大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

デルの新社長、平手智行氏に今後の戦略を聞く

平手智行社長

 「顧客起点で、企業が持つ個別課題をしっかりと解決できる、価値提案が行なえる企業を目指す」――。2015年8月1日付けで、デル株式会社の代表取締役社長に就任した平手智行氏はこう語る。日本IBMに入社して以来、約25年間に渡る経験の後、ベライゾンジャパン合同会社の社長を務めた平手氏。IT業界、通信業界の経験を活かしてデル株式会社の今後の成長に、どんな手腕を発揮するかが注目される。平手社長に新社長としての抱負を聞いた。

――2015年7月に執行役員副社長としてデル株式会社に入社し、8月1日付けで、代表取締役社長に就任しました。この2カ月間はどんなことに力を注ぎましたか。

平手 7月、8月の2カ月間は、ユーザー企業、パートナー企業に、可能な限り訪問させていただきました。毎日3、4社を訪問させていただき、200人以上の方々にお目にかかっています。その中で、デルの現状の取り組みに対して、それが適切であるか、満足いただいているか、ということを率直に言っていただきました。お客様が抱える課題の解決、課題への挑戦に対して、我々の活動が合っているのか、お役に立っているのかどうか、ということを重点的にお伺いしたわけです。その点では、導入検討段階から販売、サポートまでの体制を持っていること、また、幅広い製品を取り揃えた活動に対しては、評価をいただいているという手応えを感じました。

――そうした会話の中で、デルが持つ課題を感じた部分はありますか?

平手 お客様が抱えている課題は、ますます複雑になっています。クラウド時代、IoT時代が到来し、多くのお客様が第3のプラットフォームへの移行の入口に立っている一方で、まだまだレガシーシステムが数多く残っており、これが企業の基幹を支えている状況があります。オンプレミスとクラウドが併存している状況は、「ハイブリッド」と表現することもできますが、実際には「ダブルスタンダード」が存在していると表現した方が適切だと言えます。近い将来には収束することになるでしょうが、今は過渡期とも言える環境にあるのが、企業情報システムの現状であり、そのために、管理工数やコストの課題、IT部門のスキルセットをどう抱えるかといった点を含めて、企業は多くのテーマを抱えざるを得ない状況にあります。

 こうした時代において、デルが提供する製品、サービスは、これらの課題解決において、的を射たものが多く、もっと積極的に提案していかなくてはいけないということを感じました。しかし、これまでのデルの提案手法は、お客様の要求に対して、こうした製品、サービスで解決できます、というものに留まっていたのではないかという反省があります。そうではなく、もっと我々から積極的に提案していく必要があると感じています。

 今では、「ソリューション」という言葉が広く使われていますが、これを直訳すれば「解決策」。しっかりと課題を解決できるものでなくてはなりません。だが、しっかりと解決することを考えた場合に、そこに万能薬はありません。今では、ソリューションというと万能薬のように表現されることが多いのですが、実態は、お客様のペインポイントに対して、それを解決できるソリューション提案が求められているわけです。

 デルの製品、サービスも、万能薬として提案するよりも、為替の問題、国際間取引の変化、セキュリティに対する脅威などの環境変化を捉え、個別の課題を解決することが必要です。あるソリューションに対して需要が集中し、引き合いが多いから、これを提案していくというやり方では、本来の「ソリューション」の意味を見失います。お客様が、なぜそれをやろうとしているのか、そのためにはなにが必要なのかをデルが提案する必要があります。お客様が目指すゴールを、山登りの山頂に例えるならば、なぜ、今この山に登るのか、なぜ、向こうの山ではないのか。また、東ルートから登っていきたいというが、今回は、北ルートから登ってはどうかといったように、一緒になって課題解決や挑戦を考え、最適なものを提案できるパートナーになっていきたい。そこを強化したい。私は、これまでにも、顧客、パートナーと膝をつき合わせてビジネスをしてきました。今こそ、そうした膝をつき合わせたビジネススタイルが求められていると言えます。

 これまでのIT業界は、最先端の技術を活用し、いいものを提供する仕組みであり、これがお客様に対して、価値を最大化できる手法であると業界全体が信じて疑わなかった。だが、こうしたプロダクトアウトの手法では、複雑化するお客様の課題を解決できません。お客様のペイントポイント、いわば患部を聞いて、そこに薬を調合する時代になった。顧客起点へと変わるわけですから、提案の方法が180度変わるとも言えるわけです。パートナーや顧客との対話の時間をもっと多く持つことで、真のソリューション提案をしていきたい。そこには、これまでの3倍でも、5倍でも時間を割きたいと思っています。

――平手社長のこれまでの経験は、デルにどんな影響を及ぼしますか。

平手 あらゆるものが繋がった世界を実現し、最適化しないと、お客様のメリットを作り出せない時代が訪れようとしています。全てがシームレスであり、インテグレートされ、そして、検証された状態で提供しなくてはならない。しかも、それを迅速に、柔軟性、経済性を持った形で提供されないといけない。こうした世界を実現するのは1社では難しい。日本の企業の成長を支えるには、日本のIT業界全体がスクラムを組んで、イノベーションを支援していくしかありません。デルもそこに貢献したい。そこに、私のこれまでの人脈や経営手法が生きると考えています。

――外から見たデルと、中に入って感じたデルの違いはどんなところにありましたか。

平手 入社して感じたのは、デルは、想像以上に元気で、自由闊達な企業であるという点です。それともう1つは、思ったよりも品揃えが多い(笑)という点ですね。デルは、過去8年間に渡って、数多くの企業を買収してきました。クライアント、サーバー、ストレージに関連する製品や、各種ソフトウェア、セキュリティソリューションなど。それによって、数多くの製品、サービスを取り揃えることができました。

 正直なところ、私自身、ここまで製品、サービスが揃っているとは思っていませんでした。お客様が、気が付いていないソリューションを提案できる土壌がデルにはある。これは、言い方を変えれば、これだけの製品、サービスが揃っていることを、多くの人が理解していないとも言えるわけです。もっとアピールしていかなくてはならないですね。その際にも、カタログスペックとして、製品、サービスを知っていただくのではなく、お客様の課題解決のための具体的なユースケースを通じて、デルの製品、サービスを知っていただきたい。そうしないとお客様の琴線には触れることができないと思います。

――一方で、社長就任にあわせて、社員に向けてはどんなことをいいましたか。

平手 社員一人一人が誠実に取り組んでくれていますので、その点に感謝しました。入社して感じたのは、非常に勤勉な社員たちが揃っているということです。例えば、宮崎県宮崎市の宮崎カスタマーセンターでは、500人以上の正社員が在籍し、テクニカルサポートなどの業務を担当してくれていますが、誠心誠意を尽くして対応し、お客様に向き合っており、これが高い評価を得ています。この評価をさらに伸ばしていってほしいですね。

 一方で、もっとお客様視点を徹底していってもらいたいとも言いました。なぜ、デルが持つ製品やサービスにお客様が関心を持っていただいているのか、その背景には何があるのか。一度立ち止まって、お客様としっかりと会話をして、最適な課題解決が行なえる提案をしてもらいたい。お客様視点になればなるほど、課題が複雑になればなるほど、デル1社だけでは解決が難しくなりますから、パートナーとの連携強化のために、パートナーとの会話の場を増やしていくことも必要です。

 そして、もっとチームワークを強化して欲しいですね。今も非常にいいチームワークを発揮していますが、さまざまなルートからの「山の登り方」を提案するには、さまざまな製品の組み合わせ提案が必要になります。部門を超えて情報交換を行なったり、討議を行なったりといった場を増やしていきたいと思います。お客様のペインポイント解決のために、デルが一丸となって取り組める体制を構築したいと考えています。

――デルの強みはどんなところに発揮できると考えていますか。

平手 コスト削減を目的としたIT投資や、保守、運用にIT投資の7割をかけているという現状は、速い市場変化に対応するという意味では、もはや限界に達しています。しかも、今はダブルスタンダードを維持しなくてはならない状況であり、新たなIT投資の使い道にも限度があります。ただ、クラウドネイティブに向けた道筋を見据え始めた企業も増えているのは確かです。そうした観点から見ると、日本の企業が成長を加速さるためには、日本のIT業界はもっと貢献していかなくてはならない。顧客起点のビジネスモデルの実現、迅速な製品開発など、競争優位性を実現できる部分に対して、ヒト、モノ、カネを投資していかなくてはなりません。

 日本のトップ500社の事業内容をみますと、事業全体の4割弱が海外でのビジネスとなっています。また、この円安状況の中でも、M&Aの投資額は過去最高になっています。つまり、海外展開やM&Aの増加によって、企業情報システムはヘテロ環境が生まれやすく、ここに手を付けないとイノベーションを起こすための障壁が生まれやすく、コスト面でもマイナス要素が出やすい。また、これまでは事業ごと、あるいは市場ごとに最適化した情報システムを活用する例がほとんどでしたが、今では、競合領域と共存領域の線引きの境界が大きく変わり、他社との競合領域が100%だったものが、共存領域が占める割合が増えるといった変化も出ています。これも、ヘテロ環境を改善しなくてはならない要素の1つになっています。こうしてみると、IT業界にとっても挑戦する場が増えているとも言え、そこに、抜本的な解列策を提供しなくてはならないと言えます。

 デルも、M&Aを繰り返していますが、全世界で水平統合を実現した企業情報システムを、3種類のサーバーと、2種類のOSイメージで実現しています。全世界どの拠点にいっても、どのPCを使っても、シングルサインオンができます。こうした企業情報システムを構築してきた実績をもっと生かしたい。デルは、社内にレガシーシステムを持った経験がないんです。かつてはレガシーシステムがなければ、世界は動かなかった。デルは、その時代を通っていませんが、今の時代を見れば、その経験がないことがプラスになっています。デルは、オープンであり、シンプルな製品、サービス、ソリューションを提供することを前提としてきましたし、それによって、非常に効率的にシステムを構築できている。ダブルスタンダードから、新たな情報システムの世界に移行するなかで、最適なソリューションを提供できるのがデルだと言えます。

――平手社長は、IBM時代に、米IBMのCEOであったルイス・ガースナー氏による改革を目の当たりにしていますね。デルのマイケル・デルCEOによる改革との共通項はありますか。そして異なる部分を感じることはありますか。

平手 1990年代のルイス・ガースナー氏による改革と、この8年間に渡って、マイケル・デルが取り組んできた改革の共通点は、インベンション(発明)だけに留まらず、それをイノベーションに変えることができる力と意思を持っているという点です。そして、徹底的な顧客指向を打ち出しているという点も共通しています。「お客様への提供価値を高めたい。これが仕事である」ということを明確に打ち出している点は同じですね。

 一方で、ガースナー氏はナビスコからIBMのCEOに就任したように、もともとIT業界のバックグランドは持っていません。ですから、技術を軸としたインベンションよりも、エンドユーザー視点が軸です。しかし、マイケル・デルは、テクノロジーからスタートし、テクノロジーを組み合わせてイノベーションを提供し、その上で、エンドユーザー視点でビジネスを行なっています。行きつくところは同じでも、根っこが違うと言えるのではないでしょうか。もちろん、マイケル・デルの場合は、もともと自作したPCを自分で売った方が、多くの人に低価格で、高性能のPCを提供できるという発想からビジネスをスタートしていますから、テクノロジーだけでなく、顧客視点でビジネスをスタートしたとも言えます。

――デルに入社する前に、マイケル・デル氏と面談したそうですが、そこではどんなことを言われましたか。

平手 とにかく、情熱的だった印象が強いですね。お客様への提供価値を最大化したいということ、すべての時間をお客様のために使いたいということを語っていました。そして、大きな夢を持っていることにも、私は感銘を受けました。「We can change the world with power of ideas」といっていましたが、これまでとは違うやり方をすることで、世の中を変えられるということが、彼にとってのイノベーションの基本的な考え方だと思います。無限の発想で世の中を変えていくということを、目をキラキラさせながら語っていました。デルは、日本市場で長年の経験があり、顧客、パートナーに育てていただいた企業です。マイケルからは、どうやって日本の市場に恩返しができるか、ということを考えてほしいと言われました。マイケル自身が、日本市場に対して強い関心を持ち続けていることを強く感じました。

――社長1年目としてどんなことに力を注ぎますか。

平手 1つは、パートナー戦略を加速させることです。日本ヒューレット・パッカードやインターネットイニシアティブで経験を持つ松本光吉氏が、8月3日付けで、デルに入社し、これまでの経験を活かして、デルの日本におけるパートナー戦略を整理し直し、推進していくことになります。デルはここ数年、パートナービジネスの拡大に力を注いできましたが、従来からの直販モデルと、パートナービジネスをどう両立させるかといったところで試行錯誤をしてきました。これを改めて整理し、ここから加速していきたいと考えています。

 ただ、基本になるのは、やはり、お客様の課題解決を軸に、提案型の活動を徹底するということです。どんなルートで売るか、どんな製品を売るかということもありますが、メンタリティ(精神)やビヘイビア(行動)といった観点で、顧客起点、顧客視点という姿勢を軸にし、提案価値を高める活動を徹底することが一番大切だと言えます。この領域であれば、デルのソリューションが強いということも、改めて日本市場の中で定着させたいですね。今後、顧客、パートナー、あるいは社員から見ても、どこに向かうのかということを明確に示していきたいと考えています。近いうちに、それを打ちだしていきたいですね。

(大河原 克行)