山田祥平のRe:config.sys

FOMAとiPhoneとb-microSIM




 端末ハードウェアと通信サービスとは、本来、切り離されているもので、消費者はどちらも自由に選べるのが理想だ。ところが携帯電話ビジネスは、両者を連携させることで独自の道を歩むことを選んできた。何年縛りといった条件を飲めば、端末そのものが格安で購入できることから、ゼロ円携帯端末などが登場したことは記憶に新しい。そこに一石を投じたのが日本通信だ。

●ドコモより安くても、ソフトバンクはもっと安い

 日本通信は、NTTドコモとの相互接続協定を締結し、ドコモから仕入れた回線を小売りする事業者だ。実際の電波回線網を持たないモバイル通信事業者であることからMVNO、つまり、モバイル・バーチャル・ネットワーク・オペレーター(仮想移動体通信事業者)と呼ばれている。

 同社は、1996年の創業以来、「キャリアができない、あるいはやりにくいサービス」を実現し、提供することがMVNOの使命だとし、これまで、さまざまなサービスの提供に取り組んできた。

 その日本通信がiPhone4で使えるマイクロSIMを発表し、「iPhone専用プラチナサービス」を開始するという。いつもぼくらが望んでいたサービスを提供してきてくれた企業だけに、今回も期待は高まるというものだ。

 今回のサービスは、アップルのiPhone4で使われているマイクロSIMを「talking b-microSIM(トーキング・ビーマイクロ・シム)プラチナサービス」として提供するもので、日本通信が言うところの世界一品質の高いNTTドコモの回線をiPhone4で使えるようにするというものだ。

 ご存じの通り、日本ではソフトバンクモバイルがiPhoneを扱う独占事業者で、日本で販売されているiPhoneにはSIMロックが施され、日本国内においては他社のSIMを装着しても通信をすることができない。さらには、iPhoneに本来備わっているテザリング、つまり、iPhoneをモデムとして使いPCに接続してインターネット接続する機能も殺されている。

 海外渡航時に現地のSIMを装着した場合には、少なくともSIMロックはないとのことなので、通信方式の異なるauが物理的にネットワークにつながらないことを考慮すれば、実質的にNTTドコモロックがかかっているといってもいい状態で販売されているわけだ。

 日本通信は、レガシーキャリア型からNEWモデル型の購入プロセスへの移行を提唱し、現状を打破するべく、消費者が好きな端末ハードウェアを選び、好きな通信サービスを選ぶというプロセスでモバイル通信を楽しめるようにするために、今回のサービス提供に踏み切ったという。

 つまり、SIMロックのかかっていないiPhoneを、諸外国から何らかの方法で入手し、それに同社の提供するSIMを装着することで、

・世界一の品質を持つNTTドコモのFOMA網をiPhoneで使える
・iPhoneのアプリケーションを快適に使える通信帯域幅が提供される
・300Kbps程度に抑制されるもののテザリングも料金内でOK

というサービスが月額6,260円で提供されるという。ドコモでいうところのSSプラン、1,050円分の通話料も含まれる。同等のサービスをドコモで使えば、10,710円になるというから半額近い金額だ。しかも期間縛りもない。

 ただ、これはドコモと比べるから半額近いのであって、ソフトバンクモバイルの価格を参照してみると逆転する。日本通信のサービスは、バリュープログラム(i)でパケットし放題フラットを設定したときのものに近く、ソフトバンク同士で21時から深夜1時までの話し放題のホワイトプランに、いわゆるISP料金としてのS!ベーシックを含めると1カ月あたり3,785円で済む。

 この金額は、一括払いや24カ月払いの場合に、月月割と呼ばれる端末代金割り引きサービスによって毎月の通信料から24カ月間,1920円分が割り引かれた結果であり、端末代金は一括か分割で支払う必要がある。端末代金は32GB版で契約手数料を入れて60,435円かかるので、そこから月月割分44,080円を差し引けば、14,355円で端末が手に入る計算だ。

 一方、日本通信のSIMでiPhoneを使うためには、端末そのものを自力で調達する必要がある。現時点では並行輸入業者などに頼ることになり、10万円を超える金額でやりとりされているようだが、たとえば、香港のAppleでは32GB版が5,888香港ドルなので、1香港ドルを11円程度に見積もれば65,000円程度だ。

 ただし、香港Appleは香港内の住所にしか購入した商品を発送しないので、電脳中心買物隊 in 香港のような購入支援業者をたよる必要があり、その場合の手数料や送料、税金などで7,000円程度が別途必要になり、最終的な合計額は7万円と少しとなる。

 つまり、日本通信のSIMを使うコスト的なメリットはない。

 話を整理すると、確かに日本通信のサービスはドコモのサービスに比べて半額近いが、ソフトバンクのサービスはさらにその半額近いということだ(ただしテザリングはできない。個人的には他デバイスの通信を媒介できない通信デバイスは許せない)。

●端末ビジネスと通信サービスの分離に取り組む日本通信

 日本通信がこうしたビジネスに取り組むのは、硬直化している日本のモバイル通信シーンに、変化の突破口を開くという点で、実に、頼もしく感じる。

 これならドコモのAndroid端末を購入し、回線は死蔵させ、この日本通信のSIMで使ってもいいなと思っていた。日本通信のSIMはFOMAカードそのものなので、ドコモの端末であれば、アダプタなどで形状をなんとかすれば、ロックされることなく自由に利用できるからだ。

 ところが落とし穴があった。名称である「iPhone専用プラチナサービス」に偽りはなく、このサービスはiPhone専用だったのだ。

 具体的には、日本通信はこのサービスのために2種類のAPNを用意するという。1つはiPhone単独での通信用、もう1つはテザリング併用のためのものだ。iPhone単独接続の場合は快適な速度が保証されるが、テザリング用APNは300Kbps程度に帯域が制限される。APNの切り替えが手動なのか自動なのかは現時点で不明だが、どっちにしてもシームレスというわけにはいかないようだ。

 日本通信によれば、このSIMをAndroid端末等、iPhone以外の端末に装着した場合、つながることはつながるが、実用に耐えない帯域幅しか得られないという。iPhoneのパケットに最適化したQoSがネットワークに施されているからというのがその理由らしい。

 日本通信は、端末ハードウェア選びと通信サービス選びを分離し、消費者が自由に双方を選べるのが次世代のNEWモデル型購入プロセスだと主張する。確かに、iPhoneという端末を選び、そして、ソフトバンクか日本通信かどちらかの通信サービスを選べるようになった。でも、日本通信をキャリアとして選んだユーザーが、そのサービスで好きな端末を使いたいというニーズには応えられていない。誤解を怖れずにいえば、SIMロックを悪としながら、端末ロックをやっているといってもいい。これは日本通信的には悪ではないというのだろうかと、ちょっと失望した。

 日本通信によれば、もし、どの端末でも同様に快適に使えるようにするためには、結局ドコモと同じくらいの料金設定になってしまうという。iPhone専用にし、さらにはテザリング時の帯域制限を施すことで、この価格に抑えられているらしい。ただ、将来的にはスマートフォンの機種を限定し、同等のサービスを提供する可能性もないわけではないとのことなので、そこに期待したいところだ。

 つまり、Xperia専用とか、Galaxy、Blackberry専用といったサービスが登場する可能性はゼロではないということだ。もちろんその場合は通常サイズのSIMが提供されるだろう。こうしたサービスが始まることで、海外の端末ベンダーが製品を日本の法律に準拠するように技術適合審査を通すプロセスを踏むようになるきっかけにもなるかもしれない。手元には渡米時に使うために購入したAndroid携帯端末があるが、これを国内で使ってはいけない。そんなはがゆい状況にも、なんらかの変化が訪れる日もくるのだろう。そして、将来的には、端末ビジネスと通信サービスが完全に分離し、日本通信が提唱するような自由な世界がやってくるのだろう。

 1985年に電気通信事業法が改正されたことで、民間の会社が第三者間の通信を媒介できるようになった。そして、通信事業と端末事業は別のものになり、NTTの回線に量販店で買ってきた好みの電話機をつなぐことも自由になった。さらに、その後は、マイラインによって固定電話網でも事業者を自由に選べるようになっている。こうした経緯によって固定網通信の世界に起こったイノベーションの大きさは計り知れないものがある。

 PCにメーカー製のモデムをつなぎ、電話回線を介してパソコン通信サービスを利用するようなことは、半世紀前まで自由にできなかったのだ。それができるようになったからこそ、今、ぼくらは、この国でインターネットを謳歌できている。それと同じようなことが、これからはモバイルの世界でも起こるということだ。

 ちょっとケチがついた形ではあっても、やらないよりはやったほうがずっといい。そういう意味で、日本通信の今回のビジネスには今後の進展を期待したい。冷静に考えれば、決してうまい商売ではないはずだ。それをやってしまうところが同社のすごいところだ。