■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
オンキヨーのPC生産、保守・修理、サポート拠点となっているのが、オンキヨートレーディングである。
鳥取県倉吉市にある同社は、2010年4月、鳥取オンキヨーから社名を変更。さらに、オンキヨーエンターテイメントテクノロジーから営業部門の事業譲渡を受けたことで、現在では、Web直販「オンキヨーダイレクト」事業や、法人向けPC営業および新規開発営業も同社が担っている。
鳥取県倉吉市にあるオンキヨートレーディング | JR倉吉駅から車で約15分の距離にある |
鳥取という名前が取れたのは、営業機能を付加し、全国規模で展開する会社として最適な社名へと変更する狙いがあったからだ。
オンキヨートレーディングの志方亮三社長 |
「生産、修理、サポートに営業機能の一部が加わったことでそれぞれの機能を結びつけた、より効率的な事業運営ができるようになった。今後は、新たな市場開拓を行なう取り組みの延長線上において、本社による商品企画では創出できないような、倉吉ならではの顧客接点を生かした、独自の視点による商品企画を進めていきたい」と、オンキヨートレーディングの志方亮三社長は語る。
数人のPC開発経験者がオンキヨートレーディングに在籍していることもその実現を後押しする。時期は2011年度中、いわば名実ともに、「MADE IN 倉吉」のPCが、今後の事業展開の中で生まれてくることになるというわけだ。
鳥取オンキヨー時代は、ソーテックからのPC事業の移管が中心となり、同時に、倉吉の地名を冠した「倉吉品質」の徹底に取り組んできた。
オンキヨーPCカンパニー品質保証部サービス課カスタマーサポートセンター・清野正人センター長 |
「自らの製品に、倉吉の地名を使うことは、言い換えれば、その品質が悪ければ、倉吉地域全体のイメージダウンにつながりかねない。すべての製品、修理、サービスにおいて、倉吉の名を汚さないだけの品質を追求してきた」と、オンキヨーPCカンパニー品質保証部サービス課カスタマーサポートセンター・清野正人センター長。
その品質に対する評価は、製品、修理、サービスのそれぞれの観点から実績として確実に定着しつつある。そして、これまでの実績をベースに、オンキヨートレーディングは次の一歩に歩みを進めることになるというわけだ。
振り返れば、オンキヨートレーディングがここ数年に渡って取り組んできたのは、「倉吉品質」の言葉に代表される品質強化だった。
着荷不良という点での問題はかなり解消している。それは製品不良に関するサポートセンターへの問い合わせが減っていることからも明らかだ。もはや、オンキヨーは別の観点からの品質向上に取り組んでいる。
「使ってほしい商品をいかに届けるかといったことだけでなく、どう使ってもらいたいか、どうしたら箱を開けた時のワクワクを感じてもらえるのか。そうしたことを、作り手1人1人が感じながら、モノづくりに取り組んできた」と志方社長は語る。
その姿勢は、生産現場に張り出されているキャッチフレーズの数々からも感じとることができる。
例えば、部品の入庫工程や組立工程では「品質という名の商品を届けよう」、最終検査工程では「次に操作されるのは、お客様」、梱包工程では「次に箱を開けるのは、お客様」といった言葉が張り出されている。
自分が検査や梱包したあとは、そのままエンドユーザーが利用する環境へと届く。最終の最後を、自分の責任で仕上げるという意識を徹底しているのだ。
組立工程や検査工程、梱包工程などには、倉吉品質を実現するためのこだわりの言葉があちこちに掲げられている |
また、組立工程のスタッフが全員帽子を着用しているのは、箱のなかに髪の毛が入らないようにするという配慮からだ。
「箱を開けた時に、髪の毛1本が入っていただけで、お客様はがっかりしてしまう。お客様の立場に立ってモノづくりをするという姿勢を、隅々にまで徹底している」(清野センター長)。
単に故障をしないということだけが品質ではなく、受け取った人がワクワクしてもらうことまでが、オンキヨーが取り組む品質ということになる。
「これはオンキヨーマインドによるモノづくり」と、清野センター長は言い切る。
●IT化の進展によってサービスを向上2009年度までにオンキヨートレーディングは、PC生産工程におけるIT化に関して、1つの目標レベルに到達した。
それは、基幹システムとなる生産管理システムを中心に、材料ピッキングシステム、工程モニタリングシステムのほか、ソフトウェアのインストールなどを行なうイメージ展開システム、そして、受注システムとの連動を完了。これにより、品質向上とユーザーへのサポート強化が図ることができたという。
例えば、工程モニタリングシステムとの連動では、生産ラインにおいて商品ごとに生産する機種に関する情報をスイッチで呼び出し、製造仕様書画面の表示を行なったり、組立完了時にもスイッチを押して作業が完了したことを入力するという仕組みだったが、これをバーコード方式に変更。作業の効率化とともに、人為的ミスを排除し正確性を高めた。
さらに、2009年12月からは、この情報をWeb公開システムと連携。ユーザーが発注した製品が、現在どんなステータスにあるのかを確認することができるようにした。
「直販で購入したユーザーの約半数がWebでステータスを確認している。モノづくり環境の進化が、ユーザーの満足度向上につながる例の1つであり、これも倉吉品質を引き上げる要素になっている」とする。
この仕組みは、修理工程でも同様のサービスとして展開されている。
生産ラインで構築したモニタリングシステムを応用して、修理ロケーションシステムを開発。2010年6月から、修理を依頼したユーザーは、携帯電話を通じて修理状況を確認することができるようになった。
「今後は、自分のPCを生産している様子や修理している様子をビデオで公開するといったことも考えていきたい。また、来年度以降には、Webを活用した修理見積もり回答サービスや、返電の予約サービスといったことも考えていきたい」という。
2010年3月からスタートした全国オンサイト(出張)修理や、4月から開始した「パソコン訪問コンシェルジュサービス」も、こうしたIT化の進展が下支えしているものだ。
●全社まるごとの多能工化に乗り出す
一方、生産工程におけるIT化が進んだことで、オンキヨートレーディングは驚くべき体制づくりにも着手した。
それは一言で言えば「多能工化」ということになる。もちろん、これまでにもセル生産を主体とする同社のスタッフは多能工化されていた。だが、同社が取り組んだ「多能工化」は、部門を越えるという取り組みだったのだ。
「IT化によって、生産工程内における手書きでのチェックをはじめとする独自ルールが廃止され、生産工程における作業が標準化および簡略化したこと、また、従来は作業場所のレイアウトが固定式だったものがフレキシブル性を持ったものになったことで、急な増産にも対応できるレイアウト変更やセルの増設が可能になり、さらに、修理部門の技術者やサポート担当者を生産ラインにも投入できるようになった。生産時に得たノウハウを、修理やサポートにも生かすことができる」(清野センター長)。
基本的な体制は生産部門で35人、修理部門は55人、カスタマーセンター部門は45人となっているが、これらの人員を柔軟に移動させることで、月末に集中しがちな生産増加にも柔軟に対応できるという。
人の背丈や作業内容によって高さ調節が可能な作業台の導入といった細かな配慮のほか、熟練作業者による組立技術をビデオで学習する仕組みの導入も、こうした柔軟な体制の確立に寄与している。
テープに作業者の指紋が付かないように、テープの切り出し部にも工夫。これも品質の1つ | ジャッキを利用して作業台を上下に移動させ、作業者に合わせた高さにできる |
組立ラインは柔軟にレイアウト変更ができるように天井から各種ケーブルが供給される |
熟練作業者の作業の様子をビデオで撮影して、技術伝承を行なう | 多能工化を積極的に推進する。各作業を3段階で表示し、そのスキルを社内に張り出している |
「カスタマーセンターのスタッフは梱包ラインなど専門的な作業が求められない場所での応援になるが、それでもモノづくりへのこだわりを自ら体感することは、大切なこと」(清野センター長)。
この仕組みはますます進展させる考えだ。目指しているのは全社規模での多能工化。部門を越えたモノづくり体制と、モノづくりへこだわる意識の共有化が、オンキヨートレーディングならではの体制だといえる。
●笑顔ならぬ、笑声の対応に心がけるオンキヨーのPC事業にとって、カスタマーセンターにおけるサポート体制の改善は大きな課題の1つだったが、この成果には目を見張るものがある。
例えば、カスタマーセンターにおける指標の1つである受電率は、月平均でみても80%~90%を維持。つながりにくいという状況は解消されている。さらに同社ではこれを踏み込んで、1日単位、時間単位での受電状況の分析を行ない、どんな時間帯でも85%以上の受電率に高める努力を行なった。
「月平均では80%以上の受電率となっていても、1日を30分ごとに分析すると受電率が70%台に落ち込んでいる時間帯もあった。悪い時には40%台にまで落ち込んでいたことがわかった。どの時間帯でもつながりやすい高水準のサービスを提供できるようにすることが多くのユーザーに満足していただくためには不可欠。そのためには、繁忙時間は、カスタマーセンターのオペレータだけが対応するのではなく、オペレータ向け教育チームや基準プロセスを作成するチームを含めて、カスタマーセンターの社員全員が対応することにした。今では午前中はほぼ全員が電話を取る業務に携わっている」という。そう語る清野センター長が、電話対応にまわることも例外ではない。
カスタマーセンター内部でも多能工化が進んでいるといえよう。
さらに、電話応対のための研修サポートを全社員を対象に実施。サポートに限らず、電話による応対の質を全社規模で高めるという取り組みも開始している。ここでは、志方社長も例外にはならず、すでに自ら受講したという。
実は、オンキヨートレーディングでは、鳥取県の地域雇用創造計画「とっとり高度人財『燦然』プラン」において、テクニカルサポート育成事業で協力体制を敷いており、2009年3月からスタートした同事業で50人の受講者を対象にコールセンターオペレーターとしての育成を担当。そのうち11人を同社で採用するといった取り組みも行なっている。
地域への貢献や雇用創出といった点でも、同社が果たす役割は大きいといえる。
「すべての言葉を笑声で」--。同社のカスタマーセンター内には、このキャッチフレーズが張り出されている。
笑顔ならぬ、笑声という造語に、カスタマーセンターならではの姿勢が感じられる。
「相手に伝わるのは声だけ。その対応1つで、いかに満足を提供できるか。Emotional Supportが我々のテーマ。感動していただけるサポートの提供に力を注いでいく」とする。
同社では、10月以降にも関東地区に新たなサポート拠点を開設することで、午前9時から午後10時までの13時間のサポート体制、365日の運用体制を確立する考えである。
カスタマーサポートセンターの様子 | オペレータが使用する基本的な構成 | 「すべての言葉を笑声で」が同社カスタマーサポートセンターの合言葉 |
Emotional Supportをキーワードに掲げる。PCのプロだけではなく、心のプロとの組み合わせが感動を提供できるという | 社員を対象に実施しているテクニルサポート人材育成研修の様子 |
電話対応講習は志方社長、清野センター長をはじめ、全員が受講する | ソーテック時代からの歴代のPCが動作する形で設置されている |
●営業機能を強化するオンキヨートレーディング
一方、2010年4月からの社名変更に伴い、一部営業体制をオンキヨートレーディングに移管。テレマーケティングや法人営業体制も強化された。
同部門では、今後、提案型ビジネスを、倉吉を拠点として全国的に展開していくことになる。
その1つのベースとなるのが、倉吉市内への小中学校への導入実績だといえる。
オンキヨートレーディングAVCサービス部・吉田裕一部長 |
「市内の中学校5校中4校に対して、160台のPCを導入した。また、市内4校の小学校にも112台のPCを導入した実績がある。旧鳥取オンキヨー時代には、PCの設置、セットアップまでを行なっていたが、オンキヨーエンターテイメントテクノロジーの営業機能を統合したことで、ネットワーク設計やシステム設計、ネットワーク機器の設定、学習支援ツール構築作業なども可能になった。こうした実績を、今後は企業向けの提案にも生かしていくことになる」(オンキヨートレーディングAVCサービス部・吉田裕一部長)。
倉吉市教員委員会向けにICTシステムを導入。教育委員会の基幹サーバーと、生徒系ネットワーク、教師・職員ネットワークを結んだシステム構築支援などの実績も出ている。
オンキヨーでは、法人向けの商品ラインアップの強化にも力を注いでおり、2010年4月から発売したスマートトップでは、ホテルでの一括受注などの実績も出始めている。こうした商談の広がりでもオンキヨートレーディングの役割が発揮されることになりそうだ。
スマートトップはすべてが倉吉製といえるPC | スマートトップはセルではなく、5人体制のラインで生産される | 組立工程で不具合が発生したものは、別ラインで修理が行なわれる |
最終の梱包工程の様子 | スマートトップの梱包箱 |
このようにオンキヨートレーディングは、PCの生産、保守・修理、サポートに加え、一部営業機能や、今後は商品企画機能の一部まで担うことになりそうだ。
それらの取り組みに共通しているのは、「倉吉品質」へのこだわりであることに間違いはない。
「倉吉の名前を汚したくないという気持ちは、オンキヨートレーディングの社員全員に共通したもの。ただ、これまでは、汚したくないという気持ちが、守るという意識につながっていた。それは、まず品質を維持するための体制構築に力を注いできたという背景があった。だが、生産工程におけるIT化がひとまず完了し、それによって新たなサービスも提供できるようになった。また、サポート体制も強化されている。倉吉品質は、オンキヨートレーディングが発祥の地。これからは、守るのではなく、倉吉品質は我々が作るという意識で取り組んでいきたい」(清野センター長)と意気込む。
オンキヨートレーディングへの社名変更から、まもなく半年。倉吉品質の作り手としての意識がより強くなってきたといえそうだ。