■元麻布春男の週刊PCホットライン■
最近話題のスマートフォンだが、その歴史は決して短いものではない。今でも北米を中心に人気の高いBlackBerryは20世紀末に誕生しているし、わが国初の本格的なスマートフォンとして発売されたウィルコムのW-ZERO3が、2005年から2006年にかけてちょっとしたヒット商品になったことは記憶に新しい。だが、そのW-ZERO3でさえ、支持層はマニアが中心で、誰もがスマートフォンを使う、というには至らなかった。
その構図を大きく変えたのは、やはりAppleのiPhoneだ。スマートフォン=難しいもの、使いこなしにスキルの必要なもの、というイメージをiPhoneが変えた。分かりやすく直感的なGUIとタッチインターフェイスはもちろん、すでに普及していた「iPodの機能」が使える携帯電話的な売り込みも功を奏したのではないかと思う。iPhoneの成功はiPod touchへと展開され、そしてタブレットデバイスとして初めて商業的な成功を収めたiPadへとつながっていく。その勢いは今も健在だ。
しかしiPhoneやiPadには、とても大きな問題がある。その中核となるソフトウェア、iOSはApple製のハードウェアのみをサポートし、他社にライセンスされることはない、という点だ。iPhoneやiPadの販売には携帯キャリアも絡んでくるため、必ずしもそれを良しとしないユーザーも少なくない。Appleは、同社のソフトウェアとハードウェアは不可分というスタンス(これはMacも同じ)だが、スマートフォンやタブレットデバイスに、Appleとはまた違ったアイデアを持っている人もいることだろう。
特にiPadのような、それ自体で1つのジャンルを成すような製品の場合、他社としてAppleが市場を独占する様を、指をくわえて見ているわけにもいかない。iPhoneやiPadに対抗するには、その中核であるiOSに対抗できるソフトウェアが必要だが、それを自社で用意することはたやすいことではない。
iOSの対抗軸として、現在最も期待され、また成長を遂げているのがGoogleのAndroidだ。オープンソースとして提供されるAndroidは、キャリアや端末メーカーに縛られないこともあり、これを採用した端末は増加の一途をたどっている。すでにスマートフォンの出荷台数ベースではiPhoneを上回っているとされる。
Appleの1社提供のiOSと、さまざまな端末メーカーから搭載製品がリリースされるAndroidという対比は、Mac OSとWindowsの対比にも似る。実際、ソフトウェアとしての完成度や利用体験の一貫性という点でiOSやMac OSがそれぞれのライバルに対し優位にあるのは間違いない。また、iTunesというオンラインでコンテンツやアプリケーションを全世界的に販売するエコシステムを持っているのも、Appleプラットフォームに共通する強みだ。
その一方で、ハードウェアを含めた製品としてのバリエーションの豊富さや、製品がサポートしている機能セット、OSそのものというより、OS上で稼働するアプリケーションまで含めた機能セットという点でAndroidやWindowsが優位にあるのもまた事実だろう。FeliCaや地デジといったローカル標準のサポート、Blu-ray Discの再生などは、そのほんの一例に過ぎない。
iOSを搭載した機器にない製品バリエーションの1つが、物理キーボードを内蔵した端末だ。iPad用にApple自身がキーボード付きのDockを用意していることでも明らかなように、文字入力という点においてキーボードは極めて優れたデバイスである。特に生産性を考えた時、これに勝るデバイスは今のところ存在しない。
しかし、iOS機器において、標準で物理キーボードを内蔵したデバイスは、現時点で存在しない。ひょっとするとこれは、キーボードによる文字入力を前提にしたアプリケーションが、iOS上で台頭するのは望ましくない、とApple自身が考えていることが理由なのかもしれない。Appleは、自社のプラットフォームに提供されるアプリケーションの種類、あるいはその使われ方について、どうあるべき、というポリシーあるいは哲学を持っていて、ユーザーにもこれに従うことを求める。
これを許容できるか否か、押しつけがましいと感じるかどうかが、Apple製品のユーザーになるか、アンチになるかの分かれ目となることが多い。筆者も昔は許容できなかったが、片方のMicrosoftの製品も押しつけが強くなったこと(特にWindows Vista以降、およびOutlook)で、相対的に差が縮まり、Apple製品のポリシーを許容できるようになった(年齢のせいということもあるのだろうが)。このポリシーをすばらしいと感じられれば「信者」のステータスなのだろうが、残念ながら筆者はそこまでの修行はできていない。理解し許容するけれど、心酔はしない、というところだ。
●Android搭載の「LifeTouch NOTE」ノートPCと同様のクラムシェル型のフォームファクタを採用したLifeTouch NOTE |
さて、話が脱線してしまったが、物理キーボードを備えたデバイスも、Androidベースならいくつもの製品が提供されている。その最新作がNECの「LifeTouch NOTE」だ。3月10日から発売になるのは通信手段としてWi-Fiのみをサポートした製品だが、4月以降、FOMA対応通信モジュールを内蔵した3Gモデルも追加されることになっている。ちなみに本機を含むAndroid搭載製品は、Lenovoとの合弁会社には移管されず、NEC本体で扱う製品となる。
このLifeTouch NOTEは、タッチ操作をサポートした7型ワイド液晶(解像度800×480ドット)を採用したクラムシェル型の端末で、NVIDIAのTegra 250プロセッサ(1GHz、デュアルコア)を採用する。今回、発売に先立って、Wi-Fiモデルの試作機を利用する機会があった。本格的なレビューは別途掲載されている関連記事にゆずり、それを使った感想を述べてみたいと思う。
まず全体の感触だが、サイズ的には一般的なAndroid端末というより、ソニーのVAIO Pに近い。が、VAIO Pより低い価格設定を前提にしていること(つまりは高価な部品は使えない)もあり、だいぶ厚い。奥行きの大きさと合わせて、VAIO Pシリーズ用のケース類を流用することは難しそうだ。同じAndroidベースで物理キーボードを備えたauのIS01と比べると、あまりに両者の差は大きく、このLifeTouchがスマートフォンの範疇とは明らかに異なるデバイスであることがわかる。
ディスプレイサイズ | 解像度 | 幅 | 奥行き | 厚み | 重量 | |
VAIO P(店頭モデル) | 8型ウルトラワイド | 1,600×768ドット | 245mm | 120mm | 19.8mm | 619g |
LifeTouch NOTE | 7型ワイド | 800×480ドット | 234mm | 138mm | 25mm | 699g |
IS01 | 5型ワイド | 960×480ドット | 149mm | 83mm | 17.9mm | 227g |
LifeTouch NOTE(奥)とIS01。大きさの違いは歴然としている |
もちろん、一般的なノート等に比べればはるかに軽量なのだが、サイズ的な小ささもあって、本機を手に持つとズッシリとした密度感を感じる。その理由の1つは大型のバッテリを内蔵することで、ブラウザ閲覧で9時間、ローカル動画で8時間、YouTube動画7時間のバッテリ駆動時間を誇る。その一方で、スリープ待機時のバッテリ消費はやや多めの印象を受けた。
ベースとなるOSはAndroid 2.2で、CDD(The Android Compatibility Definition Document)2.2に準拠しているらしく、Android Marketを含めた、ほぼすべてのGoogle製Android向けアプリケーション(YouTube、Google Maps、ナビ、Gmail等)が利用できる。加えて日本語入力として「ATOK」、ブログ入力やmixiと連携可能なNEC製のエディタアプリケーション(NECではコミュニケーションツールと呼んでいる)である「ライフノート」、さらにはTwitterクライアントの「ついっぷる」や、「Evernote」など、さまざまなアプリケーションが添付されている。また、日本語フォントとして丸ゴシック風のFontAvenueフォントが採用されており、小画面での読みやすさを向上させている。
Android 2.2との互換性を追求する一方で、日本語対応アプリケーションの強化を行なうというのは、いわば王道のアプローチ。今回はWi-Fiモデルであったためテストすることはできなかったが、NECによると3Gモデルにおいてはテザリング(本機を無線LANルーターとして利用すること)も可能だという。Androidを利用する魅力、あるいはマニア層を惹きつけてやまないポイントは、どんなアプリが出てくるのか分からない自由であり、今まさに新しいプラットフォーム標準が生まれようとしている(少なくともそう感じられる)、その場に立ち会えるライブ感だと筆者は思っている。それを味わうのに、Android標準との高い互換性は不可欠だ。同じキーボード内蔵のノート型Android端末でも、東芝の「dynabook AZ」には、この点が欠けていたと思うのだ。
さて、本機を利用する上でカギとなるのは、何と言ってもハードウェアキーボードによる使い心地だ。これがダメなら本機のコンセプト自体が成り立たなくなってしまう、というくらい重要なポイントである。が、残念ながら筆者とはあまり相性が良くないらしい。これは筆者の手の大きさにも関係しているのだが、16.8mmという本機のキーピッチでは、どうもタイプミスが生じる。日本語入力は、変換という作業がつきまとうだけに、タイプミスはいちいち修正する必要がある(英文のように後から一括してスペルチェックというわけにはいかない)。タイプミスがあると、それが気になりやすいのだ。
LifeTouch NOTEの天板には、11cmまで寄れるマクロ機能を搭載した200万画素カメラが埋め込まれている | 本機のキーボード。Ctrl、Menu、Fnのキーはキーバインディングをカスタマイズ可能。F10キーの右側にAndroid固有のキーが集められている |
本機はAndroid標準との高い互換性を持つため、Androidに起こっている「今」を少なくとも現在は楽しむことができる(Android 2.3以降へのバージョンアップはまた別の問題である)。が、今を追求すると、本機のウリであるキーボードが邪魔に感じられることがある。コンバーチブル型のタブレットPCのように、ディスプレイ部を完全に折りたたんで、タブレット形状でも使えれば、なお良かったと思う。
というわけで、キーボードについての個人的な評価はあまり高くないのだが、このあたりは個人的な好みが強く出る範囲なので、ぜひ実機を触って試してほしい。
1つだけ確かなのは、こういう製品はやはりAndroidならではであり、多様性を保証するという意味では、もっともAndroidらしい(Googleはそうは思わないかもしれないが)製品ではないかと思うし、こういう試みが国内のメーカーから出てくることは頼もしいし、高く評価したい。ぜひ、うまく育ってほしい製品だ。