メーカーさん、こんなPC作ってください!

入門者からプロまで使えるマンガ家向けPCを創る【後編】

~このマシンで製作した作例のマンガも公開

今回の「セルシス認定CLIP STUDIO PAINT推奨スタンダードB」マシン

 パソコン工房から今回のマンガ家向けの「セルシス認定CLIP STUDIO PAINT推奨PC」が届いたので、実際にこのPCを使ってプロマンガ家の北上諭志氏に作品を描いていただき、使い勝手などについても聞いてみた。

 まずマシンを紹介しよう。本製品は、セルシスのマンガ作成ソフト「CLIP STUDIO PAINT」を前提に開発している。前編、中編で紹介した通り、セルシスや北上氏などの意見、アドバイスから、ハードウェアスペックはさほど高くなくても動くことが分かった。ただし、複数ページのマンガとなると、そこそこのサイズの画像データを扱うため、オンメモリで作業できるようなるべくメモリは多く積んだ方がいいし、高速に読み込めるよう、ストレージはSSDが必須になる。このソフトはマルチスレッドに対応しており、その点は昨今のCPUはほとんど全て対応するが、フィルタ処理に動作クロックが効いてくることも考慮した。

正面
背面
左側面
内部。メモリのほか、マンガ向けではあまり必要ないが、ビデオカードやHDDの増設も可能

 これらを踏まえ、パソコン工房では4モデルを用意した。もちろん全てCLIP STUDIO PAINTでの動作確認済みで、セルシスからも認定を受けた。

 エントリーモデルは、CPUとメモリを抑え気味にし、価格は64,980円(税別)。利用ソフトは、マンガ用の複数ページの管理に対応しないCLIP STUDIO PAINT PROを想定しており、イラストを描いて、pixivに投稿といった、まずは単ページのイラスト描きから始めたい入門者向けとなる。

 ボリュームゾーンとなる10万円前後の価格帯には、スタンダードAとBという2モデルを用意。こちらは、複数ページに対応するCLIP STUDIO PAINT EXでマンガをばりばり描いていく人向け。メモリは16GBで、CPUはAモデルはCore i3、Bモデルはi5を搭載。また、SSD 240GBに加え、BモデルはHDD 1TBも搭載。プロマンガ化のアシスタント向けを想定し、価格は10万円を切った。Aモデルはカラーや3Dオブジェクト活用と言ったプロユースでも十分な性能を提供し、データも多く記録できるようにした。今回はこのスタンダードモデルを北上氏に使ってもらった。

 さらに上を行く人向けに、Core i7、メモリ32GBのプロモデルも取り揃えている。

 パソコン工房によると、今回のマシンのコンセプトは、「安価に購入した後長く使える」こと。パソコン工房ではこれまで、エントリークラスのCPUではIntel H81チップセットでメモリスロット2基、最大16GB搭載のモデルしかなかった。だが、Intel H97チップセットを採用したことで、メモリスロット4基、最大32GBまで搭載可能となった。これによって、まずはエントリーモデルを購入し、単ページから始め、いよいよマンガデビューしたくなったら、本体を買い換えることなくメモリを増設できるし、あるいはCPUを上位のものに買い換えるといった最低限のアップグレードによって、以降も性能に不満を感じることなく使い続けられるだろう。

 また、いずれのモデルも、「フルセット」版のスターターパックを用意。フルセット版は、プラス2万9千円で、プロモデルを除き、ワコムのペンタブレット「Intuos Comic Pen & Touch Small」と、iiyama製21型フルHD(1,920×1,080ドット)液晶「E2280HS」が付属。プロモデルはプラス5万9千円で、ワコム製「Intuos Comic Pen & Touch Medium」と、iiyama製23型フルHD液晶「X2380HS-B2」が2台付属する。

 いずれのタブレットもCLIP STUDIO PAINT PRO 2年版が付属しているほか、フルセット版では出荷時にタブレットのドライバをプリインストールしてあるので、開封してすぐ使える。なお、CLIP STUDIO PAINT PRO 2年版は、2年経過後も機能限定版の「CLIP STUDIO PAINT DEBUT」として使い続けられるほか、「CLIP STUDIO PAINT PROダウンロード版」への優待アップグレードが可能で、CLIP STUDIO PAINT PROダウンロード版からCLIP STUDIO PAINT EXへの優待アップグレードというパスも用意されているので、上位版に移行する際にも無駄にならない。

 製品の細かい特性などはパソコン工房の実験工房ページを参照されたい。メモリの占有量、CPUによる読み書き時間の変化、HDD/SSDの違いなど細かく検証されている。製品情報はこちらだ。

 さらに、オプションとして、PCの設置・設定サービスもある。これには、PC一式の開梱作業、PC一式の指定場所への設置、Windowsの初回起動確認、Windowsへの初回ログイン設定、インターネット接続、メールアカウントの設定、CLIP STUDIO PAINTのインストールと初回起動確認、ペンタブレットの設定が含まれ、追加料金でマルチディスプレイ設定、Windowsの使い方レクチャー1時間も利用できる。ややブルジョワ感もあるが、既にプロとして活躍しており、PCの設定などは面倒という人には好適かも知れない。

 そして、製品化記念特典として、先着30台には、マンガイラスト作成に便利な購入特典も用意されるそうだ。

北上氏によるレビューと解説

 というわけで、パソコン工房さん、セルシスさんたちと企画したマンガ家向けPCが実際に届いたので、これを使って作業してみました。使ったのはスタンダードBモデルです。

 まずはマシンの印象ですが思っていた以上にコンパクトですね。僕の普段使っているマシンは倍くらいのサイズなので、最初はこんな小さくてサクサク動いてくれるのか心配になりました。ただ、僕は手元にメモとかコーヒー、iPadなど色々置いて仕事するので、サイズは小さい方が、机の上に置いても作業スペースを広く取れて好都合です。

セルシス認定CLIP STUDIO PAINT推奨PCでの作業風景

 このマシンにはすでにマンガ作成ソフト「CLIP STUDIO PAINT EX」がインストールされていたので、今回それを使って8ページのマンガを描くことにしました。これまでは同じセルシスの「ComicStudio」を使っていたので、インターフェイスの違いに最初苦戦しました。マンガ業界のプロ作家でも未だに「ComicStudio」で仕事している方も多いのは、このインターフェイスの違いが原因なのだと思います。やはり〆切りに追われつつ、ゼロから操作を覚えていくのは時間かかりますので。その意味では、今回、僕はCLIP STUDIO PAINTを実践で使える、良い機会を得られたと思っています。

CLIP STUDIO PAINT EXの画面

 まだ機能を探し当て切れていない可能性もありますが、線をなめらかにするツールがなかったり、3Dデータの位置調整などの使いやすさは、ComicStudioの方が使いやすく感じました。と言っても、この辺りは最初からCLIP STUDIO PAINTを使って描かれる方は気にならないかもしれません。僕も使っていく内にだんだん慣れていきました。

 先にも書いたとおり、届いた当初はコンパクト過ぎて性能が低いのではと危惧していましたが、このPCは快適に動きます。マンガ制作はかなりの長時間作業になりがちなので、やはりストレスなく作画ができるのはとても重要なことです。

 ここで今回の作品を例に、マンガ作成のプロセスを簡単に紹介します。このマンガも最初から最後までデジタルだけで作成しました。

1) まず、ネームと呼ばれるものを作成します。おおまかな絵のイメージと台詞、ストーリーなどを書いたものでマンガの設計図です。今回は編集長の若杉さんと相談していて、「若杉さんをそのままネタにしよう!」ということになり、彼が洋画やヒーローものを好きということで、8Pのアメコミテイストなストーリーを一気に作り上げました。マンガ制作では、このネーム作業に一番じっくり時間をかける方が多いです、僕もネーム作りが一番大変だと感じます。ここでは、作業上見やすく、分かりやすくするため、線の色を青色に変えて作業を行なっています。この辺は本人が見やすい色とか濃度を工夫して皆さん作業していると思います。

2) ネームが完成したら、下書き、ペン入れを行ないます。せっかくの主人公なのでなるべくイケメン風に若杉さんを描いていきます。いや実際もイケメンなんですが、マンガなのでデフォルメしていくのです。

3) ネームのレイヤーを消したところです。この辺りから、全体の仕上げなどアシスタントさんにお願いする指示を考えつつ作業を進めていきます。8ページ程度の作業量ならアシスタントさんにお願いしなくても間に合いそうでしたが、せっかくなんでアシスタントさんの意見なども取り入れつつ作業しました。決して僕が楽をしたいわけではありません(笑)。以前の記事でも言いましたが、アシスタントさんにはSkypeチャット経由でリモートで指示を出して作業していきます。

4) 背景や、ベタ、トーンなどの作業はアシスタントさんにお願いするので、その指示を赤で書き入れます。ここからレイヤーがどんどん増えていきます。指示レイヤーを作って、そこに赤色でアシスタントさんへの指示を書いてます。別に何色でもいいのですが僕は目立つ赤系にして見落としにくくしてあります。アシスタントさんへの指示だけでなく、自分が後から行なう作業などのメモも、紫などに色を変えて残したりします。〆切りに追われる中、大急ぎで指示を書くので字が汚くなりがちで、たまに自分でも何を書いたか分からなくなって困ることもあります……(笑)。

5) ベタを入れ、はみ出した線などを修正し、トーンを入れました。この辺りの作業はデジタルだと速くていいです。大げさではなく、僕の仕事場では、トーン作業はアナログ時代の半分くらいの時間でできるようになりました。

6) 指示を消すとこのようになります。下書きもそうですが、作品の上に直接描いても、後からそのレイヤーだけ非表示にすればいいというのも、デジタルならではの良さです。ただ、一発でいい線、いい絵を描くというアナログならではの緊張感が薄れてしまうのは難点と言えば難点ですね。そう言ったアナログの良い部分も、デジタルがさらに進化して、再現できるようになって行ってもらえるとありがたいんですが、難しいですかね? 僕らの世代では、アナログでも作画していた人も多く、それぞれの良い面、悪い面を体験しているのですが、両方の良いとこ取りができればなぁと思っています。

7) 吹き出しと台詞を入れて、コマの完成です。今回のマンガでは1ページ当たり平均30枚くらいのレイヤーを使いました。3D素材やトーンをもっと駆使したり、より大勢のアシスタントさんに入ってもらうと、すぐ60枚とかそれ以上になると思います。そういった状態で、プロは1話30ページ以上の原稿を制作していくので、CLIP STUDIO PAINTが軽めとは言え、十分な性能があるか気になる点です。

 さて、今回のマシンの性能についてですが、レイヤーや書き込みの多いページでもサクサク動いて非常に快適でした。特に性能の高さを感じたのは、読み込み作業の時や、ページをPhotoshop形式に出力する時です。例えば今まで使っていたマシンだと30秒くらいかかる作業が、半分の15秒くらいで終了しました。大量のページを処理していく時には、この差が積み重なります。この出力の速さは、メモリの多さと、ストレージがHDDからSSDに変わったことによる恩恵だと思います。

 今まで通り、ペン入れしながら別の作業、例えばYouTubeを見たりDVDを観たりしても重くなったりしませんでした。ファンの騒音については、ある程度の音はしますが、普段僕は、ネーム作業を除き、音楽や映画を流しながら作業なので作業中は気になりませんでした。

 ここまでは、スタンダードBモデルの話ですが、スタンダードAでも作業してみました。こちらはCPUのグレードが下がっていますが、体感できる性能差はほとんどありませんでした。メモリの容量とSSDが同じだからでしょう。多くの人はこのモデルでも不満を感じないのではと思います。特にこれからマンガを描いてみようと思っている若い方、マンガ初心者の方は使いやすくていいと思います。

最後の仕上げと確認は、PC Watch編集部にて、スタンダードAモデルで作業していただいた
トーン貼りは、アナログだと、切って、貼って、削ってという作業があるが、デジタルの場合、種類を選択して、筆で塗っていく(青い箇所)感覚でできるので楽なのだとか
アナログの場合、原稿用紙を書きやすい向きに回転させて作業するが、デジタルでもCLIP STUDIO PAINTは自由に表示角度を変えられる

 価格については、これが10万円前後というのは非常にお買い得だと思います。これはお世辞で言うのではありません。実際、この企画を進めている間も、3月にLINEマンガで新作を発表することになり、新しいアシスタントさんに通いで来てもらうことになったので、それ用に今回のスタンダードBマシンを購入することを決定しました(すぐにでも買いたいのですが、まだこの記事を書いている段階では発売されてないのです……)。

 以上、今回のマシンはプロが使っても不満の出ない性能に仕上がっていると思います。

完成したマンガ

 というわけで、完成したマンガがこちらだ。サムネールをクリックし、「次の画像」ボタンを押して読み進めていただきたい。また、「画像を拡大」ボタンを押すと、1,600×2,266ドットの原寸で表示される。この作品は、本来見開きを想定して制作されているが、ページ表示の都合上単ページで表示している。

(若杉 紀彦/北上 諭志)