■山口真弘の電子辞書最前線■
セイコーインスツル(以下SII)の「SR-G9003」は、技術系のビジネスパーソン向けの電子辞書だ。同社電子辞書の特徴であるパンタグラフキーボード「カイテキー」やPCから検索が可能なPASORAMA機能などはそのままに、「ビジネス技術実用英語大辞典」「180万語対訳大辞典 英和・和英」など、専門性の高いコンテンツを多数搭載した電子辞書だ。
ここ数年急激な勢いで進化を続けていた各社の電子辞書だが、ここにきてハードウェア面の進化は一息ついた感がある。タッチ操作や液晶のカラー化、あるいはタッチタイピングを重視したキーボードや高精細液晶など各社ごとに方向性は異なるものの、いずれもそれなりにユーザーの支持を得ている。ハード的にこれ以上進化の余地がないところまで来てしまったのも一因だろうが、過剰なインターフェイスの変化は自社製品に慣れ親しんだファンが離れる危険性があることも、ハードの進化が落ち着いた理由の1つではないかと思われる。
そうした中、コンテンツや操作性など、電子辞書の基本的な部分の完成度を上げていこうとする動きが見られるようになってきた。今回紹介するSIIのSR-G9003は、そうした方向性に位置付けられるモデルだ。
●ハードウェアは従来製品とほぼ同一冒頭に述べたように、本製品はハードウェア面では従来製品とほとんど違いがない。そのため、外観と基本スペックについてはざっとおさらいする形にとどめておく。
筐体はブラックで、ヘアライン加工が施されている。質感は非常に高く、他社製品がどちらかというとプラスチック的な質感であるのに比べると、いい意味でずっしりとした印象だ。重量は約239gと見た目よりも軽く、持ち歩きの際に苦になるレベルではない。
競合他社ではカラー液晶の採用が進んでいるが、本製品は視認性を優先してモノクロ液晶を採用している。図版などの表現力には劣るが、他社がHVGA(480×320ドット)であるところ本製品はVGA(640×480ドット)と高解像度で、フォントなどのなめらかさは群を抜く。ただしバックライトがない点は、利用形態によっては不便に感じる場合もあるかもしれない。
キーボードはQWERTY配列で、パンタグラフ構造の「カイテキー」を採用している。キーピッチは約13mmで、ぎりぎりタッチタイピングが可能な幅だ。盤面上部に2列に並ぶファンクションキーは、1つのキーに対して2つのコンテンツもしくはメニューが割り当てられており、二度押しすることで別のコンテンツが表示される。基本的には関連性のあるコンテンツがカップリングされているが、中にはコンテンツとメニューが切り替わるキーもあり、ややぎょっとすることもある。
文字サイズは5段階で可変する |
またハードウェアの制約もあるのだろうが、前述のコンテンツを呼び出すキーと、電源や見出し移動、文字サイズ変更キーは、形状や色がすべて同じであるため、慣れないうちは多少見分けがつきにくい。個人的には電源とメニューキーくらいは色分けしてほしいと思う。
SIIの電子辞書のメリットでもある複数の電源サポートは本製品でも健在。リチウムイオン充電池のほか、単4電池×2本での駆動もサポート。また後述するPASORAMA機能とも関連して、USB給電にも対応するほか、ACアダプタ駆動にも対応しているので机上に据え置きで利用するのにも向いている。一般的なデジタルガジェットにありがちな、しばらく使わないでいたら電池が切れてしまって使いたい時に慌てふためくといった事態は、本製品に限っては起こりづらい。
このほか、音声出力機能およびMP3プレーヤー機能については本体右側面のボリュームダイヤルで音量を直感的に操作できる。拡張機能としてはSDカードスロット、USBコネクタを備える。なお、他社製品の多くが対応しているタッチ入力には対応しない。
●理系ビジネスマンに役立つ実用的コンテンツを多数収録さて、従来製品に比べて大きな変化がみられるのがコンテンツだ。本製品は型番こそG9000のシリーズに位置するが、どちらかというとエンジニア向け電子辞書「SR-G8000」シリーズの発展型に当たるモデルで、PASORAMA搭載の初代モデルに当たるSR-G9001とエンジニア向けのSR-G8000それぞれの後継に相当する。型番ごとに異なるコンテンツを搭載して細分化していたのを再編し、さらに汎用のコンテンツを追加しつつも価格を抑えた構成だ。
特徴的なのは、オーソドックスな英和・和英および英英辞典に加えて、ビジネス利用を前提とした実用性の高い英語コンテンツが搭載されていることだ。具体的には、俗に「うんのさんの辞書」と呼ばれる、翻訳家の海野文男・和子氏による用例が掲載された「ビジネス技術実用英語大辞典」などが挙げられる。海野辞書があるからSIIの電子辞書を選んでいるというユーザーがいることからも分かるように、一部で絶大な支持を集めているコンテンツだ。
メニュー画面は一般的な横向きタブ方式を採用。ちなみに広辞苑ではなくデジタル大辞泉を搭載する | やや珍しいルミナス英和辞典を搭載。なお、本コンテンツを始め、後述のPASORAMA機能でも利用できるコンテンツはこのメイン画面右下にPC/USBアイコンが表示される | TOEIC系のコンテンツは、これまで600点以上対応だったところに、新たに460点対応コンテンツが追加されている |
英語と日本語それぞれから例文が検索できるので、例えば和訳検索で「もうしわけ」と入れると、日本語訳の中に「もうしわけ」が存在する英語の例文がずらりと表示される。「申し訳ないのですが(Excuse me)」や「申し訳ありません(We are sorry)」もあれば、意味が異なる「申し訳程度の(show the flag)」などのフレーズを含む英文、しかもビジネスシーンでよく使われがちな例文が表示されるというわけだ。とくに日本語の訳文では、直訳に加えて意訳とが表示されるため、実用的な訳が可能になる。
もちろんこれらは紙の辞書でも提供されているコンテンツだが、電子辞書化によって単語での検索が容易になっており、微妙にニュアンスが異なるさまざまな用例をすばやく呼び出すことができるようになっている。ちなみに例文検索および日本語キーワード検索機能については、対象となるコンテンツが大幅に増えたことにより、約160万用例と、従来製品の2倍近くまで増えている。
本製品にはこのほかにも「180万語対訳大辞典」「自然科学系和英大辞典」「岩波理化学辞典」など、専門性の高いコンテンツが豊富に搭載されている。他社も含めた従来製品の中にこれらコンテンツを単体で搭載しているモデルはあるし、実際一部のコンテンツは従来モデルのSR-G9001にも搭載されているのだが、これだけまとまって搭載されている例はちょっとお目にかかれない。どのコンテンツも実用的という意味では、読み物系のコンテンツを含む他社の電子辞書とは一線を画している。
就活関連のコンテンツについて、SPI対策に加えてTACの公務員対策コンテンツが収録されているのも珍しい |
一方、これまで他社の電子辞書を含めてなかったコンテンツとして目を引くのが、基本情報技術者試験の過去問題だ。選択肢から正解を選んでいくインターフェイスの操作性は抜群によいとは言えないのだが、それでも通勤時間中や休憩中に一問一答をこなしていくというのは、机の前で問題集を広げる時間のない技術系のビジネスパーソンにはぴったりだと言えるだろう。
ちなみにコンテンツ数は59。技術系のコンテンツに特化しつつも、前後の幅を広く取った構成だ。例えばTOEICについてはこれまで600点と730点対策のコンテンツが収録されていたのが、今回はこれに加えて460点対策のコンテンツが収録されるなど、スコアの幅を広げた構成となっている。つまりそれだけ長期の利用に対応するわけで、利用者にとっては嬉しい配慮だ。これに限らず、従来製品の専門性はそのままに、ハイエンド寄りだった内容をよりとっつきやすくする、という傾向が見られる。
技術分野を中心とした実用性の高い英語コンテンツを搭載。順に、ビジネス技術実用英語大辞典、180万語対訳大辞典、自然科学系和英大辞典。このほか、これまで追加カードで提供されていた岩波理化学辞典も新規に搭載している | |
基本情報技術者試験の過去問題を搭載。ちょっとした空き時間に過去問題を解くことができて便利だ |
●PASORAMA機能が大幅進化で使いやすく
さて、SIIの電子辞書を語る際に欠かせない機能の1つに、PASORAMA機能がある。これはPCとUSBケーブルで接続することにより、電子辞書に搭載されたコンテンツを、PCの側から利用できるという機能だ。電子辞書の活用の幅を大いに広げてくれる機能として、熱い支持を受けている。
PASORAMAが初めて登場したのは2008年11月、つまり約2年前に当たるが、その際はまだインターフェイスは洗練されているとは言いがたかった。今回の製品では大幅なバージョンアップが施され、これまで本稿でも指摘していた問題点のいくつかが解消されている。
1つは、どのコンテンツがPASORAMAで利用できるのかが分かりやすく明示されるようになったことだ。電子辞書側の画面で、各コンテンツのタイトル画像の右下にアイコンがあればPASORAMA対応、なければ非対応というわけだ。ふだん使っているコンテンツをPASORAMAで利用しようとして、初めて使えないことに気づく、といった事態を防ぐことができるというわけだ。
ミニ辞書モードも便利な機能だ。PASORAMAを使う機会というのはまず確実にデスクトップ上に別のウィンドウを開いているわけで、画面の大きさが利用のネックになる場合も多かった。もちろんリサイズは可能ではあるものの、いちいちドラッグ&ドロップでサイズを引き延ばしたり小さくしたりというのは不便だった。今回新たに搭載されたミニ辞書モードであれば、ワンクリックでウィンドウを縮小表示できるので、デスクトップ上に常駐させる場合や、またフルサイズのウィンドウが邪魔になった際に一時的に待避させるのにぴったりだ。
また、このPASORAMA機能を用いて本文を引用した際には、ペースト時に出典が自動追記されるようになった。これまでであれば本文をペーストしたあと、末尾に「新和英大辞典 研究社」などと出典を手打ちしなくてはいけなかったのが、これが自動入力されるようになったのだ。これにより論文作成はもちろん、ブログなどに引用する際も、格段に利用しやすくなった。極めて実用的な機能だと言える。
インターネット検索機能も実用性の高い追加機能の1つだ。これは検索ボックスに語句を入力した状態でボタンを押すと、Webブラウザにデータが渡され、検索サイトで検索が実行されるというものだ。例えば時事用語を検索したのに内蔵辞書ではヒットしなかったという場合、すぐさまWebに切り替えて検索が行なえるというわけだ。シャープのNetWalkerにも似たような思想に基づいた機能があるが、実際使ってみるとなかなか便利で重宝する。
インターネット検索機能も備えるので、語句が見つからない場合はワンクリックでウェブに切り替えて検索が可能。ネットとの連携を考慮した実用的な機能だ | インターネット検索機能でジャンプする先のサイトは、デフォルトではYahoo!になっているが、MetapediaやWeblioなどへの切り替えも可能。自分で追加、編集も行なえる |
このほか、画面上部のメニューバーも改良され、アイコンサイズなどが大きく、見やすくなっている。ただデザインについてはユニバーサルデザインとは違った方向に進化してしまっており、直感的なわかりやすさという点ではいまいちだ。ウィンドウそのものがWebブラウザのデザインに近いだけに、戻るボタンなどブラウザに存在する機能についてはアイコンのデザイン・配置を似せてほしいと思う。
ちなみに、このPASORAMA機能は本製品からはWindows 7およびVistaの64bit版にも対応した。64bitのシェアが増えている中で、この配慮は嬉しいところだ。ちなみに従来モデルでもこの64bitドライバの提供が開始されているので、従来モデルのユーザーは同社のサイトにアクセスしてみるとよいだろう。
●コンテンツと価格のバランスがとれた完成度の高い製品従来のビジネス向け電子辞書といえば、用語辞典を中心としたベーシックな作りの製品が多く、専門性の高さを感じさせる製品はあまりなかった。専門性をとことん追求した電子辞書ではベーシックな国語系のコンテンツ、例えば類語辞典などが省かれる傾向があり、日々持ち歩いて使おうとすると不自由さを感じることも少なくなかった。あらゆるコンテンツを搭載できれば解決するわけだが、詰め込みすぎると価格の上昇という形で跳ね返ってくるわけで、結果的にどちらか一方に偏る傾向があった。
その点、この「SR-G9003」は、「ビジネス技術実用英語大辞典」や「180万語対訳大辞典」など専門性の高い英語コンテンツを取り揃える一方、類語辞典などベーシックな国語系コンテンツ、さらにも就職試験やTOEIC対策のコンテンツなど、価格を抑えつつも専門性と網羅性をうまく兼ね備えた製品に仕上がっている。大学入学時から就職、そして社会人になってからの専門職としての業務に対応できる作りになっており、理系パーソンを長期にわたってサポートしてくれる、これまでなかったゾーンの製品だと言えるだろう。個人的には日本語の用例検索がもうすこし充実すればと思うが、実売価格を考えると十分に及第点だと言えるだろう。
さらにこの「深く、広い」コンテンツ群を、辞書本体で一括検索できるのはもちろんのこと、PASORAMAを使ってPCからも横串で検索できるのも他社製品にない大きな強みだ。複数辞書を一括検索できるのは電子辞書専用機のメリットの1つだが、PCからもほぼ同様の操作が行なえることにより、操作性の向上はもとより、引用など活用の幅も広がる。コンテンツの高い専門性を存分に生かすことができるというわけだ。
中でも引用時に自動的に出典が明記されるようになったPASORAMA機能は、PCでの論文やレポートの作成を強力にアシストしてくれる。PASORAMAのインターフェイスそのものはまだ改善の余地があるところだが、それでも従来のバージョンに比べると圧倒的に使いやすくなっている。SIIの電子辞書ならではの機能として今後の発展にも期待したいところだ。
唯一懸念されるのは、本製品のコンテンツおよび機能の充実ぶりが、製品選びの際に逆効果になるのではないか、という点だろう。ユーザーが製品選びをする際、見た目のコンテンツの中に自分にマッチしないものがあり、そのぶん価格に上乗せされているように見えてしまうと、製品を購入候補から外してしまう傾向がなくはない。内蔵コンテンツの濃さから考えると49,800円という実売想定価格は破格と言えるくらい安いが、本製品のメリットをユーザーにきちんと伝えられるかは、プロモーションにもかかっていると言えそうだ。
製品名 | SR-G9003 |
メーカー希望小売価格 | オープンプライス |
ディスプレイ | 5.2型モノクロ |
ドット数 | 640×480ドット |
電源 | リチウムイオン充電池、単4電池×2 |
使用時間 | 約23時間 |
拡張機能 | SDカード、USB接続 |
本体サイズ(突起部含む) | 141.3×104.4×19.7mm(幅×奥行き×高さ) |
重量 | 約239g(充電池含む) |
収録コンテンツ数 | 60 |