■山口真弘の電子辞書最前線■
シャープの電子辞書「PW-A9000」は、ビジネス向けの電子辞書だ。ビジネスシーンで役立つ専門性の高いコンテンツに加え、TOEICなど資格検定に対応したコンテンツやマナー動画を搭載し、ビジネスパーソンにとって公私ともにパートナーたり得る製品に仕上がっている。
同社の電子辞書「Brain」シリーズが誕生して早2年。その間何度か大きなモデルチェンジがあったが、今回のモデルはその中でもかなり大規模なモデルチェンジとなっている。筐体のリニューアルはもちろんのこと、これまでのリチウムイオン充電池が乾電池へと変更されたことが大きな要因だ。以下、その詳細を見ていこう。
●筐体はフルモデルチェンジ。電源も充電池から乾電池駆動に変更まずは外観と基本スペックから。
筐体はフルモデルチェンジされ、かなり“メカっぽい”外観になった。従来のモデルが曲線主体のユニセックスなデザインだったのに比べると、どちらかというと男性受けしそうなデザインである。上下左右/決定キーが携帯電話ライクな円状になるあたりは、少しカシオ製品に似ている。
天板は光沢があり、ほぼフラットになっているのが大きな特徴だ。セイコーインスツルのモデルのように後部に行くにつれ極端に厚みが増しているデザインではなく、全体的にフラットなデザインというのは、バッグの中に入れた場合でも収まりが非常に良い。ただし天板面に指紋が付きやすいのが、例によってやや気にはなる。
メイン画面については、後述するように左右にタッチ対応の操作パネル「イージータブレット」が追加されたこともあり、従来モデルのPW-AC920に比べて約3.4mm横長になっているほか、奥行きも約9mm増している。重量も約348gと20g以上増えており、カシオ製品とはおよそ50gの差、セイコーインスツル製品とは100g以上の差があるなど、かなりのヘビー級だ。手で握った際の体感的なサイズも明らかに大きいと感じられる。
メイン画面の左右にイージータブレットと呼ばれるタッチ操作パネルを装備。カシオ製品とよく似た機構だ。ちなみに本製品はカラー辞書最大の5.6型メイン画面をうたっているが、これはイージータブレット部を合わせたサイズで、表示サイズは従来と同じ5インチ | 右側のイージータブレットの幅が広いため、メイン画面のセンターラインがやや左に寄っているのだが、実際に使っていてとくに気になることはなかった |
キーボード面も大幅に改良された。右下部、上下左右キーの中心に決定キーを配置した円形キーは、携帯電話ともよく似た操作性を持っており、ユーザにとっても馴染みやすいだろう。また左下部のボタンについても大幅に整理され、これまで8つあった物理キーのうち、文字サイズ大小、音量大小の4つのボタンがタッチセンサー化され、手書きパッド横に移動した。利用頻度が低いキーを中心にタッチ化した格好だ。従来はやや煩雑で役割が見分けにくかっただけに、こうした変化は歓迎できる。
また、本製品に限らずBrainシリーズ全体にまつわる変化として、電源がリチウムイオン充電池から乾電池に変更になったことが挙げられる。これまでも一部モデルでは乾電池を採用していたが、主力のモデルは長らく充電式であり、店頭では「乾電池のカシオ、充電池のシャープ」と説明する店員がいたほど、大きな差別化要因だった。
もちろん充電式にも繰り返し使えるという乾電池にないメリットはあり、かつてはそれなりに支持は得ていたのだが、eneloopや充電式EVOLTAなどの充電池の登場により、近年はセールストークとしてやや説得力を失っていた。乾電池を採用した今回の製品では単3電池2本で150時間の駆動時間を実現しており、従来モデルと比較した場合の駆動時間のハンデはまったくない。もちろんeneloopやEVOLTAにも対応しており、エコという観点でもメリットが大きい。
キーボード盤面。一見大きくなったように見える手書きパネルだが、書き取り部のサイズは従来モデルと同じ | ヒンジ部に単3電池を収納。充電池がなくなって本体が薄くなったぶん、背後に倒れやすくなった | 単3電池2本で駆動する。eneloopなどにも対応する |
従来モデル(写真右)に比べると、キーボード左手前部ボタンの一部が手書きパネル部に移動し、レイアウトがすっきりした。スピーカーは従来同様1基のみ | |
キーボード右手前部の上下左右/決定キーのレイアウトは大きく様変わりし、押しやすくなった。従来モデル(写真右)に比べるとその違いは明らか |
一方、乾電池化の唯一の弊害として、本体部分に比べて液晶画面が重くなり、後ろに倒れやすくなった点はやや気になる。これは底面に収納されていたリチウムイオン充電池が廃止され、本体部分が薄く軽くなったためだ。机上などでは問題がないが、安定しない床面、例えばベッドの上などに置いた場合、パタンと後ろに倒れがちなのだ。カシオ製品にも言えることなのだが、単3電池をヒンジ部に収納する構造の弊害の1つと言えなくもない。ただ、デザイン的に破綻しているとかアンバランスといったわけではなく、全体的には電池ボックスの存在を感じさせない、まとまったデザインだと感じる。
余談だが、今回同社が乾電池方式を採用したことで、充電池にのみ対応した電子辞書は、実質店頭からほぼ姿を消すことになった(セイコーインスツル製品は充電池と乾電池のハイブリッドが主)。もちろん今後一部で残っていく可能性はあるものの、製品の進化の1つの方向性としては興味深い。
●資格関連やマナー動画を中心としたビジネス向けコンテンツを搭載続いてメニューとコンテンツについて見ていこう。
コンテンツ数は140と、同社の電子辞書ラインナップの中では最大だ。従来モデルであるPW-AC920と比較した場合の大きな違いとしては、音声に合わせてテキストを表示できる字幕リスニング機能に対応した「キクタン」が追加されていることと、行政書士や司法書士、宅建などの問題集コンテンツが追加されていること、また「旅の指さし会話帳」の各国語版が追加されていることが挙げられる。特にキクタンや資格関連のコンテンツは、ビジネスマンの利用を大いに意識したものだ。
またTOEIC系が大幅に強化されているのも、昨今のトレンドに則ったものだ。具体的には前述のキクタンのほか、イディオムやボキャブラリーのテストができるコンテンツなど、複数のTOEIC関連コンテンツを搭載している。
起動すると表示されるHOME画面。辞書以外にも、テキストメモ、MP3プレーヤー機能、フォトスライド機能などが利用できる | 辞書のメイン画面。これまでと同じ横向きタブ切り替え式 |
文字サイズは5段階で可変する |
シャープからは本製品と同じBrainシリーズで、TOEIC学習用のコンパクト電子辞書「PW-AC20」が発売されているが、同じTOEIC対応といっても方向性はやや異なる。PW-AC20が通勤中に片手で操作しながら覚えていく学習方法に特化しているのに対し、本製品のTOEIC関連コンテンツは実力診断などが行なえる統合アプリ「新TOEICテスト 完全攻略」など、座学に向いたものとなっている。どちらが上位というわけではないので、TOEIC関連のコンテンツを探しているユーザは、利用スタイルに合わせて(もちろん他社製品とも比較しつつ)選ぶとよいだろう。
このほか、同社製品の売りの1つである動画コンテンツは、従来モデルの150動画からやや数を減らして100動画となった。動画コンテンツはユーザによって使う、使わないの差が比較的はっきり出がちだと思うが、個人的には弔事のマナーやビジネスマナーは動画で見るからこそ理解できるものが多く、重宝すると感じる。ちなみに今回省かれた動画コンテンツはナショナルジオグラフィックで、ビジネス向けのラインナップとしては妥当な判断なのではないかと思う。
動画コンテンツ一覧。従来モデルにあったナショナルジオグラフィックがなくなっている | 弔辞のマナーを動画で学ぶことができる。これは一覧画面 | ビジネスマナーも動画コンテンツが用意されている。これは名刺の渡し方について説明したコンテンツ |
国家資格系のコンテンツも、行政書士、宅建、司法書士について収録 | ビジネス系の用語辞典も豊富に搭載 |
プロフェッショナル用語辞典。会計・監査、ビジネス法務、知的財産それぞれの用語を収録 | これはビジネス法務用語辞典で「非上場化」を調べたところ |
以上のように、本製品がビジネス向け電子辞書とされる根拠は、TOEICも含めた資格対策のコンテンツ、さらにマナー系の動画コンテンツに加え、従来からある用語辞典や文例集ということになる。知財法務系など専門性の高いビジネスコンテンツもあるにはあるが、動画コンテンツに強みを持つことから、どちらかというとパーソナルユースに主眼を置いているように見受けられる。一口に「ビジネス向けの電子辞書」と言ってもメーカーによってまったく方向性が異なるので、製品選びの際はこうしたコンテンツの傾向を見極めたほうがよさそうだ。
●インターフェイスの進化とともに、反応速度が大幅に向上さて、モデルチェンジした外観に目が行きがちな本製品だが、ざっと使ってみた印象としては、従来製品と比較して使い勝手の向上が著しく、むしろ本製品のポイントはそちらにあるのではないかと感じる。具体的に挙げると、インターフェイスの進化と、反応速度の向上だ。
まずはインターフェイス。本製品ではカラー液晶画面の左右には新たに画面左右にタッチ対応の操作パネル「イージータブレット」が追加された。機能的にはカシオ製品にあるクイックパレットと同等で、キーボードを使わずにタッチペンのみで基本操作が行なえるようになったことで、操作性は従来モデルに比べて大幅に向上している。いったん本製品を使ったのち、従来モデルを使おうとすると、わずらわしく感じられるほどだ。
また先に述べたように、携帯電話に似た上下左右/決定キーの採用や、一部ボタンレイアウトの見直しも、操作性の向上に大きく寄与している。見た目に洗練されていながら、操作性も向上しているという点においては、非常に大きな進化だと言えるだろう。
もう1つの大きな進化は反応速度の向上だ。従来モデルはタブ形式のメニューを切り替えるのにもキーを押してから反応するまでワンテンポ遅れることが多かった。しかし本製品はこうしたもっさり感が解消され、サクサクと動作するようになっている。聞くところによるとCPUなどが変更されたわけではないそうで、純粋なチューニングの部分だと思われるが、PCのメモリを増やした時のような顕著な反応速度の向上が見られる。
そもそも反応速度の向上というのは、宣伝文句としてはあまり大きく表示できるものではないため、新機能の追加などに比べると開発上は優先順位を下げられることが多い。しかし本製品ではしっかりとチューンナップされ、従来モデルとは段違いの反応速度を実現している。テキストメモなど特定のアプリでは相変わらずもっさりしている部分はなくはないのだが、こと通常の辞書機能に関して言うと従来モデルとの差は歴然としている。他社製品に比べてインターフェイス面でのハンデはまったくなくなったと言ってよいだろう。個人的には大きく評価したい。
1つだけ気になるのは、メイン画面、イージータブレットの幅の違いから来る押しやすさの差だ。右側は幅が実測13mm程度と広く押しやすい一方、左側は実測5mm程度とスリムで、指で押すのが難しく、実質タッチペン専用となっている。指で押すことはメーカーが推奨しているわけではないが、実際にはタッチペンを使わずに指で押しているユーザもそこそこいると思われ、そうしたユーザには多少使いづらいかもしれない。おそらく設計側も苦心したところだと思われるが、購入にあたっては店頭で使用感を確認したほうがよいかもしれない。
●従来製品に比べて大幅に進化。完成度が高く隙がない製品以上のように、インターフェイス、電源、コンテンツ、いずれも大幅に進化しているのが、本製品の大きな特徴だ。なかでも反応速度の高速化は、ユーザにとってはなにより嬉しい進化ではないだろうか。
正直なところ、PW-AC900以降の従来モデルは機能こそ豊富ながら反応速度の遅さから言ってお勧めしづらい面もあったが、本製品は安心して万人に(もちろん用途的にはビジネスマンを中心に)お勧めできる製品に仕上がっている。過去には派手さはあっても地に足が付いていないと感じられる機能やコンテンツも多かったが、本製品ではそれも少なく、完成度は非常に高いと感じる。一言で言うと、隙のない仕上がりだ。
個人的に今後期待したいのは、画面の高精細化だ。同社の電子辞書ではメニューなどに明朝体を用いていることもあり、丸ゴシック系を採用したカシオ製品と比べると、文字のギザギザ感が強い。従来は唯一のカラー液晶ということであまり目立たなかったが、カラー化したカシオ製品を見慣れてしまうと、やや劣って見えてしまう。中でも同社独自の「半角の平仮名」は、違和感を感じることがなくはない。
まあ、直接操作性に関係するかというとノーで、あくまでも見た目の話ではあるのだが、今回インターフェイス面が進化して使いやすくなったことから、もう何年も大きな変化がないフォント周りが余計に気になってしまう。液晶を高精細化するか、あるいはフォントそのものの見直しや、サイズや行間を調整できるメニューの追加など、なんらかの進化があってよさそうだ。こうしたところに目が行くのも全体的な完成度の高さの表れなのだが、将来的な改善点として期待したい。
【表】主な仕様 | |
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製品名 | PW-A9000 |
メーカー希望小売価格 | オープン |
ディスプレイ | 5型カラー |
ドット数 | 480×320ドット |
電源 | 単3電池×2 |
使用時間 | 約150時間 |
拡張機能 | microSD、USB |
本体サイズ(突起部含む) | 149×114.3×19.7mm(幅×奥行き×高さ) |
重量 | 約348g(電池含む) |
収録コンテンツ数 | 140(コンテンツ一覧はこちら) |