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元麻布春男の週刊PCホットライン

次世代の音楽1次配布媒体は?
~インターネット配信 & DVD-Audio/SACD~


 のっけからで恐縮だが、タイトルにある「音楽1次配布媒体」とは何のことか、ピンとくるだろうか。ピンとこなくても全く不思議はない。適当な言葉が見つからなかった筆者が、デッチ上げた言葉だからだ。この言葉が意味するところは、「音楽というコンテンツを配布する一義的なメディアのうち最もポピュラーなもの」、程度と思っていただければ問題ない。元々、音楽(あるいは音)は、エジソンが蝋管(ロウかん)式の蓄音機を発明するまで、再配布不可能なデータだった。それが、蓄音機以来、テープ、アナログレコードなど様々なメディアを利用して配布することが可能になった。しかし、そんなメディアの中で、音楽配布の1次媒体として用いられるものは、移行期を除くと、時代ごとにほぼ1種類に絞られる。これが、筆者の言う音楽1次配布媒体である。


■音楽1次配布媒体は、価格・性能・使い勝手

 たとえば今、音楽1次配布媒体の座にあるのは、言うまでもなくCDだ。ほかに利用可能な媒体としては、カセット(コンパクトカセットテープ)、アナログLP(前世代の音楽1次配布媒体)、MD(ミニディスク)、といったものが挙げられる。これが25年前になると、音楽1次配布媒体はアナログレコードで、ほかにカセット(コンパクトカセット)、Lカセット(果たして読者のうち何人がこのメディアを覚えているか)、オープンリールテープなどがあった。

 いずれの時代にも共通するのは、1次配布媒体はほぼ1種類であった、ということだ。現在でも、その気になれば、CDと同じ内容の音楽をMDで購入することは、不可能ではない。だが、実際にはそうする人は少なく、そのためにMDで購入可能な音楽タイトルはCDに比べはるかに少ない、というのが現実だ。アナログLPの全盛期においても、カセットで音楽タイトルを購入するのは少数派であった(もちろん存在しなかったわけではない)。

 なぜそうなのか。最大の理由は、最も普及した媒体が、最もコストパフォーマンスに優れるからだろう。要するに価格と性能(音質)、さらには使い勝手のバランスである。たとえばプレーヤーだけの値段で言えば、アナログLPよりカセットの方が安価だったハズだ。しかし、カセットの音質は実用に耐えるものであったにもかかわらず、明確にアナログLPより下であった。同様なことは、今のCDとMDにも言えるだろう。当時カセットは、アナログLPからダビングして音楽を持ち歩くための2次配布媒体であり、現在のMDもCDからダビングして音楽を持ち歩くための2次配布媒体である。そして、2次配布媒体として、それぞれ揺るぎない地位を確保している(MDは少なくとも現時点においては)。

 では、性能だけが問題かというとそうではない。性能だけで言えば、25年前においてアナログLPより、マイナーなオープンリールテープ(特にテープを2トラックで用い、38cm/secの高速で走行させる通称2トラ38など)の方が上回っていた(2トラ38がレコードのマスターに使われるものであったことを思えば当然である)。しかし、プレーヤー、メディアともに高価な上、巨大なテープリールとそれを用いるテープデッキは巨大で使い勝手が悪く、1次配布媒体にはなり得なかった。現在でもDATの性能(スペック)はCDより上だが、頭出しやハンドリングの容易さといった使い勝手の面で、CDに到底かなわない。結局、価格、性能、使い勝手のバランスが重要なのである。


■非可逆圧縮フォーマットは、音楽1次配布媒体となりうるか?

 ここまでPC Watch上で、PCに関係のない話題を延々と続けてきたのは、理由がある。これまで敢えて触れなかったメディアとの絡みだ。それは言うまでもなくMP3に代表される、音楽配信のための電子フォーマットである。厳密には、メディアと呼ぶべきものは、MP3データを蓄えたり伝送したりするInternetや半導体メモリだろう。しかし、現時点でInternetや半導体メモリを音楽配布のメディアとして成立させるものとして、MP3のようなフォーマットの存在が不可欠であることを考えれば、ある意味MP3を「媒体」と呼んでも良いように思う。筆者がここで考えたいのは、MP3のようなフォーマットは次世代の音楽1次配布媒体になり得るのか、ということである。

 おそらくMP3が画期的だったのは、非可逆圧縮により飛躍的に高いデータ圧縮率を達成したことだろう。ZipやLHAといったファイルアーカイバが用いる可逆圧縮が、圧縮したデータを100%オリジナルに等しい状態に復元できるのに対し、JPEGやMPEGなどの非可逆圧縮は、可逆圧縮より圧縮効率が良い反面、必ず圧縮に伴う情報の損失がある。しかし、失われる情報を人間の目や耳で知覚しにくい領域に追い込んでしまえば、実用上音質や画質を損なうことなく、高い圧縮率を得ることが可能だ。MP3の音質が「CD並み」であり、「CDと同一」ではないのは、聴感上区別できるかどうかはともかく、CDよりスペックが必ず落ちる(情報が損なわれている)からにほかならない。

 こうしたスペックダウンは、ある種のエンスージャスト(ピュアオーディオマニア)には耐えがたいものかもしれない。だがMP3がこれだけ話題になり普及したということは、大多数(少なくともピュアオーディオマニアより多数)の人にとって、高い圧縮率とそれによりもたらされる利便性のメリットはスペックダウンを上回る、ということである。つまり、データを非可逆圧縮したことで、初めて音楽は現在のInternet帯域やメモリ技術に見合う大きさになったのである。CDやDATが採用するリニアPCMでは「重過ぎて」、Internetや半導体(メモリ)ベースのミュージックプレーヤーには収まらない。

 だがこれを逆に考えると、現状のInternetやメモリ技術という枠を取り払ってしまうと、MP3のような非可逆圧縮フォーマットは不要になるのではないか、という疑問が生じる。誰もが1Mbps以上の帯域が利用可能なブロードバンドInternetの時代が訪れても、なお人々は非可逆圧縮を使いつづけるのだろうか。あるいは、ムーアの法則によりメモリ容量が拡大しても(たとえば1Gbit DRAMや16Gbit DRAMの時代になっても)、なお人々は非可逆圧縮したデータの小ささ(軽さ)とそれによる効率の良さをメリットとして使いつづけるだろうか。

 これは非常に微妙な問題であり、予想することは難しい。だが1つ思うのは、もし非可逆圧縮フォーマットが音楽1次配布媒体の座を獲得すれば、それはフォーマットの良し悪しにかかわらず、当面の間使われつづけるだろう、ということだ。現在のCDにしても、初めて一般公開された'82年秋のオーディオフェアの時点で、すでにフォーマットに対する疑問の声はあった。周波数帯域20Hz~20kHz、サンプリングレート44.1kHz、16bitデジタルでは音楽の持つすべての情報は伝えられないのではないか、という意見だ。おそらくこの疑問は、約20年の間、ずっとくすぶっていたに違いない。それでも1度標準として確立してしまうと、20年くらいの寿命が保証されるのである。


■次世代1次配布媒体はCDを越える必要がある

 では非可逆圧縮は音楽1次配布媒体になりうるのか。筆者は、非可逆圧縮フォーマットは1次配布媒体にはならないのではないか、と予想する。これまで1次配布媒体は、SPレコード、LPレコード、CDの順で進化してきた。この間、1つの世代の中でスペックが最高のものが1次配布媒体になったわけでないことは前述した通りだが、世代間でスペックが落ちたことはなかった。LPレコードからCDへの移行については、異論のある人もいるだろうが、大多数の人が利用する再生装置を前提にする限り、これは真実だと思う。つまりCDの次の1次配布媒体が、「CD並み」でしかないフォーマットになるとは考えにくい。次世代の1次配布媒体は、それがCDのような物理メディアを利用するものであろうと、電子的なフォーマットであろうと、スペック的にCDを超えるものでなければならないハズだ。

 実際の話、仮に同じ音楽がCDメディアにリニアPCMフォーマットで記録されているもの(現行の音楽CD)と、MP3で圧縮されたものが同じ値段で売られていたとして、スペックが劣るMP3を買う人はいるだろうか。中には、MP3にエンコードする手間が省けると考える人もいるかもしれないが、それは多数派ではないだろう。圧縮により1枚のメディアに多くの曲が入る、というのは、こと1次配布メディアに関してはあまり関係ない。


■音楽の価格はメディアコストではない

 音楽(に限らず著作物)の価格は、例外的なものを除いて、メディアコストにより決まるのではなく、中身により決まる。たとえばMP3により音楽データが10分の1に圧縮できるからといって、100曲入りの新譜CDが登場することはあり得ないだろう。そんなCDを出したところで、1枚の新譜の10倍の価格をつけられるわけではなく、結局はバーゲンにしかならないからだ。同じ金額で同じ時間の(あるいは曲数の)CDなら、フォーマット的に優れた方を買うのが当然のことと思う。

 これに対して、非可逆圧縮フォーマットはInternetの帯域の拡大やメモリ技術の進歩と歩調を合わせて今後も進歩を続けるものであり、いずれは「CDを超える」ことも可能だ、とする反論があるかもしれない。だが、これも非可逆圧縮フォーマットが1次配布媒体に向かない証だ。CDあるいはDVDがそうであるように、1次配布媒体に用いられる技術は、標準として長期に渡り同一性が保証されねばならない。そうでないと、頻繁にプレーヤーを買い換えなければならなくなってしまう。PCのようなプログラマブルなデバイス(ソフトウェアの変更で進歩に追随可能なデバイス)でしか再生できないフォーマットは、1次配布媒体には不向きだ。「どんどん進歩」しては困るのである。

 もちろんだからといって、非可逆圧縮フォーマットに価値がないわけではない。ポストCD(次世代1次配布媒体)ではなく、ポストMD(次世代2次配布媒体)としての可能性はかなりあるのではないか。2次配布媒体であれば、これまでの例(LPに対するカセットテープ、CDに対するMD)からも、スペックが落ちることは問題にならない。2次配布媒体は、スペックより可搬性が重視されるからだ。


■ユーザーの権利が制約される音楽配信サービス

 次世代の1次配布媒体ということで、もう1つ考えなければならないのは流通の問題だ。これまでの1次配布媒体は、すべて物理的なメディアを用いていた。しかし、圧縮効率の優れた非可逆圧縮フォーマットの登場で、物理的なメディアを介さない、Internetによる音楽配信が技術的には可能となった。それどころか、間もなくわが国でも実際にInternet音楽配信が始まろうとしている。ソニー・ミュージック・エンターテインメントのbitmusicサービスだ。

 現在配信が予定されているのは、邦楽新譜CDシングルのタイトル曲のみで1曲350円(一律)。購入できるのは国内居住者に限定(支払いに用いるクレジットカードの発行国制限、WebMoneyが流通しているのは国内のみ、など)される。圧縮CODECはソニーが開発したATRAC3で、再生にはWindows Media Player 6.4あるいは同社が発売するメモリースティックウォークマンを用いる(現時点ではMacintoshでの再生は不可)。圧縮率については明記されていないが、MDの約2倍で、4分の曲を30kbpsのアナログモデムでダウンロードするのに要する時間を約17分としている。単純計算で4分の曲が3.7MBということになる。気になる音質は、「MDとほぼ同等の高音質」とされている(「CDとほぼ同等」でないのがちょっと気になるところではある)。

 だが、これで同社が一気にInternet配信を音楽流通の主役へと推し進めるのかというと、どうやらそうではなさそうだ。上記のように配信されるコンテンツは非常に限られている。現時点では、ある種のテストマーケティングで、どちらかというとパッケージ流通で販売されるCDの有償販促行為、という印象が強い。つまり、タイトル曲をダウンロードして気に入ったら、アルバムのCDを買って欲しい、ということのようだ。既存の流通に対しての配慮は当然あるだろうが、サービスとして中途半端な感は否めない。

 ユーザーの立場から見ても、あまりメリットが感じられない。唯一、ある楽曲を聞くのに、CDショップまで出かけなくて済む、というメリットはあるものの、当然のことながらスペック的にCDより下だ。しかも、利用に際して制限が多く、CDでは事実上認められているユーザーの権利が保証されないのである。

 たとえば、ダウンロードした音楽データは、メモリースティックウォークマンへの転送は可能なものの、ほかのPCへ移して再生することはできない。たとえば、デスクトップPCでダウンロードすると、そのデータを同じユーザーが所有するものであってもノートPCで利用することはできないのである(私的複製が制限されている)。それどころか、ダウンロードしたPCのハードディスクがクラッシュしたら、システム丸ごとバックアップでもしていない限り、それで終りだ。

 また、これは微妙な問題を含んでいるが、中古の問題もある。少なくとも現時点では、ユーザーは購入したCDを友人にあげたり、中古として販売することも事実上認められている。しかし、bitmusicではこうした行為は認められない。bitmusicのWebにあるQ&Aでは、2曲入りシングル盤が816円で販売されていることを踏まえ、1曲350円という価格を適正としているのだが、スペック的に劣ること、CDに比べてユーザーの権利が制約されていることを思えば、1曲350円という値段は高いように感じる。現状では、ユーザーのメリットはあまり見えてこない。

 ではもう一方の当事者である、著作権者(ミュージシャン)はどうだろう。大手レコード会社と契約していない、いわゆるインディーズにとって、少しでも自分たちの音楽が聞かれるチャンスが増えることは歓迎すべきことに違いない。Internet配信が自主制作の代わりになる可能性はある(限定的な1次配布媒体と言えなくもない)。だが、メジャーなミュージシャンにとって、Internet配信モデルが現行のCDによる流通より魅力的であることはまだ実証されていない。Internet配信により、中古販売の問題(現時点で中古CDの販売代金は著作権者に還元されない)が解決すれば、メリットになる可能性はあるが、現時点ではこれがユーザーに受け入れられる保証はない。結局、売る側、買う側、著作権者のすべてが、Internet配信について手探り状態にあり、次世代の1次配布媒体になれるかどうか、まだ分からないというのが現実ではないだろうか。


■次世代の音楽1次配布媒体候補:DVD-Audio&スーパーオーディオCD

 次世代の1次配布媒体として、Internet配信より現実的なのは、やはり物理的なメディアを使ったものだろう。現在候補になっているのは、DVD-AudioとスーパーオーディオCD(SACD)の2つだが、いずれもまだパッとしない。すでにSACDは製品化されているものの、ほとんど普及はしていない。DVD-Audioにいたっては、12月中旬を予定していた発売が、半年延期されてしまった(DVDの暗号化方式が一部破られてしまったことによる)。

 いずれの方式が将来の主流になるのか、それとも現行のCDの前に敗れ去ることになるのか、現時点ではなんとも言えないのだが、筆者が残念に思うのは、DVD-AudioとSACDのいずれもが、標準メディアサイズをCDやDVDと同じ直径12cmにしてしまったことだ。細かな違いはあるものの、両規格とも現行のCDより高音質で長時間の収録ができる。


■大容量ではなく小型化を望む

 DVD-Audioの場合、96kHz/24bit/6チャンネルで可逆圧縮をして、片面1層ディスクで74分以上の収録ができるとされている。DVDが片面2層、両面1層、両面2層など、さらなる大容量化が可能なことを思えば、膨大な収録時間を確保することが可能だ。しかし、すでに述べたように、これだけの収録時間を目いっぱい使い切るのは現実的ではない。1枚のDVD-Audioディスクに、通常ならCD4枚組みのオペラを丸ごと納めたとしても、その価格をCD4枚分に設定することは難しいと思われるからだ。つまり、CD4枚組みより安く価格を設定しなければならないのだが、プレスコストの安さを考えれば、枚数減による原価の圧縮で価格を下げた分を補うことはできない。つまり、金額の減少分を、レコード会社と著作権者が負担せねばならなくなるが、それは到底飲めない負担に違いない。

 つまりDVD(あるいはそれに相当するメディア)は、純粋な音楽の収録にはその容量を持て余している。だから静止画や動画さえ記録可能なフォーマットになっている。筆者は、どうせ持て余すのであれば、なぜ標準メディアの小型化を図らなかったのだろうと思う。現在のシングルCDと同じ8cm径を標準にすれば、ポータブルプレーヤーを劇的に小型化することが可能だったハズだ。

 また、据え置き型プレーヤーにしても、今までのように1枚1枚メディアをセットするタイプではなく、オートチェンジャー式のプレーヤーが普及するチャンスが増大したのではなかろうか。すなわち、購入したメディアは、オートチェンジャーのマガジンにどんどんセットしていき、いちいちプレーヤーから取り出さない、という使い方だ。今でもそのようなCDプレーヤーは存在するのだが、メディアが12cm径のため、プレーヤーが巨大になってしまう。8cm径なら通常のコンポーネントサイズで、メディアを100枚セット可能なオートチェンジャーが作れたかもしれない。

 直径を12cmに維持することで、現行のCDとの互換性は図りやすい。だが、CDはアナログLPと互換性を持っていたから普及したわけではない。CDは音質もさることながら、カーオーディオやポータブルオーディオなど、アナログLPでは不可能だった使い方を提案できたからこそ、普及したのだと思う。ならばCDの次の1次配布メディアも、新しいフォームファクタを採用し、CDではできない使い方を提案した方が良かったのではなかろうか。容量的に持て余している印象があるだけに、なおさらそう思えてならないのである。

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('99年12月8日)

[Text by 元麻布春男]


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