後藤弘茂のWeekly海外ニュース

Larrabeeを2014年にメインCPUに統合するまでのIntelの戦略



●第2世代のLarrabee 2はまだ宙ぶらりんのまま

 Intelのデータ並列重視型のメニイコアCPU「Larrabee(ララビー)」の状況が、部分的に見えてきた。

 本来のプランでは、ディスクリートチップとしてのLarrabeeの計画は次のようになっていた。

 2010年にLarrabeeを製品として出荷し、その後、約1年か1年ちょっとのスパンで新チップを繰り出して行く。矢継ぎ早の改良によってLarrabeeの製品としての完成度を高め、アプリケーションの対応を促す。Larrabee 1から2、3、4と進化させて行き、2014年にはLarrabeeコアをメインストリームCPUへと取り込む。

 現在、この計画のうちLarrabee 1については、グラフィックス製品としての出荷が取りやめとなっている。しかし、その次に控えるLarrabee 2については、取りやめるかどうか、最終的な決定は下されていないという。場合によっては、Larrabee 2から製品化する可能性もあるらしい。その場合は、Larrabeeは2011年までにグラフィックス市場に登場することになる。

 しかし、Larrabee 3から製品化される場合は、市場に登場するのは2012年前後からとなるだろう。カップリングとなるメインストリームCPUは「Haswell(ハスウェル)」アーキテクチャとなりそうだ。さらにIntelは、2014年にメインストリームCPUにLarrabeeを統合すると言われている。

 Larrabeeの命令セットには、世代によって非互換性があり、Larrabee 2から新しい命令セットになる。そのため、Larrabee 2からの始動というプランにも現実味がある。しかし、IntelがLarrabee 1の製品化を中止した理由は、2010年のハイエンドGPUに対抗することが難しいという理由であった。そのため、Larrabee 2で2011年のGPUに対抗できないと判断された場合は、Larrabee 2も製品化が断念される可能性が高い。

Larrabeeのロードマップ

●ベクタ命令自体は発表時のまま維持される

 Larrabee 1は省電力機能をほとんど持たず、動かしたらフルパワーで走りっぱなしだった。初期ボードでは電力消費は200Wを大きく越え、電力効率は極めて悪かった。現在、Larrabee 1はBステッピングに入っており、パフォーマンス効率はかなり改善されて来たという。パフォーマンスレンジも、「2009年のGPUには、なんとか対抗できるレベルになった」とある業界関係者は語る。それでも、2010年は戦えないと判断したようだ。

 Larrabee 2は、もともとノートPCへの搭載も視野に入れて計画された。そのため、電力はLarrabee 1と比べるとかなり抑えられていたという。動作周波数にも依存するが、おそらく最低では50Wのレンジに収まると推定される。プロセスはLarrabee 1の45nmから、Larrabee 2で32nmへシュリンクすると見られている。

 IntelはLarrabee 2から始動する可能性も残されている。しかし、複数の筋がLarrabee 2も製品化が見送られる可能性が強いと伝えており、まだ不鮮明だ。ちなみに、Larrabee 3では、さらに電力効率が上がるとされている。

 Larrabeeの命令セットには、世代によって非互換性がある。以前の記事では、Larrabee 3からアーキテクチャが変わると書いたが、実際にはLarrabee 2から新しい命令セットになるようだ。Larrabeeの命令セットに非互換性があること自体は、多数の業界関係者から確認されている。非互換性があることは確実だが、Larrabee New Instruction(LNI)のベクタ命令群については、ほぼ変化はないようだ。

 それがわかるのは、Intelが先週横浜で開催されたCGカンファレンス「SIGGRAPH Asia 2009」で、LNIのベクタ命令の技術セッションとLarrabeeのベクタエンジンを使ったソフトウェアラスタライザの技術セッションを行なっているからだ。Intelは、これらのセッションで語った内容については、大枠で変更がないだろうとしている。そのため、命令の互換性がない部分は、ベクタ命令以外の部分だと推測される。

Larrabeeの概要

●Larrabee 2か3かで違ってくる製品化の時期

 Larrabeeをグラフィックス市場で成功させるためには、Intelはグラフィックスのパイプラインを根底から覆す必要がある。Larrabeeは、既存のグラフィックスパイプラインを高速化するアーキテクチャではないからだ。開発者が、自由にソフトウェアレンダラを書く場合にLarrabeeは最大の力を発揮する。

 そのため、IntelはLarrabeeの立ち上げに際して、ソフトウェア開発者にLarrabeeの利点を理解させ、3Dグラフィックスの制作パイプラインを、ソフトウェアレンダラベースに切り替えさせなければならない。ゲームコンソールならともかく、PCグラフィックスでは、これは根本的な大転換となる。そのため、事前にかなりの準備期間が必要だ。今回のLarrabee計画の仕切り直しには、そのための時間を稼ぐという意味もあるのかも知れない。

 ただし、これもLarrabee 2から始動するのかLarrabee 3から始動するのか、どちらになるかによってかなり状況が変わってくる。IntelがLarrabee 2から製品化するなら、2010年はそのためのエバンジャライズの年となる。Larrabee 2ボードを、ソフトウェア開発者に広く提供して、来年(2010年)を通じてLarrabeeベースのソフトウェアの育成を行なうことになるだろう。

 ところが、Larrabee 3から始動する場合には、2011年にならないと実際のボードを提供できない。そのため、来年はソフトウェア開発者に対して、有効な働きかけがほとんどできなくなってしまう。Larrabeeアーキテクチャの伝道という意味では、大きな無駄が生じてしまう。

●体系立っていないIntelのLarrabee伝道活動

 このあたりの舵取りは、IntelでLarrabee計画の指揮を取る上層部が、手厚い伝道活動が必要だというLarrabeeの特性をきちんと理解しているかどうかで変わってくる。単純に、市場で勝てるかどうかというマーケティングサイドの判断だけで動かしていると、Larrabeeを成功させることは難しいだろう。

 ある業界関係者は、もともとLarrabee 1は習作的な色彩が強いのだから、製品化は始めからLarrabee 2にして、Larrabee 1はテストチップと位置づけた方がよかったと語る。その代わり、Larrabee 1を広く配って、より多くのソフトウェア開発者に触ってもらった方がよかったという意見だ。

 実際、自由にソフトウェアレンダラを書きやすいというLarrabeeの利点が理解されれば、既存のグラフィックスAPIとシェーダをベースにしたグラフィックスの性能効率でLarrabeeが不利になったとしても、最終的にLarrabee向けのグラフィックスが花開くことで、逆転できる可能性がある。IntelがCPUにLarrabeeコアを統合すれば、Larrabeeが最大勢力のグラフィックスコアとなるため、こうした意見にも納得できる部分はある。

 しかし、現実には、IntelがLarrabeeのテストボードを提供している先には、かなりの偏りがあり、キーのソフトウェア開発者に行き渡っているとは言い難い。海外では、それほどグラフィックスに関わっていないようなところがボードを受け取っているのに、日本国内では有力なグラフィックスソフトウェア開発者でも受け取っていないケースがあるという。まだIntelが、効果的な伝道活動を広く体系的に行なうことができていないことがわかる。

●NVIDIAのFermiはLarrabeeの敵ではなく味方

 IntelのLarrabee戦略に、良くも悪くも影響を与えているのがNVIDIAの「Fermi(フェルミ)」アーキテクチャだ。Fermiは、ある意味でLarrabeeと似たような方向性にある。Fermiは、既存のラスタライズベースのグラフィックスのために合わせた構造をまだ維持しているが、そうした枠からはみ出したレイトレーシングやボリュームレンダリングなどもある程度やりやすい構造になっている。NVIDIAは、既存のグラフィックスパイプラインに、部分的に新しいテクニックを加える“ハイブリッドグラフィックス”と呼ぶ方向をFermiで打ち出している。これは、既存のグラフィックスパイプラインに捕らわれず、ソフトウェアで自由なグラフィックスパイプラインを構築させようというLarrabeeのビジョンに、やや近い。

 そのため、FermiとLarrabeeの目指す方向は、ある程度オーバーラップしている。このことは、FermiがLarrabeeと技術的にぶつかることを意味している。同じことをやりたいソフトウェア開発者にとって、FermiとLarrabeeという選択が存在することになる。NVIDIAの方が、やや穏当なグラフィックス技術の改革を目指している分、受け容れられ易いかもしれない。

 しかし、一皮むけばFermiも本質的に目指している方向はLarrabeeと変わらない。少なくとも、ゴールはNVIDIAもIntelも近いところにある。そのため、Fermiで実現できるグラフィックスが支持されるなら、Larrabeeも力を発揮しやすいソフトウェア上の土壌が育つことになる。ある業界関係者は、「LarrabeeにとってFermiは敵というより、むしろ味方になるだろう」と言う。

 ちなみに、AMD(ATI)は、現世代(R800)系では、革新的なアーキテクチャ変革を避け、既存のグラフィックスに合わせた構造を取ったため、現時点ではIntelはあまり競合する存在とは見ていないようだ。ただし、AMDも2014年までには、IntelやNVIDIA同様にアーキテクチャを大きく変える可能性が高い。

3社のグラフィックスの将来像の違い

●ベクタパイプの基本設計は変えずに進むLarrabee

 2週間前のこのコーナーでは、IntelがLarrabeeアーキテクチャを大きく変える可能性にも触れた。しかし、現在のところ、Intelは将来のLarrabeeアーキテクチャについて、ベクタ長やメモリ階層といった根本的な部分での変更は、示唆もしていないという。あくまでもLarrabeeのベクタエンジン回りの基本設計はこのままで、製品計画だけがスライドするようだ。

 ただし、この点については、Intelの常としてドラスティックな変更が入る可能性がある。もし、IntelがLarrabeeを根底から再設計する場合、設計サイクルから考えてLarrabeeを市場に投入できるのは2013年頃になってしまうだろう。その場合は、2014年に予定しているCPUへの統合に間に合わなくなる可能性がある。

 しかし、現在の計画通りなら、Intelは2014年に、ついにゴールである汎用のデータ並列コアのCPUへの融合に至ることになる。同時期には、AMDもCPUに取り込むGPUコアを、グラフィックスに最適化したコアから、汎用性の高いデータ並列コアへと進化させると予想される。おそらく、2014年前後が、IntelとAMDの双方にとって、真の“ヘテロジニアスコンピューティングオンチップ”のスタートになるだろう。

CPUアーキテクチャの変化
Intelの将来のCPU