後藤弘茂のWeekly海外ニュース

iPad miniと第4世代iPad発表の裏に隠された半導体プロセスの移行



●半導体技術の事情が見え隠れするAppleの発表

 Appleの季節外れのiPad世代交替が行なわれた。Appleは、米10月23日にサンノゼで開催したプレスカンファレンスで、7.9インチ版「iPad mini」を発表しただけでなく、従来の9.7インチiPadも刷新した。第4世代iPadは、モバイルSoC(System on a Chip)として「Apple A6X」を搭載して登場する。この春に投入したばかりの第3世代iPadは、継続販売されず、早くも姿を消すことになる。第3世代iPadは、ほとんど黒歴史扱いだ。

 どうしてこうなったのか。それは、AppleのSoCを製造するファウンドリのプロセス技術の刷新のスケジュールに引きずられたためだ。おそらく、32nmで全ラインナップを揃えることができるようになったのが、今秋のタイミングだったため、新製品がそこに集中した。そして、45nmで無理矢理出した第3世代のiPadは、32nmの生産態勢が整うと、お払い箱となった。こうした事情が、Appleの今回の製品発表の裏にあると見られる。

 また、今回の製品発表で明確になったのは、9.7インチ版iPadと、iPhoneはSoCが別チップに分化すること。そして、廉価版9.7インチと7.9インチは、フラッグシップの9.7インチ版iPadとiPhoneよりも廉価なチップになることだ。中核となるSoCのコストだけを見れば、iPhone 5よりiPad miniの方が低い。iPad miniのSoCは、同じ7インチクラスの「Nexus 7」や「Kindle Fire HD」と、価格競争になったとしてもある程度戦える作りになっていると見られる。

●1年に1回のiPadの刷新のサイクルが崩れた理由

 これまで、Appleは1年に1回、春にiPadを更新、夏から秋にかけてiPhoneを更新するスケジュールを守ってきた。それとともに、中核となるSoCも1年おきにアーキテクチャが刷新された。しかし、今回はスケジュールがずれた。iPhoneとiPadをどちらも秋に更新した。それも、iPhone 5を発表してからわずか1カ月半と、ほとんど間をおかずに新iPadをお披露目した。

 一見すると、このスケジュールは奇妙に見えるかもしれないが、中核となるSoCをチェックすると、何が起きたかは簡単にわかる。9月に発表したiPhone 5に搭載されている「Apple A6」はSamsungの32nmプロセス。そして、今回の第4世代iPadのA6XはA6の派生と見られるため、派生品を作りやすい同じ32nmプロセスの可能性が高い。また、iPad miniのA5も、現在のiPad 2のA5がすでに32nm版であることから、32nmプロセスと見られる。つまり、この秋で、Appleのモバイル製品は全てが32nmプロセスに揃ったと推測される。

Apple AxシリーズSoCとiPhone、iPadの関係(PDF版はこちら)

 Appleは初代iPadに45nmプロセスのA4を載せて以来、今年(2012年)春まで45nmプロセスを継続してきた。iPad 2/iPhone 4SのA5も45nmで、そして今春の第3世代のiPadも45nmのA5Xだった。3世代に渡ってSoCに45nmプロセスを使い続けたのは、製造を委託するSamsungの32nmプロセスの移行スケジュールのためだ。

 ファウンドリ各社は、全体に45/40nmプロセスで足踏みをして、次の世代への移行が遅れた。Samsungは2011年秋に、Appleに32nmを提案していると説明していた。Samsungは、28nmの立ち上げには時間がかかるはずで、それまで待てない顧客のために32nmを提供するとしていた。Appleは実際、2012年春に、A5を32nmにシュリンクしたバージョンを出し、32nmへの移行をスタートさせている。

 しかし、A5を拡張するA5Xは、設計スタート時期の関係から32nmは間に合わず、45nmになったと見られる。結果として、32nmプロセスでのSoCラインナップが揃うのは今秋にずれ込み、そのために、秋に異例の全製品の刷新というスケジュールになったと見られる。

 ちなみに、Samsungのロードマップでは、32nmに続いて1年遅れで28nmを立ち上げつつある。そのため、今後も、Samsungに委託し続けるのなら、また1年ほどでシュリンクした次世代チップへと移行することになるだろう。もっとも、AppleがファウンドリをTSMCに変えることを検討しているという報道が何度も流れている。

 また、Appleは、Samsungと同じCommon PlatformのGLOBALFOUNDRIESに委託することも可能だし、条件によってはIntelと組むこともできる。どうなるかはわからないが、今後は、全体的な傾向として、45/40nmプロセスで足踏みをしていた過去2年より、プロセスの移行が進む可能性がある。少なくともロードマップ上では、各社とも移行をスピードアップしつつある。

●32nmプロセスでダイサイズは再びリーズナブルな値に

 Appleは32nm化に合わせて、CPUコアをCortex-A9から、より大きなサイズの自社開発新CPUコアに代替。A6では、コア当たりのパフォーマンスが上がった新コア(Swiftと報道されている)を投入した。そのため、iPhone 5の方が、第3世代iPadよりもCPUパフォーマンスがずっと高いというアンバランスが一時的に生じていた。しかし、今回の第4世代iPadは新CPUコアのA6Xを搭載するため、CPUパフォーマンスは、再び同レベルになる。

 それに対して、iPad miniは1世代前のA5アーキテクチャのまま据え置かれる。そのため、32nmプロセスでラインナップは揃うが、SoCのCPUコアアーキテクチャでは上下の製品層で分かれる。16GBストレージ版で比較すると、499ドルの第4世代iPadはA6X、廉価版iPadとして399ドルで併売されるiPad 2はA5、329ドルのiPad miniもA5。100ドル差で、SoCは大きく異なる。

 こうしたApple SoCの世代交替と、iPadの価格をチップのダイサイズ(半導体本体の面積)から見ると、より明確に状況が見えてくる。AppleのAシリーズSoCは、初代iPad/iPhone 4のA4が、ダイサイズ53平方mmと非常に小さかった。ほとんどパッドリミットに近いサイズだったはずで、当然、製造コストも低かった。

 しかし、iPad 2/iPhone 4SのA5になると、CPUコアが2倍、GPUコアが2倍以上、メモリインターフェイスが2倍幅になったため、ダイサイズは一気に122平方mm台に倍増した。そして、第3世代iPadのA5Xでは、GPUコアとメモリインターフェイスがさらに倍になったことで、ダイサイズは163平方mmに到達。IntelのIvy Bridge(アイビーブリッジ)の4コア版とほぼ同列のサイズにまで肥大化した。

 Appleは自社開発のチップを自社製品に組み込むため、チップ単体のコストはそれほど気にしなくて済む。とはいえ、SoCのコストがかさむと、製品コストを圧迫する。Appleにとっても、160平方mm台のA5Xのダイサイズは重荷だったはずだ。シュリンクできるなら、さっさとチップを小型化したかったというのが本音だろう。

 また、消費電力の面でも32nmプロセスの方が有利だ。微細化の効果だけでなくSamsungのプロセスでは、32nmからHigh-k/Metal Gate(HKMG)を採用してリーク電流(Leakage)を抑制している。さらに、Samsungは2月のISSCC(IEEE International Solid-State Circuits Conference)で、同社の32nm版モバイルSoCに、さまざまな省電力技術を盛り込んだことを発表している。コア単位のパワーゲーティングやトランジスタのボディ領域にかける電圧を動的に制御することで電位差を変化させる「Body Bias(ボディバイアス)」などを実装している。そうした技術がAppleの32nm版SoCにも反映されているのなら、電力面ではさらに有利になっているはずだ。

モバイルSoCのダイサイズ移行図(PDF版はこちら) ISSCC 2012でSamsungが発表した32nm HKMG採用SoC

 大型化した45nm版A5Xに対して、A5は32nmへと移行して、ダイサイズは70平方mm程度にまで縮小した。そして、同じく32nmプロセスのA6は、CPUコアを大型化したためサイズは大型化したが、それでも100平方mm以下に抑えることができた。A6Xも、32nmプロセスだとしたら、A5Xのようなサイズではなく、リーズナブルなサイズに収まると推測される。

 他社との比較では、32nm版のA5は、Kindle Fire HDの7インチ版に搭載されているTexas Instrumentsの「OMAP4460」クラスのダイで、Nexus 7のTegra 3よりも小さいことがわかる。ラフに言えば、同程度のコストのSoCで、iPad miniはそれなりにコストを抑えた、価格競争力を出せる作りになっている。

●iPadとiPhoneでチップの分化が明確に

 AppleのAシリーズSoCは、前世代まで、iPadとiPhoneで基本的には同じチップを使っていた。初代iPadとiPhone 4はA4、iPad 2とiPhone 4SはA5で、タブレットクラスとスマートフォンクラスでチップ設計自体に違いはなかった。しかし、今年(2012年)からは路線が変わり、第3世代のiPadにはA5を拡張したA5Xを投入。今秋の発表でも、iPhone 5はA6で、第4世代iPadはA6Xと、明らかにダイが異なると見られる2系統に分岐した。

 iPhone向けとiPad向けの「X」が付くシリーズの目立つ違いは、今のところGPUパフォーマンスとメモリ帯域だ。CPUパフォーマンスはほぼ同列だが、GPUとメモリでは差を付けている。下の図はiPadでのAシリーズの進化図だ。iPad向けが分化するのはA5Xで、A5と比べると、GPUコアが倍増、メモリインターフェイスが2倍になっていることがわかる。A6とA6Xの違いもほぼ似たようなものだと思われる。A6のGPUコアは3コアで、メモリインターフェイスはx64と言われている。A6XはGPUコアは4コアとなっており、x128相当のLPDDR2またはx64相当のLPDDR3インターフェイスを持つなら、メモリ帯域はA6の倍となる。

Apple AxシリーズSoCの移行図(PDF版はこちら)

 GPUとメモリ帯域が強化されているのは、もちろん、高解像度のRetina化したディスプレイを支えるためだ。iPhoneは3.5インチのiPhone 4Sで960×640ドット、4インチのiPhone 5で1,136×640ドットの解像度。それに対してRetina化した第3世代以降のiPadは2,048×1,536ドットで、それだけ強力なピクセルプロセッシングとピクセル打ち込み能力が必要とされ、メモリ帯域も同様に要求される。そのため、iPadとiPhoneでは、SoCの機能が分化して行くと見られる。

 ちなみに、iPad miniは1,024×768ドットで、初代iPadやiPad 2と変わらない。画面描画に必要な能力の面でも、A5で十分ということになる。iPad miniがもっと高解像度にできなかったのは、Appleのアプリの互換性や開発のし易さを重視するという呪縛のためだ。Appleは、iPad/iPhoneでは、これまで、画面解像度を変える場合には整数倍で変えてきた。整数倍にするなら、アプリ側の対応は非常に楽になる。

 Androidデバイスは、もともと標準の画面解像度がないに等しく、アプリはさまざまな画面解像度のバリエーションに対応しなければならない。それに対して、AppleはiPhone系とiPad系の2系統の画面解像度しかなく、アプリは対応が非常に容易だ。そして、Retina解像度化する場合も、整数倍であるため元の解像度を変えずにスケールアップが容易にできた。ゲームのようなアプリでは、特にこれは重要だ。しかし、それがために、iPad miniは1,024×768ドットと、競争面では不利な解像度にしなければならなくなった。

 もっとも、ゲームのようなアプリでは、1,024×768ドットは当面は問題のない解像度だ。そして、ポータブルな小型タブレットであるiPad miniは、携帯ゲーム機にとっては、潜在的に大きな脅威となる。このクラスは、サイズや携帯性の面で、携帯ゲーム機と真っ向からぶつかってしまうからだ。