米国時間の2月10日、Intelのポール・オッテリーニCEOは、首都ワシントンDCの「The Economic Club of Washington, D.C.」で開かれた朝食会でスピーチを行ない、同社が今後2年間にわたって約70億ドルに及ぶ投資、すでに投資した分を含めた総計では80億ドルにも及ぶ投資を米国内で行なうことを明らかにした。 これを受けてサンフランシスコでは、この投資の中身、すなわち32nmプロセス技術と32nmプロセスによるプロセッサであるWestmereに関するプレス向けのブリーフィングが行なわれている。 ●米国内への投資を強調したスピーチ オッテリーニ氏がスピーチを行なったThe Economic Clubは、米国を代表するような企業が会員に名を連ねる経済組織。経済の中心地ではなく、あえて政治の中心地である首都に設けられていることでも明らかなように、経済人と政府関係者が経済状況や施策について議論をすると同時に、交友関係を深める場とされている。オッテリーニ氏がスピーチを行なった朝食会は、初めての開催である(通常はディナー)とのことだが、発足したばかりのオバマ政権の高官の姿も見られたようだ。
つまり、かなり政治的な場であり、政治色の濃いスピーチになることは避けられない。図1は、サンフランシスコ側のイベントで紹介された、ポール・オッテリーニ氏のスピーチの骨子だが、4つのパラグラフすべてに“U.S.”の文字が見られる(これに対して“32nm”は2カ所にとどまる)。「米国内で投資する」、という部分が重要なのではないかと思わせるに十分だ。 実際には、オッテリーニ氏のスピーチそのものは、ここまで露骨な印象ではない。不況時にあえて将来へ投資することの重要性と、その言葉の担保としてIntelが総計80億ドルを米国内での32nmプロセス関連技術ならびに製造施設に投資することを述べたものである。が、下院を通過した経済対策法案に含まれるBuy American鉄鋼条項(公共事業用に調達する鉄鋼が米国産であることを義務づける)が保護主義的な動きと批判と懸念を集めている今、米国内への集中的な投資を口にすることは、Made in USAのプロセッサを作っているアメリカの製造業者Intel、という印象を与えようとしている、と勘ぐられてもしょうがない。 奇しくもこの2月10日、AMDは製造部門の分離を問う株主投票の期限を2月18日に開催される臨時株主会議まで延期すると発表した。この日、分離が承認されていれば、米国に80億ドルの投資を行なうIntelと、製造部門をアラブ資本に売却するAMDという好対照が描かれてしまうところだった。 もちろんIntelは、売上げの75%を海外で稼ぐ国際企業であり、保護主義を望んでいるとは思えない。オッテリーニ氏はスピーチで、政府が行なおうとしている公共事業の重要性を踏まえた上で、将来に向けた新しいアイデアや新しい産業を興すのは民間企業の投資であったし、これからもそうあるべきであると、政府の過剰な関与を否定している。それでも、米国の企業市民としてアピールすべきはアピールしておく、ということなのだろう。 ●チキンレースへの投資も自前でまかなう さて、Intelがこれからの2年間に投じる70億ドルの投資だが、上述したように米国内における32nmプロセス技術の開発と、量産工場の整備にあてられる。具体的には、オレゴン州にあるD1Cの改修(2009年第4四半期稼働)、アリゾナ州にあるFab 32の改修(2010年稼働)、ニューメキシコ州にあるFab 11Xの改修(2010年稼働)に、その多くが投じられるものと見られる(図2)。
ただし、いずれの工場もすでに稼働済みであり、新たに建築される工場ではない。したがって多くは、Intelが32nmプロセスから導入する液浸露光機をはじめとする製造設備にあてられるのだろう。 これらの改修が完了した時点で、Intelの製造施設は、65nmプロセスが2カ所(アイルランドFab 24-2、アリゾナ州Fab 12)、45nmプロセスが1カ所(イスラエルFab 28)、32nmプロセスが2カ所(Fab 32およびFab 11X)となり、さらに開発用の工場(量産能力も持つ)としてD1CとD1Dの2カ所が32nmプロセスに対応可能なものとして加わる。また、現時点で製造プロセスが明らかにされていない大連(生産品目はチップセットとされる)も、2010年に稼働する見込みだ。 この計画が実現すると、2010年の段階でIntelは32nmプロセスに関し、高い生産能力を備えることになる。32nmプロセスによる生産が、数量の多いメインストリーム向けのClarkdaleおよびArrandaleと、ダイサイズの大きい6コアのGulftownでスタートできるのは、32nmプロセスの開発が順調にいっていることに加え、早い時期に高い生産キャパシティを用意できることと無縁ではないだろう(図3)。
現在のような不況時に、あえて大規模な投資を行なう「チキンレース」は、これまでも半導体業界ではたびたび行なわれてきた。スピーチの後のQ&Aでオッテリーニ氏は、半導体製造におけるライバルを聞かれ、韓国の三星電子と台湾のTSMCを挙げている。両社とも、不況時にあえて投資を行ない、景気回復時にライバルに大きな差をつけてきた、チキンレースの勝者だ。その両社でさえ、今回の不況に際しては、設備投資を控えるのではないかと言われている。 それだけにIntelの積極姿勢が目立つわけだが、オッテリーニ氏は質問に答えて、こう述べている。今回の投資に際して、特に借金はしない、と。Intelには手元資金(キャッシュ)として150億ドルがあり、これから必要になる70億ドルの投資も、これで賄えるという。あまりの答えに会場からは、それだけのお金があるのなら、ほかの目的に投資した方がいいんじゃないかとの声も上がったが、オッテリーニ氏はちょっと照れたように、ほかの投資のやり方を知らないもので、とかわしたのが印象的だった。
□The Economic Club of Wasington, DC(英文) (2009年2月12日) [Reported by 元麻布春男]
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