門長の横井一仁氏。モデレータは三井住友銀行 成長産業クラスター グループ長の吉田達郎氏という面々だった。
SRIのマホニー氏は主に、安価で高効率なマニピュレーション技術と、知覚技術の重要性を強調した。Makerムーブメントについても言及、「モビリティロボットは既にコモディティ化しており、課題は課題はビジネスモデルにある」と述べた。労働人口、労働力については多くの業界が共通課題を抱えている。製造業では労働コストが増しているだけではなく、慢性的に離職率が高く、製造業の会社はロボティクスを使った新たな道を探している。
また、ハードウェアのコストは下がっているがサービスのコストは上がっている。サービスのコストを下げるためにロボットを例えば医療などで使うことができれば、ハードウェアの価格を下げたようにサービスの価格を下げることができ、それはサービス享受者にとって恩恵となると述べた。
比留川氏は産業用ロボットが従来の「空間の隔離」から「空間の共有」へと変わり、安全性の考え方が「機能安全」へと移っていると現状を紹介。さまざまなロボットアプリケーションについてもふれ、注目されている屋外の自動運転のキーテクノロジーはローコストの3次元レーザーレンジファインダーだと述べた。
日米のハイテクスタートアップや風土の違いについては、日本は日本独自のやり方がいいのではないかと提案した。例えば、大企業から30人ほどに30億円くらいの資金を持たせて外に出す。年をとったメンバーは「片道切符」だが、若者は失敗したら元の会社に戻してあげる、とする。うまくいけばM&Aなりなんなりするというものだ。日本の会社ではこういうやり方以外は難しいのではないかというのが比留川氏の見立てだった。
その後のパネルではアメリカはニーズ・ウォンツベースに技術を開発しており、日本は企業も政府もシーズオリエンテッドな側面が強いと指摘。SRIマホニー氏が安価で高信頼性のハードウェアが必要だと述べたのに対し、比留川氏は「アメリカはビジネスをやりたがる人は多いがハードウェアを作りたがる人は少ない。日本は逆でサービスを考える人が少ない。ボトルネックが日米それぞれで違うのかもしれない」と述べた。開発者が現場に足を運んで困り事は何か知ることが重要だという。
ロボットに重要なことは「改善」
「社会を変えるときそこにロボット技術がある」というスローガンを掲げた「NEDOロボットフォーラム2015」ではいくつかのセッションが行なわれた。筆者はまず「最先端ロボット技術 ~災害対応ロボティクスへの可能性と期待」を聴講した。DARPAロボティクスチャレンジ(DRC)でプログラムマネージャーをつとめ、今はトヨタで人工知能研究を率いているギル・プラット(Gill Pratt)氏のほか、DRCでロボット「HUBO」で優勝した韓国KAIST教授のオ・ジュンホ(Paul Oh)氏、同じくDRCに出場した東大の稲葉雅幸教授、中村仁彦教授(トライ自体は棄権)、産総研 知能システム研究部門 ヒューマノイド研究グループ長の金広文男氏らが並んで登壇したからだ。司会はNEDOロボット・機械システム部部長の弓取修二氏。
ギル・プラット氏はDRCの予選や決勝の動画を示し、ロボットに重要なことは「改善」だと述べた。KAISTのオ・ジュンホ氏は「研究室で動かすのは容易だが、どんな環境でも動かすためにはハードウェアもソフトウェアも強靭でないといけない」と語った。またオペレータの操作の熟達度や、操作に対する自信も重要だったという。なおKAISTのHUBOは2001年から開発されているプラットフォームロボットで、現在世界で20台程度が使われている。
新開発のヒューマノイド「JAXON」でDRCに挑んだ東大の稲葉教授は、今は同研究室の岡田慧氏らが中心となってGithubを使ったオープンアーキテクチャーベースでロボット開発を進めていること、そのなかでさまざまなROSパッケージを使える環境ができたと紹介した。中村教授は、人間が人間を理解することが重要だと語り、人間の力と器用さを持ち、例えばハングライダーを扱って空を飛べるようなロボットの実現が目標だと述べた。そしてロボット「Hydra」に用いられている 電気静油圧アクチュエータ(EHA)やEtherCAT(イーサネットベースのフィールドバスシステム)を使った高速ネットワーク技術などを紹介した。
産総研の金広氏は、2002年に開発した「HRP-2」をどのように改造して「HRP-2改」にしたのか紹介。腕や足の長さを伸ばして作業性や踏破性を高め、リチウムフェライトバッテリを使用して運用時間を大幅に伸ばした。モータードライバーや電装系なども一新、処理速度を速く、より大きな力が出せるようになったという。既存ソフトウェアをどう組み合わせるかも重要だと述べ、RTミドルウェアとコアとなるhrpsys、そしてロボットの振り付けだけでなく汎用シミュレータとしても用いられている「コレオノイド」というソフトウェアについて紹介した。
DRC決勝では「HRP-2改」は「RTC」と呼ばれるRTミドルウェアのソフトウェアコンポーネントをロボットとフィールドコンピュータの双方で実行させて同期させるという方法で遠隔操作を行っていた。DRCでは通信制限があったため、少ない情報量でコレオノイドを動作させることで遠隔操作を可能にしたという。パネルでは、ハードウェア、ソフトウェア、そして評価全てにおいてプラットフォームがあると多くの研究者が集まって開発が進むという話題が出た。
福島第一原発廃炉に向けたロボット技術 「パワード遮蔽スーツ」も開発へ
DRCは福島第一原発事故を受けて開催に至ったイベントだが、国際ロボット展では「福島第一原子力発電所廃炉に向けたロボット」というシンポジウムも行なわれた。経済産業省 資源エネルギー庁 原発事故収束対応室長の湯本啓市氏による各号機毎の現状の取り組みと課題の説明ほか、福島第一原発で使われているロボットについて紹介された。
福島第一原発では作業が進むにつれて現場では労働環境も徐々に改善されており、今は半面マスクで8割くらいの現場で作業が可能になっており、普通の作業着で出入りできる場所も増えてきているという。汚染水については流れ込む地下水を事前に組み上げたり壁を作ったりして対策しているが、貯蔵タンクは増え続けている。最大の課題は燃料デブリの取り出しである。2021年12月までに燃料デブリ取り出しに挑みたいという。取り出し方法は2017年までに決定する方針だ。1号機は小型のカメラを貫通部から挿入して状況確認しようとしている。3号機は冷却水の水位が高いため内部調査が一番遅れており、特に天井部の汚染が厳しいので除染ロボットを早ければ年内にも投入予定となっている。
今年は研究開発を促進するための拠点作りとして、JAEA「楢葉遠隔技術開発センター」が開所した。4月以降に本格稼働し、デブリの分析や取り扱いに関する研究を実施する予定だ。湯本氏は「とにかく息の長い事業。まさに日々、ちょっとずつ前に進んで行くような状況。歯がゆい部分もあるものの進んでいかないといけない。線量が高くてアプローチも難しいなかで、入ってみると新しい事象がわかるチャレンジングな現場。新しい技術開発は不可欠。だが時間制約もある。既存技術を組み合わせることも新規技術開発も必要。マネジメントも難しい。研究者に積極的に参加してもらいたいし、現場ニーズをうまく発信していきたい。インフラを整備し人材の集積も進めていく。ロボットに関しては福島はポジティブなブランドになりえる。過酷な環境で鍛えられて世界に羽ばたいてもらいたい」と語った。
東京大学大学院 工学系研究科 精密工学専攻教授の淺間一氏は「多様な災害に対応できる多様なロボット技術が必要」だと述べてこれまでの災害対応ロボット開発プロジェクトの経緯について触れた。原発対応ロボットは非常に限られたところから中を見て手術をする必要がある医療ロボット、そして宇宙ロボットと似ているところがあり、それぞれの技術の流用が必要だという。燃料デブリ取り出しがもし冠水で行なわれるなら水中ロボット技術が必要になる。また雲仙普賢岳で運用されていた無人化施工ロボット技術が今回使われたことについてふれて、災害対応ロボットも、危険作業での平時利用等で継続的に使うことが、いざという時に役に立つと述べた。
東京電力株式会社 福島第一廃炉推進カンパニー プロジェクト計画部 燃料対策グループ 課長の滝沢慎氏は実際の除染作業を紹介した。屋内はコンクリート床材がエポキシ樹脂で覆われている。その上に固着性あるいは遊離性の汚染物質が染み込んでしまったりすると、表面をはつるような処理が必要になる。実際に用いたところ、ロボットは広くて高線量の除染には不可欠だが、ケーブルや配管があるなど狭いところでは活動が難しく人手のほうが効率的だとわかったという。普通の掃除ロボットとある意味同じである。
このほかロボットはデブリ取り出しのため冠水が可能かどうか、壊れている部分はどこか、デブリの場所はどこか探るためにも用いられている。1号機ボート型の装置を使って2カ所の漏えいが発見された。格納容器の内部調査はアクセスするための管が細いため、蛇型のロボットが入れられ、グレーチングの隙間から下を見ることができたもののスタックしてしまったことなどは報道のとおりである。
技術研究組合 国際廃炉研究開発機構(IRID)理事の及川清志氏は「X6ペネ」と呼ばれるその管から入れるための技術開発の経緯を紹介した。デブリ取り出しは、冠水して上からアクセスする工法が今のところもっとも可能性が高いが、デブリは非常に硬いため、それをどうやって切って扱うかといった工法の現実味を検証するための技術検討を行っているという。
国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構(JAEA)福島研究開発部門 福島研究基盤創生センター 所長の河村弘氏は「楢葉遠隔技術開発センター」の整備状況について紹介した。2016年4月から本格稼働で、2月からは無償で使えるトライアルユースを2カ月間行う予定だという。中では原発内部の状況をヴァーチャル・リアリティ(VR)で再現し、例えば線量マップを見ながら、どういう経路を辿ってアクセスすると被曝線量が少なくてすむかといったことを調べることができるほか、高さ8m、直径5mで海水も入れられる水槽などもあり、さまざまな技術開発が24時間行なえるようになっている。ここでは1F作業員用の「パワード遮蔽スーツ」も開発予定だ。
淺間一氏は、楢葉遠隔技術開発センターについて「現場ニーズと技術シーズを持っている人がコミュニケーションをとる拠点」としても考えられると述べ、河村氏も「いろいろな人がファーストタッチする場所になりたい」と答えた。
ロボット市場はベンチャーが引っ張る
「NEDO フォーラム 2015」では「市場化に向けて」というセッションも行なわれ、筆者は「ロボットベンチャービジネス ~想いの先の成功に向けて~」というパネルディスカッションを聴講した。モデレーターは、DRC予選で1位になりGoogleによって買収された脱東大ベンチャー「SCHAFT」の元CFOで、加藤崇氏事務所代表/Hibot USA.Inc CEOの加藤崇氏。パネラーは東大石川研発ベンチャーExvision .IncのCOO 森本作也氏、筋電義手のExiii.IncのCEO 近藤玄大氏、分身ロボットのオリィ研究所CEOの吉藤健太朗氏。
「ロボット市場はベンチャーが引っ張る」と語る加藤氏は現在は東工大広瀬研発のロボットベンチャーHiBotに関わっている。小径パイプに入ることができる蛇型ロボットや高圧電線点検ロボットなどの技術を持つ同社は昨年3.1億円を資金調達。今新たな資金調達に向けて動き出している。加藤氏は「ロボットをハードウェアとして得るのは難しいので、サービスとして売る。注目すべきマーケットはアメリカ。日本は存在感がなくなっている。アメリカを起点として世界に売っていくことが重要だと思っている」と語った。
Exvision .Inc(エクスビジョン)の森本作也氏は以前はプロジェクションによるバーチャルキーボードに関わり、その後、3次元センサーに移った。今は東大石川研の技術のうち、ジェスチャー認識などの事業化に携わっている。今は「ZKOO(ジクー)」という高速画像処理を用いた高速ジェスチャー入力カメラをKickstarterで資金調達中だ。
筋電義手のExiii(イクシィ)の近藤玄大氏は、ソニーのシステム技術研究所出身。大学時代から現在は電通大の横井教授のもとで筋電義手の研究を行なっており、雑多でな信号からどう有意な信号を取り出すかということに注力していた。Exiiiの義手の特徴はオープンソースであり、誰でも複製してインプルーブすることが可能であること。もう1つはかっこいい外見である。義手は人目につくものだからだ。ソニー時代から、雨天時に傘を持てるようにしたかったという。最終的には「義手作りはクックパッドのように簡単にしたい」と考えているという。今の新モデルである「Hackberry」はバッテリーの持ち時間もよくなっている。近藤氏は「要素技術を持っている人はぜひコミュニティに参加してほしい」と呼び掛けた。
オリィ研究所の吉藤健太朗氏は彼のトレードマークである「黒い白衣」で登場した。吉藤氏は分身ロボットを使って「引きこもりや長期入院の人たちの孤独を解消したい」と考えている。「OriHime」は入院しているときに家族と一緒に暮らしたり、同級生と一緒に遠足に行ったりできる分身ロボットだ。もともとは車椅子の開発を行なっていたが、そもそも車椅子に乗って外に出ることもできない人の孤独を解消したいというのが開発動機だったという。
パネルではそれぞれ違う立場から、事業に挑んでいる動機や意欲が語られた。エクスビジョンの森本氏は何でサービスロボット市場が立ち上がるのかは分からないが、何かが立ち上がってきたらそこに要素技術として画像処理技術を提供するつもりだという。印象的だったのはExiiiの近藤氏だ。「なんで義手なのかと言われても、10歳の子供になんで野球をやるのかと聞くようなもの」だと言い放った近藤氏は、ロジックではなく感情で義手開発を行なっており「20代は義手をやろう」と決めたのだという。吉藤氏は「心の車椅子を作ろうということでOriHimeをやっている」と語る一方「必要なのはコミュ力。コミュ力をつけようと、なぜか社交ダンス部に入った」と笑いをとった。
また経験の長い森本氏はクールに「ちょっとしたボタンの掛け違い」で技術を事業化できないことはあっても「ベンチャーである限り、事業的に成功しなくても出口はある」と語った。「成長して収入が入って来る方がいいのか、買収される方がいいのか。アメリカのロボットベンチャーはいっぱいあるが、あれがそのまま事業化すると思っている人は少ない。出てきたら買収しようと思っている人が多い」と現状についてコメントした。また、不足している人材は「プロダクトマネージャー」だという。
ロボットに集まる多様な人材が新しい何かを作り上げる
最後にクリエイター達によるパネル「ロボット未来フォーラム」。「初音ミク」で知られるクリプトン・フューチャー・メディア代表取締役の伊藤博之氏、ロボティクス ファッションクリエイターのきゅんくん、日本テレビ放送網 制作局「マツコとマツコ」担当プロデューサーの吉無田剛氏という面々のパネルディスカッションだ。モデレーターは日刊工業新聞社ニュースイッチ編集長の昆梓紗氏である。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之氏は、音声合成技術とコンピュータミュージック技術を組み合わせた歌唱合成技術「初音ミク」について紹介した。既にオリジナル曲が10万曲以上ある「初音ミク」は、技術にキャラクターを付けたものである。技術に比べるとキャラクターは取るに足らないものであるように思われがちだが、そうではなかった。「初音ミク」は多くの二次創作物を生んだ。伊藤博之氏は「クリエイターの作品が『初音ミク』というモチーフの上で広がっている」と語った。
個人でウェアラブルロボットの開発を行なっている「きゅんくん」こと松永夏紀氏は1994年生まれ。ロボットを着用する「ロボティクス・ファッション」を実践している。もともと産業用ロボットが好きで、小学校の時に高橋智隆氏らの影響を受けてロボットを作る人を志し、高校で服を作る被服部でジャンク品を服に着けることを初めて、機械工学を学ぶ大学生になってから「ロボティクスファッション」と名付けた。
2015年3月にはウェアラブルアームロボット「Metcalf」をアメリカ・テキサスの「SXSW」で披露した。現在開発中の新作は自由度を増やし、動ける範囲を大きくしようとしている。素材はアルミニウムで塗装もせず、切削痕も敢えてそのまま残しているという。きゅんくんは「機能のないウェアラブルデバイスをつける未来が来ると思っている」と述べた。「ウェアラブルには今は技術的課題が多い。機能がないものを作ってみたらウェアラブルデバイスの本質が分かるかもしれない」と思って、ファッションとしてのウェアラブラルを実践しているのだという。
ジェミノイドで知られる石黒教授と協力して、タレントのマツコデラックス氏のアンドロイド「マツコロイド」を制作・活用したバラエティテレビ番組「マツコとマツコ」のプロデューサーの吉無田剛氏は、石黒氏に「論文が30本くらい書けそうだ」とほめられたという。番組でのさまざまなエピソードを紹介し、「ロボットの見た目を人間に近付けると可能性は無限に広がっていく。エンタメ業界はアンドロイドを使った面白い遊びを提供できる」と語った。ちなみに今「マツコロイド」は札幌の観光大使になっている。
人間とロボットを近付けることで、さまざまな関係性が改めて明確になり、人間のすごさが分かったという。パネルディスカッションでも話題は「マツコとマツコ」のエピソードに集中した。
以上、ざっとしたレポートだが、通して感じたのは、「続ける」ことの大切さと、同時にそれぞれの立場でロボットをめぐって新たな関係のありようが模索されているということである。皆がそれぞれ違う風景を見ており、その風景を変えようとしている。どのように変わるのかは誰にもわからず、混沌としている。技術が引っ張るのか、サービスが引っ張るのか、それともまったく違う方向の何かが出てくるのか。何にしても今後が少し楽しみになってきた。