後藤弘茂のWeekly海外ニュース

IoTを最重要テーマに掲げたARMのカンファレンス「ARM Techcon」

300億のデバイスを生むIoT市場に注力するARM

 ARMは同社の技術カンファレンス「ARM Techcon 2013」を10月29から3日間に渡り米カリフォルニア州のサンタクララで開催した。今回のTechconのテーマは「IoT(The Internet of Things)」。ARMはカンファレンスのキーノートスピーチのほとんどでIoTをテーマにした。IoT以外で大きく取り上げられたのはデータセンターとネットワークインフラストラクチャで、モバイルがメインのテーマだった昨年(2012年)のARM Techconとは一変した。

 ARMは、2020年までにネットワークに接続されるインテリジェントデバイスであるIoTデバイスの数は300億台に達すると見ている。世界人口の4倍以上に達するIoTの市場へ向けて本格的に動き出そうというのがARMのメッセージだ。

 今回のARM Techconが如実に示しているのは、言う間でもなくARMの戦略拡大だ。ARMコアの前に開けている新市場への展開を強調したカンファレンスとなった。新市場の1つは、あらゆるデバイスがインターネットに接続されるようになるIoT(The Internet of Things)の省電力&低コストエリア。もう1つは、データセンターのサーバーやネットワークインフラストラクチャのSDN(Software Defined Network)のようなハイパフォーマンスエリア。

 ARMは、同社のコアを、これまでカバーできていなかったハイパフォーマンスエリアに伸ばす一方、従来ARMがカバーしてきた組み込みデバイスをネット接続のインテリジェントデバイスへと進化させようとしている。実際には、この2つの動きは、密接に連動している。IoT化によってネットアクセスデバイスの総数が急増すれば、それだけクラウド側の処理が増える。そして、もろもろのデバイスから吸い上げられるリトルデータは、まとめると不定形で膨大な量のビッグデータとなる。そのため、クラウド側のサーバーや中間のネットワークインフラにも、ビッグデータに適した新しい形態が必要となる。ARMはその連鎖の全ての分野に自社のチャンスを見いだしている。

 また、IoTとデータセンターをフィーチャしたキーノートスピーチは、モバイル市場が飽和し始めているという見方に対する応答でもある。投資筋は、すでにモバイル系の電子デバイスは成長のうまみが少なくなったと見ている。これまでのような急ピッチの右肩上がりは望めないと。そのため、ARMは、今後の同社ビジネスの成長エリアを示す必要もあった。ちなみに、Intelも9月の技術カンファレンス「Intel Developer Forum(IDF)」のキーノートスピーチで、やはりIoTを強調した。

ARM Techconの会場となっているSanta Clara Convention Center
ARM Techconの展示会場
展示ブースでもIoT(The Internet of Things)関係が目立った

キーノートスピーチでIoTとサーバー&ネットワークを展望

 ARMはこうしたIoTとビッグデータに対する新戦略を、自社エグゼクティブによる3本のキーノートスピーチで明らかにした。ARM Techconの初日のTom Lantzsch氏(Executive Vice President, Strategy, ARM)のイントロダクションスピーチで、センサーからサーバーまでの間にあるIoTとビッグデータの間にある全てを変化すると説明。2日目のCEO Simon Segars氏(Chief Executive Officer, ARM)によるメインのスピーチではIoTがIT業界の大きな波になっていることを説明。3日目のJohn Cornish氏(Executive Vice President and General Manager, System Design Division, ARM)のスピーチでは、IoTのためにARMがどんな取り組みを始めているかを紹介した。

 さらにARM Techconでは3人の他社エグゼクティブやフューチャリストが、IoTとそのバックエンドとなるデータセンターの未来を展望した。OracleはIoTのソフトウェアプラットフォームとしてJavaを強調。医療科学のフューチャリストとして知られるDaniel Kraft氏はIoTによる医療革命を展望。HP(Hewlett-Packard)はARMコアとオープンソースによってデータセンターが改革されると説明した。

Tom Lantzsch氏(Executive Vice President, Strategy, ARM)
Daniel Kraft氏(Health Science Innovator)
John Cornish氏(Executive Vice President and General Manager, System Design Division, ARM)

 実際のARM Techconの技術セッションに入ると、IoT色やサーバー関連はぐっと薄くなる。しかし、展望を語るキーノートスピーチは、ほぼIoTとバックエンドの話に終始したと言っていい。

2年間で様変わりしたARMの姿勢

 ARMはもともとこうしたフューチャビジョンを語ることを得意とする企業ではなく、ARM Techconもそうした場ではなかった。例えば、2年前の2011年のキーノートスピーチを見ると、Mentor GraphicsやCadenceといったEDA(Electronic Design Automation)ツールベンダーやTSMCのようなファウンドリ、OracleやMicrosoftのソフトウェアベンダーがそれぞれ自社の宣伝を行なうものだった。将来ビジョンはARMのCTO Mike Muller氏(Chief Technology Officer, ARM)が行なった技術的な方向性のものだけだった。

 Muller氏はこの時、Web 2.0の次に来る波として上のスライドのようにIoT(The Internet of Things)を説明したが、主眼は64-bit化やヘテロジニアスコンピューティングだった。それが、昨年(2012年)のARM Techconになると様子が変わり始める。当時のCEOだったWarren East氏が、今後の波としてサーバーとIoTを強調した。下のスライドがそれで、明確にビジョンが示され始める。今年(2013年)のARM Techconは、その延長で、キーノートスピーチ全体に将来ビジョンが拡大された。

 こうして2年間の変化を見ると、ARMが、これまでのように単純にIPを提供するという立場から進んで、ARMエコシステムを誘導しようとしていることが見て取れる。Intelのような巨大半導体企業と比べると、はるかに小規模なIPカンパニが、業界を導く立場に立とうとしている。こうしたARMの戦略的な動きが、どういった結果を生むのかは、まだわからないが、ARMとARMコミュニティが急速に変化していることは確かだ。

新しいIoTデバイスがモバイルと連携

 実際のキーノートスピーチでは、まずARMは、同社の技術ですでにモバイルと家電はインテリジェントデバイスへ変化が進んだことを説明した。これらの分野での戦いはすでに終わったというARMの認識を強調している。モバイルと家電では、ARMは攻める立場ではなく、市場自体も一段落している。

 その上で、Tom Lantzsch氏はオートモービル(車載)の市場がARMコアによって変化しつつあり、ネットワークインフラストラクチャ&データセンターの変化も始まりつつあると説明した。これが現在進行形のARMの新市場だ。車載も広義のIoTに含まれる。

Simon Segars氏(CEO, ARM)

 また、CEOのSimon Segars氏は、モバイルデバイスが新しいIoT(The Internet of Things)のデバイスと連携することで、新しい体験を提供しつつあることも説明した。例えば、家のドアロックにスマートフォンなどを使うAugustの「August Smart Lock」技術では、カギを使わずにセキュアに選択したユーザーだけがロックを開けることができるようにする。また、Proteus Digital Healthのセンサー錠剤は、飲み込むと体内からセンサーがデジタルパッチにデータを送信、そのデータはモバイルデバイスでもモニタできる。

IoTへの関心が急激に高まっているとレポート

 Segars氏はARMがスポンサーとなり「the Economist」誌のリサーチ部門が行ったIoTに関する調査結果も発表。その調査によると、76%もの企業がIoTの活用に関心を示しており、実際に投資を始めている企業も北米で29%、ヨーロッパで31%に上っているという。そして、ほとんどのCスィートエグゼクティブ(肩書きが大文字のCで始まるCEOやCOO、CTOなど)が、今後3年以内にIoTを使い始めると考えており、63%がIoTに乗り遅れると競争で立ち後れると感じているという。

 もちろん、こうした調査は必ずしも公平とは限らず、そもそも、IoTに誘導したいARMがスポンサードしている段階で、煽る結果になることは見えているが、それでもIoTに対する関心が高まっていることは間違いない。

 もっとも、IoTと一口に言っても、その中身は広範囲に及んでおり、これまでのデバイスカテゴリに入らないもの全てと言っていいようなごった煮状態になっている。ウェアラブルからデジタルホーム、車載、医療、教育、さらに工業、運輸、エネルギーといった産業分野も含めると膨大な範囲だ。ARM Techconでは、最終日のJohn Cornish氏のスピーチの中で、漠としたIoTの世界に、ARMがどう対応して行くのかが説明された。

 Segars氏のキーノートスピーチの締めくくりは、こうしたIoTの世界は起業のチャンスであるので、HP(Hewlett-Packard)がガレージからスタートしたように、このチャンスに賭けようという呼びかけで終わった。ARMとしては、IoTでスタートアップがどんどん誕生して、ARMのIPをIoTデバイスにどんどん使ってくれれば、それが最上だ。300億デバイスの市場が本当に生まれるのなら、成長の余地はまだまだあることになる。

(後藤 弘茂 (Hiroshige Goto)E-mail