後藤弘茂のWeekly海外ニュース



Microsoft最大の危機! 最強の敵、米政府が立ちふさがる



●司法省がMicrosoftのWindows戦略を阻む

 Microsoftはこれまで数多くの敵にうち勝ってきた。そして、いつの間にかMicrosoftのまわりには強力なライバルはいなくなってしまった。たったひとつの最強最大の敵を除けば。その敵は、米国政府そのものだ。そして、米国の連邦政府は、いまやMicrosoftのWindows/インターネット戦略の前に、巨大な壁となって立ちふさがった。

 20日に発表された米司法省による提訴は、Microsoftにとって非常に重大な問題だ。司法省はこれまでにない強いトーンでMicrosoftを非難、かなり厳しい要求を突きつけた。司法省は、複数の件でMicrosoftに対する調査を行っているが、今回、取り上げたのはInternet Explorer(IE)のライセンスの件だ。MicrosoftがPCメーカーに対し、Windows 95をライセンスする条件としてIEのバンドルを強要したと司法省は指摘。これが'95年の裁判所合意に違反したと提訴している。'95年の合意では、MicrosoftがWindows 95をライセンスする際に、他のMicrosoft製品のバンドルを強要して、OSの優位を他の分野での競争に利用するのを禁じているという。つまり、今回の件で言うと、MicrosoftがOS支配を武器にIEのバンドルを強要し、その結果、Webブラウザ市場の競争で不当に優位に立とうとしていると非難しているわけだ。

 そこで、司法省は、MicrosoftがPCメーカーに対して、Windows 95をライセンスする際にIEのバンドルを強要するのを中止すること。それから、その解決にMicrosoftが応じない場合は1日に100万ドルの罰金を課すこと。さらに、MicrosoftがWindows95ユーザーに、IEをデスクトップから取り去るための方法の説明と、IE以外のブラウザを利用できることを告知することを義務づけるという。また、これらの件に関連して、PCメーカーが司法省に対してMicrosoftに不利な証言できないように縛っている、MicrosoftとPCメーカーの契約にある秘密保持条項をなくすることを求めている。

 報道によると、米Compaq Computer社などMicrosoftの盟友とも言うべきPCメーカーが、MicrosoftからIEのバンドルをしないとWindows 95のライセンスを解消するという脅しを受けたと司法省の証拠書類のなかで証言しているという。これが本当なら、司法省としてはかなりの証拠を握った上で提訴に踏み切ったことになる。

●MicrosoftはIEをOSの機能拡張だと主張

 こうした司法省の提訴に対して、Microsoftはとりあえず徹底抗戦の構えだ。Microsoftの主張では、'95年の合意にも違反していないというが、その主張の根拠は何か。同社のドキュメントによると「MicrosoftはInternet ExplorerをWindows 95のインテグレートされたフィーチャとして最初から提供してきた」、つまりIEはWindows 95の一部だというのが主張の主柱になっている。もっと簡単に言えば、Webブラウザはアプリケーションではなく、Windowsの機能を拡張したのだから、合意に縛られないというのが主張だ。そして、Windows 95を完全なカタチでPCに載せてもらうために、IEのバンドルを要請していると言う。Microsoftの論調では、これが認められないのなら、OSの機能を強化することができなくなってしまうというわけだ。

 じつは、MicrosoftがWebブラウジング機能をOSに統合しようとしてきたのは、そもそもこうした反トラスト法の追求をかわすためだったようだ。MicrosoftはIEをWindowsに完全にインテグレートする構想を'95年12月に発表しているが、その時点で、すでにこれが反トラスト法対策だという指摘をされている。MicrosoftがIEを無料で配布してきたのも、シェア拡大のためばかりではない。IEが独立したアプリケーションでなくOSの追加機能だという証明のためには、価格をつけて売ることができなかったというのが実状だろう。

 そのため、裁判のポイントも、WebブラウザがOSの機能の一部かどうかという点になる。これが不適切だと証明できれば司法省の勝ちで、OSの一部だと証明できればMicrosoftが有利になる。

●Microsoftにとって譲れないIEのインテグレート

 だが、MicrosoftはWebブラウザをOSの一機能と位置づけて、司法省との対決に臨むことで大きな問題も抱え込んでしまった。それは、ここで負ければ、Webブラウザを完全にインテグレートするというWindows 98/Windows NT 5.0路線に支障が出てくる可能性が出てきたのだ。現在、司法省から求められているのは、IEのバンドルを強要せず、IEを削除できるようにすることだが、WebブラウザをOSに統合すること自体が問題視されると、Microsoftにとって大打撃となる。Windows 98が遅れるというだけではなく、Microsoftは基本戦略を練り直さないとならないかも知れない。

 どうしてWebブラウザのインテグレートはそこまでMicrosoftにとって重要なのか。それは、WindowsをNetscape Communicationsなど他のソフトメーカーに乗っ取られないようにするためだ。 現在、Webブラウザはインターネット/イントラネット時代のスタンダードなユーザーインターフェイスになりつつある。Webブラウザをインターフェイスとして、アプリケーションロジックはサーバーの方に持っていってしまい、HTMLやスクリプトによりアプリケーションを利用する。あるいは、Javaオブジェクトなどをダウンロードして実行する。Netscapeなどが提唱する、こうした新しいモデルが一般的になってしまうと、極端な話、Webブラウザがあればその下のOSはどうでもよくなってしまう。ユーザーインターフェイスをWebブラウザに握られ、アプリケーションプラットフォームとしての地位を失い、さらにWebブラウザを備えたNC(Network Computer)に取って代わられてしまうことになる。つまり、Microsoftとしては、Webブラウザにひさし(ブラウザ)を貸して母屋(OS)を取られる形になってしまうわけだ。Microsoftの幹部はスピーチなどで、Netscapeが狙っているのはOSになることだと何回か指摘しており、こうした展開を本気で心配しているのは確かだ。これは、何もMicrosoftの杞憂ではない。たとえば、今から12年ほど前にはMS-DOSの上のGUI環境ソフトが多数登場、Windowsはその中をようやく勝ち抜いて、PC上の標準GUIの地位を手に入れた。今回も、その時と同じようなレースをしているのだ。

 では、他社にOSのユーザーインターフェイスを握られてしまうのを防ぐにはどうすればいいか。簡単なことだ、自社製WebブラウザをOSのインターフェイスとしてWindowsに統合して、ユーザーインターフェイスレイヤーのコントロールを握ってしまえばいい。Microsoftが躍起になってIEをWindowsに統合しようとしている理由はここにある。

 というわけで、WebブラウザをなんとしてもOSにインテグレートしたいMicrosoftと、Webブラウザをアプリケーションと見なす司法省の熾烈な戦いが始まったわけだ。

●盛り上がる反Microsoftの世論

 そもそも、米国政府機関がMicrosoftを反トラスト法違反の疑いで調査し始めたのはかなり前にさかのぼる。この8年ほどは、つねに何かの機関が調査をしていたと言ってもいい。Windows 95のリリース前には、今回問題になっている合意にいたる調査があったし。その前には、Microsoftが財務管理ソフトメーカー米Intuit社を買収しようとして、司法省に阻まれている。これは、MicrosoftはIntuitが市場で最大シェアを持つ同社の財務管理ソフトQuikenを手に入れ、MSNと組み合わせてオンラインバンキングサービスをしようと企てていたためだ。このように、これまでも何回か火花が散ったが、だからと言って、米国政府は、致命的なほどMicrosoftを追いつめる(OS部門とアプリケーション部門を分離するとか)ことはなかった。それは、Microsoftの存在がコンピュータ業界での米国の強さの最大の要因になっているからというためもあるだろう。

 しかし、Microsoftの力の増大とともに、Microsoftに対する反トラスト法違反を指摘する声は、かつてないほど高まってきた。たとえば、昨年、Netscapeは、MicrosoftがWebブラウザ市場で、不公正な競争をしているという申し立てを行った。また、今年に入ってからは、消費者グループが司法省にMicrosoftについて調査を要求するメールを送ったと発表している。また、各州の検事局が、Microsoftの調査を独自に開始し始めた。さらに、来月には消費者運動の雄ラルフ・ネーダー氏が行動を起こす。ネーダー氏は日本では知名度はいまひとつだが、米国ではかなり存在感が大きい。米国社会ではパワーを持つ消費者グループ群には絶大的な影響力があるし、政治にも積極的に関わり、政治家ともつながりがある。こういう相手が敵に回ると、かなり恐い。こうした反Microsoftのうねりは、司法省に対応を求めるプレッシャーとなっていたに違いない。ただし、どこまで司法省が突っ込むつもりかは、まだわからない。

 CNNのニュース映像などを見ていると、司法省のレノ長官はまるで仇敵のようにMicrosoftを痛烈に非難している。こういう姿勢を見ていると、徹底してMicrosoftを叩くつもりのように見える。しかし、米国ではこういうのはえてしてパフォーマンスで、本音は違うことがままある。Windows 98でのIEのインテグレートを阻止するところまで行くかどうかは疑問だ。というのは、私企業が製品の仕様を決めたり、機能を拡張するのを、政府が規制するということに反対する世論が強いからだ。(他のソフトメーカーにしても、Microsoftの勢力がそがれるのはよくても、それによって自社製品の開発にまで司法省が口出しできるようになるというのは、いやな展開に違いない)

 このように、司法省の行動にも、ワクがはめられている。しかし、司法省としても、反Microsoftの声が高まれば、それに応えるカタチでMicrosoftに対する締め付けを厳しくする可能性がある。ここから先の展開は、まだまだ不鮮明だ。

('97/10/25)

[Reported by 後藤 弘茂]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp