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第27回 : 個人用Notesと情報のポータビリティ



 先日、久々にロータスの発表会に足を運んできた。ロータスといえばグループウェアのNotesを中心としたビジネスモデルに移行して以来、企業向けには強い影響力を持っていたものの、パーソナル向けの市場では今ひとつ話題性に欠けていたというのが正直な感想だ。しかし、今年発売を開始したNotes R5は、もともとクライアント単体でパーソナルな利用も前提に設計した製品だったという。そして11月からは、Notes R5を個人向けにも単体販売を開始するというのだ。価格も5,800円と、その機能を考えれば非常に手頃な設定である。

 果たしてNotesを個人で利用することにどんなメリットがあるのか。それらを少し一般論にまで広げてみると、今の個人向け情報クライアントに不足している部分が見えてくる。


●情報は整理の時代から蓄積の時代へ

 PCを使い続けるほどに、そしてインターネットを活用するほどに、手元には多くの情報が集まってくる。役に立つ情報、役に立つかどうかわからない情報、情報の質は様々だが、とにかくどんどん集まってきてしまうのだ。

 たとえばメール。過去のメールを調査してみると、いつ誰とコンタクトしていたのか、あるいはふとしたことでわからなくなっていた住所や電話番号の連絡、アドレス帳に転記し忘れていた人のメールアドレスなどなど、実に様々な情報が詰まっている。やりとりの時間と履歴がカンタンにわかるから、自分の行動を振り返りたい時にも有用だったりする。

 不要なメールは即削除し、それ以外はフォルダに振り分けて整理するのがいい。なんてことを言ったりするが、メールの流通量が増えてくると、不要メールの削除は別としてもフォルダへの振り分けだけでは対処できなくなってくるものだ。

 そんなわけで、僕の場合はメールの整理を最初からあきらめている。すべてのメールは受信ボックスに蓄積したまま。不要メールは頻繁に削除している方なのだが、それでも15,000通ほどのメールがたまってしまった。ほとんどのメールはハードディスクの肥やしになっているのだけど、たまに検索を実行したくなるから消すことができない。

 でも、たまりすぎて困っているかというと、実はあまり困らないのだ。ハードディスクの容量は個人で使う情報量の増加をはるかに越えるペースで増え続けているし、PCのデータ処理能力も十分。唯一困るのが、蓄積したメールから、どのように情報を取り出すかという部分だ。

 蓄積された情報(あるいは知識)から、必要な情報を抽出して提示する。そんな機能もしくは使い方、アプリケーションはナレッジマネージメントと呼ばれて、企業の情報システムを構築する際のキーワードになりつつある。少し大げさに言えば、電子メールを個人で扱うときにも、ナレッジマネージメント的な機能が欲しいと思うのだ。

 一方、Notesはナレッジマネージメントのアプリケーションを構築する場合のプラットフォームとして注目されている。Notesはもともと文書を管理するためのデータベースを基本にしていて、不定形の情報を蓄積し、様々なカタチで閲覧しながら、高速な全文検索をサポートしているからだ。

 僕は現在、さまざまな理由からOutlook 2000をメールクライアントに使っているのだが、15,000通のメールに対して全文検索を行なうと2分近く待たされる時がある。ところが、同じメールデータをNotesにコンバートして検索すると、1~2秒で検索が終了してしまうのだ。こんなに差がつくのは、Outlook 2000が全文検索用のインデックスを作成しないからだが、作業効率の差は歴然としている。

 ここでは電子メールだけの話をしたが、OutlookにしろNotesにしろ、メールだけではなく、Officeで作成したファイルやテキスト文書など、さまざまな種類を蓄積しておく「なんでも情報箱」的な使い方もできるようになっている。ところがOutlookは、そうした別種類の情報のファイル名は検索できても中身までは検索できない。Notesはファイルの中身までインデックス化してくれる。もちろん、速度の違いはここでも同じ。さらにNotesでは、Webページを自動巡回したり、手動巡回中のページを自動的に保存するなどして、それをデータベース化できる。Webをパーソナルなデータベースのソースにできるわけだ。

 情報を整理するのではなく、蓄積して利用することに関して「Notesは個人にもメリットがあるアプリケーションですよ」というロータスのエクスキューズは、確かに的を射たものと思う。

●しかしNotesはみんなのものではない

 Notesは、Outlookが持っているようなアドレス帳、スケジューラ、仕事リストといった、基本的なPIMの機能も備えているからパーソナルユーザーでも「これは使える」と思うかもしれない。僕自身、できることならばNotesで情報整理をしたいものなのだが、残念なことにいくつかの要素が欠けているのだ。

 まずわかりやすさ。Notesは企業向けアプリケーションを開発するためのプラットフォームという位置づけがある。そのためなのか、開発元のアイリス(Notesの開発はロータス配下の別会社が行なっている)の文化なのか、今ひとつ馴染みにくいユーザーインターフェイスなのだ。特にマイクロソフトのOfficeに慣れた人は、あらゆる操作のメタファーが異なるNotesを、使いにくいと感じるだろう。操作は慣れるにしても、何らかの設定を行なうのに、どこをどうすればいいのかわからないかもしれない。

 そこで個人向けのNotes R5には、ウィザード形式でカンタンに設定を行なうツールが付属している。このツールそのものはよくできたものなのだが、Notesが本来持っている難しさや操作感の違いを根本的に解決するものではない。あくまでも設定を行なうだけの道具なのだ。

 できれば企業向けの機能をすべて隠し、エンドユーザーに関係ある部分だけを見せるパーソナルモード、といったものがあればいいのだが、そうはなっていない。自分一人で何でもしなければならないパーソナルユーザーは、基本的にカスタマイズをしなくてもインストールした時点でマニュアルをあまり参照しなくても使える必要があるからだ。そのためには、専用のモード(あるいは全く別のNotesクライアント)を作る必要がある。

 ほかにもファイルとして持っている既存の情報を一括で取り込む手段がないなど、いろいろと変わって欲しい部分はあるのだが、あまりそうした部分をあげつらってもしかたがない。しかし、今のままでは会社でNotesを使っている人や、これからNotesを本気で使ってその機能と応用方法を学んでみよう、といったかなり気合いの入った人にしかオススメできない。それでもあきらめきれないのは、Notesがモバイル向けにとても適したアプリケーションだからだ。

 Notesが持っているアドバンテージが他のアプリケーションでも実現できるようになればいいと思うし、逆にNotesがすべての人に優しいものになってくれてもいい。なぜそこまで思うのか。

●何年も前から情報を持ち歩けたNotes

 かなり昔の話になるが、マイクロソフトが最初のExchangeをリリースする前後、マーケティング担当者に話を聞く機会があった。そこで「このデータを複製してノートPCで持ち歩き、作業を外出先で行なってから帰社時に再度複製できないんでしょうか?」と聞いたことがある。すると「そんなことをしなくてもリモートアクセスを使えばいいのではないですか」との答えが返ってきた。今ほどインターネットが普及しておらず、VPNなどの技術も開発されていなかった時代の話だ。

 もちろん、サーバーに直接つないでオンラインで見ることができるなら、それでもかまわない。でも、どんなときにもオンラインでいられるほど、通信のインフラはまだ発達していないのだ。しかしそのころは、情報にポータビリティ(可搬性)を持たせるという考え方はあまりなかったので、そういった答えも致し方なかったのかもしれない。

 ここではNotesに合わせて複製という言葉を使った(Notesは管理の単位がデータベースであるため同期ではなく複製という言葉を使う。ほぼ同じ意味と考えていい)が、同期あるいはシンクロナイズといった言葉が流行する何年も前から、Notesは情報の複製を作成してそれを持ち歩くことができたのだ。

 Notesではすべての情報はデータベース化され、すべてのデータベースは複製を作成することができる。しかも複製の数に制限はなく、ひとつのマスターから複数のメンバーが複製を作成して、別々に作業を行なえる柔軟性を備えている。このため、モバイルソリューションとしても古くから利用されており、ロケーションごとに情報アクセスの方法を切り替える機能も、Windows 95が生まれるずっと前から備えていたのだ。

 ところが複製機能はサーバーがなければ利用することができない。昔のNotesは、サーバーとクライアントが基本的に同じ機能を持っていたため、自分のデスクトップPCをサーバーにしてしまえば複製を行なえたのだが、現在はサーバーはDomino、クライアントはNotesと、別々のものになってしまったため、個人のデスクトップPCとノートPCで同じデータベースを複製して持ち合うといった使い方はできない。

 複製機能はNotesの中でも、特に優れた機能にも関わらず、個人で使うときにはそのメリットを生かせないのだ。こうしたことはロータスも意識していて、Dominoサーバーをインターネット上でホスティングするサービスを提供するなど、さまざまな解決策を弄してきたのだが成功していない。それもそうだ。個人のモバイルユーザーはサーバーを持ちたいのではなく、自分が使っているあらゆるパソコンから、同じデータにアクセスしたいだけであって、クライアント/サーバーの環境を構築するといった大げさなことをしたいわけではないのだから。

 そこで個人的に大きな期待をしているのが、ロータスが米国でアナウンスを行なっているDomino Runtime Service(DRS)だ。DRSはDominoサーバーの機能をローカルのPCで動かすもので、WebブラウザからDominoにアクセスしているユーザーに、Dominoサーバーから切り離された環境でも情報にアクセスできるようにすることを目的としている。

 しかしそれは企業ユーザーの視点から見たDRSのメリットだ。Notesを個人の情報ツールとして利用することを前提として考えれば、DRSは情報の複製エンジンとして機能してくれる。たとえば会社のデスクトップPCと自前のノートPC、そして自宅のデスクトップPC。この3つが同じ情報の複製をお互いに持ち合うといったことが、Dominoサーバーなしに実現できるようになる。サーバーを持たない個人のユーザーでも、情報に可搬性を持たせることが可能になるのだ。

 ここではNotesを中心に話を進めてきたが、これはすべての情報を管理するソフトウェアに共通することだと思う。個人情報、文書管理、電子メール、Webサーバー、企業内の情報はもちろんだが、個人ベースでPCを利用する場合でも多くの情報が溢れる時代になった。利用するPCも、1人1台ではなくなってきている。

 統合型の情報ツールはたくさん登場しているし、今後はそれに高い検索性が付加されるのは間違いないと思う。しかし、情報のポータビリティを追求した製品というのはなかなか話題にならない。できることなら、それらすべてを兼ね備えた統合型の情報ツールが登場することを願いたいものだ。

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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/991028/lotus.htm

[Text by 本田雅一]


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