山田祥平のRe:config.sys

TVスクリーン争奪戦序章

 GoogleがAndroid TVの提供開始を発表した。その最初の搭載端末は、セットトップボックスとしての「Nexus Player」だ。これでまた、リビングのTVには新しいソースが繋がり、ぼくらの暮らしの中に浸透していくのだろう。

暮らしを変えるインターネット接続帯域幅

 ぼくは、2000年末に自宅にADSLを開通させ、インターネット接続環境はいわゆるブロードバンドとなった。スペックは、下り1.6Mbps,上り270Kbpsというもので、今となってはブロードバンドというにはおこがましい帯域幅だが、それでも、画期的に暮らしが変わった印象を持った。

 そのころ、その先10年くらいを自分で予想した中で、未だに叶っていない事項が1つある。それは、2010年頃にはレンタルビデオショップはなくなっているだろうというものだ。2000年当時のインターネットコンテンツは軽く、ADSL程度の速度でも、ローカルのHDDにあるコンテンツを表示するのと変わらない速度でブラウザ表示することができた。この調子で帯域が広がって行けば10年しないで、ビデオ視聴はきっとオンデマンドだけになるだろうと思ったのだ。PCのデスクトップの小さな矩形の中でうごめいているような動画コンテンツも、大画面での鑑賞に堪えるものになるはずだと信じていた。ちなみにDVDビデオが9.8Mbps、地デジが15Mbps、BDビデオが54Mbpsだ。接続サービスとそのバックボーン、CDNの帯域さえしっかりしていれば、納得できる高画質配信ができるようになるまで、そんなに時間はかからないように思う。

 もっとも音楽CDはちょっと違うらしい。ビデオや映画と違って音楽は繰り返し楽しむことが多く、楽曲データを手元においておきたいという要求が強いからだろう。今なお、光学ドライブ付きのノートPCが、特に若い女性に根強い人気を持つのは、レンタルCDのリッピングが目的だからという話も聞こえてくる。たぶんポータブルの外付けDVDドライブがCD 1枚分程度の金額を出せば購入できるくらいに安くなってきていることを知らない層なのだろうなと思うと同時に、楽曲をオンラインで購入するよりCDをレンタルしてリッピングした方が安上がりだという厳しい経済感覚に脱帽してしまう。

 いずれはCD/DVDのレンタルショップはなくなる。その考えは今も変わらない。現実的に、今、さまざまなサービスがビデオコンテンツの配信をしている。見たいコンテンツを簡単に見つけることができれば、わざわざレンタルビデオショップにでかけて探さなくても、その場で再生を開始すればいいのだ。そういう意味ではChromecastが提供してきたGoogle Castのような仕組みは秀逸だ。なにしろ、スマートフォンでコンテンツを見つけて、TVに向かって投げるだけで、再生されたコンテンツを大画面で楽しめるのだ。

 Google TVは、そのChromecastにGUIを持たせたものと考えれば分かりやすい。今までスマートフォン側でコンテンツを探し、見つかったら投げるという手順が必要だったが、Google TVなら、最初からTVの大きな画面でコンテンツを探し、そのまま再生に移ることができる。

共有空間としてのリビングルームとTV

 Android TVを搭載したNexus Playerは、2月下旬から発売されるが、その価格は13,824円となっている。今、Chromecastの価格が4,536円なので、約3倍といったところだろうか。ハードウェア的には1.8GHzクワッドコアのAtomプロセッサを搭載し、8GBのストレージを持つデバイスとしては結構頑張っている価格ではないだろうか。

 現時点で、Google TVを使ってできることとしては、Chromecastでできること全てと、ビデオサービスコンテンツの視聴、ゲームサービスコンテンツのプレイ、そして、Android TV用に開発されたアプリケーションの実行だ。サービスプロバイダを串刺ししてのコンテンツ検索や、視聴履歴に基づいたお勧めコンテンツの提案といった特徴もある。

 TwitterやFacebookといったSNS対応アプリも作ろうと思えば作れるはずだが、それは自粛すべきだと個人的には思う。リビングルームという共有空間に置かれたセミパブリックなデバイスなのだから、家族といえども個人のアカウントに紐付けられるアプリを実行するのは、トラブルのもとになる可能性があるからだ。それらについては今まで通りに手元のスマートフォンで楽しむのがよさそうだ。TVの大きな画面は、あくまでもコンテンツの再生のためだけに使うべきだと思う。

 Android TVは、Nexus Playerだけではなく、各社のTVにも内蔵されて出荷される。Googleは、ハードウェアベンダーはもちろん、コンテンツプロバイダや、ソフトウェアベンダーなど、さまざまなパートナー企業と協業し、Android TVをオープンなプラットフォームとして成長させていくことを目論んでいる。

Googleが見つめる未来はもっと先

 ただ、Googleが考えているAndroid TVがここで完成してしまったわけではない。というのも、いわゆる放送としてのTVコンテンツとの融合に対して、まだ、はっきりした解を提示しきれていないからだ。Googleのことだから、スマートフォンを大画面にしてみましたで終わるはずがないことは誰もが思うことだろう。

 例えば、今回発表されたAndroid TVでは、内蔵TVの場合、放送番組の視聴についてはTVアプリの実行によって行なうことになるという。また、Nexus Playerのようなセットトップボックスでは、TV側でソースを切り替える必要がある。

 つまり、放送番組の受信や、ビデオレコーダに録画した番組の再生と、Android TVのプラットフォームは独立しているのだ。極端に言えば、スマートフォンに10フィートGUIのシェルをインストールして、その画面をミラーリングするのとあまり違いがないともいえる。

 放送番組に含まれるメタデータを使い、今、放送中の番組で歌っている歌手のプロフィールを知り、その歌手のほかの楽曲をYouTubeで何曲か聞いたあと、コンサートビデオをレンタルし、それを見終わってAmazonでCDを購入するといった一連の流れがシームレスにできればとも思うのだが、現時点ではそれは叶わない。

 なにせ、1時間前に放送されていた番組の内容さえEPGから消えてしまうこの日本という国の話だ。放送というプラットフォームとインターネットというプラットフォームが融合するには、解決しなければならない問題が山積みだ。

 昨今では、TV各局も見逃し配信を無料で提供するなど、インターネットを使ったTV番組の再配信に熱心だ。もちろん有料での配信サービスもある。TVを見ている人の数はハンパではないので、放送がなくなってしまうことはないだろうし、その広告効果を考えれば番組提供各社も放送の存在意義を認めているはずだ。だからこそ、高額な広告費を支払って番組提供をし、そのおかげで豪華なキャストで質の高い番組をTV局は供給できる。そのエコシステムを維持するためには、検索などをトリガーにして放送中の番組から離脱してもらっては困るのだ。

 この部分の論理構造をなんとか解決する方法を見出さない限り、Android TVが本当だったらもたらすであろうめくるめく世界はもうちょっと先の話になりそうだ。

 それでもここで1つの標準プラットフォームが動き出したという点では意義がある。その先に来るものの受け皿がない限りは、何も先に進まないからだ。

(山田 祥平)