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第74回 :“省電力”の特徴を活かした製品企画で勝負するNEC
Crusoeは空洞化現象を救うか?



 Crusoe搭載機が次々に市場へと現れた。先陣を切って登場したVAIOノートC1 (PCG-C1VJ) に続き、NECの反射型カラー液晶搭載機LaVie MX、日立製作所のFLORA 220TXが発売 (後者は企業向けで店頭販売は行なわれないが、日立のダイレクト販売サイトで注文可能) されている。富士通のLOOXもまもなく登場予定で、その後にはVAIOノートGT (PCG-GT1) も控える。当初から発売が期待されているIBMや、プロセッサは発表していないもののミニノートPCを展示会などで展示していた東芝も、Crusoeを採用するといわれている。

 低消費電力を武器に登場したCrusoeは、その性能を活かして強力なOEM先を獲得した、と簡単に言えばそういうことになるが、話はそれほど単純ではない。そこには、日本のPCベンダーが自らの強みを発揮できるチャンスが潜んでいる。


● なぜ日本のPCベンダーはCrusoeを好むのか

NECのCrusoe搭載ノート「LaVie MX」
 日本のベンダーはCrusoeが好きだ。米国では今ひとつ盛り上がらないCrusoeが、日本のベンダーにこれだけ多く採用されているのだから、そうした結論はあながち間違いではない。しかし相次ぐCrusoe採用の裏には、日本のPCベンダーが現状を打破するためにCrusoeの特徴を活かそうという意図が見え隠れする。

 興味深いのはCrusoeの採用によって、どのような変化を期待しているかだ。反射型カラー液晶パネルを採用したLaVie MXを企画・開発したNECの井関氏と斎木氏によると、Crusoeを評価し始めた理由は、純粋に技術的な興味からだったという。果たしてソフトウェアによるソリューションで、どこまでx86プロセッサとしての互換性と実用的な速度を実現できるのか。この点に興味を持って評価を始めたのは1月のことだったという。
 そしてCrusoe機によって期待されるのが、日本の製造業者としての優秀性が活かされる新しい市場の開拓だ。現在、ほとんどのノートPCは、日本ではなく台湾、さらには中国の工場に発注・製造されている。NECもその例外ではないが、それでも「サブノートPC以下のサイズ、あるいは新しいフォームファクタの製品は日本でなければ作れない(井関氏)」と話す。
 つまりCrusoeによって、日本のPCベンダーが得意とする小型のPCや新機能を持った新しいノートPCの派生製品が生まれれれば、日本の製造業が抱える空洞化現象 (日本製品が売れても、その利益が海外に分散してしまうこと) を解決する1つの手段となり得るというわけだ。

 同じくCrusoeに関して、日立製作所の源馬部長にインタビューした時にも同様の意見を伺っており、なぜ低消費電力プロセッサを日本ベンダーが好んで使用するのか? という問いに対する根本的な答えではないか、と個人的には考えている。これに加えてIntel製プロセッサに対する消費電力面での不満とCrusoeの登場、技術的な興味による技術者のやる気といった要素が加わって、x86互換プロセッサとしては驚くほど早く多くのPCベンダーに採用されたのではないだろうか。

 井関氏と同席していたTransmeta日本窓口の和田氏 (以前はCyrixのマーケティングを行なってた) にも「どうやって日本企業を口説いたの?」と訪ねてみると「今回はPCベンダー側から接触してくれた。そうした意味ではCyrixの時と全く逆。Intelが高周波数路線に入り、またAMDによってx86互換ベンダーが認知されたなどタイミング的に非常に良かったとは言えるが、基本的にはPCベンダー側が積極的に採用を検討してくれたおかげ」と話している。

 NECのLaVie MXに関して言えば、構成だけを見ると非常にコンベンショナルな堅実路線ではあるが、一方で反射型カラー液晶パネルをディスプレイとして採用するといった冒険もしている。反射型液晶採用は利用する場所を限定してしまうため、NECにとって大きな賭であると捉えられる。しかし、そうした賭をしてまでも長時間バッテリー駆動を実現させようとPCベンダーに思わせたCrusoeが、日本ベンダーの力を引き出した1つの例と言えるかもしれない。
 なお、NECはIntel製プロセッサを搭載した同じデザインの反射型カラー液晶パネル採用機を企業向け製品としてラインナップしている。井関氏によると、互換性などの面ですべてのテストを行ない切れていないため、企業向けにはCrusoeの搭載を見送ったのだそうだ。


● アイディアあふれる製品を、是非

 実はLaVie MXとCrusoeに関してNECの両氏とお話しすることができたのは、井関氏の方から接触を取って頂いたからだった。そのため、インタビュー取材というよりは、モバイル談義といった内容が多く、どちらかといえばインタビューされた割合の方が多かったかもしれない。

 その中で井関氏から出てきたのが「Crusoe搭載機は今後、どのような方向に行くでしょうね?」というものだった。先週にも少し書いたが、僕はインターネットアプライアンスの簡便さとPCの汎用性を兼ね備えた、あるいはノートPCにアプライアンスを統合した製品が登場して欲しいと考えている。
 PCはサスペンドからのレジュームも遅く、ちょっと情報を参照するために使うのは面倒くさい。そんな用途にはPalmやPocket PCの方が遙かに効率的である。しかし、できるなら同じような機器 (ここでは住所やスケジュールを管理できるデバイス) を複数持ち歩きたくない。

 そんな僕の答えへの井関氏の反応は「ナイショですよ」ということで、ここで書くことはできない。しかし井関氏自身も、僕の考えと同じような方向性を検討していたようだ。井関氏の所属する部署はモバイルに特化した新しい部隊で、ノートPCとWindows CE搭載機の開発部隊を統合して生まれたNECのモバイル最強チームなのだという。Windows CE搭載機のアプライアンスとしてのノウハウをどのようにノートPCに活かそうというのか。

 僕が「LaVie MXは真っ正直に省電力のサブノートPCを作ったコンベンショナルなところが長所でもあるし、面白みのないところでもありますね」と話すと井関氏は、「今回は筐体もIntel搭載機と共通で、社内的にも実験的な意味合いが強くそれほど大きな売り上げを期待されていない。反射型カラー液晶パネル調達の関係もあり、月産で2,000台程度なんですよ。でも、次はモバイルをテーマに一皮むけた、挑戦的な製品を出しますよ」と気前よく宣言してくれた。
 反射型液晶を採用するぐらいだから、きっとモバイル向けPCばかりを追いかけている人だろう、と井関氏のことを考えていたのだが、むしろ逆でPC屋さんのイメージは少ない。井関氏は「それが僕の強み」と話す。だからこそ、普通の人の感覚を忘れずに済むということなのかもしれない。その井関氏がLaVie MXの前に手がけたのは、様々な評判を呼び、先日マイナーチェンジが行なわれたSimplemだった。井関さん的“普通の感覚”がモバイル製品により濃く反映される次期製品にも期待したいものだ。


● 反射型カラー液晶、NECの賭は正解?

WORLD PC EXPO 2000のNECブースに出展されていた「LaVie MX」
 フォームファクタこそIntel製プロセッサ搭載機と共通で、Crusoeならではとは言えないLaVie MXだが、その特徴である超長時間駆動と、省電力の反面で暗い場所での視認性が心配される反射型液晶パネルは、どのような具合なのか。海外出張の折、貸出機材を使う機会を得たので、簡単にそのインプレッションをお伝えしたい。

 まず長時間駆動。8.5~11時間というスペックは決してダテではない。1日の外出でそれほど長時間、本当に利用するのか? と問われて頷けるほど、外出先で頻繁にPCのふたを開けているわけではないが、とにかく安心感が違う。昼の発表会に出席し、その後、PHSでインターネットに接続。夕方に打ち合わせをして帰宅といったスケジュールを考えた時、全く不安を感じずに電源をオンにしたままにできるのは、精神衛生上とてもいい。
 日立のFLORA 220TXも10時間を超えるバッテリーライフを実現しているが、これは9セルの大容量バッテリを搭載しての話。その分、重量はかさんでしまう。どちらがいいという問題ではなく、1.3キロ台の軽量ボディで10時間使えることが重要と言える。

 たとえば僕の場合、自動的にサスペンドさせない設定にして、家を出る時から電源を入れたままにしておいた。そうすることで、レジュームさせずにPCを開いてすぐに使うことができる。これでも十分にバッテリーは保ってくれるし、Crusoeの低発熱性のおかげで、鞄の中でもボディが熱くなることはない。
 一方、反射型カラー液晶パネルが見難いという評判もある (なお、液晶パネル自身はNEC製ではなく松下製とのこと) 。これも事実だが、バックライトの付いたものと比較してコントラストが低いのは、当たり前のことでもある。明るさに期待して見ると「こんなもんか」と思うが、反射型に最初からコントラストや画質を期待していない人 (私もこちら側) からすると「こんな暗さでも視認できるのか」と、逆に実用性の高さを感じる。

 今回、国際線飛行機の中でも使ってみたが、席にあるスポットライトを使えば、十分に仕事ができる。もちろん、色がきれいかどうかとか、コントラスト比に優れているか、といったことを議論するレベルではないが「さすがに飛行機の中は辛そうだな」と半ば諦めていただけに、うれしい誤算だった。実際、この原稿は成田からサンノゼへと向かう飛行機の中で半分までを書いている。

 僕が仕事に使っている部屋も、特別ライトを用意しなくても十分な明るさで見ることができたのだが、2カ所だけ使いにくいところを見つけた。
 1つはデータプロジェクタなどでプレゼンテーションを行なってもらう時。メモをLaVie MXで取りたくても、部屋の明かりが暗いためほとんど内容は見えなくなる。同様の場所での利用は、自前でライトを持ち歩かない限り無理と思っておくほうがいい。
 もう1つは欧米のホテルの部屋。日本のホテルは、部屋の明かりが明るめのところが多いのだが、欧米のホテルは総じて暗い。サンノゼヒルトンの部屋の中では、机上の電気スタンドの真下に液晶を配置すれば、なんとか見えるといった具合だった。作業そのものはできるが、長時間使うのは厳しい。
 あるライター仲間 (デジタル一眼レフユーザー) は「これは屋外でのデジカメ撮影で、撮影結果を確認するのに最高だねぇ」と話していたが、日中屋外の見やすさは特筆できる。

 というわけで、暗いところでは使えないというごく当たり前の前提条件さえ問題にならないなら、LaVie MXはとても使いでのあるマシンだと感じた。繰り返しになるが、暗い場所での利用に難はある。しかし、それ以上にすばらしいところがある。すべての人にとってベストのモバイルPCではないが、この製品を必要とする人にとって、これ以上の製品はない。むしろこうした個性こそが、今後のモバイルPCに求められているのではないだろうか。

□関連記事
LaVie MXのニュースリリース
http://www.nec.co.jp/japanese/today/newsrel/0010/1701.html
LaVie MXの製品情報
http://121ware.com/
【10月17日】NEC、バッテリ駆動11時間のCrusoeノート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20001017/nec.htm
【10月17日】WORLD PC EXPO 2000 会場レポート~ Crusoe搭載ノートとAIBOに人気 ~
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20001017/wpe03.htm

[Text by 本田雅一]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp