森山和道の「ヒトと機械の境界面」

早稲田大学+三菱重工、梯子を昇降できる災害対応ロボットを開発

〜原発事故など極限環境下で作業可能なロボット開発を目指す

梯子を登る4脚ロボット

 ヒューマノイドロボットの研究で知られる早稲田大学 高西研究室・橋本研究室と、三菱重工業株式会社が、共同で新しい4脚ロボットを開発したことを学会発表した。将来的には、原子力発電所事故のようなシビアアクシデントで実際に活用できるロボット開発を目指した研究のためのプロトタイプで、動きはスローながら重さ120kgの重量物を持ち上げたり、梯子を昇り降りすることができるという力持ちの移動ロボットである。実物を見せてもらった。まずは動画をご覧いただきたい。

【動画】今回デモしてもらった梯子を登る4脚ロボット
【動画】120kgのバーベルを持ち上げる様子

まったく同じ脚を4つ持った重さ110kgの4脚ロボット

梯子を登る様子。右は開発した早稲田大学高等研究所 助教 橋本健二氏

 このロボットにはまだ名前がなく、単に「4脚ロボット」と呼ばれている。4つの脚はそれぞれまったく同じ構成で、仮に1本の脚が故障しても残りの脚で移動するといった、冗長性の高さを実現することを目指している。全身の関節自由度は29。1つの脚の自由度は7で、胴体部分にもう1つ自由度がある。大きさは人間の作業環境に対応するため等身大で、重さは110kg。4つ足動物のような姿勢のほか、ヒューマノイドのような直立姿勢をとることもできる。人のように立たせた場合の高さは1,290mm、横幅は396mm。電源は外部から供給されている。

 将来的には2脚/4脚/3脚や匍匐も含めた多様な移動方式をとることを目標としているが、今回見せてもらったのは、垂直はしごの昇り降りだ。梯子の棧(横棒)の間隔が30cm程度までのJIS規格範囲の梯子を昇り降りできるという。ロボットの脚先端のエンドエフェクタは4脚とも共通構造だが、前足に相当する部分と後ろ足に相当する部分とでは、それぞれ違うところに棧を引っ掛けながら、ゆっくりと脚を動かして移動する。

 梯子を登る場合、人間は手を使って握り込むが、これをそのまま実現しようとすると先端部分が非常に重たくなってしまう。そこで今回はフック形状を採用したという。ロボットは1本ずつ脚を動かして慎重に移動する。エンドエフェクタ手前部には6軸力覚センサが配置されているが、今回は位置制御のみで動作している。

 三菱重工社内の実験環境では、もっと段数がある梯子を登りきり、梯子の棧から支柱へと体重支持を切り替えて、支柱の間を体を通してキャットウォークに乗り移ることにも成功しており、その動画もYouTubeで公開されている。今回見せてもらったデモが梯子1段のみなのは、早稲田大学内の実験室の天井が低いため。なお、梯子の間隔などの情報は事前にロボットに与えてある。今後は認識系も搭載して未知の環境でも移動できるようにしたいという。このほか、これまた1歩あたり30秒と非常にゆっくりとだが2脚での静歩行での移動にも成功している。

脚を1本ずつ動かして昇降する
腕にあたる使い方をしている脚の先端部
脚先にあたる部分
横から
プロトタイプのため電源は外部供給
【動画】2脚での歩行の様子

極限環境下で作業ができるプラットフォームロボットを目指して

2脚で直立した姿勢。梯子に引っ掛けるだけでなく直立姿勢でも立てるようエンドエフェクタは設計されている

 この脚式ロボットは、東日本大震災での東京電力福島第一原発事故のような極限環境下での作業ができるプラットフォームを作ることを長期的な目標としている。開発検討が始まったのは2014年度から。取り敢えず実機を作って技術検証してみようという話が決まったのが2014年の夏休み過ぎで、設計から開発まで半年で製作した。あくまで可能性を検討するためのプロトタイプなので、入手性の高い既製品のモーターや減速機(ハーモニックドライブ)などを用いて、トルクを重視して設計した。動作がゆっくりなのはそのためだ。脚の設計そのものも早稲田大学のヒューマノイド「WABIAN-2」の脚の設計をかなり流用したという。OSにはリアルタイムOSの「QNX」を採用。ミドルウェアは今後、世界的に活用されている「ROS」を活用していく方針だ。

 今後は、三菱重工からより高耐久性でパワーを出せるモーターやモータードライバーの技術提供を受け、それぞれの関節が高速動作できるようにし、複数の脚も同時に動かせるように制御することで動作全体の高速化を図る。設計仕様も詳細は未検討だが全面的に見直して、プロトタイプではむき出しになっている配線も整理して中におさめるようにし、瓦礫が積み重なった不整地や、階段なども移動できるようにしていく。ケーブルの処理やノイズ対策などは、大学よりも企業側のほうがノウハウを多くもっているとのことだ。

 移動方式は2脚や4脚など歩行のほか、胴体部分も接地させた匍匐や、脚部に車輪をつけた脚車輪方式なども考慮に入れて検討する予定だ。脚式には車輪型やクローラ型に比べてエネルギーが必要だったり不安定であったりはするものの、踏んではいけないパイプやケーブルなどを乗り越えたり、溝のような場所をまたいで踏破できるといった長所もある。さまざまなロコモーションを選べるのも利点の1つだ。

むき出しのドライバーやケーブル類も今後は整理される予定
脚式ロボットの利点は多様な移動様式とマニピュレーション

 事故が起きた建物内で使うことを考えると、移動できる空間が狭い、つまり狭隘地を通れるというのも脚式の利点だという。垂直梯子はもちろんだが、螺旋階段など旋回半径が狭くならざるを得ない場所でも運用できるのは2脚歩行ロボットの利点である。ちなみにDARPAが主催して何かと話題になった「DARPA ロボティクスチャレンジ」でも、構想当初は垂直梯子の昇降が想定されていたが、難易度が高過ぎると判断されて実際には行なわれなかった。しかしながら現実のプラントや発電所内を移動しようと思ったら、梯子を使うことは必須である。

 単なる移動だけではなく、ドアの開閉やバルブの回転、必要に応じて道具を使うことも必要になる。いわゆる「マニピュレーション」である。それらにも対応できないと作業ができるロボットにはなり得ない。このロボットでは、3つを脚として使って、残りの1本で道具を扱うことも考えている。だから2脚ではなくあえて4脚ロボットとしている。だが実際にどのようにマニピュレーション作業を行なうかはあくまで今後の課題だ。

 今後、三菱重工と早稲田大学では内閣府「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の1つ、「タフ・ロボティクス・チャレンジ」(PM:東北大学 田所諭 教授)の一員として、今回開発したプロトタイプ機も活用しつつ、ImPACT初号機の開発を続けていく。

ImPACT「タフ・ロボティクス・チャレンジ」総合実証試験のイメージ図。出典

非常時以外に平時でも 日本版デュアルユースとは

【動画】梯子を下る様子

 長期的に考えると、災害対応ロボットは災害対応だけではなく平時の場合も使えるロボットでないと、実運用されず結局使えなくなってしまうのではないかという懸念が以前からある。欧米では軍事用のロボットを防災用に転用するといったデュアルユースが想定されている。だが日本では軍事用途での技術開発や運用は盛んではないので、他の用途が必要になる。その候補の1つが老朽インフラ/プラントの保守点検・事故予防である。三菱重工側でも「ここが攻略できれば、技術的アドバンテージがあるだろう」と考えているという。

 では具体的にはどんな場所があり得るのか。現在、三菱重工でもユーザー企業と議論を重ねているところだそうが、例えばという話で挙がっているメンテナンス対象の1つが、「150m級の高い煙突」だそうだ。階段も老朽化しているので危険なのだが、それを人が登らないといけないのだそうだ。ただ、目視での確認だけならばドローンを使えばいいという話ももちろんあるわけだが、ドローンで、ある程度の安全性を確認した上で、脚ロボットで実際に梯子や階段を登って現地に行き、ある程度の強い力が必要な作業を行なうといった状況を想定しているという。

脚ロボットの利点
老朽インフラ・プラントの保守点検が平時での用途として想定されている

環境認識と自律行動生成が今後のロボット知能化の鍵

右から早稲田大学 高西淳夫教授、同助教 橋本健二氏、三菱重工業株式会社 防衛・宇宙ドメイン 先端技術事業部 部長の田島稔幸氏、同事業開拓グループ主席技師 小野敬之氏

 なぜ三菱重工は早稲田大学と組んだのか。今回取材に応じてくれた三菱重工業株式会社 防衛・宇宙ドメイン 先端技術事業部 部長 田島稔幸氏は「1からの開発では時間が掛かる。脚のロボットについては、既に知見を持っているところとやれれば、遥かに近道と考えました」と答えた。また、同 事業開拓グループ主席技師の小野敬之氏は、今後は「知能の部分を攻めないといけない」と思っていると語った。ハードウェアのさらなる高度化は当然だが、それよりも、環境認識を始めとした知能化技術に力を注いでいきたいと考えているという。

 現在、日本ロボット学会会長でもある高西淳夫教授も「DRCはリモコン操作だった」と語る。決してロボット自らが環境認識し、必要な行動を自律的に生成していたわけではない。DRCでも通信環境が悪化した実環境での運用を模して、遠隔操作時にロボットとの通信をあえて邪魔するといった操作が行なわれており、各チームは随分それに苦しめられた。だが実際の事故下での極限環境でロボットが使えるところまで踏み込んで開発を目指すためには、さらに高度な環境認識技術と自律的な行動生成が必須となる。

 今回のデモはあくまで基本的なものだが、今後は、環境認識センサーの搭載・活用のほか、エラーがあった場合にセンサー情報を使って自分の姿勢を自動修正できるようにしたり、例えば梯子の桟がねじ曲がっていたり、1本欠けているといったような事故時においては現実的な状況でも動けるプラットフォーム開発をImPACT「タフ・ロボティクス・チャレンジ」で目指していく。ロボット操作において、どこまでを人間が判断して、どこから先をロボットに自律生成させるかといったことも実運用では重要なファクターになる。

 なお、ImPACT「タフ・ロボティクス・チャレンジ」については、12月5日に早稲田大学で開催予定の「ICAM2015」で詳細が公開される予定だ。

助教の橋本健二氏。実際に梯子を登りながら解説してくれた

 開発を行なった早稲田大学高等研究所 助教の橋本健二氏は、今後のハードウェア開発において個人的に取り組みたいこととして、「接触=壊れる」という既存のロボット制御の枠組みを超えた、積極的に環境にぶつかっていけるようなハードウェアと制御を実現したいと述べた。例えば梯子を上るにしても、人間ならば積極的に体を梯子に預けながら移動するはずだ。物を持つときも、身体全体をもっと使えるのであれば、これまでのような腕だけでモノを扱うのとはまったく違う運動が可能になる。移動方式も多様になり得る。そのようなハードウェアとソフトウェアを実現したいという。

 また、脚ロボットの問題である平地での移動効率の向上も課題だ。早稲田大学高西研では、「WL-16R」という受動車輪を使ってローラースケートのように動けるロボットを開発している。そのように移動様式を切り替えることができるロボットの開発も今後の課題である。

 より柔軟かつしなやかで、タフで、力強いロボットはどのような研究開発によって実現されていくのか。難問は山積みだが徐々に研究自体は前に進んでいる。企業側もより先進的な技術開発に投資を行ない、他社に対してアドバンテージを保とうとしている。今後に期待できそうな気配を感じられた。